第四話 庭園の戦い
勝てばその先へ。負ければ即終わり。
アンデッドの楽園である亡都ヤマトニアからの脱出のためには、障害となるものはすべて取り除かなければ道はない。
「――邪魔者はいねえ。今なら大丈夫だぜ」
「了解だ。じゃあ行きますか」
【魔力感知】での索敵を終えたムウマの声を受けて、テンドウが大きく頷く。
そして先頭で半壊状態の石門をくぐり、安全地帯である城の敷地内から外へ。
その後ろに続くのはムウマと、後方支援担当のヨシくんである。
今日の亡都はわずかに霧が出ていた。だが視界的に問題はない。
セイカたちに見送られながら、テンドウたち男三人衆は庭園を進む。
この三週間と少しで地道に討伐を行っていたこともあり、アンデッドの数はだいぶ減っている。
……それでも空気自体の悪さは何ら変わってはいない。
不快感を覚える表面的な湿り気や、底知れぬ重苦しさといった部分は健在だ。
ただ以前よりも危険度自体は下がっており、大人しくなった庭園を真っすぐ南に進んでいけば――すぐに標的は見えてきた。
(近くで見るとこりゃまた……。よくもまあここまで成長したもんだな)
馬車サイズの巨大な死魔粘体族。
全身が毒々しい紫色に染まり、ブヨブヨな体からは何本かの不気味な突起物が飛び出している。
コイツこそが庭園のヌシ、一つしかない出入り口付近に常駐している邪魔者だ。
その姿および漏れ出る魔力を見ても、まず間違いなく兵士歴二年の若手が勝てる相手ではない。
ハッキリ言うならただの自殺行為――。
いくら剣の腕が良いとはいえ……普通なら挑戦すらしない強敵だ。
「……俺が普通なら、な。頼んだぞ相棒」
軍に入隊した時から使っているテンドウの愛刀は、今や燃え盛る青い炎刀に変化している。
【永続重複付与】によって姿を変え、放つ魔力も目の前の強敵に引けを取っていない。
「乱入者の心配は無用だぜ。俺がすべて責任持って引きつける」
「援護射撃も任せてくれ。おっさんでも貢献できると証明してみせるさ」
「おう。頼りにしているぞ、ムウマにヨシくん。……俺も全力で挑ませてもらうよ」
ここでテンドウが一歩前へ。
仲間たちから離れてさらに前進すれば、すでに青い炎刀の存在でこちらに気づいている死魔粘体族が敵意を向けてきた。
この街では日常茶飯事の異種族間の殺し合い。
第一関門の庭園を突破すべく――人間とアンデッドの戦いが幕を開けた。
◆
「【電電矢】!」
テンドウ対死魔粘体族。
その一戦の口火を切ったのは、両者ではなく小さな田舎の村の現役猟師――ヨシくんだった。
古い竹弓に番えられた雷の矢が指先から放たれ、巨体ゆえに動きの遅い標的に直撃する。
と同時に破裂するような電撃音が響き、ビクン! と震えたことでその体全体に波紋が広がっていく。
だがダメージは……まったく通っていない。毒々しい紫の体には傷一つついていない。
「問題なしだ。俺の十八番の雷魔法はあくまで足止め用なんでな!」
後方で状況を確認したヨシくんが叫ぶ。
事実、死魔粘体族は痺れており、完全ではなくともわずかに動きが止まっていた。
「フゥッ!」
そこへテンドウが勢いよく斬りかかる。
飛び込みからの袈裟斬りを見舞い、青い炎刀が死魔粘体族の柔らかい体に傷をつけた。
(予想通りだ。これならイケるぞ!)
本来なら打撃も斬撃も効きづらい種族だ。
また特別に火属性が弱点というわけでもない。
それでも小さくない傷が刻まれたのは、間違いなく今日までの【属性付与】の積み重ねによるものだ。
テンドウはセイカに感謝しつつ、慎重に相手の出方をうかがう。
鮮やかな一発が決まったからと調子に乗るほどテンドウもバカではない。
魔粘体族系は四肢がある種族よりもよっぽど動きが読みづらいのだ。
手痛いカウンターを喰らう危険は高く、それでケガを負った新兵をテンドウは何人も見てきている。
「――ッと。早速、ヤバイのが出たな!」
その判断は正しかったとすぐに分かった。
体に複数ある突起物の一つから、高速で紫色の何かが撃ち出されたのだ。
距離も取っていたテンドウはそれを回避。
すると直後、テンドウがいた場所の石畳がジュワァアア! という悲鳴とともに煙を上げた。
(……こりゃ酸だな。それも相当に強烈なやつだぞ。んで、突起物はその射出口ってわけか!)
回避に成功しても肝を冷やすテンドウ。
もし直撃していれば、まず間違いなく体に風穴が開いていたはずだ。
魔銀製の鎧を纏っているならいざ知らず、布の服に王国軍の外套を羽織っているだけでは何の足しにもならもない。
休暇中に起きた転移事故の弊害が、防具面においては如実に出ていたのだ。
「――【電電矢】!」
と、ここでお返しとばかりにヨシくんの二度目の雷魔法が炸裂した。
再び死魔粘体族の動きが一瞬、止まったのを確認して、テンドウが青い炎刀で斬撃を見舞う。
さっきよりも傷は深く、炎によるダメージも入っている。
そのことに手応えを掴んだ二人だったが……この鉄板の連携はすぐに崩れることになった。
三度目に放たれた電撃の矢の無効化。
直撃しても一瞬たりとも痺れることなく、敵は何事もなかったかのように動き続けていたのだ。
「ちょ、もうかよ!? 何ちゅう耐性の高さ……。すまんテンドウ、おっさんの援護射撃はここまでっぽい!?」
「いや感謝するぞ。あとは若造にお任せを!」
戦闘に入って一分と経たずに味方の援護がなくなってしまう。
一応、ヨシくんはほかの下位魔法を覚えているので撃てることは撃てる。
ただ死魔粘体族にダメージを与えるほどの魔法は使えないのが現状だ。
(分かっちゃいたけど……! やはり亡都のアンデッドは外の世界とは一味違うな!)
ムウマの命懸けの調査によれば、ここには喋るアンデッドも普通にいるらしい。
そいつらは大抵が強力な魔物のため、全体で見ればこの庭園のヌシでさえ下位に位置するかもしれないのだ。
……ならばこんなところで負けていられるわけがない。
一対一となったテンドウは気合いを入れ直し、頼みの青い炎刀を構える。
――まず優先すべきは何よりも回避だ。攻撃は明確なチャンスがあった時のみ入れていく。
幸い現時点でも攻撃力の一点だけは恵まれているのだ。
三十回の付与が積み重なった青い炎刀は、火属性の中位魔法レベルの斬撃を好き勝手に連発でき、かつ魔力消費もゼロなのだから。
「世界で最も危険な場所から脱出するんだ。人間もこれくらいの理不尽は許してほしいな!」
叫び、テンドウは必死の回避と強力な攻撃を繰り返す。
カウンターでの致命傷に警戒しつつ、ヒットアンドアウェイで地道に削り続けていく。
おそらく死魔粘体族に大技らしき手札はない。
突起物からの強力な酸の弾丸。この一手だけだと思われる。
……それでも充分、厳しい攻撃であるのは間違いないが。
対峙するテンドウに傷もなければ余裕もなし。油断してまともに被弾すれば、一気に形成逆転となるのは目に見えている。
(……必ず勝つ。背負っているのは俺の人生だけじゃないんだ!)
自分の代わりは誰もいない。
だから兵士の時よりも、今の被害者は決意に満ちていた。
わずかにある予備動作を見て、突起物から高速で射出される紫の酸を寸でで躱す。
そのまま懐に飛び込み、蓄積したダメージで弱っている相手に青い炎刀を振り下ろす。
「――、――! ――、」
直後、戦闘が始まってから最も激しく死魔粘体族の巨体が震えた。
十数回目となる炎の刃を受けて、内側から荒れ狂うかのように身悶えたと思いきや、
発声器官を持たない種族であるために、一切の断末魔を上げることもなく。
不気味に蠢いていた柔らかな物質の巨体が――突如として崩れていく。
攻撃の応酬が途切れたことで訪れた静寂。
その中で溶けるように形を失い……ものの数秒で石畳の道の上に紫の液体だけが残される。
――勝敗は決した。
度重なる灼熱を帯びた斬撃によって、ついに庭園のヌシは息絶えたのだ。
邪魔で脅威となっていた存在は、今度こそ蘇ることはないだろう。
一方、激闘を制した勝者であるテンドウはというと、残心をとったまま――。
「……はは。まだまだだな。見切ったと思ったんだけど……少し甘かったか」
鮮やかな完勝、とはいかなかった。
左脇腹から滲む血の赤色。抑えた左手も服の上から赤く染まっている。
直撃こそ免れたものの、トドメの一撃の前に敵の攻撃が掠めていたのだ。
「「テンドウ!」」
その状況を確認したムウマとヨシくんが慌てて駆け寄ってくる。
致命傷でこそないが、決して軽傷ともいえない深い傷だ。すぐにでも応急処置をしなければならない状態にあるのだが――。
「…………、」
テンドウは笑っていた。
二人に心配させまいと作った顔ではなく、自然に溢れた笑顔として。
なぜなら、これで未来が繋がったのだから。
たかが最初の一歩だとしても、確実に脱出への足がかりはできたはずだ。
「必ず皆で、あるべき場所に帰ろう」
相変わらず街の空気は淀み沈んでいても、どこか清々しく感じるのは錯覚ではない。
テンドウが来て約一カ月。最古参のムウマやヨシくんは約三カ月。
若き挑戦者の燃える決意と力によって、人間たちはついに庭園を突破したのだった。




