第七十五話 前世の種族
「いつ見テも惚れ惚れするのウ。……若者の成長トいうものハ」
日の光が差し込むいつもの『輝き池広場』。
亡都とは思えない幻想的な憩いの場にて、カンカンカァン! というもうお馴染みの音を聞きながら、オオダケはしみじみと呟いた。
『鎖に繋がれた悪漢』を討伐して、さらに三日。
今日も剣の稽古に精を出してほかの弟子たちと打ち合い、そして圧倒しているテンドウの姿を見て。
いつものように肩にカラスのアンデッドを乗せた師匠オオダケは、とくに口出しすることもなく座っている。
「……どうだ、久しぶりの新弟子の様子は? 『第四地下街』の鎖の男を倒したと聞いたが」
と、そこへ一体のアンデッドがやってきた。
干からびた首に白い首巻を身につけた木乃伊族は、空いているオオダケの隣に静かに座る。
彼もまた集落のアンデッドの一体だ。
ただほかの個体とは違い、気力や覇気のようなものはまったく感じられない。
地下都市にちらほらと存在している、無気力アンデッドたちに似た雰囲気を持っていた。
「……ゲッコウか。ここに来ルとは珍しいのウ。まあ噂の弟子についテは……見事に一人デ仕留めきったのウ。兵士として鍛えらレていたといってモ、あそこまデ心技体ともに揃っテいる者は滅多におらン。間違イなく剣のために生まレてきた男じゃヨ」
「……ほう。『剣鬼』と恐れられた男がそこまでベタ褒めとは……少し驚いたな」
軽くやりとりをしてから、ゲッコウはオオダケの隣でテンドウの動きを見る。
じつはゲッコウもまた『魔道無心流』の門弟だ。
だからこそ新たな弟子仲間の想像以上の動きを見て――その才能と実力に思わず見入ってしまう。
流れる水のような太刀筋の中で瞬間的に垣間見える力強さ。
『魔道無心流』において、ある程度のレベルに至った者ならすぐに分かる。
いわゆる『テンドウオリジナル』は中途半端ではない。
足運びも含めて独自の進化を遂げた、唯一無二の派生型である、と。
「魔法はからっきしと聞いたが……よくぞここまでモノにしたな。魔法の才と魔力操作は似たようなものだろう?」
「まア、あくまで剣術じゃからナ。剣を握りながらであれば、そこら辺の感覚ハ掴みやすかったのじゃろウ」
淀みのないその剣戟を見ながら、剣の先輩二人は何度も頷く。
逆に圧倒されている先輩門弟たちには……情けなさといった感情は一切、感じていない。
それほどに今のテンドウの剣士としての実力は高いのだ。
むしろ後輩にコテンパンにされて若干、可哀想に思えるくらいである。
「地下から出らレなくなったあの日かラ……もう五十年にはなるのウ」
そんな中、テンドウの姿を見たままオオダケが呟いた。
さらに続けて聞こえるか聞こえないかの小さな音で、包帯の隙間からため息が漏れる。
一方、隣にいるゲッコウはとくに反応を示さないが……それを黙って聞いていた。
「地上に出ルのは皆の悲願ジャ。……この出会イは神が与えられタ、最初で最後のチャンスじゃろうナ」
どこか遠くを見るような目でオオダケが言う。
そして腰に差した刀に手を添えると、その視線を隣のゲッコウに移す。
「近イうちに戦いを仕掛けル。もちろんワシも出ルつもりジャ。……ゲッコウよ、おぬシもやるカ?」
「……いや、俺はもう……。ただの木乃伊族の死に体だ。……何の力にもなれんよ」
「フッ、分かっておル。無理にとは言わんのウ。……我々の戦いを見届けテくれるだけでよいのウ」
オオダケはゲッコウの肩をポン、と叩く。
それは師匠と弟子という関係よりも、古くからの友人といった感じだ。
対してゲッコウは「すまんな」と一言、覇気のない声で答えた。
猫背なオオダケよりもさらに背中を丸めて、ぼんやりとテンドウの稽古に視線を戻す。
「もーゲッコウったら。また辛気臭いオーラを出してるんだから!」
――と、ここでとてとて、と。
稽古を見ている二体の方に向かって、元気な声と小さな足音が近づいてきて――。
「元気出しなさい! っていつも言ってるでしょ?」
「……おっと、こりゃ失礼。お前さんの前ではそういう約束だったな」
現れたのは怪人形の少女ウメだ。あと南瓜なドンチンもいる。
テンドウの稽古見学が皆勤賞のこの二体は、『輝き池広場』に姿を現すとすぐにいつもの指定席に揃って座った。
――これで年寄りとチビッ子が二体づつ。
人間であれば何とも微笑ましい光景ではあるが……悲しいかな彼らはアンデッドだ。
とくに年寄り二体の方は外見が恐ろしいために、そういった温かさを見た目からは残念ながら感じられない。
ともあれアンデッドが四体、仲良く並んで座りながら。
木刀を握った弟子たちが代わる代わるテンドウに挑む姿を、各々の応援スタイルで見守っている。
「――あっ、そうだ。そういやオイラだけ生前の種族が違えって言ってたけど……。アレって結局、何なんだ? ……と改めて聞いてみます」
と、ここで思い出したように話を切り出したのはドンチンだ。
南瓜な視線をオオダケに向けて、以前、ウメ伝いに聞いた自身の情報について聞く。
「ほウ。やはり気になルようじゃナ」
「まあ少しだけな。何でかオイラたち南瓜頭族だけ前世の記憶もねえしさ。……ぜひ教えてください」
そのドンチンの声にオオダケはうむ、と頷く。
そして体の向きを弟子たちからドンチンの方に向けると――真剣な目と声で話し始めた。
「――ドンチン、おぬシの前世はワシらのよウな人間ではなイ。今は南瓜ナ見た目となっておるガ、微かに感じル魔力からしてモ……おそらくは小守尾じゃヨ」
「うん? 小守尾……とな?」
「そうジャ。遥か昔からハレルヤの民と共に生きテきた――心優しき精霊じゃヨ」
まるで孫に教える祖父のように、オオダケは優しい口調で説明していく。
小守尾とは精霊の一種だ。
本来、精霊は滅多に人前に姿など見せないが、この精霊だけは唯一、人間と関わりがあった。
知能が高く人の言葉を理解し、また性格も人懐っこい。
そして何より重要だったのが、樹木や畑の成長を促進させるという、自然に干渉できる能力を持っていたことだ。
それによって古くからハレルヤ王国の民と共存し、微力ながらも国の発展に貢献。
百年前のあの日に国が滅亡したその時まで、運命を共にしたと言われている。
「南瓜頭族も小守尾モ、魔物と精霊の違いはあれド、どちらもヤマトニアの固有種ジャ。……また人間に対してモ、敵対的になラない優しい種族トいう共通点もあるのウ」
「へえ、そうだったのか。でもよく魔力で分かったな? ……もうオイラは生まれ変わってますし」
「まア、精霊の魔力というのハかなり独特じゃからナ。その名残モまた然りじゃヨ。それに『魔道無心流』は緻密ナ魔力操作を行うからのウ。自分や相手の魔力への感度ハ高くなるんじゃヨ」
「な、なるほどな。……勉強になります」
オオダケの説明に南瓜な頭で頷くドンチン。
精霊だったという自覚など毛頭ないが……前世の記憶がない自分たちの過去を知って、どこか満足気な様子である。
「……たしかにオオダケの言う通りだ。……だがドンチンよ、優しさだけならウチのウメも負けてないぞ?」
「――ん? あたし?」
と、ここで。
急に会話に入ってきたゲッコウに、なぜか話題に出されたウメがキョトン、とする。
人形なウメの頭を優しく撫でるゲッコウの顔は、木乃伊族であっても可愛い孫への愛情のようなものが伝わってくる。
「ははっ、だろうな。そこはオイラも完全同意だぞ。……です」
――そのウメの過去については、もう仲良しであるドンチンもすでに知っている。
南の元一般区にあった孤児院育ちで、大規模発生が起きた時の年齢は五歳。
街中で暴れ回る魔物の軍勢を前に、もう避難が間に合わないと悟った彼女は大人顔負けの行動を取った。
身を隠せる場所に自分より小さな子供たちを隠して囮となったのだ。
できる限りの個体を引きつけて、牙や爪に引き裂かれながらも最期まで走り、真っ先に自身が犠牲になるという運命を辿っていた。
「自分の命を顧みずに守る勇気と優しさ――。それは誰にでもあるモンじゃねえしな。……すごく立派です」
言って、ドンチンが南瓜な頭でうんうん、と頷く。
そんなウメの優しさは怪人形族というアンデッドとなっても変わってはいない。
集落にいるほかの子供アンデッドの面倒も見る優しいお姉ちゃん。
年上年下問わず皆から愛され、集落に彼女を嫌いな者など一人もいないのだ。
「うム。たとえアンデッドとなろうとモ、ウメも疑いよウのない優しい子ジャ。とはいエ、皆と同じで元人間じゃからナ。……やはりドンチンが極めテ特殊なのは間違いないのウ」
再びドンチンに話を戻したオオダケは、コホン、とせき払いを一つしてから。
激しく打ち合う弟子たちを横目に、特殊で南瓜なアンデッドについてさらに続ける。
「南瓜頭族と小守尾――。両者の共通点を考えるト、おぬシは意味があっテ今の種族に生まれ変わっタのかもしれんのウ」
「えっ、意味……? 別にただの偶然じゃねえのか? ……とオイラ的には思います」
「うム。たしかにドの種族に生まれ変わルかは運次第じゃとワシも思ウ。……じゃがドンチンの場合、偶然と片づけルには少し無理がある気ガするのじゃヨ」
オオダケは両腕を組み、目を閉じて考える。
そして一呼吸置いて再び目を開くと、なぜかテンドウの方を見ながら、ドンチンに言う。
「――話しておこうカ。今のドンチンの姿――南瓜頭族という種族の真価ヲ」




