第七十一話 流れる水のように
亡都地下での剣術漬けの生活が始まって一週間ほど。
オオダケとの稽古をみっちりと積んでいたテンドウは、久しぶりに地下集落と『輝き池広場』以外の場所へと赴いていた。
「まあ何と言えばよいカ……。タチの悪い方向に行っテしまったドンチン、とでモ言えばいいかのウ?」
「……なるほど。今ので何となく分かったぞ」
「つまり、とりあえず厄介ってことね」
「うん? 何か言ったか? ……ちょっと聞こえなかったです」
現在いるのは巨大地下空間だ。
……といっても、崩落してから最初にたどり着いたあの場所ではない。
ヤマトニアの地下には巨大空間が二つ存在している。
もう一つあった今いる巨大空間は――通称『第二地下街』。
方角的には北側にある空間の方に、テンドウ、オオダケ、モモヒメ、ドンチンというメンバーで訪れていた。
ちなみに、少し小さい中規模の空間も三つほど地下には存在している。
唯一の地上への出口があるのはそのうちの一つだ。
なので今回の目的については、脱出の障壁となっている超大物アンデッドを取り除くことではない。
「――で、ここか。大きさからして屋敷か何かか?」
「いや違うのウ。ここは地上デいう東エリア、元商業区にある美術館じゃヨ」
「美術館? そんなものもあったのか。……まあヤマトニアはめちゃくちゃ広いからな。まだ知らない場所もあるか」
テンドウたちの目の前には一際、大きな建物が。
東エリアの大通りであるレイメイ通りを模した道沿いに、それは圧倒的な存在感として建っている。
外観的に近いのはベニムラサキの根城だった王立劇場か。
仰々しい大階段やいくつもの柱など、ほかと同じ土魔法造りであっても、明らかに力の入れ具合が違う。
照明としてある光の魔石一つとってもそうだ。
すべてが床に埋め込まれていて、かつ場所によっては微妙に角度までつけてある。
そうやって下から照らしているため……無駄に幻想的なライトアップとなっていた。
そんな特別感のある美術館の中へ、いざテンドウを先頭に入っていく。
魔力で探知してくれるムウマは当然いないので、自分の五感だけを頼りにするしかない。
「おお、こりゃまた……。本当にここだけ気合いを入れて造ったみたいだな」
そして中に入ってすぐ、警戒はしつつもテンドウは思わず見惚れてしまう。
ヤマトニアを模した地下都市には数多くの建物が存在している。
ただ基本的に内部は殺風景ですっからかんな、いわゆるハリボテのようなものばかりだ。
その理由は第二王子が見栄えだけを気にして造らせたから……というよりも、
さすがに数が多すぎて、一つ一つを中までしっかり造ってなどいられなかったのが理由だろう。
(――けど、『第二地下街』の美術館は……)
観察すればするほど、ほかとの違いがよく分かる。
すべて土造りであっても、しっかりと造り込まれている壁や床や天井。
広い入口部分には立派な彫像のようなものまである始末だ。
素材が土ということ以外は、まったく非のつけどころがないほどである。
「……あらあら。王子様には思い入れでもあったのかしら? どこか執念染みたものまで感じるわね」
「まったく変なこだわりだな。王子の考えることはサッパリ分からねえぞ。……ただとても迫力があります」
モモヒメもドンチンもキョロキョロと周囲を見渡している。
傍から見れば観光客のように、ペタペタと土の彫像を触ったりしていた。
一方、元王宮の剣術指南役のオオダケはこういうものを見慣れているのだろう。
とくに内部には反応を示さずに、いつでも腰の刀を抜けるように柄に手を添えている。
とはいえ今回に関しては……基本的に師匠オオダケは手出しはしない。
完全に新弟子のテンドウ任せだ。
今日まで鍛え直した剣技をもって、実戦稽古の意味を持ったアンデッド討伐を行う予定である。
「……さて、もうそろそろお出ましだな」
ゆえにテンドウが持っているのはシンプルな魔鉄の長剣だ。
すべてを焦がし焼き尽くす、いつもの白い炎太刀の超火力に頼ることは一切禁止である。
またクロちゃんも集落にお留守番のため、回避の面でも自分の力だけで行わなければならない。
ただ当然、危険であるため『魔砂護胴具足』のみ装備している。
今回は純粋な剣技だけで標的を倒す――というのが師匠オオダケからの課題だった。
(ここ……だな。間違いなく)
そんな剣士テンドウを先頭に廊下を進み、左手にある大きな部屋の中へ。
壁に並んでいる額縁に入った絵を見ても分かる通り、ここは展示室だ。
第二王子がわざわざ運ばせたであろう、油絵やら水彩画やらが飾られている。
中はすでにアンデッドの魔力で充満しているようだ。
かなり独特な魔力でベタベタとしており、皮膚が呼吸できない感じ、とでも言えばいいか。
おまけに敵意も満ち満ちているが……展示室にはまだ一体の姿も見えない。
「――む、来るゾ、テンドウ」
「了解。任せてくれ」
すると、皆を入口に残してテンドウがちょうど展示室の中央まで来たところで。
充満して停滞していた陰鬱でベタベタな魔力が――待っていましたとばかりに突然、動き出した。
と同時、勢いよく飛び出してくる。
展示室の壁に並んでいたいくつもの額縁から、それぞれの絵が実体を持って現れた。
「出たな絵魔族め。俺も人生で初めて見るけど……一応、コイツらも分類上はアンデッドってわけだ!」
その姿形は同じ個体が一つとしてない。
絵画に宿った怨念はそれぞれに描かれている人、モノ、動物の姿となっている。
一方で残された額縁の中はすべて真っ白だ。
彼らは一度、外に出たら満足するまで暴れ回り、戻ってくるまでその色や臭いは戻らない。
「――さて。んじゃ気合い入れてやりますか!」
数はおよそ十三体。
強さ的には苦戦などするはずもない相手だ。……白い炎太刀を持っていれば、ではあるが。
テンドウは一人、即席の相棒となる魔鉄の長剣を構える。
対集団戦であるため、囲まれないようにまずは慎重に立ち位置を調整していく。
「「「「ゲギャギャギャギャ!」」」」
対して、絵魔族たちは何の考えもない欲望剥き出しのままに。
速度に優れる油絵の獅子を先頭に、暴力一色の目つきとなって突っ込んでくる。
「――フゥッ!」
その先頭の攻撃を見切り、回避しながらの薙ぎ払いを一閃。
振りも鋭くタイミングも完璧な一撃が直撃するも――ただの魔鉄の長剣では一刀両断とはいかなかった。
ヤマトニアのアンデッドは通常よりも二割増しで硬い。
それは地下の模倣された都市であっても同じだ。今日までの地下生活でテンドウもすでに理解している。
実際、燃えない刀身から返ってきた手応えも、実体を持った絵が柔な外皮でないことを伝えてきていた。
「ッ! 何だか懐かしいな、この感覚……!」
一体につき何度も攻撃を加えなければならない。もちろん敵の反撃を掻い潜りながら。
それを成功させるには、かなりの技量が要求されることは避けられない。
――だからこそ、実戦稽古の場としてここが選ばれたのだ。
加えてオオダケたちもちょうど困っていたので、今回の討伐対象となっていた。
「「「グッギャギャァ!」」」
ここ最近、絵魔族たちは夜な夜な額縁から出て悪さをするらしい。
殺しこそ行わないものの、集落も含めた地下都市の建物の損壊を行うという、まったく笑えないイタズラをするのだ。
(……とはいえ、人間だけはお嫌いってわけか。俺だけには思いっきり殺意満々だな!)
油絵の獅子も、水彩画の未亡人も、点描画の馬車も。
そのほかの色とりどりな絵画たちも全員、血走った目と魔力でテンドウの命を狙ってきている。
彼らから殺到する攻撃――たとえ同一種族であってもまったく異なる技を凌ぎながら、すべての個体を倒さなければならない。
「フゥッ!」
……これまでのテンドウであれば耐え切れずに押し切られていただろう。
敵側に連携などなくても、数の暴力が脅威なのは人間もアンデッドも同じだ。
いくら高い実力を持っていようと、魔鉄の長剣一本でこの数を一人で相手取るのはかなり厳しい。
「――あの白い炎太刀ハ、火の上位魔法ヲ無条件で連発していルようなものじゃからナ。『特異体質』じゃかラ、もちろんテンドウの力であルことに違いはないガ……。アレに頼っていてハ、おそらく剣の腕ハ頭打ちだったじゃろウ」
そんなハードな戦いに挑んでいる弟子の姿を、腕組みをしながら見守る師匠。
念のためにテンドウには白い炎太刀を携帯させてはいる。
また自身もいつでも助けに入れる距離に立っているが……まだ動く素ぶりは一切見えない。
「――そウ、『道』を作るのジャ。さすれバこの数的不利な状況でモ、対処すルことは可能じゃのウ」
うむうむ、と納得したようにオオダケは頷く。
その肩に止まっているアンデッドのカラスもまた主人に倣って頷き、善戦しているテンドウの姿を見守っている。
「フゥ――ッ!」
常人ならまず耐え切れない、一週間の猛稽古を経て大きく変わったのは――剣速だ。
腕力などには頼らない、魔力による剣の加速。
振るというよりも魔力で作った道を滑らせるように、テンドウの斬撃は一閃しきる直前で最高速度に達している。
『魔道無心流』。
『剣鬼』と呼ばれた天才剣士オオダケが編み出した、唯一無二の剣術だ。
一振りだけなら通常の剣術とそこまで大差はないかもしれない。
だが何度も振るう連撃になればなるほど、比較にならない圧倒的な手数が実現可能となる。
「――三体目ッ! はい次だ次!」
そしてもう一つ、『魔道無心流』の大きな利点が継戦能力だ。
常に支えている脚や体幹は別として、腕や肩はほとんど力を使わないため、バテずに戦い続けられる時間は飛躍的に伸びる。
ゆえに当然、生半可な技術ではない。
剣の才能に恵まれて、兵士として鍛えられて充分な下地があったテンドウだとしても、
失敗に次ぐ失敗を重ねて、一週間経って何とか実戦レベルにまで持ってこれたほどだ。
「――力みとは無縁じゃからこソ、太刀筋はブレずに変な詰まリも起こさなイ。余裕も生まレるから冷静ニ相手の動きもよく見えル――というわけじゃナ」
百年前の大規模発生によって、人の世界では途絶えてしまった超高等剣術。
厳密に言えばこれまでのスタイルと上手く融合させた、『テンドウオリジナル』ではあるとしても。
人間として復活させたテンドウの動きに、包帯に包まれたオオダケの表情は明るかった。
……ただもちろん、弟子も優秀なら師匠はそれ以上に優秀なのは疑いようがない。
腕だけでなく教え方も超一流。さすがは元王宮の剣術指南役か。
的確な言語化によって繊細な感覚の部分を共有し、テンドウの成長を大いに助けていたのだ。
「ラスト一体ッ! 最後はパステル画の農夫か!」
進化したテンドウに疲れは見えず、受けに回らず自ら距離を詰めていく。
そこにいつもの灼熱や激しい燃焼音はない。
あるのは流れる水のような、美しい太刀筋から起きる静かな斬撃音だけだ。
「グ、ギャ、ガ……!」
魔鉄の長剣を打ち込み、敵の反撃を流してさらに打ち込む。
その一連の淀みのない剣技は、オオダケには及ばずとも芸術と呼んでもいいだろう。
――結果、新たな流派を覚えたテンドウは白い炎太刀に一度も頼ることもなく。
頬に数カ所、かすり傷を負っただけで、展示室の絵魔族すべてを討伐したのだった。




