第六十九話 『剣鬼』オオダケ
南エリアの公衆浴場で崩落事故が起きた翌朝。
その事故に巻き込まれたテンドウたちは、陽の当たらない地下で眠れぬ夜を過ごして――はいなかった。
「……何か少しだけ清々しい朝だな。地下だっていうのに」
戦闘中に事故に遭い、その後に出会った船に乗った包帯人族のオオダケたち。
彼らの厚意に全力で甘える形となったテンドウたちは、地下集落で安全な寝床を確保し、しっかりと食事も取れて、温かい魔石の明かりで地下の闇に包まれることもなかった。
――その結果、精神的にも肉体的にも疲労はまったく残っていない。
「やるじゃねえか、第二王子。何か色々と問題アリなヤツだったらしいけどな。……とにかく時を越えて感謝です」
同じく夜を乗り越えたドンチンが満足気に言い、かつてのヤマトニアの第二王子に感謝する。
もうすでに存在しない過去の人物ではあるが、テンドウもまたドンチンと同じ感想を持っていた。
世界最悪の地とも呼ばれる亡都ヤマトニア、その下に広がっている地下都市。
その存在だけを聞けば、とてもまともな場所とは思えないだろう。
だが文句の一つもなく夜を越えられたのは……第二王子のおかげと言っても過言ではない。
まず何よりも大事な水と食料だ。
人間が住んでいただけあって、土が混じっていないキレイな地下水を汲める場所があり、また畑も存在していた。
魔石の光でも成長できる品種や、まったく光を必要としないものまで。
様々な種類の野菜が揃っており、カンナギ城の裏庭ほどではないにしろ、充実のラインナップとなっている。
(んで地味に重要な空気の方も、思っていたよりも……だよな?)
どうやったのか解毒の魔石を改良して空気を浄化する魔石へ。
こちらも地上ほどではないにしろ、そこまで地下特有の淀んだ空気にはなっていない。
――ただもちろん、忘れてはならないのは集落の者たちだ。
これらを現在まで使えるように維持してきたオオダケたちにも大感謝である。
「やっぱり付いてきて正解だったわ。こんな興味深い場所は地上にはないしね。――というわけでテンドウにドンチン、あとクロちゃんも。しばらくは一緒にいてあげるから感謝しなさい。オホホホホ!」
「……はいはい、ありがとうよ。ったく、いつでも一人だけ好きに転移できるってズルいよな……」
「本当だぞ。まあオイラとテンドウとクロちゃんだけでも何とかなるけどな。……でもできれば置いていかないでほしいです」
「ブルルゥッ!」
一人だけのん気なモモヒメに苦笑いしつつ、テンドウとドンチンは体を伸ばす。
初めて寝た干し草のベッドは意外にも寝心地は良く、ぐっすりと眠れて結局、一度も目を覚まさなかったほどだ。
そんな大満足に夜を越えた、地上から来た一行のもとへ――一体のアンデッドがとてとてと走ってくる。
黒髪パッツンの小さな女の子の怪人形だ。
彼女は昨日、テンドウたちを真っ先に出迎えてくれた個体である。
中身も同じ小さな女の子で、かなり人懐っこい性格をしていた。
「おっはよー! 皆よく眠れた? そろそろ朝ご飯の時間だから広場に集まってね!」
「おはよう、ウメ。というか朝食まで出るとは……至れり尽くせりすぎて申し訳ないな」
朝食でわざわざ呼びに来てくれたウメに手を引かれて、テンドウたちは朝食会場へ。
場所は集落のちょうど中心にある広場だ。
真ん中には大きな岩を削ってできた火鉢があり、夜になると営火を行って集落を照らしている。
じつは昨夜もここで食事をしており、この形でするのが地下集落のスタイルらしい。
アンデッドのファミリー、というよりも本当の家族と言った方がいいか。
自分の家でそれぞれが食べるのではなく、集落に住む全員が集まって毎日、三食を取る決まりがあった。
(人間だった頃を決して忘れないために……か。百年経ってもそう思い続けているのはスゴイことだよな)
アンデッドゆえに別に食事を取らなくても死にはしない。
それでも皆でこうして集まって食べることに、見た目と種族に明確な違いこそあれど、テンドウは同じ人間社会にいる感覚を覚えていた。
「では皆の者、手を合わせテ――いただきますジャ」
「「「「いただきます!」」」」
そうして、剣の師匠にして集落の長でもあるオオダケの一言で始まった朝食の時間。
皆で会話を楽しみながら、地下に群生する葉の皿に盛られた数々の料理、煮込まれた芋や豆中心の食卓を囲む。
……まさかの地下にもあったアンデッドによる人のような営み。
ウメのような子供の個体もちらほらといるせいだろう。
中立域パンドラと比べても、さらに人間の世界に近い印象をテンドウは受けていた。
「素材自体の味もいいし料理の腕もいいし……。ただ腹を満たすだけじゃないよな、これ」
「加えて、皆で楽しむっつう調味料もあるしな。……オイラ大満足です」
「本当? よかった! いっぱいあるからどんどん食べてね!」
そんな見た目が違うだけの、種族を越えた世界で唯一の朝食会場にて。
地下独特の食事を楽しみ、何度かおかわりもするなど、腹も心も満たした後。
食べ終わってもすぐに解散はせず、カンナギ城の一階応接間のごとく、皆でまったりと喋って過ごす。
そうやって少しお腹が落ちついてきた頃に――隣にいたオオダケがテンドウに視線を向けてきた。
「――ではテンドウ。そろそろ腹ごなしニやるとするかのウ?」
「……おう。頼む」
猫背で腰に刀を提げた包帯人族ことオオダケが声をかけてくる。
対してテンドウは笑顔で答えると、鞘に収まった白い炎太刀を手に取って立ち上がった。
ちなみに、今のオオダケの肩にはペット(?)のアンデッドのカラスは乗っていない。
だが別に逃げたわけではなく、仕事で一旦、主人の元を離れているだけだ。
カラスが向かった先はほかでもない地上のカンナギ城である。
城で待つ仲間たちはかなり心配しているはずだ。
それを早めに解消すべく、テンドウが書いた手紙を昨夜のうちに届けにいってもらっていた。
そのカラスが日を跨いでもまだ帰ってこないのは……単に地上の大空を楽しんでいるだけらしい。
「いつもノことで心配は無用じゃヨ。手紙は必ズ届いているのウ」とオオダケが言うので、まあきっと大丈夫だろう。
とにもかくにも、オオダケとテンドウは地下集落から場所を移動する。
ついさっきまで食事や会話で緩んでいた顔は、どちらもすでに真剣なものとなっていた。
この二人がこれから何をするのかは、他の皆も知っている。
だからか集落のほとんどの個体が、同じように立ち上がるとぞろぞろと後についていく。
テンドウとオオダケ、二人の剣士が始めるのは――もちろんアレである。
◆
地下集落から徒歩で十分ほど。
ほぼ垂直落下だった昨日の水路とは別の通路を進み、緩やかな坂を登っていったテンドウたちは……とある場所に到着した。
たどり着いたのは一部、天井が崩れて日が差し込んできている大きな空間だ。
中央には地下水が沸いている大きな池が存在している。
水面には陽の光が反射しているため、どこか幻想的な雰囲気を感じさせていた。
――通称『輝き池広場』。
地下集落のアンデッドたちしか知らない秘密の広場であり、憩いの場だ。
またその美しさもあって、地上も含めて最も亡都ヤマトニアらしくない場所の一つと言えるだろう。
「……昨夜も伝えた通りジャ。この地下都市かラ地上へと出らレる場所は一つだケ。じゃガ、大きな障害がおルから一筋縄ではいかんのウ」
「ああ、らしいな。……相当、ヤバイんだろ?」
「うム。テンドウのその規格外ナ白い炎太刀を見せてもらったガ……。それがあっテも可能性はよくテ三割程度、というのがワシの率直な意見じゃナ」
と、オオダケは少し言いづらそうに厳しいことを言う。
一方、面と向かってそう言われたテンドウはというと、
とくに嫌な顔をすることもなく、ただ冷静に頷いて受け止めていた。
「上には上がいる、っていうのは地上で嫌ってほど思い知っているからな。……まあだからこそ、俺から申し出たわけだし」
すでに位置についていたオオダケに続き、テンドウもまた所定の位置へ。
その手にあるのは木刀だ。
いつもの白い炎太刀はドンチンに預けて、オオダケと同じく何の変哲もない木刀を握っている。
また常に装備していた『魔砂護胴具足』やヒノモト王国軍の外套も外している。
ゆえにただの薄い布一枚だけの、久しぶりの完全な私服姿となっていた。
(新兵以来か? まあとにかく……徹底的にやるとしますか)
――今のテンドウにはセイカがいないため、日課の属性付与】を受けることはできない。
つまり、地上に戻るまでは現在の百二十八回からは増やせないのだ。
炎太刀の成長の停滞という、亡都ヤマトニアに飛ばされて以来、初となる事態に陥っている。
【属性付与】だけならオオダケも使えるが……属性は氷なので残念ながら一致せず。
積み重ね自体は誰の付与でも問題なくとも、火という属性だけは同じでなければならないのだ。
だからこそ、地下の大きな障害を取り除いて脱出するためにも。
今こそ初心に立ち返り、磨くべきはすべての基本となる剣の技である。
「――でハ、『剣鬼』オオダケ――いざ参ル!」
「おう。全力で頼む!」
そして始まったテンドウとオオダケによる木刀での打ち合い。
集落の皆が見学する『輝き池広場』にて、二人の剣士の技がぶつかり合う。
――すると開始早々、状況が明確になった。
最初の一、二合こそ互角だったものの、流れる水のような美しい剣術により、早くもオオダケが主導権を握る。
さすがは選ばれし者だけが就ける名誉職、元王宮の剣術指南役か。
力みとは無縁の芸術的な剣捌きは、力強さこそありつつも脱力そのものだ。
「ッく……!」
ただテンドウの方も脱力自体は普通にできている。
元々、剣の才能に恵まれた者が軍に入隊し、鬼上官のもと厳しい訓練を行ってきたのだから当然といえば当然だ。
だがそれでも……両者の間には差があった。
実力者であるテンドウの太刀筋が、ベニムラサキやタタリを破った自慢の剣技が、どこかぎこちなく見えてしまうほどに。
(魔力を木刀に纏わせて威力を上げて――いや違う!?)
腕の振りに反して加速するオオダケの木刀。
どうやら純粋な筋力ではなく、魔力によって剣速を上げているようだ。
縦、横、斜めとあらゆる軌道で何度振るおうとも、一切、速度が落ちる気配はない。
「……ッ!」
気づけばテンドウは防戦一方、相手の猛攻を捌くだけで精一杯に。
それでもギリギリのところで耐え切り、格上の相手の太刀筋を観察できるあたり、やはりテンドウも剣士として上位であるのは間違いない。
「――アンデッドに成り下がってモ、刀を振らなかった日ハ一日としてないのウ。まだ錆びてハおらんのじゃヨ」
楽しそうに言って、オオダケはさらに剣速を上げる。
必死の形相でついてくるテンドウを見て満足そうに微笑む姿は、敵ではなくまさに師匠と弟子のようだ。
そんな二人の打ち合いは続き、カンカァン! という小気味いい音が広場に響き続ける。
見学しているドンチンやモモヒメ、集落のアンデッドたちは最初こそ盛り上がっていたが……今では黙って見入っているほどだ。
その状況が続くこと、およそ二分。
終始、劣勢だったテンドウがここで勝負をかける。
「フゥー――ッ!」
深く息を吸って肺に空気を行き渡らせ、長い吐息とともに連撃を見舞う。
切り札ともいえる剣技をもって形成逆転を狙うが――そのすべてがオオダケの木刀に阻まれてしまう。
――届きそうで届かない。狙い澄ました一振りさえもズラされる。
そうして最後の一撃が弾かれ、見事なまでに完璧に受けきられた直後。
呼吸が乱れたところに木刀が肉体を打つ音が響き……ついにテンドウが片膝をついた。
「……鬼上官の心得その三十三。相手が誰であろうと、スゴイと思ったら技を盗め――だな」
剣術の勝負で敗北を喫したテンドウだったが……不思議とその顔に悔しさはない。
むしろ感情としてあるのは清々しさだ。
目の前にいる者は間違いなく剣の頂点――。ここまで大きな差を体感したのは、まだ新兵だった頃まで遡らないと思い出せない。
だからテンドウは言う。何の躊躇もない晴れやかな声で。
「これからしばらく指導を頼むぞ。――師匠」
「ほっほっホ。それを人間の口かラ聞くのは久しぶりじゃのウ」
勝者も敗者もウソ偽りなく笑う。
そこにあるのは人間とアンデッドではなく、同じ剣の道を歩いてきた同志のそれだ。
――まさかの地下にも上には上がいた。
となれば頼りになる相棒の白い炎太刀ではなく、自分自身の鍛え直しを。
今日からアンデッドの師匠のもと、剣の修行という新たな生活が始まるのだった。




