第三話 城の仲間たち
テンドウが転移事故に遭ってから一週間が経った。
いまだ最初のステージ(?)とも呼べる庭園すら突破できていない現状ではあるが……城の中は暗い空気に包まれてはいない。
なぜなら、
「たんとお食べ。体が資本なんだから。とくに負担が多い戦闘班のテンドウと、成長期のガガクとカグラの二人はね」
「おう!」
「「うん!」」
城の一階にある食堂。
百年前は王様を筆頭に王族が座っていたであろう長テーブルに着席し、テンドウたちは食事を取っていた。
焼きたてのパンに、芋のスパイス炒めに、豆のスープに。
食器こそ銀製で高価な一方、料理の方は家庭に出てくるようなものを、普通に亡都ヤマトニアで食べられているのだ。
「今日も美味しいな、スズラン。本当にありがたいぞ」
「はっはっは。この程度なら私に任せておきな。それにしても、やっぱり若い兵士は食いっぷりがいいねえ!」
テンドウの声に答えたのは、エプロン姿の五十代の女性、スズランだ。
同じ転移事故の被害者である彼女は、元王宮料理人という肩書きを持っている。
また彼女は料理だけでなく、セイカとともに掃除や洗濯の担当でもあった。
ふっくら体型なところも含めて、皆の肝っ玉母さんのような存在である。
「スズランの腕はもちろん、食材もわりといいからのう。素材の味も充分じゃろう?」
「ああ、芋も豆も甘みがあるし、大きくて食べごたえもあるからな」
頬張るテンドウに次に話しかけたのは、白髪で眼鏡をかけたネゾウだ。
今年で六十八となる彼もまた被害者の一人で、ヒノモト王国の文官を引退してからは悠々自適な生活をしていた。
この城に飛ばされてから就いた新たな役職は畑担当だ。
城の裏手にある畑で農作業に従事して、食料面で皆を支えている。
「で、今日はどうするんだ? 湧いている死虫族を潰すなら、おっさんも援護するぞ」
「ぜひお願いするぞ。ヨシくんの手を借りられれば楽だからな」
続いて話しかけてきたのは、ハンチング帽を被った四十歳の中年の男、ヨシくんだ。
親しみやすい顔と雰囲気だからか、年下組にもくんづけで呼ばれている。
彼単体の戦闘力こそあまり高くないものの、正確な遠距離魔法で後方支援を担当している。
――そんな仲間たちがいるからこそ、城の中の空気は暗く落ち込んではいない。
加えて安全が保障されている場所で、しっかりと食事や睡眠を取れていることも大きな理由だ。
……もちろん、ここにいても未来がないのは全員が分かっている。
それでも気持ちが追い込まれていないのは、この城の中が恵まれているからだ。
(本当にありがたい。ありがたいけど……謎は深まるばかりだよな?)
ガガクとカグラに挟まれた席でパンを咀嚼しながら、新参者のテンドウは考える。
井戸水が生きている……という点はまだ理解できるとして。
食料庫には作物の種や調味料、ほかいくつもの食材が残っていた。
それらすべてに【保存魔法】が掛けられていたのだ。
また裏庭にある畑の土やベリーの木にも、何かしらの維持系統の魔法が使われていた。
かといって最初に事故に遭った者たちが来るまで、人間が生活していた痕跡はなし。
つまり噂通りに百年間、この城にも人の営みはなかったはずだ。
(あり得ない転移事故の連発に、ここで生活しろと言わんばかりの整えられた現地の状況……。本当にただの偶然で――)
「あれ、もう食べないのかテンドウ? じゃあ僕がもらっちゃうぞっ!」
「こらガガク。勝手に人のものを食べちゃダメでしょ!」
と、そんな元気で赤毛な双子兄妹の声で思考の海から戻ってきたところで。
次にテンドウの耳に入ってきたのは、皆の食事の音とは違うものだった。
「……ん?」
ドタドタドタ! と。
エントランスの方から激しい足音が聞こえてきたと思ったら――一人の男が食堂の扉を開けて入ってきた。……大きな猪の死体を連れて。
◆
「ムウマ! 朝食も食べずに出ていったと思ったら……。またトンデモない土産を持ってきたわね」
「ああ。あまり腹も空いてなかったからな」
姿を現した男にセイカが言うと、目も合わさずに男が返答した。
そして独特の獣臭とともに、仕留めたと思われる猪をぐぐいと引きずって、すぐにスズランがいる調理場まで移動していく。
彼の名はムウマ。三十二歳の丸坊主が特徴的な男だ。
一見、ぶっきら棒でとっつきづらい印象を受けるが……決して嫌なヤツではない。
むしろ真逆である。こうして皆のために危険を冒して狩りに出るのを見ても、思いやりのある優しい男だ。
「お疲れさま。アンデッドどもは大丈夫だったか?」
「問題ねえ。ただ今日は霧がなくてリスクはあったがな」
貴重な肉をスズランに渡して戻ってきたムウマに、テンドウがそう声をかける。
相変わらず目線こそ合わせてくれないが、一番の新入りであるテンドウも無視されることはない。
ちなみに、ムウマの狩りは街の外の『赫の大樹海』で行ったわけではない。
外から亡都中心まで入ってきた動物を見つけて、腐肉族などの捕食するアンデッドよりも先に確保するだけ。
範囲もあくまで貴族街壁の内側、庭園を出て数百メートル以内である。
その狩りを行ったムウマの得意分野は索敵だ。
【魔力感知】の魔法でアンデッドを探知して遭遇を避けて、街の状況を把握しながらたまに狩りを行うことが仕事である。
そこに加えてシンプルな逃げ足の速さ。
パワハラ雇い主が原因で辞めたとはいえ、元飛脚の走りは伊達ではない。
ムウマ一人だけであれば、庭園のヌシである死魔粘体族の壁もすり抜けられるほどだ。
「今日は抗争もあったから助かったぜ。……その隙を突いて獲物を掻っ攫ったって寸法だ」
「そうだったのか。もしかして三大のヤツらか?」
「いや違え。どっちも弱小ファミリーの下っ端だぜ」
テンドウの正面の席に座ったムウマに聞くと、そんな答えが返ってきた。
もう一週間も先輩たちと生活しているため、すでにテンドウも亡都の状況は共有している。
――ここ亡都ヤマトニアにはいくつもの派閥、ファミリーと呼ばれる組織が存在する。
アンデッドたちはそれぞれ結集し、日々どこかで抗争を繰り広げているのだ。
中でも恐れられているのが、大きな三つのファミリーである。
大規模発生後の王都奪還作戦の中心にいた、『不死の三傑』と呼ばれる個体が率いる組織だ。
北の元魔法区を統べる亡霊族ファミリー。
東の元商業区を統べる骨人族ファミリー。
西の元工業区を統べる腐肉族ファミリー。
それら『三大ファミリー』を中心に、滅亡から百年経った現在も戦いは続いていた。
残る南の元一般区に関しては、弱小と中堅ファミリーが群雄割拠するエリアとなっている。
「……考えるだけで嫌になるな。とりあえず美味しい朝食に集中しよう。うん」
というわけで、テンドウはまた目の前の食事に没頭する。
そんなテンドウに大きな変化が訪れたのは――彼が来て三週間以上が経った頃だった。
◆
「せ、セイカ! ――おま、何か変なことしたのか!?」
「してないわよ!? 私はいつも通りに付与しただけだから!」
その変化は突然、起きた。
朝食後の日課でもあるセイカによる【属性付与】。
それが一階エントランスで行われた直後、いつもとは違う光景が生まれたのだ。
――赤から青へ。
テンドウの『特異体質』によって永久に燃える炎の刀身が、何の前触れもなくその色を変えたのだ。
「急に何だ? これまではずっと同じだったのに……」
「それに魔力も……昨日よりも一回分以上増えてないこれ?」
「だな。いきなりグン、と伸びた感覚があるぞ」
「たしか今日で三十回目……ちょうど一カ月よね?」
「……節目だから変化が起きた、ってことか? 原理は分からんけど、まあそういうことだよな」
突然の事態に揃って驚くも、『特異体質』自体に謎が多いため強引に納得する二人。
とりあえず突然消えたとか限界が来たとか、そういう悪い方向ではないのだ。
なぜか火力(威力)が跳ね上がるという、むしろ逆の良い展開なのだから……とくに深く考えなくてもいいだろう。
「…………、」
そして再びテンドウは自身の炎刀、改め青い炎刀を見る。
三十回(と今回の特殊強化)を超えた今、燃え盛る炎の力強さは亡都に来た時とは比較にならない。
体の一部という判定なのか、所有者のテンドウ自身にはその熱さは伝わってこないが……。
どう低く見積もったとしても、火属性の中位魔法レベルに到達しているのは確実だ。
「ついにやるか? もっと積み重ねてからでもいいっちゃいいけど……」
「そこは任せるわ。アンタ自身の感覚として、イケると思うなら間違ってないと思うし」
「うーむ。そうか……」
予定では五十回の付与時点でだったが、今の青い炎刀を見てテンドウの気持ちが揺らぐ。
水や食料といった生命線はもちろん、睡眠などの生活面も安定しているから焦る必要はない。
……それでもやはり、なるべく早く前進したい。
そう思ってしまうのは、街に囚われた身としては当然の感情だ。
(…………、)
上階で遊ぶガガクとカグラの双子の声が聞こえてくる中で、テンドウは目を閉じて考え込む。
しっかりとリスクも理解した上で、今の自分の実力すべてを天秤に掛けて悩んだ末に――。
「よし、決めた。この青い炎刀でなら勝負してみようか。今日で最初の関門を――庭園のヌシを討伐するぞ」
その目と声には男の覚悟があった。
亡都脱出のための道を切り開く戦闘班として、重い責任を背負うだけの強さもある。
――ならば迷わずいこう。今が挑戦の時である。
こうして、テンドウが来て二十五日目の朝。
これまでの雑魚とはまったく違う、初めての強敵との戦いが決まったのだった。




