第六十八話 謀反
西エリアの牢獄塔、その一階大広間。
拠点の主であるニゴマル仕様で、壁と天井がブチ抜かれてできた大きな空間を舞台に――目を疑うような戦いが勃発した。
腐肉族ファミリーの頭である屍暴君と、幹部の『暗殺怪人』ニゴマルの殺し合い。
つまりは配下による謀反である。
幹部同士がいがみ合うことはあっても、頭と幹部が争うことは百年間で一度もなかったことだ。
「「「「……!」」」」
その前代未聞な出来事を受けて、両者に突き従う直属の配下たちは……何もできずに固まっている。
唾を飲み込むことすら煩わしいほどの緊迫感――。
再生能力を有していたとしても、巻き込まれれば死を免れない圧倒的強者同士の戦いだ。
配下たちは腐った目玉でただ見届けるだけで、どちらも戦いに加わろうとはしていない状況である。
そんなファミリーの頭の座を決める戦いは、どちらも素手で武器の類は持っていない。
屍暴君は拳で。ニゴマルは掌底で。
攻撃だけでなく防御も含めて、己の肉体一つだけで戦闘を繰り広げている。
「『災禍ノ血怪晶』を取り込んで俺を超えたつもりか? どっちが上か分からねえなら教えてやるよ!」
本来であれば自分がなっていたはずの、数百のドクロの紋様が浮かんだニゴマルの上半身を見て。
頭には血が上り、腸は煮えくり返っている屍暴君が喉をかき鳴らして叫ぶ。
その非対称な赤黒い体から漏れる同色の魔力には――ドクンドクン、と脈打つ『鼓動』が伴っている。
一拍一拍が戦場に響くたび、周囲にある足元の小石は何一つ触れられずとも砕けていく。
そんな恐ろしい魔力を纏った拳と、ニゴマルの『怨嗟』を伴う青黒い魔力を纏った掌底がぶつかり合う。
と同時に鼓膜が破れそうなほどの爆音と爆発が発生。
両者の体が凄まじい衝撃の反動により、わずかに後方へと弾かれた。
「いつぶりだろうな? 遊びじゃねえ本気の一撃を出すのは……!」
キレているのに笑ってもいる。
屍暴君は爆発を生み出す発達した右腕をぐるりと回し、頬が裂けんばかりに口角を上げた。
一見、火属性にも見えるこの攻撃は爆破属性だ。
本来は存在しないその属性こそ、亡都ヤマトニアで最強の一角たる屍暴君の能力である。
相手に触れると同時、己の魔力を爆発させて対象を粉砕する。
瞬間的に生まれる熱一つとっても、あの『炎の剣士』の白い炎太刀に匹敵するほどだ。
百年前に魔物の軍勢から街を奪い返した際には、その爆発の拳で最も多くの大型の魔物を屠っていた。
「……本当に愚か者だなテメェは。大人しく俺の右腕として支えてりゃいいものを……! タタリを失った今、ファミリーの力は落ちてるっつうのによ!?」
また笑いながら怒声を放つ屍暴君。
爆発と『鼓動』の音が混じり合った攻撃が、ニゴマルの青黒い巨体を粉砕すべく牙を剥く。
――そこに加えて、当然のようにあるのは『呪い』だ。
名は『免疫の呪い』。
ヨギやタタリと同様に、『不死の三傑』である屍暴君もまたその身に呪いが掛けられている。
免疫が完全に消失するため風邪や病気に極めてかかりやすくなる。
だがすでに死んでいるアンデッド、しかも端から全身が腐敗している種族のため……やはりデメリットは存在していない。
「【二重爆砕拳】」
そして失った免疫と引き換えに手に入れた異能こそ――半身強化だ。
屍暴君の右半身はそれが理由で肉体が発達し、筋力および耐久力が飛躍的に上がっている。
さらには限定的な威力上昇の付与まで。
自分の肉体の中心線から見て、右側への攻撃は腕力、魔力、爆発の威力すべてが上がっている。
「【怨恨痛打】」
ゆえにニゴマルは屍暴君の左半身側へと回り込むように立ち回る。
互いに手の内は知り尽くしているのだ。
わざわざ最も強烈な形に付き合うはずもなく、一切の音もない隠密状態で巨体を揺らして戦う。
「こ、これが頭の……!?」
「今のニゴマル殿の力か……!?」
手を出せずに見届けるだけの配下たちから、どよめきの声が漏れる。
繰り出す打撃はどちらも魔力なしで地面を粉砕できるほどだ。
そこに爆発と『鼓動』の魔力、青黒い『怨嗟』の魔力がそれぞれに乗れば、すべての攻撃が凶悪極まりないものとなっている。
まさに人智を超えた肉弾戦――。
この戦いの結末がどうなるかは分からないが――一つだけ断言できることがある。
両者の力はまったくの五分。戦況はどちらにも傾いてはいない。
周囲の床にこびりついた大量の血も、あくまで百年前の囚人のものであり、どちらもまだ出血らしい出血はない。
――それすなわち、ヤマトニアで最強と謳われる『不死の三傑』に、今のニゴマルは並ぶ存在になったということだ。
北の亡霊族ファミリーの幹部である『黄金弓』ジンロウタと同じく、ニゴマルは『三大ファミリー』の幹部の中でも抜けた力は持っていた。
ただそれは『不死の三傑』に近くはあるが、及びはしないというのが周知の事実だった……のだが、
「【断絶蛮刀】」
「【爆心打刻】!」
怪物からさらなる怪物へ。
強大な呪物を取り込んだことによって増大した力は、屍暴君との大技の真っ向勝負でも押し負けていない。
同じ強化でもプリバトヤが行った異形化とは違う。
青黒い魔力に変な揺らぎは一切なし。魔力操作も安定していてこれまで通りだ。
ただ純粋に、ニゴマル本人の『怨嗟』を伴う魔力だけが大幅に強化されているのだ。
「久方ブリニ下等生物……人間ト会ッテ分カッタ。我ラ不死ナル存在ハ、無限ニアル時間ノセイデ感覚ガ狂ウノダロウ。……悠長ニ構エスギテ、全テガ遅スギルノダ」
己の頭だった者と打ち合い、早くも牢獄塔が余波だけで倒壊寸前となる中で。
他者から見れば絶望と絶望がぶつかり合う戦いは――屍暴君が爆発の拳でニゴマルの巨体を弾き出したことで、塔の外へと戦場が移る。
曇天だった空はさらに雲がぶ厚くなり、昼間だとは到底思えない暗さだ。
まるで二体の強大な魔力に呼応するかのように、今にも大雨が降り出しそうな天候となっている。
「……狩ルカ狩ラレルカ。今ノ均衡状態ヲ受ケ入レテキタ頭ナド、モウイラン」
「ハッ、急に生意気な口を叩くようになったもんだな。……本当に残念だぜ。惜しい戦力を失うことになるとはな!」
言葉を交わし、また殺し合う。
敵同士となった屍暴君もニゴマルも、ナワバリが今の形に分かれた百年近く前以来となる本気の戦闘だ。
優に上位魔法に達している互いの攻撃が当り前のように連発される。
それを真正面からガードするなど、攻撃だけでなく耐久面でも規格外な腐肉族二体が戦場で荒れ狂う。
――結局は力だ。
ファミリーを統べるのも力。敵対ファミリーを屈服させるのも力。
強大なファミリーであるために必要なのは、絆ではなく力なのだ。
まさに人間をやめた魔物らしい原理である。
気に入らなければ力で解決する、弱肉強食がすぎる混沌の世界だ。
「ソモソモ呪イヲ掛ケラレタ犯罪者ナド……! 不死ニ生マレ変ワル価値モナシ!」
「ガハハハ! だったら望み通り俺の首を討ち取ってみろや!」
そのルールのもと、屍暴君とニゴマルは喰らい合うように殴り合う。
西エリアを越えてほかのエリアにまで届くほどの魔力の波動と激闘の音は、いまだ終わる気配はまったく見えない。
下剋上か、はたまた順当勝ちか。
どちらが勝者になろうとも――悲劇の街の歴史は再び大きく動き出す。




