第八話 不死族喰らい
翌日。
日課であるセイカの【属性付与】を受けたテンドウは、三十八回積み重ねた青い炎を確認してから納刀する。
今日は外で実戦訓練の予定だ。
脱出ルートとなる南エリアの現地調査。これは必須であるため行いたいのは山々だが……肝心のムウマが昨日から帰ってきていないのだ。
「大丈夫か? どこかで襲われて窮地に陥っているとか……」
「うーん。絶対とは言い切れないけど多分、大丈夫だと思うわよ? 一日帰ってこないことなら今までもザラにあったしね」
「……そうか。まあそれなら信じて待つしかないか……」
冷静にムウマの能力を考えれば、まだ大丈夫かとテンドウは納得する。
ニゴマルのような例外でもない限り、襲撃を受けることはたしかに考えづらい。
――とにもかくにも、戦闘班である自分は実戦訓練を。
『三大ファミリー』の幹部が恐いからと、安全な城にずっと籠もっているわけにはいかないのだ。
「うっし。んじゃ行きますか!」
頬をパンと叩いて気合いを入れたテンドウは、守られた城を出ると慣れた様子で庭園を歩いていく。
今回に関しては完全に一人だ。
ムウマに加えて、いつもの援護射撃担当のヨシくんもいない。
こちらはただの風邪(風呂上がりに素っ裸で夜風に当たりすぎた)だけなので、とくに心配はしていないが。
「庭園はすでに完全制圧、って感じだな。たまに入ってくるのも処理しているし」
アンデッド側から見れば庭園の支配者としてズンズンと進む。
とはいえ亡都の空間に完全に慣れるはずもなく、庭園内でもいまだ緊張感は残っている。
そうして二百メートルほど真っすぐ南に行けば――いまだ安全の欠片もない貴族街へと出た。
「ここまではまさに王者の行進だったなっ!」
「うん。我らがテンドウここにあり、だね!」
「はは。照れるからやめろって。勝負はここからが本番――って! オイコラ、ちょっと待てお前ら!?」
当り前のように聞こえた声に一瞬、答えるもすぐにツッコむテンドウ。
それはそうである。
ここは亡都ヤマトニア、しかもより危険な貴族街に入っているというのに、ガガクとカグラの二人がいたからだ。
「何でついてきているんだよ! 今すぐおうちに帰りなさい!」
「ええー、やだよっ。せっかくここまで来たんだし。なあカグラ?」
「もちろん。お休みのヨシくんの代わりのサポートは私たちに任せてね!」
「いや何でそんなにやる気満々……。くっそ、ここでもムウマがいない弊害が出るとは……!」
己の持つ青い炎刀の魔力と存在感が大きすぎたからか。
後方にいた二人の気配と魔力に気づかなかったテンドウは、まだまだ未熟者だったと痛感する。
……だからすぐに諦めた。
もう一月以上一緒に生活したことで、この赤毛な双子兄妹も意外に頑固だと理解もしている。
もちろん、理由はそれだけではないが。
九歳児にしては動けるうえに、ハッキリ言って子供としては強いのだ。
とくに機動力においては同年代の子とは比べものにならないほどだ。
反応も含めてかなり俊敏であり、まず足手まといにはならないだろう。
「……分かった。じゃあ一緒にやろう。その代わり俺より前には絶対、出るなよ? もし出たらスズランに言いつけて昼メシ抜きの刑だ!」
「おうっ!」
「うん!」
……というわけで、単独ではなく三人一組で。
索敵系の魔法は誰も使えないため、目視のみで標的を探していく。
今日は霧がほとんど出ておらず、ハッキリとした視界の中を捜索すれば――すぐに単独でいた狼系のアンデッドのお出ましだ。
「「【鎌鼬】!」」
敵の姿を確認してすぐ、テンドウが挙げた手の合図で二人が魔法を発動した。
言いつけ通りに後ろに控えた位置から放たれた風の刃が、亡都の陰鬱な空気を切り裂きながら着弾する。
ガガクとカグラの二人は風属性の使い手だ。
下位魔法とはいえこの歳で普通に魔法を使いこなしており、戦いの才能だけで言えばテンドウよりも上である。
「よし。あとは任せろ!」
そんな将来有望な九歳児たちの攻撃に、主戦力であるテンドウが続く。
ダメージこそ大きくないものの確実に怯んだ隙を突き、抜刀斬りで狼系のアンデッドを仕留めた。
「詳しい種族は分からんけど……『赫の大樹海』の狼よりは牙も爪も発達しているな。しかも不気味なお歯黒だし、やっぱりここの魔物は怖い怖い」
一撃で仕留めるも、転がった死体を見ながら気を引き締め直す。
今のテンドウの力(青い炎刀)であればまったく問題ないとはいえ、もし複数で囲まれれば話は変わってくる。
防具らしい防具もなければ個人では魔法も使えず。
遠距離や範囲系の攻撃手段がないため、一体一体を確実に討ち取るほかないのだ。
「……んで、早速か。そりゃこの街じゃ単独でいる方が珍しいよな」
実戦訓練の初戦を終えて、休む間もなく第二戦へ。
次に現れたのは建物の上から飛び下りてきた――四体の黄泉蛙族だ。
「よしやるぞ! 援護を頼む!」
「おうっ!」
「うん!」
さっきと同じく前衛と後衛に分かれて戦闘を開始。
青い炎刀の業火と風の刃が、亡都の陰鬱な空気もまとめて消し飛ばすように、戦場で何度も何度も入り乱れる。
黄泉蛙族は皮膚のみ死後硬直を永久に保っているため硬い。
その硬さからワニの鱗とも表現されるが……当然ながら青い炎刀の前では問題はない。
「――くっ、しまった!?」
一撃で切断するのは当たり前。だが、ここで心配していた事態が起きてしまう。
一体目を処理した後、撃ち漏らした二体目がテンドウの上を飛び越えたのだ。
跳躍の勢いまでは殺せないまま――後衛のガガクとカグラの方に向かってしまう。
たしかに右前脚は焼き切っているのに、平然と動いて跳躍までする相手。
じつはこういう部分もアンデッドの厄介な点の一つだ。
傷を受けても痛みに強く、ほかの魔物と比べて痛覚の部分では動きが止まりづらいのである。
「大丈夫、こっちは任せろっ!」
「【鎌鼬】! もう一発だよ、【鎌鼬】!」
その撃ち漏らした手負いの個体をガガクとカグラが恐れず迎撃する。
口から伸びた鏃のような先端の舌を避けながら、的確な回避と反撃を二人で見舞う。
瞬間、標的の喉元が深く裂かれた。
二つの風の刃が急所に同時着弾したことで、先に倒れたのは黄泉蛙族の方だった。
(……おお、やるな。こりゃ少し子供扱いしすぎていたか……?)
一方のテンドウも残る二体を確実に処理する。
そして急いで二人のもとに行き、責任者としてケガがないかを確認しようとして、
「――へ?」
テンドウの目に映ったのは、まったくもって予想だにしない光景だった。
二人が倒した黄泉蛙族の死体が、早々と魔力の残滓となって消えかかっていたのだが……。
その魔力の残滓がまるで意志を持ったかのように――ガガクとカグラの体に吸収されていたのだ。
◆
「ちょっと待て待て待ていッ!」
突然の事態にテンドウは驚きの声を上げてしまう。
ここがアンデッドの巣窟、敵陣営のど真ん中だとしても……驚きのあまり大声を出さずにはいられなかった。
「あれ、何だこれっ?」
「何で私たちの中に……?」
当の本人たちも理解していない様子だ。
死体が消えて魔力の残滓が体に吸収されていっていることに、ただただ困惑している。
「これは……もしかしなくてもそうなのか?」
同じくテンドウも困惑しているが、二人と違って完全な『?』状態ではない。
だからテンドウは確かめるべく、とある行動に出た。
困惑したままの二人にもう一度、アンデッドを倒させてみたのだ。
別の種族のアンデッドを選び――しっかりと弱らせてからトドメだけを刺させたのだ。
「うええっ?」
「ま、また私たちの中に……?」
すると結果はまったく同じ。
即座にアンデッドの死体が魔力の残滓に変わり、余すことなく二人の小さな体にすべて吸収されていく。
「……うん、これ、間違いないな。なあ二人とも、こういう経験はこれまでもあったのか?」
「いやこんなの初めてだぞっ。亜人族を倒した時は別に……」
「森の魔粘体族でもなかったよね」
テンドウの質問にガガクとカグラが首をかしげながら答える。
そんな二人の答えを聞いて、テンドウは考え込むように数秒間黙った後――一人静かに頷いた。
「アンデッド限定ってことはつまり……【不死族喰らい】か!」
「えっ? 【あんだって兄ちゃん】? 何言ってるんだテンドウ?」
「テンドウの方が年上でしょ?」
「違う違う! 【不死族喰らい】だよ。俺と同じだけど種類は違う――お前らの『特異体質』だ!」
「「……え?」」
そう、『特異体質』。
文字通り特殊な体質によって不思議な力が発現する、天から与えられし贈り物的なものである。
つまり、二人もテンドウと同じ選ばれし者というわけだ。
アンデッドという種族のみを倒した際に魔力の残滓を吸収。
その結果、身体能力や魔力量といった基礎的な部分が強化されるという性質である。
「……似たような体質は過去に聞いたことがあるから間違いない。その人はアンデッドじゃなくて【蜥蜴族喰らい】だったけど」
そう断言したテンドウだが、一つだけ気になることはある。
千人に一人の割合とされる稀な体質が、転移事故の被害者八人のうち三人も出るのは……トンデモない奇跡だ。
「おおー。じゃあ僕たちもっ!?」
「テンドウみたいにどんどん強くなれるってことだね!」
判明した事実にガガクとカグラが子供らしく喜ぶ。
その隣では美味すぎる話にテンドウが不安になるが……別に悪い話では決してないのだ。
むしろ最高の展開、予想外の収穫である。
テンドウと同じく大器晩成型の『特異体質』。
時間をかけてアンデッドを討伐し続ければ、常識外れの速度で成長できるのだから。
しかも双子だからか二人同時に、だ。……幸い時間もたっぷりとある。
本来なら最も懸念すべき食料問題も、畑の作物の育ちが異様に早いため余裕すらあるくらいだ。
(何か風向きが……俺たち人間にも向いてきたのか?)
恐ろしい地獄、亡者の都に突如として差し込んだ光。
まさかの主戦力候補に躍り出た九歳児の双子兄妹――。その近い将来の姿を想像したテンドウは、早くも頼もしさを覚えるのだった。




