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不死ノ国XX記  作者: 三月坊主
第一章 暗澹の貴族街編
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第五話 一寸先は死

「……何か回復がだいぶ早いような? こんなもんだったっけ……?」


 庭園のヌシを討伐した五日後。

 強力な酸による大きな傷を受けるも、ほとんど完治した左脇腹を擦りながらテンドウは困惑していた。


「もしかしてテンドウもアンデッドだったとか?」

「外側だけピチピチの若者で……内側の肉や内臓は腐っていたりしてねえ」

「いやいや、セイカもスズランも変な冗談はやめてくれよ……」


 そんな女性陣二人に冗談を言われるほどに、今のテンドウは回復している。


 食料以外にもなぜか城内に揃っていた、包帯や薬などの医療用品。

 さすがに現代よりも古い型ではあるものの、それらの存在の助けもあって、地味に恐い感染症にもかかっていない。


「――じゃ、また出ますか。ゆっくり休んでいるヒマもないしな」


 すでに愛刀を腰に提げたテンドウは二人に見送られて城の外へ。


 今日はついに庭園の外まで出る予定だ。

 貴族外壁に囲まれたエリアの調査およびアンデッドの間引き。

 いつか来る脱出の日に向けて、色々と準備をしなければならないのだ。


「城から離れるほどにリスクは増えちまうからな。……慎重にいくぜ」

「引き続き援護射撃はおっさんに任せてくれ」

「おう。よろしく頼む」


 メンバーは死魔粘体族(デススライム)の時と同じくテンドウ、ムウマ、ヨシくんの三人だ。

 実はほかにもガガクとカグラの双子兄妹に「連れてけ」「連れてって」とお願いされていたが……そこは大人として断っている。


 九歳児にしては動けるうえに、二人は昔から剣の稽古も行っていたらしい。

 早くに親を亡くして冒険者ギルドの関係者に引き取られて、そこで冒険者見習いとして何年かやっていたとしても……である。


 冒険者でさえ裸足で逃げ出す危険な禁足地。

 そんなところで子供を連れ回すことなどできるわけがないのだ。


「――よっこらせっ、と」


 というわけで、固定の三人で半壊した城の石門をくぐり、安全地帯から危険な外の世界へ。

 かなり平和になった庭園を進み、南にある出入り口のひしゃげた鉄柵の門もくぐれば――いよいよ貴族街エリアだ。


 ――そこへ踏み入れた瞬間、もう一段階、空気が悪質化するのが分かった。

 生者を拒むような、心臓が弱い者なら止まりそうな得体の知れない恐怖。

 それが充満した空間となり、否が応でも全身に嫌悪感を覚えてしまう。


「……早速いやがるな。任せたぜ」

「了解」


 その空気に抗いながら、ムウマと短いやりとりをしてテンドウが前へ。

 幅の広い道と、朱色で統一された屋根の建物が存在するエリアで、まず遭遇したのは死虫族(バグ)だ。


 体長は五十センチ程度。黒ずんだ灰色の外殻を持つ甲虫型のアンデッドは、庭園にもいた下位の魔物である。


 亡都仕様のタフさ、より正確には外殻の硬さが割増しであっても、今のテンドウの敵ではない。

 ただ数が庭園内よりも多く、すでに視界には七体の群れが映っていた。


「問題なし。我が青い炎刀の塵となれ!」


 今朝の【属性付与(エンチャント)】でまた積み重なり、現在の付与回数は三十五回。

 油断はなくともつい軽口が出てしまうほど、頼れる青い炎刀はさらに強化されている。


「ヂヂヂヂィ……ッ!」


 テンドウに気づいた敵が一体、また一体と襲い来るも、一振りで確実に落としていく。

 空は飛べるが低空飛行しかできないため、迎撃しやすい高さに来れば焼き斬ることなど造作もない。


「フゥ……ッ!」


 ――結果、最初の群れの討伐に三十秒とかからず。

 庭園外での初戦闘は青い炎刀のおかげもあり、呆気ないほどにすぐ終わった。


 これなら意外にサクサクと進めるか? そんな考えがテンドウの脳裏によぎるが――すぐに甘いと理解されることに。


「うお!? いきなりかい……!」


 再び別の方向から現れた新たな敵。

 貴族街の立派な建物の影から現れたのは、こちらも燃え盛る存在だった。


「どうする。アレとやんのか?」

「……一応、やるにはやってみるぞ。確認作業は必要だしな」


 ムウマの問いに苦笑いしながらテンドウは答える。


 ――現れたのは不死火族(ヘルフレイム)だ。

 青い炎刀の炎には及ばずとも、全身炎の焼死体のような人型アンデッドである。


 種族自体の強さは大したことはない。

 事前にムウマから共有された情報では、亡都には『はぐれ』と呼ばれるファミリーに属さない強個体が存在するが……当然それにも該当しない。


 ただし、問題となる点が一つだけ。それはこの種族が見たまま火属性だということだ。


「火の斬撃を使うテンドウとは……どう考えても相性の悪い相手だな」

「ああ。ある意味、最も恐れていたアンデッドだぞ」


 ヨシくんの言う通り、自慢の青い業火が効きづらいのだ。

 纏う炎の下に肉体はあるため完全に無効とはならない。

 だが正直、どの程度こちらの攻撃が軽減させられるかまでは分からなかった。


 そんな厄介な相手にテンドウから仕掛けにいく。

 幸い敵は単独でいるため、力関係を調べるには絶好の機会だ。


(今の俺の全力、受けてみろ!)


 上段からの振り下ろしを不死火族(ヘルフレイム)に見舞う。

 速く鋭く振り抜かれた青い炎刀は、たしかに纏う炎を裂いてその下の肉体部分にまで届いたが――。


「むむッ!?」


 結果から言えば、ほとんどダメージはなし。


 威力の大部分を占める青い炎を相殺されたのだろう。

 ただの素の刀の斬撃だけでは、肉体を斬った手応えはほとんど返ってこなかった。


「……ッ、参ったな。やっぱり一筋縄じゃいかないな、この地獄の街は!」

「仕方ねえ。じゃあコイツは無視でいくぜ」

「おっさんも賛成だ。……テンドウもそれでいいか?」

「もちろんだ。悔しいけど今の俺じゃ火力が足りないようだしな」


 ……時には諦めも肝心である。

 早々に討伐を諦めたテンドウたちはすぐさま作戦を変更した。


 反撃しようとする不死火族(ヘルフレイム)から離れて、全速力で現場を離脱したのだ。


 この種族は鈍足なため逃げきること自体は容易である。

 ムウマの【魔力感知】でのサポートを受けつつ、テンドウたちは別の道を探っていくことに。


(本当は真っすぐ南に向かいたかったけどな。……まあ、ここは訓練で使うような低級の森じゃないんだ。最初から最短距離で行けるほど甘くはないか)


 進路の南から外れ過ぎない範囲で、いくつかの角を曲がってアンデッドが少ない建物が入り組んだ方へ。

 先頭にいるムウマの索敵があれば急な遭遇の恐れはない。

 ゆえに本来なら危険な入り組んだ道も、遮蔽物で身を隠せるため好都合でしかない。


「!? ……待て二人とも。前方からスゲえ勢いで来てやがるぜ。……一旦、待機だ」


 と、ここで。その頼りになるムウマから指示が入った。

 後ろに続くテンドウとヨシくんは無言で頷き、足を止めてゴミ集積所らしき建物の影に隠れる。


 するとムウマの探知通り、前方からは一体のアンデッドが全速力で駆けてきていた。

 右半身が骨で左半身が腐肉を纏った、二本のゴツい巻き角を持つ牛らしきもの。


 おそらくは亡都ヤマトニアの固有種だろう。

 ただ確実に言えるのは、魔力からしてもアレが『はぐれ』で強個体だということだ。


「「「……?」」」


 そんな未知のアンデッドの姿を見て……三人はすぐに違和感を覚えた。


 自分たちを見つけて鼻息荒く突撃してくる感じではない。

 むしろ逆だ。まるで怯えるように、何かから逃げているように走っているのだ。


「何を必死に走っているんだ? 別に誰もいな――」


 そのテンドウの声が最後まで発されることはなかった。


 なぜなら、ずずい、と。

 一切の音も気配も魔力の波動もなく、建物の屋根越しに巨大な顔が覗いたからだ。


「「「……は?」」」


 突然の事態に三人の声が重なる。

 と同時。顔を覗かせたそいつはいきなり跳び上がったと思いきや――軽々と建物を越えて逃げる牛のアンデッドの進路に立ち塞がった。


 急に現れた時と同じく、着地音や震動すら感じさせない無のままに。


「――死ネ」


 そして振るわれた巨体からの一撃。

 丸太よりも太い右腕からの張り手によって、強個体であるはずの『はぐれ』が血飛沫を上げてバラバラにされる。


「「「!?」」」


 そんな突然の惨劇を見せつけられて、テンドウたちの全身が恐怖で固まる。

 何の前触れもなく現れたその存在は……明らかにほかのアンデッドとは違う。


 異常。バケモノ。規格外――。

 少なくとも兵士歴二年のテンドウが出会ったことのないレベルの魔物だ。

 気づけば三人は呼吸することも忘れて、今この場には完全なる静寂が訪れていた。


 その恐怖の時間の中で……無意識に呟いたのはムウマだった。


「まさかアイツが――例の『暗殺怪人』か?」



  ◆



 二階建ての家屋を越える青黒い巨体。

 隆起した筋肉の上に腐ったぶ厚い脂肪を乗せた全身には、薄汚れた白い腰布一枚しか身につけていない。


 どこからどう見ても大型の腐肉族(グール)だ。

 その巨体からの存在感は凄まじいものがあるが……不気味なほどに足音も、気配も、魔力もまるでない。


「「「ッ!?」」」


 そんな怪物と目が合った。いや合ってしまった。

 道の中央にそびえ立つアンデッドと、物陰に身を隠していた人間たち。


 瞬間、テンドウたちは死を意識した。

 青い炎刀を抜刀することすら躊躇うほどの圧倒的な差――。

 例えるなら百獣の王と子ウサギか。狩る者と狩られる者の関係性を、たったの一瞬で理解させられてしまったのだ。


 ――――…………。


 目が合ったまま、永遠にも感じる数秒間。

 だが大型の腐肉族(グール)は次の獲物に興味を示さず、ぐるんと青黒い巨体の向きを変えた。


 そしてまた一切の音もなく、悠然と歩いて現場を離れていく。


「「「…………、」」」


 テンドウたちはそれをただ見つめていた。

 離れていくその後ろ姿だけでも、威圧は解けずに体は委縮したままだ。


 ……まさに九死に一生以外の何ものでもない。

 運よく助かったのだと頭では理解しても、いまだ全身の毛穴からは嫌な汗が噴き出し続けている。


 ……そうして指一本すら動かせないまま、青黒い巨体が完全に見えなくなった頃に。

 力の抜けたテンドウたちは、へなへなとその場に座り込んでしまう。


「な、何だあのヤバイのは……。そういやムウマ、さっき『暗殺怪人』って言っていたけど……?」

「そうだ。『暗殺怪人』ニゴマル。俺も初めて見たが……これまで集めた情報からしても間違いねえぜ」

「もしかしなくても……『三大ファミリー』のヤツか?」

「ヨシくん、ご名答だ。さすがにあのレベルのアンデッドはヤツらしかいねえよ」


 少し落ちつきを取り戻した中、最も詳しい調査担当のムウマが語り始める。


 さっきの大型の腐肉族(グール)は『三大ファミリー』の一つ、亡都の西をナワバリとする腐肉族(グール)ファミリーのアンデッドだ。

 ただ当然、下っ端などではない。強個体の『はぐれ』すら瞬殺するほどの、尋常ではない強さを誇る幹部の一体である。


「『暗殺怪人』ニゴマル。その異名通り、俺の【魔力感知】にはまったく引っかからなかったぜ……」


 力ないムウマの声が亡都の一角に響く。

 それを横で聞きながら、テンドウは納刀している愛刀に視線を落とした。


 あれだけ自信のあった青い炎刀が、今ではただの松明だと錯覚するほどに。

 幹部と呼ばれる存在との絶望的なまでの力の差を、戦わずして思い知らされたのだ。


「……一旦、戻るか。ちょっと寿命が縮まったぞ……」


 そう呟いたテンドウに、ムウマとヨシくんが無言で頷く。


 別に誰も油断はしていなかった。だが甘かったと痛感させられた。

 ここが世界で最も危険な場所である理由を、本当の意味で初めて体感させられたのだ。


 街の外への距離も含めて――テンドウたちの脱出はまだまだ先のようだ。

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