第七十七話 第三地下街
「――さあ行こう。……皆の想いも乗せてな」
「何だテンドウ、急にキザなセリフを吐きやがって。……オイラも一回、言ってみたいです」
「やめておいたら? 可愛いドンチンには似合わないわよ。まあテンドウも全然、似合っていないけどね」
「……うぐっ。ったくモモヒメ、これから大勝負だってのに俺の出鼻をくじくなよ……」
魔石に照らされた水路をゆっくりと進む船が一隻。
船首には女神の彫刻がある木造船のウズシオ号は、多くの者を乗せて地下に張り巡らされた水路の上を進んでいる。
――目指すは『第三地下街』。
そこで待つ超大物アンデッドとその配下たちを討伐し、地上への道を確保することが今回の目的だ。
ファミリー同士の抗争となるため、多くの犠牲を伴う戦いとなるのは避けられない。
ゆえにテンドウやオオダケなど、集落にいる『魔道無心流』の使い手はほぼ全員が乗っている。
……だが、船の上にいるのは彼らだけではない。
集落以外の各地下街にいた、ほかのアンデッドたちの姿もそこにはあった。
「最初で最後のチャンスだ。これで動かないなら男じゃないぞ」
「地下に支配者なんて……そんなものは必要ないしな」
「あア。今日で必ズ、終わらせヨウ」
地下空間でただ絶望していた無気力なアンデッドたち。
友好的だった彼らも今回の作戦を知り、全員ではなくとも立ち上がってくれた者たちがいたのだ。
それほどに地上への渇望、太陽の下に出たい気持ちは強かった。
約五十年という長すぎる年月は、一月そこらのテンドウたちとは比べものにならない。
だからこそ皆、決意に満ちた引き締まった表情をしている。
重たい覚悟が不死の体からにおい立ち、いつもの穏やかな雰囲気は微塵も存在していない。
テンドウたちも含めて、総勢四十七名――。
大所帯のアンデッドたちが腹を括っている様は、ある意味、壮観の一言だ。
そんな彼らの存在によって、船上には緊張感が生まれている……のだが、
「ゆけゆけ進め! あのお邪魔虫な女をやっつけるよ!」
そこになぜか場違いな怪人形の少女ウメの姿が。
ほかの集落の子供アンデッドやオオダケのカラスなど、あまり戦力にはならない者は留守番しているはずなのに……。
しれっとウメ一人だけが、大人の戦士たちに混じって同乗していたのだ。
「……なあ師匠。本当にウメも一緒で大丈夫なのか?」
「うム、問題ないのウ。それにまア……色々とあるんじゃヨ」
「そうだよ、テンドウちゃん。あたしにも色々あるんだよ!」
「? お、おお。まあ皆がいいならいいけども……」
同行するウメにテンドウは困惑するも、なぜかオオダケたちアンデッド側は別に構わないといったスタンスだ。
ウメは集落の皆からとくに可愛がられる存在である。
またガガクやカグラとは違い、子供離れした戦闘力を持っているということもない。
なので強引にでも船から降ろされるかと思いきや……その気配はまるでなし。
満杯のアンデッドに混じって彼女を乗せたまま、ウズシオ号は水路をゆっくりと進んでいく。
そうして少しづつ目的地へと近づいていく中で――今度はオオダケの方からテンドウに声がかかる。
「テンドウよ。ちょっとよいかのウ?」
「……ん? 何だ師匠」
何やら神妙な顔で言って、何かを手渡してくるオオダケ。
キレイな布に丁寧に包まれたそれを受け取り、中身を確認したテンドウは驚いて目を見開いた。
「これは……! こんな大事そうなものを何で俺に渡すんだ?」
「まア、もしもの時ノためにのウ。もちろんワシも死ヌつもりなどなイ。……じゃガ、おぬシに託しておくのガ最善だと思ったのじゃヨ」
「……そうか。なら俺も死ぬ気で頑張らないとだな。んで今回の作戦が終わったら、必ず師匠に返すからな」
「ほっほっホ。そうなルことを願っておるのウ」
渡されたものを防具の下にしまい、テンドウとオオダケは再び前方を向く。
ちょうど船は巨大空間の『第一地下街』から細い横穴に到達したところだ。
その中央を流れる水路へと入り、船体が生み出す水の波紋が静かに広がっていく。
――――…………。
いよいよ近づいてきた目的地を前に、全員が黙って進路の先を見る。
子供なウメやドンチンでさえ口を開かず、ただじっと船に揺られて進んでいく。
そんな嵐の前の静けさが数分ほど。
ようやく細い横穴の通路を抜けると――ほかでも見慣れている土造り一色の街がドン、と目の前に現れた。
――方角的には南南東。
ただここが地上でいう元魔法区、真逆の北エリアがモデルだということは建物を見ればすぐに分かった。
「事前に聞いていた通りだな。……だいぶ気温が下がってきたぞ」
体感的には十度近くは違うか。
目的の中規模の地下空間に入った途端、足元から嫌な寒気が上がってきたのを感じて、テンドウは思わず身震いする。
――ここが『第三地下街』。五十年間、一体の強力なアンデッドが支配する地下都市だ。
そして地上への出口が唯一ある場所にして――これから始まる血みどろの抗争の現場である。
◆
『第三地下街』の水路は地下空間をぐるっと一周するように存在している。
テンドウたちを乗せたウズシオ号は最初の別れ道を左へ。
そこから時計回りに進んでいき、ある程度まで来たところで着岸して下船した。
「「「「…………、」」」」
すでに敵陣営の中なので慎重に歩を進める一行。
入口よりもさらに気温が低下してきた中、予定通りに街の中心の方へと向かい、やがて見えてきた橋の前で一旦、止まる。
――エテ橋。ヤマトニアの北エリアにある奇矯と呼ばれる橋だ。
橋脚がなく、両岸から張り出した何層ものはね木によって支えられた変わった橋は、造りこそ土魔法ではあるが正確に再現されている。
……この橋を渡ってしまえばもう後戻りはできない。
それでも誰一人として引き返す者はいない。気持ちも一つになったファミリーとして、全員で前進していくと――すぐに大きな広場が見えてきた。
そして当然、ガランと何もないわけはなく――待ち構えるように広場に並んでいる敵軍の姿があった。
数はおよそ百体。割合的には骨人族が最も多いか。
地上のファミリーとは違って種族も装備もバラバラで一見、寄せ集めにも見えなくはない。
だが軍隊のごとく規律を持って並んでいるのを見れば、相当に訓練されていることが分かる。
「……久しいのウ。『悪童三羽烏』ヨ」
今にも迎撃のために動き出しそうな敵軍を見て、オオダケが白い吐息とともに呟く。
その視線は広場にいる百体全員ではなく、彼らを先頭で率いる隊長のような立ち位置の三体に向けられている。
邪戯道化族のユカイ。
吸血鬼族のナラク。
血塊族のチギリ。
明らかにほかの個体とは漏れ出る魔力の量が違う。
また抜刀せずとも刀を腰に差した佇まいも、後ろに従えているアンデッドたちとは別ものだ。
「なるほど。……アイツらが破門された元門弟ってわけか」
事前に情報を聞いていたテンドウもその三体を見る。
『剣鬼』オオダケが編み出した『魔道無心流』。
王族も含めて数多くの門弟がいた中で、免許皆伝にまで至った腕を持つのはたった四人だけ。
今、オオダケの隣に立っているテンドウと――正面に対峙している『悪童三羽烏』と呼ばれる三体だ。
決して品行はよくなかったが、剣の腕だけは一流。
今回の五十年越しの戦いにおいて、警戒すべき相手であるのは間違いない。
……ただ所詮は主要配下、この手強いアンデッド剣士三体もあくまでおまけだ。
テンドウたちが最も恐れる相手は、彼ら『悪童三羽烏』が破門される原因ともなった存在である。
(……ははっ、実際に近くまで来るとヤバイなありゃ。さすがにこのレベルの相手は初めてだぞ)
『悪童三羽烏』を筆頭に百体ものアンデッドがいる広場の後方。
こちらも地上の北エリアを正確に模倣した、ヤマトニア一の魔石研究者と呼ばれた有力者の屋敷が存在している。
――その屋上にただ一人、立っている者が。
約五十年前、亡都ヤマトニアの地下に落ちてきた圧倒的強者は、少し離れた位置から広場を見下ろしていた。
豹柄の毛皮の外套と光沢ある黒のドレスを纏った女の骨人族。
まだ二百メートルほど離れていても、凍えるほどの冷気を帯びた魔力は嫌というほど伝ってきている。
このアンデッドこそがファミリーの頭にして今回のメインターゲットだ。
現在および人間時代の名はメビナ。
そして、かつて名乗っていた名こそ――『死魔道姫』である。
「五十年前、妹に負けテ地下に封じらレた敗北者。……まア、地上の者はほとんド知らない事実じゃろうがナ」
「まさか骨人族ファミリーの頭が双子だったとはな。正直、その事実だけでも衝撃だったぞ」
つまりは元『三大ファミリー』の頭。
オオダケの言うように身内との競争に敗れて地下に封じられるも……当時の傷はとっくに癒えて力は取り戻している。
多くの仲間たちがいて、テンドウ自身も一月の修行と白い炎太刀の存在があるからこそ挑める超大物だ。
もし何か一つでも欠けていれば、決して戦うべきではない強敵である。
(ニゴマルやジンロウタは別としても……。ほかの幹部じゃ比較対象にすらないないのも納得だぞ)
――その存在感はいざ近くまで来ると圧巻の一言だ。
中規模とはいえ充分に広いはずの『第三地下街』に、どこか閉塞感すら感じてしまうほどである。
そんな敵軍の大将、『不死の三傑』でもあったメビナの凍える魔力が――氷点下の広場に吹き抜けた瞬間。
「「「「ヴオオオオオオ――ッ!」」」」
地鳴りのような声とともに、一斉に始まった魔法による一斉攻撃。
それに続いて『悪童三羽烏』など近接型のアンデッドたちが前進し、敵軍の足音とその震動が断続的に広場に生まれる。
地上とは違い、五十年にも渡って保たれていた地下の平穏は今、崩れ去った。




