第七十話 地上と地下で
「まさか地下にそんな場所があるなんて……。本当にどうなってるのよ、この街は?」
珍しく朝日が差し込んでいるカンナギ城の一階応接間。
皆が集まっている憩いの場にて、セイカは苦笑しながらしみじみと呟いた。
……だが、その顔には安心感が見て取れる。
さすがに酒場の看板娘時代のような笑顔こそないものの、昨日までの不安な気持ちはない。
ほかの面々もセイカと同じく安心した様子で、身を削るほどの心配はどこかへ消え去り、朝食後のお茶をのんびりと飲んでいた。
――それが起きたのは昨夜のことだ。
城の外で何やら鳥が騒ぎ出したので、ムウマとヒュウガが外に出て確認すると、一羽のアンデッドのカラスが城門のところに。
ただのアンデッドかと思いきや、その足には手紙が括りつけてあり……差出人はまさかのテンドウだった。
『心配無用。地下でパンドラみたいな場所と人たちに遭遇。ちょっとしばらく剣の修行をしてから戻る』
そんな短い文章で書かれていた内容を見て、一同揃ってポカンとしてしまったものの、
とにかく無事であり、かつ生きていける環境が地下にあるのだと文面から読み取り――安心して眠りにはつけていた。
「本当に無事でよかったよ。でも助けてくれたのがアンデッドってのは予想外だったねえ」
「うむ。中立域パンドラのような友好的な個体が地下にもいたのは不幸中の幸いじゃったな」
スズランとネゾウは何度も頷くと、ずずず……と熱々のお茶を飲む。
料理と農作業という食事面からサポートしていた年長組は、とくにテンドウの健康面を心配していた。
「んじゃ、テンドウの方は大丈夫そうだなっ。だから問題があるとしたら……」
「うん。下じゃなくて上だね」
続いて口を開いたのはガガクとカグラだ。
二人は朝日が差し込む応接間の窓の外を見て、何とも言えない表情となる。
――じつは驚きの展開を見せたのは地下だけの話ではない。
地上の亡都ヤマトニアの方でも、誰も想像していなかった事態が起きていたのだ。
「まさか腐肉族ファミリーで反逆が起きやがるとは……さすがに想像してなかったぜ」
まだ昨日の今日なので最新の亡都新聞にも載っていない。
だがちょうどパンドラに出向いていたムウマによって、その衝撃の情報は持ち帰られて人間ファミリーの中で共有されている。
『暗殺怪人』ニゴマルの謀反により、『不死の三傑』の一体である屍暴君が死亡――。
同じファミリーの頭と幹部の間で起きた壮絶な殺し合い。
その前代未聞な事態の結果、下剋上が起きて現在の頭が敗北したのだ。
昨日、西エリアからは距離があるカンナギ城の窓が揺れたのは……今思えばそれが原因だったようだ。
「ファミリーとしての戦力を考えたら、潰し合うのは得策じゃないはずだが……。やっぱりアンデッドにも野心的なものがあったのか?」
「そう思うのが妥当だべな。……もしかしたら、近いうちに大きな抗争が起きるかもしれないべ」
ヨシくんもヒュウガもニゴマルの行動に戸惑ってしまう。
ただ単にトップに立ちたいだけなのか、あるいは何か大きなことを起こしたいのか?
頭が交代したという情報だけで、ファミリー内部の情報はまったくの不明である。
「……そもそもの話、ニゴマルが『不死の三傑』に並ぶほどの実力をつけてやがったこと自体が驚きだぜ」
人間ファミリーよりも遥かに詳しいパンドラの住人たち。
ムウマが彼らから得ていた情報では、最強格の幹部であっても一対一では届かないとされていたのだが……。
何らかの強化を果たしたのは間違いないだろう。
プリバトヤが起こした異形化騒動もあったこともあり、そういったことは容易に想像できる。
「……ともあれ、ヤツらが勝手に潰し合ってくれるなら大歓迎よね」
城にいる非戦闘組であっても、情報共有でしっかりと把握しているセイカが呟く。
脱出経路の南エリアには直接、関係のない話ではある。
それでも人間ファミリーにとっては、街の脅威が減ってくれるのはメリットしかないのだ。
――これで現在、最も注意すべき『三大ファミリー』の超大物アンデッドは五体。
頭にして『不死の三傑』である亡霊騎王と死魔道姫、そして新たな頭となったニゴマル。
幹部組は亡霊族ファミリーの『黄金弓』ジンロウタと、骨人族ファミリーの『蛮獣使い』トノグロの二体だ。
願わくばこれらの個体と出会うことなく、街からの脱出を。
頼れる仲間の帰りを待ちながら、このまま何事もないことを願う人間ファミリーであった。
◆
地上で大きな動きがあったことなど知る由もなく、テンドウたちが地下に落ちてから早くも三日が過ぎた。
集落のアンデッドたちの憩いの場である『輝き池広場』では、連日に渡って剣の稽古が行われている。
カンカンカァン! という木刀が打ち合う音。
その極めてハイレベルな剣技の応酬を、今日も今日とて見ているアンデッドが二体いた。
「いけオラ、テンドウ! よし今だ! 一発かましてやれ! ……と応援してみます」
「あっ、今のは惜しかったね。オオダケにカウンターを当てそうになるなんて……テンドウちゃんもやるなあ」
南瓜頭族ファミリーの頭のドンチンと、怪人形のウメだ。
南瓜頭なアンデッドと少女人形なアンデッドの二体は、仲よく並んで座ってテンドウとオオダケの稽古を観戦中である。
ほかの集落のアンデッドについては、畑や家の修理といった仕事中だ。
モモヒメは地下の散策に出ているため、今日の観覧希望はこの二体だけとなっている。
「人間のままなのに……本当にスゴイなあ。あのすごく燃えてる大きな刀に目がいきがちだけど、テンドウちゃん自身もただ者じゃないよね」
「だろ? さすがはオイラが見込んだ同盟相手ってやつだ。……日々感謝です」
「ふふふ。でもドンチンちゃんだってただ者じゃないでしょ。生前の種族からして違う、ってオオダケが言ってたよ?」
「……うん? 生前の種族だと……ですか?」
ウメにそう言われて、ドンチンの南瓜な頭の上に『?』が浮かぶ。
じつはドンチンたち南瓜頭族ファミリーは皆、生前の記憶がない。
知能がないケダモノのようなアンデッドは例外として、人間性が残っているのに前世の記憶がないのは彼らだけだ。
万単位のアンデッドがひしめく亡都でも前例はなし。
そういう意味では唯一無二の、『はぐれ』どころではないレアケースな存在と言えるだろう。
「そうだよ。種族名はたしか――あ、お婆ちゃんが来たよ!」
「え、お婆ちゃん? ……何だウメ、地下に親族がいたのか――って、げえええええ!?」
と、急にウメの話と視線が別の方にいったと思った矢先。
少し遅れて徐々に聞こえてきたその声を聞いて……ドンチンの背筋にゾワッと悪寒が走ってしまう。
理由は単純明快、お呼びでない者が近づいてきたからだ。
「だーるまさんがー、こーろんだー」
――『車椅子の老婆』である。
独特かつ同じリズムで『だるまさんが転んだ』を呟きながら、亡都ヤマトニアを徘徊している恐ろしい不明種。
それが何の前触れもなく地下に、しかも秘密の『輝き池広場』に現れたのだ。
(な、何で地下にいやがるんだよ!? ……ちょっと勘弁してください)
まさかの登場人物にドンチンの全身が固まる。
同じく稽古中だったテンドウとオオダケも止まり、一転して全員が置物のようになってしまう。
……なぜなら、彼女の前で動けばすべての努力が水の泡となるからだ。
異能によって『逃走不可の空間』に閉じ込められたあげく、強制的に戦闘が開始。
もし勝ったとしても、能力の何割かを道連れにされて弱体化させられるという理不尽さは……亡都ヤマトニアにいる者なら全員が知っている。
「だーるまさんがー、こーろんだー」
だから何もしない。まさに触らぬ神に祟りなしだ。
行き止まりでもある『輝き池広場』をぐるっと一周して、一本しかない道を引き返していくのを待つのみである。
「「「「…………、」」」」
そうして、時間にして二、三分ほど。
緊張感のある静かな時間が続き、ようやく『車椅子の老婆』が去っていくのを確認してから、
「おいウメ、アイツって……地下にも来やがるのか? ……です?」
「うん、たまにね。お婆ちゃんは垂直の壁でもスイスイ進めるからね。どこかの穴から地下に下りてくるんだよ」
「ま、マジか。……どこでも登場はちょっと嫌すぎです」
心臓などないのにバクバクと鳴っている(と感じる)胸に手を当てながら、引きつった声でドンチンが言う。
地下で遭遇するとは夢にも思わなかった個体と遭遇するなど……恐怖体験以外の何ものでもない。
「あのお婆ちゃんも魂まで死にきれなかったんだね。何度、倒されちゃっても蘇るから、きっと誰よりもこの世に未練があるんだと思うよ」
「……なるほどな。たしかにそういう考え方もあるか。……勉強になります」
「――あ、ちなみに不明種ならほかにも地下にいるよ? 『鎖に繋がれた悪漢』ちゃんに『濡れ髪の醜女』ちゃん、あとは『母喰らいの赤ん坊』ちゃんと――」
「いやウメ、もう充分だ。とりあえず地下も地獄に変わりねえのは分かったぞ。……もうお腹いっぱいです」
さらなるウメからの説明(追撃)を遮り、ドンチンは一度、深呼吸をする。
そして再開されたテンドウとオオダケによる激しい打ち合い。
もしそこに自分が入ったらどう動いてサポートするか? それをリアルに想像しながら、引き続きウメと一緒に観戦を続ける。
そんな道場のような光景が流れていき――持参していた蒸かし芋で昼食休憩も挟みつつ。
木刀の風切り音やぶつかり合う音が止まり、密度の濃い稽古が終わった頃には――四時間にも及ぶ時が経過していた。
「いやー今日も負けた負けた。……結局、一本も取れなかったぞ」
「ほっほっホ。まだ取られるわケにはいかんのウ。……それにしてモ、少し厳しすぎたかト思っておったガ……想像以上じゃナ。心身ともニよほど鍛えられテきたようじゃのウ」
「まあ、ヒノモト王国一の鬼上官の部隊にいたからな。剣の腕以上にそこら辺は自信があるぞ」
手拭いで汗を拭きながら、テンドウは稽古をつけてもらったオオダケと握手をする。
それから勢いよく服を脱いで、生まれたままの姿となった直後。
地下水が溜まっている池にドボン! と飛び込み、汗だらけの体を流していく。
――ここまでがセットで剣の稽古だ。
テンドウはしばらく気持ちよさそうに泳いでから、素っ裸のまま大の字になって地面に転がる。
せっかく汗を流したのに濡れた体で土に汚れてしまうも……とにかくそうしたい気分なのだ。
「……何か充実しているな。城の皆には心配かけているだろうけど……ちょっと楽しいくらいだぞ」
手抜き一切なしの本気の打ち合いで体に痣はあれど、その顔には笑みしかない。
精神的な強さに加えて、魔法が使えない生粋の剣士だからこそ。
遥か格上の剣士との厳しい稽古に、何の苦も感じていないのだ。
ゆえに一旦、お休み中の付与の積み重ねは完全に忘れるとして。
『特異体質』が判明する前の本来の姿――剣士としての腕をさらに磨くべく、テンドウの修行は続いていく。




