第七十三話 双子は風の子
『開かずの扉』が開き、カンナギ城でちょっとした騒ぎが起きていた頃。
貴族街の外側に位置する南エリアに、この街ではもうお馴染みのいつもの顔ぶれが揃っていた。
「【風圧天井】――いいよ、ガガク!」
「おうっ! 喰らえ【竜巻の牙】!」
当り前のように中位魔法を発動し、当り前のように二人だけで亡都のアンデッドを沈めるガガクとカグラ。
とうに九歳児扱いされていない赤毛の双子は、無傷のままに敵を圧倒し、その魔力の残滓を吸収して――また少し強化される。
「さすがだぜ。……って言葉をもう何回、お前らに言ってんだろうな?」
その近くで見守っていた索敵担当のムウマが苦笑しながら言う。
テンドウが地下に落下して以降、戦闘班としての責任感がより強く芽生えたのだろう。
ガガクとカグラの二人はとくにやる気に満ち満ちていた。
……ただし、当然ながら無謀な狩りをするつもりはない。
どれだけ力をつけようとも、ここはあの亡都ヤマトニアなのだ。
たとえ目を瞑っていても肌で分かる、世界で唯一無二の邪悪な空気。
しかもより危険な貴族街の外にいるため、いつでも安全地帯に逃げ込めるように、第三拠点の廃病院の周辺で狩りを行っていた。
「僕はまだまだいけるぞ。魔力も足も残ってるしなっ!」
「私も大丈夫だよ。闘牛場の木乃伊族が復活するまではしばらく時間もあるし……。ねえムウマ、ほかによさそうな相手はいる?」
「ハハッ、もう十戦以上やってるっつうのに余裕だな。……ちょっと待ちな。お前らの栄養になりそうな個体でいうと――」
元気なチビッ子たちに要求されて、兄貴分のムウマが【種族感知】で索敵を行う。
するとすぐに大きな魔力の反応があり――ムウマはその個体に意識を集中させる。
(……また新しいのが出てやがるな。だがちょいと危ねえか? 今はロッポウもいねえし、回復担当のモモヒメも地下に行ってるし……)
それを正確に感じ取ったムウマが少しだけ悩む。
丸坊主な頭をポリポリとかきながら、隣で待っているガガクとカグラの方をチラリと見た。
二つの小さな体から漏れている滑らかな魔力。
その力強さを改めて確認して……引率のムウマは決断を下す。
「――まあ、いけるか。よしお前ら、こっちだついてこい」
「おうっ!」
「了解!」
……とういわけで結局、現在地から西へと向かう一行。
厄介さのわりに魔力の残滓が釣り合わないファミリーおよび個体は無視し、細い道を縫うように進んでいく。
そしてアカツキ通りへと出てさらに西に行くと、接敵する前に見えてきたのは――ほかとは明らかに違う一角だ。
道一面に落ちている大量のイチョウの葉。
時期的にはおかしくなくても、周囲に木々が一本もない中で……落ち葉の絨毯ができていたのだ。
「でも全然、キレイじゃないなっ!」
「心がまるで動かされないかも」
それを見たガガクとカグラから辛辣な声が出るのも無理はない。
なぜなら、イチョウの落ち葉の絨毯は鮮やかな黄色ではなく、くすんだ灰色だったからだ。
……おまけに陰鬱な魔力つきである。
落ちているイチョウ一枚一枚からは、微弱ではあるも凶悪さとはまた違う、心が沈むような嫌な魔力が宿っていた。
「「「…………、」」」
そんな魔力を足元から浴びながら、イチョウの葉の絨毯が続く道を進む。
道しるべのごとくそれを追って建物の角を曲がっていけば――すぐに標的の登場である。
『うくグ、くぐぅくク……』
うめき声なのか笑い声なのか、何とも判別できない声を上げていたその個体。
まず目に入ったのはイチョウの木だ。
灰色の葉をびっしりとつけた高さ十メートルほどのそれが……背中から生えている。
地面ではなく、地を這うような四足歩行の土色の肌の大男。その屈強な背中に立派なイチョウの木が存在しているのだ。
「枯木族、じゃなくて木死人族だぜ。まあ不明種じゃねえから未知の能力はないはずだが……『はぐれ』だから気をつけろよ」
そうムウマが告げると同時、ガガクとカグラがススッ、と前に出る。
すでに片手剣には風の【属性付与】を纏わせており、すぐにでも戦闘を始められる状態だ。
「「…………、」」
が、まだ二人は出ない。
種族の特徴を思い出しながら、まず行ったのは目の前の強個体を観察することだ。
ガガクもカグラも二人だけで強個体の『はぐれ』を討伐した経験はまだない。
ゆえにしっかりと魔力の波動まで感じ取ってから――二人は目配せをして頷いた。
「よし、こんな感じか。……それじゃ、カグラっ!」
「うん。やるよ、ガガク!」
そしてついに動き出す。
勢いよく飛び出した二人はすぐに左右へ分かれると、挟み撃ちにするような位置を取りにいく。
『――うくっグくぅぐ……!』
対して、『はぐれ』の木死人族の反応は早かった。
ガガクとカグラが一定の距離にまで入った瞬間、まるですべてを察知したかのように。
まったく視線を向けずとも、二人に向かって正確に迎撃をし始めたのだ。
背中から生えている十メートル級のイチョウの木。
ほぼ無風に近いというのに、かつノーモーションであるのに無数の灰色のイチョウの葉が勢いよく舞い散った。
そうやって宙を舞ったものは落ち葉とは明らかに違う。
一枚一枚が死んでおらず、宿す魔力の量も格段に多い。
当然、それはただの葉などではなく、触れたそばから鉄をも切り刻む鋭利な刃だ。
しかもその数、数百枚――。その手数の多さたるや、『三大ファミリー』幹部の『八本指』ヨギをも上回っている。
――だが、
「あの指多め骨魔道士と比べたら全然、弱いなっ!」
「まあ、あの時は皆の協力もあったけど……! このレベルの相手なら今の私たちだけで充分だよ!」
叫び、自身の風魔法で対抗する二人。
まずは【鎌鼬】を放って迎撃し、風を付与した剣も振るって弾き飛ばす。
……それでもすべての葉に対処することはできない。
視界を灰色一色にせんとする物量攻撃に対して、一発の威力や範囲が小さいからだ。
「ならっ!」
「避けるだけだね!」
立て続けに叫び、ガガクとカグラは襲い来る攻撃に回避行動を取った。
直後、ギュン! と異様に加速する二つの小さな体。
いくら魔力の残滓を吸収して身体能力が強化されていても、また【追い風】で加速を得ていても――それはあまりに速すぎる動きだ。
むしろ余裕があると感じさせるほどに、まったく危なげなく初手の物量攻撃を回避してみせた。
その理由は【突風】である。
本来は敵の体勢を崩す、軽い敵なら吹き飛ばす目的で使う突発的に生まれる強風を、自分自身に向けて使っているのだ。
それは控えめに言っても高難度の芸当でしかない。
突風を受けた体でバランスを崩さずに動き回るなど、極めて制御が難しいため、そもそもやろうとする者はいないだろう。
「いよっ、と!」
「ほらそんなんじゃ! 遅いから!」
最初こそただの遊びから始まったものだが……今では立派な戦術である。
庭園などでずっと練習していたそれは、実戦で使えるレベルにまで昇華していた。
(……まさに風を味方にしてやがるな。こりゃ飛脚に転職したとしても……文句なしで世界一になれただろうぜ)
双子兄妹の戦いを見ながら、元飛脚のムウマがその速度に思わず唸る。
たとえ一発一発の威力が低くとも、ここまでの高速戦闘ができるなら正直、その弱点もあまり気にならないほどだ。
テンドウが圧倒的な攻撃力を誇る炎を持ち、ヒュウガが圧倒的な防御力を誇る重さを持つのならば、
ガガクとカグラの双子兄妹は、まさに圧倒的な速度を叩き出す風と戦闘センスを持っているのだ。
「「――フゥッ!」」
――そこに加えて、双子特有の強みもある。
他者同士では決して真似できない、あうんの呼吸からの抜群の連携で戦えるのだ。
『うぐくくゥグ……ッ!』
そんな高速かつ高い連携攻撃に、『はぐれ』の木死人族は目に見えてきりきり舞いだ。
速度タイプに無数の葉(刃)という、相性的には決して悪くはないはずなのに。
その上をいく九歳児たちにダメージを与えられず、逆に着実に斬撃ダメージを喰らっている。
「テンドウたちが帰ってきたその時にっ!」
「もっと成長した姿を見せなきゃだからね!」
――ここは亡都ヤマトニア。世界で最も恐ろしい禁断の地。
街を跋扈する個体は通常よりも硬く、『はぐれ』に至っては騎士団クラスが倒すべき強敵である……はずなのに。
「僕ら風の子っ!」
「元気な子!」
南エリアの街角にて、ほぼ一方的に行われる疾風の戦い。
風を纏いし赤毛の双子は――すべての葉が落ちるまで足を止めなかったのだった。




