第七十八話 地下ファミリー
外の世界を求めて始まったファミリー間の抗争。
『第三地下街』の中心広場で激突せんとする両軍の姿は、地上にいるアンデッドたちと何ら変わりない姿だった。
橙色の魔石の光に照らされた凍てつく空間にて、まずぶつかり合ったのは遠距離魔法による攻撃だ。
頭上で飛び交う各種属性の魔法のせめぎ合い。
その色鮮やかな応酬に続いて、本隊のアンデッドたちが衝突する――その前に。
「――【大文字斬り】」
襲いかかったのは攻め込むファミリー側で最も火力の高い技だ。
出し惜しみは一切なし。さっさと数を減らすべく、最前線が接触する前にテンドウの切り札の一つがクロちゃんの馬上から放たれた。
直後、ドゴォオン! という空気も地面も揺らす轟音が広場に響く。
だがそれは白い業火の斬撃が敵対ファミリーを滅却した音ではない。
強力な別の攻撃と真正面からぶつかり合う音だった。
……実際、テンドウの一撃は届いていない。
相殺されてしまったことで、敵軍に被害はなく前進も止まっていない。
直進していた両軍の間に線を引くように、焼け焦げた地面と凍りついた地面の二つが広場の両端まで伸びているだけだ。
「……まあ、そりゃそうか。考えることは同じだったってわけだ!」
テンドウの【大文字斬り】を完全に相殺できる者など、この地下には一人しかいない。
派手な豹柄の毛皮の外套に黒のドレスを纏い、通常の骨人族の何倍もの厚みがある頭蓋骨を持つ女アンデッド。
元『不死の三傑』である頭のメビナは、右腕を前に突き出した状態のまま屋敷の屋根上で佇んでいる。
「……テンドウ。ではすまないガ……ヤツを頼めるかのウ?」
「もちろんだ。そのために師匠に鍛えてもらったんだからな」
飛んでくる魔法を斬撃で防ぎながらのオオダケの声に、テンドウは頷いて答える。
そしてすぐさまクロちゃんに合図を出し、単騎でメビナのもとまで向かおうとして――。
「よしいくぞ、テンドウにクロちゃん! 今さらビビってねえだろうな? ……オイラのこれは武者震いです」
「え、ちょ、ドンチン!? お前何で乗っているんだよ!?」
「いいからいいから。気にすんなって。……ですよねオオダケ?」
「うム。テンドウよ、ドンチンとともにメビナの元までゆくのジャ」
「し、師匠まで……? まあいいや、とにかく敵陣の中で振り落とされるなよ……!」
「もちろんだ。炎太刀の熱も気合いで我慢するから気にする必要はねえぞ! ……でも気持ち離してくれるとありがたいです」
――と、いうわけで。
もう敵も眼前まで迫っているため、ドンチンを後ろに乗せたままクロちゃんが駆け出す。
白い炎太刀を左右に振るいながら一直線に突っ込んでいくと、灼熱を嫌がった敵アンデッドたちが一斉に避けたことで道は拓けた。
その道を王者の行進のごとく真っすぐ進む。
大きな広場であってもクロちゃんの脚があれば――あっという間にメビナがいる屋敷へと到達した。
「……来たか。地上から落ちてきた敗北者め」
一方、屋根上で静かにテンドウを待ち受けていたメビナに下りてくる気配はない。
ただ単に位置的な有利を守るためか、あるいは力関係を見せつけるためか。
高い場所から見下ろしたまま、テンドウたちに冷たい視線と凍える魔力を向けてくる。
――その魔力の色は藍色。伴う声は『啜り泣き』だ。
実際に交戦経験のあるニゴマルやタタリ同様、当り前のように超大物アンデッドの特徴を持っている。
「とりあえず屋敷の中庭まで来るがいい。……そこで貴様を葬ってやろう」
「中庭? 俺はべつにここでもいいんだけどな」
「フン、お互い仲間を殺したくはないだろう? ここで我々が殺り合えばどうなるかくらい想像しろ小童」
「……たしかにな。いいだろう。俺たちはそっちでやるか」
敵の提案に乗るのは癪ではあるも、理屈としては正しいのでテンドウは従う。
お互いが全力でぶつかれば周囲が地獄絵図となることは明白だ。
それはさっきの衝突でも証明済みであり、味方まで巻き込んでしまうのは避けられないだろう。
ゆえに屋敷正面では戦わず、ひとまずメビナが指示した中庭に向かうことに。
まずはやたら大きな有力者の屋敷を模倣した土造りの建物の中へ。
メビナは初めから中庭でやり合うつもりだったらしく、玄関からすべての扉が開きっぱなしとなっている。
「またここも……。『第二地下街』の美術館並にしっかりと造り込まれているな」
「ボスの居城らしいっちゃらしいか。……地下じゃなければ一度は住んでみたいです」
そこをクロちゃんに乗ったまま進んでいく。
屋内にはほかの敵は一体もおらず、また罠らしきものもない。
天井に龍の絵が描かれた大きなホールを抜ければ――戦うには充分すぎるほどの広々とした中庭に出た。
「「!?」」
そして見た。
屋敷内をほぼ全速力で駆け抜けたクロちゃんの脚よりも早く、中庭の奥のベンチに腰を下ろしているメビナの姿を。
地下の枯れ木の下で脚を組んで座る様は……まさに強者の余裕以外の何ものでもない。
「遅かったな。ずいぶんと鈍足な馬に乗っているようだ」
「……ははっ、まさかウチの相棒がノロマ扱いされるとはな」
内心驚きつつも平静を装い、テンドウは馬上にて白い炎太刀を構える。
と同時に同乗していたドンチンだけ降りると、ひとまず建物の中へと避難した。
(魔道士タイプだと考えると、この移動の速さは……まずモモヒメのような転移魔法だろうな。けど、そんなことよりも……)
すでに中庭はこれまでにないほどの低い気温となっている。
この氷魔法そのもののような異常な寒さは、メビナにかけられた呪いが原因だ。
『弱体の呪い』。
全身の筋肉が弱るという、アンデッドであっても影響は出るデメリットつきだ。
だが肝心のメビナは骨人族、つまり骨だけなので結局、受けるデメリットはない。
一方で異能はしっかりと享受している。
凍える寒さは周囲にいる者の魔力操作を乱し、魔法行使の正確さを著しく落とす厄介なものだ。
「まあ、俺はトンデモ火属性の武器を持っているからな。『魔道無心流』は繊細な魔力操作が必要だけど……熱のおかげで大した影響はなさそうだぞ」
「……そのようだな小童。だからといって、ワタクシの勝利が揺らぐわけではないがな」
敵意と敵意。魔力と魔力。
常にそれをぶつけ合っていないと気圧されてしまうほど、目の前の女アンデッドは規格外な圧力を与えてくる。
それこそ最初に倒した『三大ファミリー』幹部のベニムラサキなど比にならない。
同じ女で異名持ちの強者であっても……ただの下っ端構成員だったと錯覚してしまうほどだ。
「――さあ始めようか。その体に死をもって敗北を刻んでやろう」
屋敷を挟んだ広場の方から激しい戦闘音が聞こえてくる中で。
戦闘態勢に入ったメビナの魔力を一身に受けながら、己の腕と武器を信じてテンドウは構える。
あの怪物ニゴマル以上となる過去最大の強敵――元『不死の三傑』メビナとの戦いが始まった。
◆
「あの時以来だな。相変わらずの病人みてえな全身包帯で……元気にしてたかよ師匠?」
「……おぬシに師匠と呼ばれル筋合いはないのウ。五十年前といえド、破門にされタことを忘れたわケではあるまイ?」
一方、両軍が入り乱れる『第三地下街』の中心広場。
剣や魔法が激しくぶつかり合う戦場で、オオダケは静かに睨み合っていた。
相手はかつての弟子である邪戯道化族のユカイだ。
白塗りの顔に紅が入ったその男は、元門弟の『悪童三羽烏』のリーダー格であり、吸血鬼族のナラクと血塊族のチギリの兄弟子に当たる。
「フハッ! たしか地下の民から太陽を奪ったことで破門だったか? 理由は曖昧だが……アンタの怒った顔だけは昨日のことのように覚えてるぜ」
かつての師匠オオダケの問いかけを鼻で笑い、ユカイはゆらゆらと刀を揺らす。
冷たい視線を向けられても気にする様子は微塵もない。
まるで恩を仇で返すように、槍を持つような独特な構えで刀の切っ先をオオダケに向けている。
――約五十年前、現死魔道姫の妹に破れて地下に封じられたメビナ。
配下たちも含めて深い傷を負って弱っていたため、『魔道無心流』全員で挑めば勝敗は分からなかったが――『悪童三羽烏』は動かなかった。
むしろ逆にメビナ側についたのだ。
師匠であるオオダケとも敵対し、一切の躊躇もなく同門の後輩たちを殺害。
そのせいで強大な敵を討ち取る絶好の機会を失い……メビナが守られる形となった結果。
支配やナワバリという概念がなかった地下都市が一変。
メビナのファミリー以外は誰も地上に出られないという、現在の悲惨な状況に至っていた。
「だって仕方ねえだろ? 何だかあっちの方が楽しそうだったからな。才能があったから続けてやったが……アンデッドになっても稽古漬けなんてつまらねえし流行らねえっての」
「……やれやレ。そのくだらン理由を五十年経っテまた聞かされるとはのウ」
二体の剣豪が静かに言葉を交わしている周囲では、怒号や血飛沫が激しく飛び交っている。
距離を取って魔法を放っている大多数が、元々のメビナの配下である骨人族だ。
そしてほかの剣や刀を持っている個体が、地下にいた血気盛んなアンデッドたちである。
「ほかのヤツらにも最低限の剣術は仕込んである。もちろんアンタの『魔道無心流』だ」
「……見ればわかル。どうやラ実戦で使える程度にハ引き上げたようじゃナ」
――瞬間、先に仕掛けたのはオオダケだった。
周囲の殺し合いから遅れること一分弱。
もう話は終わりだと言わんばかりに、低く鋭く飛び込んで間合いを詰めると同時。
元門弟の体を切り裂くべく、汗や魔力まで染み込んだ、人間時代からの愛刀を振るう。
それは一秒の間に放たれる、一筆書きのような十を越える連続攻撃だ。
そのすべてをユカイの刀に受けきられたのは、実力をよく知るオオダケとしても想定内ではあったが――。
「ぬゥ!?」
最後に返ってきた反撃の威力に、オオダケは包帯の下で顔をしかめる。
剣速のキレやスピードは想像通りだった一方、刀から伝ってきた重さが想像を超えてきたからだ。
「驚いたか? 免許皆伝はされたが、さすがにアンタに純粋な剣技で勝てるなんて思ってねえからな!」
叫び、今度はユカイが打ち込んできた。
破門はされるも免許皆伝まで達した実力は伊達ではなく、淀みのない華麗な斬撃が襲い来る。
……遥か昔と比べると一振り一振りが数段、重くなっている。
ただ腕や脚の太さや背中の厚みに変化がないのは、元師匠としてオオダケも気づいている。
そんな重い連撃を問題なく捌き切り――一旦、両者の間合いが開いた直後。
ここでユカイが変な動きを見せた。
邪戯道化族特有の厚化粧な顔で不敵に笑い、見せつけるように袖を捲ったと思いきや、
露出した二の腕から前腕にかけて――奇妙な鱗の紋様が刻まれていたのだ。
「!」
……それは本来、ユカイの種族にはないものだ。
そして人間の弟子から話に聞いていた、おかしな魔力の揺らぎがある異形化とも違うとなれば――。
「知ってるか? この地下にも呪物はあるんだぜ。俺もナラクもチギリも、あの汗臭え頃とは違えんだよ」
「……じゃろうナ。そういった類のもノには頼るなト、人間時代から口酸っぱく言っテきたはずじゃガ……。やはりおぬシらは変わらんのウ」
つまりは呪物を体に取り込んでの強化。
技以外の基礎的な魔力が強化されたことで、『剣鬼』オオダケとも張り合えるという自信がその顔と声からうかがえる。
「よかろウ。その呪ワれし悪しき力も含めてすべテ――ワシの技で引導を渡すとしよウ!」
道を別った師匠と元弟子は、五十年ぶりの再会の果てに殺し合う。




