第七話 破壊と発見
亡都の中心に立つ白亜のカンナギ城。
かつて国を統べていた王族たちの住処、その一階エントランスに現在の住人たちは集まっていた。
「……やっぱり放置はできないよな」
「……そうね。じゃあ任せたわよ」
城内で青い炎刀を抜いたテンドウに、隣のセイカがぽんと背中を叩く。
近くにはガガクとカグラの赤毛の双子兄妹、肝っ玉母ちゃんのスズラン、老紳士のネゾウ、ハンチング帽おじさんのヨシくんもいて、その全員がテンドウを見守っている状況だ。
今、この場にいないのは丸坊主の索敵担当ことムウマのみ。
彼だけ調査で城外に出ているため、残る七人で転移陣を囲むように立っている。
そんなテンドウたちが何を企んでいる(?)のかというと……ずばり、転移陣の処理だ。
技術が進歩した現代ではあり得ない、しかも連続で起きてしまった転移事故。
その原因である一階エントランスの転移陣を破壊するのである。
「多分、いや絶対にまた被害者が出るだろ。だからその前に壊すわけだけど――転移陣ってこんなんだったっけ?」
青い炎刀を握りながらテンドウが言う。
エントランスの床に刻まれた転移陣を改めて見て、今さらながら少し困惑していた。
……よく見れば見るほどに複雑すぎる、その転移陣の模様に。
おぼろげながら覚えている王都の広場の転移陣と比べると、段違いに線の数が多いのだ。
「転移陣ってもっとシンプルな設計って聞いたことがあるような……。セイカもそう思わないか?」
「うーん、言われてみれば……いや、やっぱり分からないわね。だって私、ただの可愛い酒場の看板娘よ?」
テンドウの問いに首を横に振り、肩をすくめるセイカ。
なのでテンドウはほかの皆にも視線を移すが……とくに返答はなし。
この中では最も博識な元文官のネゾウも首を傾げているので、誰も答えは知らないようだ。
「ま、いいか。……どっちみち壊すんだしな」
すぐに疑問を捨て去り、テンドウは青い炎刀を上段に構える。
つい先日、『三大ファミリー』の幹部である『暗殺怪人』ニゴマルとの遭遇で自信は打ち砕かれてしまうも――その業火は決して弱いはずがない。
「――フゥッ!」
そして勢いよく振り下ろした。
一直線に振るわれた青い炎刀は床に刻まれた転移陣と衝突。甲高い金属音と唸るような燃焼音が、天井高い一階エントランスに響き渡る。
「……ッく、」
その結果は――テンドウの口から漏れた声の通りだ。
今、放てる最高の一撃、全身全霊の炎の斬撃は見事なまでに弾かれてしまった。
床に刻まれている転移陣には、壊すどころか傷一つついていない。
「……想像以上に硬いわね。まあそんな簡単に壊れたら、それはそれで転移陣としての信頼性は低いけど……」
「ふむ。テンドウの一撃でも無傷か。魔法陣はワシの専門外じゃが……これは相当な防護魔法が掛かけられておるのう」
失敗に終わった転移陣の破壊を見て、セイカとネゾウが腕組みをする。
ほかの者達も床を触って確認するが、転移陣を描いた塗料が微妙に擦れているくらいだ。
……これでは破壊など到底できない。
何十何百と青い炎刀を振るったとしても、間違いなく先に刀の方が悲鳴を上げるだろう。
「ぐぬぬぬ……。何かめちゃくちゃ悔しいぞ」
それを理解しているテンドウは早々と青い炎刀を鞘に納めた。
悔しい表情を浮かべながらも、意地になって続けるほどバカではない。
一体、どこの誰がこれだけ頑丈な転移陣を作ったのだろうか?
真相はまったく不明だが、やはり生半可な代物ではなかったようだ。
「でもいずれ必ず。一日一日積み重ねていけば……!」
「ええ、私も手伝わせてもらうわ」
再びセイカがテンドウの背中を優しく叩く。
とにかく転移陣の破壊は後回しだ。今できることといえば、青い炎刀がさらに成長して破壊できるようになるその日まで、新たな事故が起きないことを願うだけである。
「――なあテンドウっ。この感じだと二階のアレもまだ厳しい感じか?」
と、少しだけ重たい空気が流れていた中で。
テンドウが纏うヒノモト王国軍の外套をクイクイ、と引っ張りながらガガクが言った。
「ああ、残念ながらそうだろうな。……アレもアレで相当だし」
「そうかあ。アレも後回しかあ……」
二人の言うアレとは、カンナギ城の二階にある一室のことだ。
色々と疑問に思う点が多いこの城において、その二階の一室も唯一、『開かずの扉』として謎となっていた。
テンドウたちの予想では宝物庫だと踏んでいる。
もしそうなら上等な装備がある可能性が高いため、亡都での生存および脱出に大きく貢献してくれるはずだ。
ゆえにかつての王族たちには悪いが、いずれ『開かずの扉』も強引にこじ開けさせてもらう予定である。
「……さてと。んじゃ今日も気張って訓練するか。ガガクにカグラ、まずは素振り千回からいくぞ!」
「おうっ!」
「頑張るよ!」
「フッフッフ。子供はどこにいても元気だねえ。お昼ご飯ができたら呼ぶから、それまで頑張りなさいな」
テンドウ、ガガク、カグラはいつものように城の中庭へ。
スズランは厨房に向かい、ほかの者たちも各自仕事で城の中に散らばっていく。
ここだけ見れば普通の日常――。いつか脱出できるその日まで、皆がやるべきことをやるのだった。
◆
――一方、安全地帯な城とは正反対の危険な外側にて。
物陰から物陰へと隠れながら、たった一人で貴族街を進む丸坊主の男がいた。
「敵影なし。……慎重にいくぜ」
ムウマである。
いつものように単独で調査しているが、脱出ルートを予定している南の方角ではない。
現在地は城の北西だ。当然ながらこれまで一度も調査していない場所である。
ただ朱色の屋根に統一された同じ貴族街であるため、景色的には何ら変わっていない。
今回の目的は装備の回収だ。
民家の中まで入って武器や防具を探して、装備面での戦力増強を図るためである。
幸いこのエリアは金持ちの家しかないため、一般市民が住むエリアと比べれば、可能性はだいぶ高いだろう。
(にしても何であの時、ヤツは南エリアにいたんだ? 弱小中堅ファミリーしかいない南側には興味がねえはずだが……)
【魔力感知】を常時展開しつつ、ムウマが考えるのは『三大ファミリー』の幹部の一体、ニゴマルだ。
自身の感知にまったく引っかからず、足音も気配もない『暗殺怪人』。
亡都の西をナワバリとする腐肉族ファミリーの幹部が、なぜ南エリアなどにいたのか?
(理由はまったく分からねえが……とにかく、あの怪物との遭遇なんざ二度と御免だぜ)
だから目でもしっかりと確認を。再びの想定外な邂逅を何よりも警戒する。
――ちなみにムウマの情報源については、人語を話せるアンデッドたちの世間話だ。
強力な個体の能力やファミリーの勢力図、さらには街の危険な場所まで。
近くで隠れて盗み聞きを繰り返し、亡都ヤマトニアの情報を少しづつ集めていた。
「――っと、気づかれたか。まったく数が多いと参るぜ……!」
後方から接近してくるアンデッドの群れにいち早く気づき、ムウマは即座に行動する。
【魔力感知】を展開したまま、急いで走り出してさらなる魔法を使う。
「【追い風】!」
瞬間、ムウマの体がグン! と加速した。
パワハラ上司に悩まされた飛脚時代に習得した風魔法により、背中を押された体が風に乗って疾走する。
そこに加えて、そもそもの逃げ足の速さだ。
脚への負担が大きいため二分が限界だが、この状態で逃げに徹すればまず追いつかれない。
(こっちの通りは……少し危ねえな。なら、まずはあっちの区画から当たらせてもらうぜ)
冷静に移動経路を計算しながら、目的でもある装備が残っていそうな建物を物色していく。
そして狙いを定めると、割れたガラス窓から器用に身を畳んで侵入。
一際、大きな庭がある家主を失ったその家で、侵入者を待っていたのは……魔物ではなく人間だった。
……おそらく、百年前の大規模発生で迫る魔物の軍勢に絶望したのだろう。
自ら首を吊って命を断った者たちの、紐に引っかかったまま白骨化している姿があった。
「…………、」
そんな精神的にキツイ現場と遭遇しても、皆が生き残る確率を少しでも上げるべく、ムウマは物色を止めない。
またすぐに次の目星をつけた建物の中に入るべく、徘徊するアンデッドの隙を突いて道を渡ろうとする。
「――!?」
その時だった。
ムウマの展開する【魔力感知】に、経験がないレベルの多数の魔力の反応があった。
……しかもそれらは不自然な形で密集している。
また一つの大きな集団ではなく、数人単位のグループが一定の範囲内に十数カ所あったのだ。
(何だ? まさか大所帯ファミリー……いやでも何か違くねえか?)
突然かつ予想外な反応に混乱するムウマ。
その反応があったのはちょうど進路の先のため、迷いながらも歩を進めていく。
何であれ亡都の、敵対する存在の情報は欲しい。
最も恐れられる『不死の三傑』や幹部との邂逅は断固拒否でも、それ以外なら多少のリスクは取るべきだと判断した。
そうして時折、隠れてやり過ごしながらも着実に前進。
最後に現れた緩やかな坂を登り切った先に――不自然な集団がいる場所が見えてきた。
(な!?)
直後、ムウマの目が大きく見開かれた。
見間違いかと何度も目を擦ってみるも、目の前に広がる景色に変わりはない。
初めて踏み入った貴族街の北西、そこでムウマが見たものは――。




