第七十六話 決戦前夜
時は流れて――テンドウが地下へと落ちて一月が過ぎた。
師匠オオダケとの厳しい稽古および強力なアンデッドとの実戦を経て、さらに磨かれた脱力の剣技。
一人の剣士として進化したテンドウは現在、集落の広場でいつものように皆と食卓を囲んでいた。
「……いよいよだな。何だかんだで感覚的には短かったぞ」
「ほっほっホ。まさかこの期間デ本当にモノにしてしまうとハ……。これほどノ弟子は過去におらんかったのウ」
夕食を取りながら思い返すように言う弟子と、満足そうに笑う師匠。
兵士として築き上げた自身の技と、繊細な魔力操作を要求される『魔道無心流』の技を組み合わせた『テンドウオリジナル』。
厳密に言えば違うのだろうが、非常に高いレベルで扱えるようになったことに違いはない。
さらにここ数週間、ずっと取り組んでいた『魔道無心流』の奥義。
兄弟子たちも使えない、一門の中では創始者であるオオダケしか使えない技を習得したことで――今のテンドウは免許皆伝にまで至っている。
それを受けて、広場の中心にある営火を囲みながら、オオダケを筆頭に集落の者たちと話し合いが行われた結果。
ついに待ちに待った、地下からの脱出作戦が行われることが決定していた。
――決行日は明日だ。
つまり、今宵は命懸けの大勝負の前夜という位置づけである。
「さあさ、たんと食え野郎ども! アンデッドだって少しはメシで力はつくはずだ!」
「ハハハ、違いねえ! 気分だけでも上げていこうぜ!」
「ああ、俺たちは心まで魔物になった覚えはないからな。だから絶対に……久しぶりのお天道様を拝みにいくぞ!」
ゆえにいつもよりも豪華な夕食となっている。
酔える酒こそないものの、質も量も大満足な芋や豆やキノコ料理など。
テンドウと同じ『魔道無心流』の門弟たちも含めて、皆が幸せそうに胃袋に放り込んでいく。
(たった一月程度の俺なんかと比べれば……そりゃ年季が違うよな。覚悟の重みがまるで違うぞ)
そんな彼らの顔と気合いを見て、テンドウもまた気合いを入れて明日のためにしっかりと栄養を取る。
地下が今のような状況になったことについては当然、テンドウも聞いている。
ここ地下都市への愛着はある一方で、約五十年前から一度も地上に出られていない閉ざされた地下生活――。
どれだけ彼らが地上に出たいかは、稽古以外での一緒に過ごしてきた時間の中で重々、理解している。
大袈裟でも何でもなく、陽の光を拝むことは全員の悲願なのだ。
それを阻む元凶となっているのが……超大物アンデッドとその配下たちだ。
唯一の出入り口がある『第三地下街』。そこをナワバリとして陣取っていることで、誰も地上に行くことができない状況である。
「かなり激しい総力戦になるのは……間違いないな」
「うム。その中心にテンドウを立たせるのハ申し訳なく思うガ……頼ム。ワシらだけデは到底、無理じゃからナ」
「ははっ、気にするなって師匠。剣士として成長できたのは皆のおかげだし、何より俺も地上には戻らないといけないからな」
明日、行われるのはテンドウによる一対一の戦いではない。
集落のアンデッドたちも含めた大規模な戦い――いわばファミリー間の抗争とも呼べる戦いだ。
それこそヨギ、タタリとの幹部二体同時討伐の時以上となるのは確実か。
すでに共有している情報からも、テンドウにとっては過去最大の戦いとなるだろう。
「お前ら一カケラも残すなよ? これが最後の晩餐になるかもしれねェんだかんな!」
「分かってルって。感謝しながらすべて平らげてやルさ!」
「ったく、食える種族は羨ましいよなあ? まあ俺らは俺らで、匂いと雰囲気を味わわせてもらうぜ!」
――だからこそ皆、すでに気合いの入った顔で夕食を喰らっている。
どんな結末になろうとも、多くの犠牲が出ることは絶対に避けられない。
それは戦いには加わらない子供アンデッドたちも含めて、この場にいる全員が理解していた。
「……にしても、上は上でだいぶ大きく動きやがったな。……ちょびっと怖い気もします」
「まさかニゴマルのヤツが……ねえ。一月前とはかなり様子が違っているかもしれないわ」
一方、地上組の仲間であるドンチンとモモヒメはというと、
同じく飲み食いを楽しみながらも、気にしていたのは地上の街の状況だ。
オオダケのカラスで何度もカンナギ城の皆と手紙のやりとりは行っている。
そのおかげでテンドウたちも三日前の状況までは把握していた。
衝撃的なニゴマルの反乱に始まり、新たな頭となったそのニゴマルが率いる腐肉族ファミリーと亡霊族ファミリーの小競り合い。
さらには南エリアで続く異形騒動という名のプリバトヤの暗躍など。
ほかにもなぜか突然、城の『開かずの扉』が開いたことなど、地下にいても様々な情報を得ていた。
「地下も地上も騒がしくなるってわけだ。……ここで躓くわけにはいかないぞ」
自分に言い聞かせるようにテンドウは言う。
地下特産の葉隠茶――クセがなくて飲みやすいがドス黒すぎるお茶をグイッと飲み干し、今日までともに過ごしてきた仲間たちの顔を見る。
稽古相手である包帯人族の兄弟子たち。
よく腕相撲で競っていた元酒場の店長の腐肉族。
お手製ボードゲームでコテンパンにされた元現場監督の影人族。
ドギツイ下ネタが大好きな骨人族のオヤジ。
……全員、互いの性格や趣味趣向まで把握している仲だ。
ほかにも多くの親しくなったアンデッドたちとともに、いよいよ明日、テンドウも含めた地下の住人たちの運命が動き出す。
「茶を飲め! メシを食え! そして全員、肩を組め!」
「ちと気は早えが……! 凱歌を揚げろ野郎ども!」
厳しい稽古と、和気あいあいとした穏やかな日常――。
互いの背中を預けられるほどに信頼関係を築けたのだから……ファミリー一丸となって戦えるはずだ。
(きっと大丈夫。必ずや俺たちなら――)
そんな頼もしい仲間たちととともに、食事や歌や話に花を咲かせて――宴もたけなわとなった頃。
腹を満たした戦士たちは、それぞれの家に帰って眠りにつくのだった。
◆
ヤマトニアの地下都市は全部で五つある。
巨大空間が二つと、その半分ほどの広さがある三つの中規模空間だ。
その中で唯一、地上へと続く道があるのが――中規模空間の一つである『第三地下街』である。
本来ならば地下のアンデッドたちが地上との行き来に使っていた重要な場所だ。
だが現在は通ることを許されず、とある一体のアンデッドの濃密な魔力によって、隅々まで染め上げられている。
「――本日の報告は以上となります。やはり『剣鬼』どものファミリーに何やら不穏な動きがあるのは間違いないようです」
そんな『第三地下街』の中心地にある大きな屋敷。
立派な中庭まで再現されたその特別な建物の最奥の間で、片膝をついてそう報告したのは邪戯道化族だ。
体から漏れ出る魔力からしても小物ではない。
同等の魔力を放っているもう二体も含めて、主要配下と思われる三体は片膝をついた体勢を維持している。
「「「「「…………、」」」」」
そのさらに後方には、百体近いほかの配下たちの姿が。
彼らの方は両ひざをつき、背中を丸めて頭を垂れた体勢となっている。
寸分狂わずズラリと並んでいる様と張り詰めた空気は――見る者に高い規律を感じさせるだろう。
それら百体の配下たちの敬意が向けられているのは当然、ファミリーの頭だ。
派手な豹柄の毛皮の外套を纏い、その下には光沢ある黒のドレスを着た骨人族の女である。
「……報告ご苦労。まさか五十年もの間、大人しくしていた者が今さら動くとは……少々驚いたな」
そんな女骨人族が座る椅子は、白を基調としたものに過剰とも言えるほどの豪華絢爛な黄金の装飾が施されている。
これはかつて地下まで持ち込まれた第二王子の椅子だ。
つまり地下の玉座とも呼べる椅子に座り、身の毛もよだつような骸骨な笑みを浮かべている。
「やはり噂の人間、奇妙な炎の太刀を持つ男が原因と見るべきでしょう。そしてその男を中心に、地上を目指すべく我々に挑んでくる――というのはまず間違いないかと」
「フン、よもや人間とアンデッドが手を組むとはな。……それでこちらの準備はできているのだろうな?」
「もちろんです。いつ来られても問題ありません。――すべてにおいて、万全の状態で迎え撃てます」
頭である女骨人族の問いに、主要配下の邪戯道化族が答える。
『三大ファミリー』や南の弱小中堅ファミリーが争う地上とは異なる、一強独裁。
地下では今日まで反抗する勢力などいなかったが……常に警戒して準備を怠ってはいなかった。
だからこそ何の問題もない。虚を突かれることもあり得ない。
一強で安定しているからこそ、ある意味、最も盤石な大ファミリーと言えるだろう。
「ワタクシの庭まで入ってくるなら容赦しないが……。どうせ上で負けて落ちてきた弱者だろう? 恐れるに足らんな」
女骨人族はケタケタと笑う。
毛皮やドレスだけでは隠すことなどできるはずもない、凍えるほどの魔力と敵意をまき散らしながら。
「――来るなら来い。ワタクシは逃げも隠れもせんぞ」




