第六話 南エリアの話題
百年前に起きた大規模発生によって滅んだ悲劇の国。
数十万もの非業の死があった街は、今では数万体ものアンデッドの巣窟となっている。
そんな亡都ヤマトニアは現在――少しだけその姿を変えていた。
外壁に囲まれた巨大な街をすべて包み込んでいる鮮やかな赤い霧。
まるで酷い大気汚染でも起きたかのように、いつもの霧が真っ赤に染まっている。
――『鮮血の霧』。月に二、三回の頻度で起きる亡都ヤマトニア特有の気象現象だ。
赤色に染まった空気はアンデッドたちを興奮させる効果を持つ。
また常に街に漂っている血の臭いも強めるため、視覚や嗅覚から凶暴性が上がり、ほぼ確実にファミリー間の抗争が起きる日である。
その赤く染まった街の南エリア。様々な種族とファミリーが混在する群雄割拠の元一般区では……とある話題で持ち切りとなっていた。
「人間ごときガ庭園を制圧? 冗談も大概にシとけよ」
「それガ本当らしいゾ。貴族街エリアまデ出てきたらしイ」
かつて多くの冒険者が入り浸っていた冒険者ギルドの前にて。
血濡れた剣を背中に差したアンデッドたちは、まるで無頼の徒のごとく座り込んで話していた。
その手には新聞が握られている。
真新しい紙のそれに書かれている文字も、たしかに人間たちの存在に言及していた。
――そこからさらに数百メートルほど西側。南エリアを東西に走る、街の大通りを挟んだ廃病院の中庭でも、
「ただの噂だと思っていたが……。なぜ人間が? そもそもなぜ中央の城に?」
「さァな。まあ細けェことはいいじゃねェか。とにかくこりゃァ……面白くなりそうだぜ」
「……フン、どうかな。ひ弱な人間なんざ集まったところで俺らの敵じゃねぇさ」
ある者は考えを巡らせ、ある者は純粋に楽しみ、ある者は嘲笑う。
そこにあるのは敵意のみであり、かつて同じ人間だったという仲間意識は微塵もない。
一方、貴族街壁の内側にある貴族街エリアでも同じことが。
舌の肥えた貴婦人たちを虜にし、当時は最も繁盛していた元高級レストランの散らかった厨房では、
「もしかして強かったりするのか? だったらこっちに取り込んじまうか」
「いいですねハイ。それ賛成です賛成」
「生き抜くためには必要なことであるな」
とある小さき者達は新聞記事を囲んで集まり、コソコソと話題の人間について話す。
まるで子供のような高い声で、人間たちを支配下に置くべく作戦会議をし始めた。
そんな各ファミリーの様々な反応や思惑が、亡都の南を中心に駆け巡る。
だが数多くの存在がいても、街に一切の体温を感じないのは……彼らが不死なる存在だからだろう。
そんな街の中央に鎮座する白亜の城――カンナギ城。
かつて王族が住んでいた街のシンボルは、『鮮血の霧』が出てもなお住人たちの目から完全に隠れることはできない。
「……城に籠もっていた人間か。まさかまだ生きてやがったとはな」
そのカンナギ城から直線距離で一キロ圏内。
一際堅牢な造りの建物の屋上に立つアンデッドの手には、包帯が絡まった敵対ファミリーの首が握られていた。
……首から下の肉体部分はすでにない。
生存競争に負けた成れの果てとして、勝者の手の中に存在している。
「何が目的だ? アンデッドが決して踏み入れぬ聖域の城――。そこで野たれ死なずに出てくるのなら……容赦なく潰すだけだ」
しゃがれた声にはあらゆる負の感情が込められていた。
体から漏れ出る魔力も薄暗く、このアンデッドの存在もまた街の空気を醸成していく。
「俺らの標的はあくまで『三大ファミリー』だ。人間だろうが何だろうが……誰も俺らの成り上がりの邪魔はさせねえ」
ここは泣く子も黙る亡都ヤマトニア。力こそすべての弱肉強食の世界。
そしてアンデッドたちの野望と怨念が渦巻く、生が死にゆき死が生きる街――。




