第二話 亡都と小さな種火
奇妙で不幸な転移事故。行き先はまさかの亡都ヤマトニア。
考えうる限り最悪な運命に飲み込まれたテンドウは、休暇ではなく強制的に過酷な生活を強いられることになった。
「……けど、嘆いていても始まらないからな。とにかくまずは自分の目でも状況を確認しないと」
「ならこっちよ。ついてきて」
「景色だけはいいから楽しみにしとくんだぞっ!」
「景色だけは、ね。そこら中に魔物はウヨウヨいるけど」
互いに自己紹介と炎刀披露を済ませた後。
同じ被害者、同じ運命共同体であるセイカ、ガガクとカグラの双子兄妹に連れられて、テンドウはとある場所へと移動することに。
城の階段を登り、たどり着いたのは最上階の大きな部屋だ。
存在感がありすぎる天蓋付きのベッドに、立派な天然木の机。また壁際には高価そうな調度品が床に転がっている。
さらにぶ厚くて光沢あるカーテンがついた窓ガラスは……ところどころ割れてしまっていた。
セイカの説明通り、ここが亡都の中心に立つ城ならば――この部屋は間違いなく国のトップ、つまり王様の私室だろう。
だが、そんなことよりも……である。
テンドウの視線はすぐに窓の外、眼下に広がる亡都の景色に移っていた。
「!? ……オイオイ、こりゃ冗談キツイぞ……!」
「ビックリでしょ? 薄目で見たらまだ全然、生きてる街みたいよね」
滅亡の原因となった大規模発生の影響で、破壊の痕は至るところに存在している。
ただ多くの建物や道路は百年経った今もなお、思ったよりも多くが残っていた。
東方の国ではあるも西方の色を取り入れた建築様式――。それら建物からなる街並は、ヒノモト王国とは異なる美しさがある。
そんな亡都ヤマトニアには――予想を遥かに上回る数の動く存在がいたのだ。
眼下に映るアンデッド、アンデッド、アンデッド……。
種族こそバラバラで異なるものの、紛うことなき不死の魔物たちが蠢いていたのだ。
「見える範囲でこれなら……。街全体で何万体もいるって話は本当っぽいな」
「加えて、ウソか真か『封じられた何か』もいる、っていう都市伝説もあるわね」
「まさに地獄。九歳児の僕らにはちょっと刺激が強すぎるぞっ」
「見たくない現実ってこのことだよね」
亡都の一部の南側を見下ろして、初めて見たテンドウも見慣れているはずのセイカたちの声も沈む。
亡都をぐるっと囲むようにある外壁は遠い。おそらく直線距離で三キロはあるだろう。
今は亡きハレルヤ王国は領土的には小国も小国だ。
とはいえ、そのすべてがここ亡都一つに集約していたため、小国でありながらも世界最大の都でもあったのだ。
ゆえに昔……だけでなく、今も人口(?)密度は世界一らしい。
ここから脱出するには眼下に見えるアンデッドの群れの中を進み、外壁まで到達しなければならないのだ。
「――で、最初の問題はアレよ。ほら、あそこのベンチにいるヤツね」
「……ああ、アイツか。この距離でもデカイから分かるな」
セイカの声にテンドウが頷く。
二人の視線の先にいるのは、馬車サイズの魔粘体族らしき魔物だ。
……ただ当然、亡都ヤマトニアという場所を考えれば……大きいだけの個体などではない。
死魔粘体族。
明らかに異質で例外なくアンデッドなその大型の個体は、通常の緑や水色ではない毒々しい紫色をしている。
また遠くからでも突起物らしきものを複数確認でき、見た目からもそのヤバさが伝わってきた。
「この城の前に広がる庭園のヌシ的存在ね。一つしかない南の出入り口にいつもいるから、まずはアイツをどうにかしないと話は進まないわ」
「……な、なるほど」
厳しい現実を自分の目で見て、テンドウの顔が少しだけ引きつる。
兵士でもある自分こそが戦いにおいては先頭に立たなければならない。
そしてあの個体を含めた、強力なアンデッドたちと殺り合わなければならないのだ。
(……まさにアンデッドの巣窟、魔境だぞ。冒険者ギルド風に言うなら攻略難度SSランク……その片鱗をもう見るとはな)
テンドウは心の中でため息をつく。
だがすぐに頬をパン! と叩くと、隣にいるセイカの方に向き直った。
「色々と了解した。じゃあセイカ。悪いけど早速、【属性付与】をお願いしてもいいか?」
「もちろんいいけど……私は普通に付与すればいいのよね?」
「おう。頼む」
再び鞘から刀を抜いた瞬間、刀身が燃え上がる。
現段階でも普通の属性付与剣ではないそれによって、王の私室の温度がぐっと上がった。
――回数は一日一回のみ。現在は五日で五回の火が付与されている炎刀に、セイカは少し離れて両手をかざす。
「じゃあいくわよ――【属性付与】!」
セイカの両手に魔力が集中した直後。
同じ下位魔法の【火球】一個分にも満たない火の塊が生まれると、テンドウが持つ炎刀に吸い寄せられるように吸収されていく。
「……ありがとう。これからも毎日頼んだぞ。剣の腕は自信があるけど、魔法はからっきしだからな」
感謝の言葉とともにテンドウは己の炎刀をまじまじと見る。
計六回となる火の付与をされた炎刀は、先ほどと比べるとたしかに少しだけ成長していた。
これこそがテンドウの『特異体質』の【永続重複付与】。
塵も積もれば山となる、まさに大器晩成型の能力である。
テンドウが休暇で海に行くのに刀を携帯していた理由はこれだ。
目的の場所こそ違ったが、一日たりとも無駄にはせずに、現地で付与してもらうためだった。
「なあなあっ、ちなみにそれってどこまで重ねられるんだ?」
「もし十回とかで限界がきちゃったら……?」
「うーん、そこは分からんな。神のみぞ知るって感じだぞ」
興味津津な様子のガガクとカグラの問いに、テンドウは腕組みをしながら答える。
実際、『特異体質』は極めて珍しいものだ。
また五日前に発現したばかりなため、本人ですら正確には分かっていない。
――とにもかくにも、信じてやるしか道はないのだ。
一旦、炎刀を鞘に収めたテンドウは、また眼下の街を見下ろしながら大きく頷いた。
「じゃあ一度やってみるか。亡都ヤマトニアでのデビュー戦といこう」
◆
王の私室がある最上階から一階に下りて、転移陣と古時計があるエントランスを抜けて外へ。
重たい城の扉を開け放ち、外に出たテンドウをまず待っていたのは――体感したことのない空気感だった。
「そこそこ晴れているのに……ジメジメした嫌な空気だな。まあ、アンデッドだらけの街だから当然っちゃ当然か」
漂う魔力自体が湿っているのか何なのか?
閉ざされた地下空間にも似た空気を吸うと、テンドウは一人で前に歩いていく。
「絶対に無理はしないでよね。それで一人がもう死んでるんだから」
「頑張れ、テンドウっ!」
「危なかったらすぐ逃げ込んでね!」
「おう。そこら辺はちゃんと心得ているさ」
セイカたちに見送られながら、テンドウは城の敷地内と外を隔てる門の方へ。
……何か不思議な力が働いているのだろう。たしかにここは安全地帯化している。
石の門は半壊状態で普通に侵入が可能な状態だ。
にもかかわらず敷地の外、庭園にいるアンデッドたちは一歩たりとも入ってくる様子がない。
(それならそれで助かるけどな。……さて、ここからは集中していこう)
ついにテンドウは生と死の境界線となる敷地の外の庭園へ。
百年前は王族や貴族が利用していただろう今は荒れ果てた庭園を、轟々と燃える炎刀片手に慎重に進む。
狙いは最上階からも見えていた骨人族だ。
確認できた中では最弱と思われる種族で、ここが恐怖の都といえども遅れを取る相手ではない。
テンドウの兵士としての経験は丸二年。
年齢的にも経歴的にも若手だが、すでにヒノモト王国軍でも剣の腕だけなら上位に達していた。
(――いくぞ!)
狙いを定め、庭園を単独でうろついていた骨人族に背後から斬りかかる。
距離は十メートル弱。まだ相手はこちらに気づいていない。
足音や気配を極力殺して接近しているため、何の問題もなく不意打ちが決まる――はずだった。
「ッ!?」
背後から斬りかかる寸前、気づいた骨人族が振り向いた。
さらに薄汚れた骨の両腕を上げ、とっさにガードの構えを取ってくる。
「――フゥッ!」
だが構わない。テンドウはそのままガードの上から斬撃を見舞う。
一切のブレなく一直線に振り下ろされた炎刀は、燃え盛る炎の残像を残しながら骨の腕を切断する。
直後、間髪入れずに炎の二の太刀が襲う。
横一文字に振るわれた炎刀は、勢いを止められることなく骨の首を断ち切った。
そしてゴトン、と頭蓋骨が地面に落ちる。
続けて力を失った骨の全身が、ゆっくりと背中から倒れていく。
「討伐、完了」
いつもの癖で口に出して確認を行う。
結果を見ればテンドウの圧勝だ。亡都ヤマトニアでの初戦闘は勝負にすらなっていない。
……だというのに、勝者であるテンドウの顔は晴れていなかった。
「骨人族のくせに妙に反応が早かったな? あと問題なく切断はできたけど……」
今日までの兵士生活で倒した骨人族の数は五十体を超えている。
それら同種族を倒した経験と比べて、少し違う感覚にテンドウは戸惑ってしまう。
なぜなら反応速度だけでなく、敵の体が予想よりも硬かったからだ。
耐久面に関しては体感で二割増しくらいか。振るった炎刀から伝ってきたその事実を受けて、テンドウは渋い顔をしていた。
「まさか強力な個体や固有種だけじゃない? その辺の雑魚も通常より強いのか……」
それは悲劇の場所、亡都ヤマトニアの成せる業か。
今も耳を澄ませば聞こえてきそうな怨念の幻聴。
空気も漂う魔力も跋扈する魔物も、どうやら存在するすべてが普通ではないようだ。
その後もテンドウは慎重に庭園でのアンデッド討伐を続けたのだが……。
やはりどの種族も通常よりタフな仕様となっていて……アンデッドの楽園の底知れぬヤバさを理解させられたのだった。




