第七十二話 開かずの扉
「討伐、完了」
魔鉄の長剣を構えたまま、テンドウは少しだけ乱れた呼吸を整える。
夜な夜な額縁を抜け出して悪さを行っていた絵魔族の群れ。
彼らが討伐されたことで、展示室にあるすべての額縁は真っ白なキャンパスのままとなっていた。
「価値あル絵画だったんじゃろうガ……。まア、こればかリは仕方ないのウ」
「人の家を壊すヤツなんて放っとけねえしな。……一件落着です」
「オホホホ! とにかく見事だったわ。演武として客からお金を取れるレベルだったんじゃないかしら?」
展示室の入り口で戦いを見守っていたオオダケ、ドンチン、モモヒメが言い、彼らから自然と拍手が起きる。
それを受けたテンドウは少し照れくさそうな顔で、種族を越えた仲間たちのもとに戻っていく。
「……まあでも、師匠と比べれば全然、粗削りだからな。そこまで余裕があったわけでもないし、まだまだ修行は必要だぞ」
「ほっほっホ。志が高イのはいいことじゃゾ。しかシ一週間で実戦レベルまで持っテこられたのじゃかラ……想定以上の素晴ラしい成長じゃヨ」
改めて師匠オオダケから褒められて、弟子テンドウはまた照れくさそうな顔になる。
間違いなく世界で最も習得難易度が高いであろう『魔道無心流』。
少しアレンジが加わった『テンドウオリジナル』とはいえ、しっかりと技を受け継いだ門弟であることに変わりはない。
――あと今回、クロちゃんは集落での留守番で来なかったが……もちろん騎士スタイルでも使えることは実証済みだ。
黒仮面馬族の能力による騎乗者との一体化。
それによってテンドウは百年前にはいなかった、騎乗型『魔道無心流』の使い手でもあるのだ。
「……さて。実戦での経験も積んだわけだし、あとは軽く巡回でもして終わるとするか」
本日の目的を達成したテンドウではあるが、まだ握っている魔鉄の長剣は鞘に収めない。
すでに美術館の中には肌に纏わりつくようなベタベタな魔力の気配はない。
とはいえ一応、しっかりと目視での確認は必要である。
残りの個体がいないかどうかを調べるため、当初の予定通りに美術館の中を巡回することに。
「こっちは……問題ねえな。ただの美術品のようだぞ。……オイラのセンスには響かないやつですが」
「趣味がいいものもあれば、ちょっと悪趣味なものまであるようね」
再び廊下部分へと出て、皆で館内のほかの展示室を見て回るも……気配通りにアンデッドの姿はなし。
あるのは第二王子が搬入させたであろう当時のままの美術品だけだ。
軽く百点を超える大小様々な作品の数々――。
絵魔族のように怨念が取り憑き、アンデッド化したものはほかにはないようだ。
「――よし、ここが最後だな。まあどうせ何もいねえだろ。……お邪魔します」
そうして、警備隊さながら美術館の中を大方調べたところで。
最後にこれまでとは違う小さな扉つきの部屋に行きつき、先頭に出ていたドンチンが取っ手に手をかけて開けようとする。
……ただ別に扉の向こう側からは一切の魔力は届いてきていない。
ゆえにそのままドンチンに任せて、最後の扉を開けさせてみると――。
「うん? 何だ空っぽじゃねえのか。……意味ありげに何かあります」
部屋の大きさはせいぜい八畳程度。造りはほかの部屋ととくに違いはない。
だが埃っぽいその部屋には、何やら光沢ある赤い布が掛けられたものがドン、と存在していた。
「ドンチン、ちょっと待った。……念のために俺がめくるから下がっていてくれ」
相変わらず魔力的なものは一切なし。
それでも、こういう意味深なものには万が一があるのだ。
箱型に擬態した魔物の可能性もあるため、入れ替わったテンドウが慎重に赤い布をめくって外してみたところ――。
「何……だ?」
瞬間、テンドウは色々と困惑してしまう。
まずは布をバサッ、と外すと同時に現れた魔力だ。
ただこれに関しては、プリバトヤが纏っていた魔力遮断のローブと同じ類のものだろう。
問題はそれに隠されていた本体の方だ。
魔力とともに露わになったのは――かなり大きな結晶か何かに見える。
色は半透明の藤色で、縦横、高さともに一メートル半ほど。
割と多めの魔力を帯びており、その美しさも相まってただの結晶などには見えない。
「でもこれ、どういう……?」
テンドウが違和感を覚えたのはその魔力だ。
結晶にはたしかに魔力が内包されている。その点については疑いようがない。
……にもかからわらず、結晶が持つすべての魔力はここにあらず、といった奇妙な感覚があったのだ。
「どこかに魔力が飛んでいっている……のか?」
「ふム。断言はできんガ、どこカの何かと繋がっテいるような感じじゃナ」
大きな謎の結晶の前でテンドウたちは揃って考え込む。
鍵こそ開いていたが、扉つきの小部屋に一つだけ置いてあったのだ。
だからてっきり貴重な美術品、この美術館の目玉となる代物かと思ったが……どうやら違ったらしい。
――とりあえず言えるのは、この藤色の結晶自体は危険なものではないということだ。
見た目の美しさやサイズからすれば価値は高いだろう。
そもそも第二王子が地上からここまで持ってこさせたのだから、貴重な代物でないはずがない。
だが、この奇妙な魔力の流れを持つ結晶がいったい何の意味を持つのか? どういう役割を持ってここに保管されているのかは不明なままだ。
「なあこれ、思い切ってブチ壊しちまうか? そしたら何か動きがあるだろ。……とオイラの好奇心が言ってます」
「あら、奇遇ねドンチン。ちょうど私もそう思っていたところよ」
と、ここでドンチンとモモヒメからそんな物騒な声が。
謎に鎮座している大きな結晶を前に、何やらうずうずしている感じというか、イタズラ小僧な雰囲気が出ている。
「……こ、壊す? こんなキレイで高そうなものを?」
対して、テンドウは思わず面食らってしまう。
これが呪物か何かなら、破壊して処分するのは別におかしなことではないが……。
美しい結晶を前にそんなことなど微塵も考えていなかったので、発言したドンチンとモモヒメの顔を交互に見る。
さらに地下の住人であるオオダケの方に視線を移すが……師匠に関してはとくに反応はない。
興味があるのかないのかは分からずとも、包帯の下の目は「どちらでも構わんのウ」といった様子だ。
「う、うーむ……」
……言われてみればたしかに気にはなる。
魔力がどこかに飛んでいって何かと繋がっている――と思われる謎の結晶。
未知の魔道具という線もあるが、ここには専門家などいないのだ。
その正体を解明(?)するには、破壊するしか手はなさそうな感じでもあった。
――――――…………。
そして流れる結晶の小部屋での沈黙。
なぜか最終決定権がテンドウにあるような、煮詰まった会議にも似た何とも言えない空気の中で。
「……うん。まあ……なら、いっちゃうか!」
――結局、テンドウ自身も好奇心に抗えなかったこともあって。
激しい燃焼音からの――ズバァァン! と。
久しぶりに握った白い炎太刀をもって、一刀両断に謎の結晶を焼き斬ったのだった。
◆
「た、たた――大変よ皆! ちょっと来て!?」
一方その頃、地上のカンナギ城にて。
城内の掃除をしていたセイカは二階と一階の階段の踊り場から、下にいる仲間たちに向かって叫んだ。
……いつもの日常にはない、明らかに動揺した声である。
腹の底から出されたセイカのその声は、広い城中の隅々にまで響き渡った。
「どうしたんだい、セイカ? そんな大声を出して」
「もしや緊急事態か何かかのう?」
「いいからこっちに! 何の前触れもなく急に開いたのよ!」
「「あ、開いた……?」」
そんなセイカの声を聞いてすぐに集まったのは、非戦闘班のスズランとネゾウだ。
ムウマたち戦闘班は城の外へと出ているため、今、城にいる全員が二階へと集まったことになる。
「聖遺物がある地下室の時とは違って今回は何もしてないし……! ただの偶然? いやそれともどこかの何かと関係があるっていうの!?」
「お、落ち着きなさいセイカ。ほら一回、深呼吸だよ」
「……うむ。してセイカ、開いたというのはもしや……?」
「え、ええ。アレよアレ……!」
興奮気味のセイカの案内で、スズランとネゾウも二階の通路を進む。
そうして三人がたどり着いたのは――最奥に位置する何の変哲もない一つの扉の前だ。
二階にあるほかの扉と姿形はまったく同じ。
王族が住んでいた城に相応しい装飾が施され、かなり重厚な造りとなっている。
――この扉こそが『開かずの扉』だ。
ここカンナギ城に転移事故でやってきて以来、唯一ずっと開くことのなかった扉である。
……それが開いていた。
発見したセイカも含めてまだ誰も触っていないのに、わずかに扉の隙間が生まれていたのだ。
「じゃあ早速、入るわよ? ……二人ともいいわね?」
「ええ、頼んだよ」
「心の準備は万端じゃよ」
セイカが扉の取っ手を持ち、恐る恐る開けていく。
地下に眠る聖遺物(十字架)の影響により、アンデッド不可侵領域のためアンデッドが飛び出してくることはない。
だがほかの魔物なら可能性はゼロではないのだ。
現在は戦闘員がいないので、緊張感もありつつゆっくりと扉を開けていくと――。
「「「!?」」」
三人の目に飛び込んできたのは――物の山だ。
窓のない七、八メートル四方の広さの部屋に、大量に溢れた物、もの、モノ……。
ギリギリ足の踏み場がある程度の物の山は、まるで荒れ果てた倉庫のような印象を受ける。
とはいえ、一目で高価であると分かるものもあるため……まず間違いなく宝物庫だろう。
ただ宝物庫自体は一階にも存在している。
かつこの部屋だけ開かずの扉だったことを考えれば、こっちの方がより重要な品々があると考えるのが妥当だろう。
「これはまた……色々と目移りさせられるわね」
「よくもまあこんなに……。呆れるほど溜め込んだもんだねえ」
「二人とも気をつけるんじゃぞ。慎重にやらねば崩れてきてしまいそうじゃ」
閉ざされた第二の宝物庫(?)に入って早速、物色を始める三人。
それぞれが違う箇所にバラけて、泥棒ではないので高価なものではなく、役立つものはないかと探していく。
パッと見て一番多いのは紙関係だ。
雑然と置かれた物の中には、国の歴史が記されているような貴重な書類が多い。
「……この絵は誰かしら? もしかして今のパンドラの中にいたりして」
また壁には王様、と呼ぶには若すぎる王子らしき青年の肖像画が。
少し釣り上がった目や特徴的な八重歯は、どことなくヤンチャそうな印象も受ける。
じつはあれからまた届いていたテンドウからの手紙によって、パンドラの住人たちがハレルヤ王国の王族だという事実はセイカたちも把握していた。
その肖像画に見られながら、三人は引き続き物色を続けていく。
書類や宝石、貴金属だけでなく、意外にも多かったのが……酒だ。
よほど酒好きが多かったのか現代でも有名な銘柄が並び、中には二百年もののウイスキーまで保管されていた。
「……どう? 何か魔物相手に有効な武器的なものとかあった?」
「いやないねえ。こっちはほとんど金や宝石ばかりだよ」
「こっちもじゃ。まあもしあるのなら、ここに眠らせずに百年前の大規模発生で使っているはずじゃからな。……やはり都合よくある可能性は低いのう」
――生き残るために、街から脱出するために役立つ何かを見つけたい。
理由は不明だとしても、せっかく『開かずの扉』が開いたのだ。
どんな些細なものでもいいので、せめて一つくらいは収穫があってほしいのが本音である。
「……あれ? 何かこれだけ魔力が……。ねえネゾウ、この本は何だと思う?」
と、ここでセイカが見つけたのは、積まれた本の中で一冊だけ魔力を宿したぶ厚い本だ。
一応、ペラペラとめくって中を確認してみるが……酒場の看板娘にとっては何が何やら、である。
そもそも書かれている言語から違うのだ。
いくら頑張ってもどうしようもないため、セイカは人間ファミリーで最も博識なネゾウに渡す。
「ふむ、普通に考えると魔道書の類じゃと思――いや違う。これはまさか……聖典かのう?」
刹那、ペラペラとページをめくっていたネゾウの動きがピタリと止まる。
喰い入るように視線を落とし、さらに眼鏡も外してから、老眼でも必死に書かれている文面を確認していく。
「「…………、」」
その姿を期待を持って見守っているセイカとスズラン。
お願いだから役立つものであってくれと、一旦、探す手を止めて待つ。
……そうして、ネゾウが指で文章をなぞりながら――しばらく本と睨めっこをした後。
そのぶ厚い本をパタンと閉じて、ふぅ、と一息ついてから。
ネゾウは目に希望の光を灯しながら、少し緩んだ口元で言う。
「……これは間違いなく聖典じゃ。そしてここは亡都ヤマトニア、死者の街じゃ。となればこの存在は――かなり助けになるかもしれんのう」




