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不死ノ国XX記  作者: 三月坊主
第一章 暗澹の貴族街編
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第一話 飛ばされた先は――

 行き交う足音。笑い声。荷馬車の音。

 多くの人やモノが生み出す様々な喧騒、その日常の中で――一人の男は笑っていた。


「楽しみだ。いやー本当に、楽しみだ」


 そう呟いたのは、清潔感のある黒髪短髪ながらも、伸ばした後ろ髪だけをちょんまげ風に結んだ男。


 彼の名はテンドウ。二十歳になったばかりの若者だ。

 身に纏う外套とその胸の『鳳凰の印』を見れば、彼がここヒノモト王国の兵士だと一目で分かる。


「じゃあ(あん)ちゃん、準備はいいか?」

「おう。いっそ一思いにやってくれ」

「いや一思いって……。ただの転移だからな、これ?」

「俺にとってはそれくらい重大なこと、ってことさ。はっはっは!」


 中年の職員に答えて、テンドウは顔に笑顔を張りつけたまま目を閉じる。

 足元の石畳には淡い青色の光を放つ魔法陣が存在し、その中心に彼は立っていた。


 ――見ての通り、今から始まるのは転移陣による転移だ。

 現在地は王都中央にある噴水広場の一角。そして肝心の行き先はというと、ヒノモト王国の南部に位置する海辺の町である。


(青い海、白い雲、潮の匂い……。久しぶりの休暇を満喫するぞ! 一人だけど!)


 だからテンドウはさっきから堪え切れずに笑っていたのだ。

 厳しい任務や訓練から解放され、待っているのは何の指示も命令もない自由の謳歌。


 とくに若い兵士にとっては貴重な休暇なのだ。

 移動時間の無駄を極力省くためにも、馬車ではなく転移陣での移動を選んだというわけである。


(痛い出費ではあったけどな。……でも今の、いやこれからの俺なら回収できるからな)


 職務外なのに腰から提げた刀を触りながら、テンドウは笑顔のまま頷く。

 その間にも転移陣の淡い青の光は徐々に強まり、彼の全身を足元から照らしている。


「んじゃ、しばしの別れだ。……さらば日常、さらば鬼上官!」

「おう。何か知らんが楽しんでこいよ(あん)ちゃん」


 テンドウが叫び、中年の職員が冷静に言うと同時。

 強烈な青い閃光が広場の周囲を照らし――若き兵士を遥か彼方へと消し飛ばしたのだった。



  ◆



 ボォーン、ボォーン、という重低音が鳴り響く。

 その音の発生源である大きな古時計は、錆び付いた針で九時ちょうどを指し示していた。


「……あれ? …………海は??」


 そんな古時計の前にいたのは、さっきの男。

 黒髪短髪後ろ髪ちょんまげ風の若者……そう、テンドウである。


 目に飛び込んでくるはずの海と空の鮮やかな色はない。

 むしろ真逆。漂う何とも言えない奇妙な空気も含めて、黒や茶色、くすんだ白という地味な色しか目の前には存在していない。


 ……さらには人の声も笑顔もなし。

 事前に先輩から聞いていた、潮の香りに混ざった焼かれた海鮮の匂いも……何一つ鼻の中には漂ってこない。


 ――つまり、まったくもって目的地とは違う場所だったのだ。


「オイ、どこだよここ!? まさか転移失敗か? そもそも屋内だし!」


 さっきまでの笑顔はどこへやら、テンドウの顔が一瞬にして歪む。

 額からは嫌な汗が噴き出し、妙な悪寒も感じて全身が固まってしまう。


 ……ここはどこかの城のエントランスホールだろうか? かなり立派な造りではあるが荒れており、何もかもが海辺の町とは程遠い場所だ。

 本来の転移先は王国でも有数の美しい浜辺のため――間違いなく転移が失敗したことだけは理解できた。


「あ、ちょっと! 何事かと思ったらまた!?」

「犠牲者がまた新たに一人……っ!」

「お、お気の毒さま……です」


 などと一人、混乱に陥っていたら。

 テンドウと古時計を除けば一切の音もなかった静けさの中で――後方から複数の声が聞こえてきた。


「!?」


 得体の知れない空気感と光景。

 その中でも兵士としての矜持か、テンドウはすぐさま振り返って状況を確認してみると、


 エントランス正面にある階段の上。傷だらけの赤絨毯が続く踊り場に、三人の見知らぬ人間が立っていた。


 一人は明るめの茶髪ショートヘアの若い女だ。

 テンドウと同年代くらいに見え、袖を捲くったシャツに五分丈のズボンという格好をしている。

 そのボーイッシュな見た目通り、可愛くも気の強そうな印象を受ける。


 もう二人は同じ赤毛で十歳未満と思われる、半袖半ズボンの男児と女児だ。

 顔もどことなく似ているため、この二人は間違いなく兄妹か何かだろう。


「な、えーと、あの……」


 そんな三人の存在を把握しても、やはりすぐに混乱が収まるわけもなく。

 何から聞けばいいかとテンドウが迷っていると、次に口を開いたのはショートヘアの女だった。


「えっと、とりあえず自己紹介の前に……真っ先に伝えておくべきことがあるから言うわよ?」


 どこか言いづらそうに、けれど覚悟が決まっているかのように。

 若い女はテンドウの目を真っすぐに見て、一度、深く息を吸ってから言う。


「ここは悲劇の場所。元ハレルヤ王国の王都――亡都ヤマトニアよ」

「………………、は?」


 その言葉は状況説明、というより突然の死刑宣告に近かった。

 だからこそハッキリと聞こえたはずなのに、テンドウの頭は混乱から思考停止に陥ってしまう。


 元ハレルヤ王国王都、亡都ヤマトニア。

 まだ言葉も喋れない赤子以外に、その名を知らぬ者など世界に誰一人としていないだろう。


 極東に位置するヒノモト王国の西側。

 広大で危険な『あかの大樹海』を抜けた先に存在していた、今は亡き国とその都の名だ。


 滅亡した理由は魔物による大規模発生スタンピード

 大樹海や北にそびえる山脈から大量の魔物が押し寄せた結果、何十万もの人間が住む国は一日にして滅んでしまう。


 ――だが、幕を閉じたのは人の歴史だけ。

 そこからすぐに始まったのは、アンデッドたちによる歴史だった。


 魂まで死にきれなかった者たちが蘇ってアンデッド化。

 王都を沈めて居座っていた魔物の大群を退けて、今度は不死の存在として君臨し始めたのだ。


「アンデッドの楽園……世界で最凶最悪の禁足地だと!?」

「あと付け加えると、私たちが今いるのはその楽園のど真ん中にある城よ」


 テンドウの悲鳴に近い叫びに答えながら、若い女を先頭に三人が階段を下りてくる。

 そしてエントランスの中央、大きな古時計も置かれている、今は光を失っている転移陣が描かれた場所まで来た。


「私はセイカ。アンデッドどもなんかと違って、ただの可愛くてか弱い人間の女子よ」

「僕はガガク。九歳だっ! そんでこっちが――」

「カグラです。ガガクの双子の妹です」

「あ、ああ。俺はテンドウだ。……ヒノモト王国軍の兵士をやっている」


 そう名乗った彼女たちと握手を交わし、テンドウもまた自己紹介をした。

 まだ全然、混乱は収まってなどいないが……同じ境遇と思われる者達を見て少しだけ安心する。


 その予想通り、セイカたちもまた転移事故に巻き込まれた被害者だった。

 二週間ほど前に別の街で行われた百人単位の大規模転移で事故が発生。

 わけが分からぬまま三人も地獄ここに飛ばされてしまったらしい。


「ほかにもあと四人いるわ。彼らは私たちよりも前、ちょうど二カ月前に事故にあったみたい」

「……え、まだ被害者がいるのか!?」


 続くセイカの言葉に、テンドウは驚きのあまり目を見開く。

 なぜなら技術が進歩した現代において、転移事故が起きる確率など天文学的数字だからだ。


(…………、)


 ――と、いまだ混乱するテンドウの頭にふといくつもの疑問が湧いてくる。


 なぜそんな前に転移事故に遭ったのに、世界で最も過酷な地である亡都ヤマトニアで生き抜いているのか?

 水は? 食料は? そもそもここは、セイカが街のど真ん中にあると言った城は安全なのか?


「色々と疑問みたいね。まあ私たちもそうだったから当然だけど。……とりあえず、ここだけは安全だから心配はいらないわ」


 テンドウの顔を見て察したセイカが答えた。


 ……彼女が嘘を言っているようには見えない。

 だが安全と口では言いながらも、その表情は暗いと一目で分かる。


「安全だけど……問題がないわけじゃないんだな?」

「ええ、いつまでもこんな場所にいるわけにはいかないしね。皆、脱出はしたいけど……戦力が足りないのよ。それも絶望的に」


 諦めの念が滲み出たようなセイカの声がエントランスに響く。

 聞けば被害者の中で最も戦える冒険者の男が一人いたが、無謀に近い前進によって城から出てすぐに死んだらしい。


 現在は索敵が得意な者と、援護射撃の後衛タイプが一人づつのみ。

 つまり道を切り開くために必要な、前衛を務められる戦闘力に秀でた者はいないとのことだ。


「……なるほどな。ところで生存者の中で――【属性付与(エンチャント)】を使えるヤツはいるか?」


 現状を理解したテンドウがそう唐突に聞いた。

 対して予想外な質問だったからか、セイカたち三人はキョトン、とした表情になる。


「【属性付与(エンチャント)】? それくらいなら私でもできるわよ」

「僕もできるよ。ちなみに属性は風だっ!」

「私も同じく風属性なら。下位魔法程度ならお安い御用だけど……」

「……うーん、二人は風か。セイカはもしかして火属性だったりするか?」

「ええ、使えるわ。けどそれだけじゃ……ここはあの亡都ヤマトニアよ?」

「もちろんだ。それは俺も分かっているさ」


 セイカから望み通りの言葉を貰い、テンドウは一人、大きく頷く。

 ほかの三人がいまだキョトンとした表情の中――腰に提げている刀をゆっくりと鞘から抜いた。


 そして、ゴゴォォオ! と。

 抜刀された刀身から、勢いよく真っ赤な炎が立ち上がった。


「……火属性の【属性付与(エンチャント)】ね。でも何かちょっと……?」

「普通のより火力が強くないかっ?」

「帯びている魔力も熱も……こ、これは?」


 突然、目の前で披露された異質な炎刀に驚く三人。

 その予想通りの反応を受けて、テンドウは燃える刀身を眺めたまま、


「この【属性付与(エンチャント)】は五日前からのものだ。そして、現在の付与回数は五回分だ」

「い、五日前? ……で五回分? アンタ何を言ってるの?」


属性付与(エンチャント)】とはその名の通り、武器に属性を付与する魔法だ。

 下位魔法の中でも基本中の基本で、習得難易度も高くはない。


 ゆえに低威力な属性を短時間だけ。当然、一回限りで重ね掛けなど不可能である。

 魔法が存在する世界の住人なら誰でも分かるその常識を、テンドウは当り前のように否定したのだ。


(今の俺じゃまず通用しない。不死の国からの脱出なんて夢物語だ。……でも未来は、可能性はゼロじゃない)


 力強く燃え盛る炎刀の炎に励まされたからか。

 少し落ちつきを取り戻したテンドウは、これから長い付き合いになるだろう仲間たちに向けて言う。


「――【永続重複付与グレイテスト・エンチャント】。つい先日に発現したばかりの――俺の『特異体質』だ」

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