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不死ノ国XX記  作者: 三月坊主
第三章 禍根の地下都市編
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第六十七話 動き出す者たち

 亡都ヤマトニアの中心に立つ白亜の城――カンナギ城。

 その一階応接間には、現在の住人である人間ファミリーが集まっていた。


 いつもなら壁に掛けられた絵画に囲まれながら、お茶と会話を楽しむ場所なのだが……今は違う。

 以前、カグラがベニムラサキの配下に拉致された時と同じだ。

 応接間の空気もソファに座った体も、どこか重く沈んだものとなっている。


「あの状況じゃどうにもならねえ。避けられねえ事故だったからな……」

「それに加えて、とてもじゃないが助けられるような高さじゃないとなると……」

「本当に不運すぎたべ……」


 現場に居合わせたムウマ、ヨシくん、ヒュウガが嘆く。

 状況を理解した時には時すでに遅し。

 テンドウを乗せたクロちゃんが落ちていくのを、成す術なくただ見ていることしかできなかった。


「一応、落ちて死んじゃうっていう最悪な事態は避けられたけどさ……」

「本当に出口なんてあるのかな……」


 同じく崩落事故をより近くから見ていたガガクとカグラが肩を落とす。

 亡都の下にあった謎の地下空間など、ある意味では『三大ファミリー』のナワバリよりも恐ろしい場所かもしれないのだ。


 ……ただ正直、テンドウの実力だけを考えるなら心配はない。

 地下にあれだけの空間があるのなら魔物がいる可能性は高い。

 だが今のテンドウの力に加えて、勝手に落ちたドンチンや自発的に転移で下りたモモヒメも一緒にいるのだ。


 だからこそ心配なのは、カグラが言ったように地上への出口があるのかどうかだ。


 もし存在しなければ……テンドウが生存することは不可能。

 規格外な白い炎太刀を持つどれほどの強者であっても、アンデッドとは違って生身の人間なのだから。


「たしか食料が入った魔法袋を持っていたのはムウマよね?」

「ああ。だからテンドウにとっちゃ非常にまずい状況だぜ。俺もパニックで投げ落とすのを忘れちまったし……。さすがに地下に食料があるわけねえし、もし地下水も飲めねえようなら……猶予は短いぜ」


 セイカの問いにムウマが答え、また一段と応接間の空気が重くなる。

 あとは南エリアの脱出経路の確保だけだったはずなのに……。

 極めて順調だった脱出計画が一転、中心となるテンドウの大ピンチで暗礁に乗り上げてしまったのだ。


「――何だい皆、暗い顔だね。あの子はそんなヤワな男じゃないだろう?」


 と、ここで重い空気を入れ替えるかのように。

 扉を開け放って入ってきたのは、皆の肝っ玉母ちゃんことスズランだ。

 体調を崩していた彼女は力強い笑顔を浮かべたまま、いつもの紅白のチェック柄エプロンを身につけている。


「スズラン、もう大丈夫なの? まだ寝てた方が……」

「そうじゃぞ。一番爺さんのワシが言うのもなんじゃが、若い頃ほど無理はできんじゃろう」

「はっはっは、まあたしかにね。……けど大丈夫、休んだらだいぶ楽になったから。セイカもネゾウも今朝の食事の準備をありがとうね」


 そう言って、合流したスズランも応接間の中へ。

 ソファに座っているガガクとカグラの頭を撫でると、落ち込んでいる仲間一人一人に視線を配った。


「とにかく、私たちは信じて待つしかないよ。――それまで各々がやれることをやる。今日までずっとそうやってきたでしょう?」


 暗く沈んでいた皆を鼓舞するように、パンパン! と二回、手を叩く。

 そのスズランの声と行動を受けて、この場にいる全員が静かに頷いた。


「……だな。うだうだ考えてても仕方ねえか。俺はこれからパンドラに行って地下への出入り口がないか聞いてくるぜ」


 ムウマはソファから立ち上がり、気合いを入れるように右脚の義足をポンと叩く。


「じゃあ、おっさんは中庭でヨギの小舟の練習だ。脱出の時までには使えるようにしておかないとだぞ」


 続けてヨシくんも立ち上がると、膝をポキポキと鳴らしながら屈伸運動を始める。


「だべな。それじゃ早速、僕たちは稽古をするべよ、ガガクにカグラ!」

「了解だっ!」

「うん!」


 ヒュウガ、ガガク、カグラもいざ行動を開始。

 スズランのおかげで気合いを入れて動き出した戦闘組は、それぞれが成すべきことを成すべく応接間を出ていく。


 ――そうして残されたのは、セイカ、ネゾウ、スズランの三人だ。

 いつも城を預かっている非戦闘組は、それぞれがソファに座ったまま、


「ほっほっほ。さすがはスズランじゃ。皆を励まし、鼓舞する力はまさに敏腕指導者ようじゃのう」

「何、私は大したことなんてしていないよ。この不死の街で過ごしてきた経験は伊達じゃない――皆、本当に強くなっているからね。……その中心で照らしているテンドウは言わずもがなだよ」

「……ええ、そうね。アイツは必ず戻ってくるわ。もし出口がなくても最悪、私と合作したあの炎太刀で地盤ごと燃やし尽くして這い上がってくるんじゃない?」


 亡都新聞を広げたり脚を伸ばしたり、カップのお茶に口をつけたりと冷静に――というよりもいつもの感じで。

 家事や畑仕事がひと段落していた三人は、これから先についても語り合う。


 ――仲間を信じる力は人間であればこそ。


 数々の苦難を乗り越えてきた人間ファミリーは、この程度では決して折れない。



  ◆



 一方その頃。

 閉ざされた地下よりも深く重い空気が流れる場所が、地上の亡都ヤマトニアの中にあった。


「……オイ。例のモノは見つかったのか?」


 曇天の空の下、場所は西エリアの貴族街壁にほど近い牢獄塔――。

 南北に走るシノノメ通りから一本挟んだ道にある、かつて多くの罪人たちが収容されていた大きな塔に、このエリアを支配する者の姿があった。


『不死の三傑』が一体――屍暴君(しかばねぼうくん)


 腐っているというよりも、火傷でただれたような赤黒い皮膚。

 隻眼の顔には歴戦の大きな刀傷が刻まれ、右半身だけが異様に発達している。


 そして何より、その肉体から漏れる凄まじいまでの魔力。

 戦闘経験のない人間程度ならば、それだけで圧殺できてしまいそうなほど凶悪なものだ。

 実際に足元に転がっていた古びた拘束器具は、触れずとも一瞬にして亀裂が入ってしまっている。


 そんな人の名を捨てた超大物アンデッドに、いつもの酒臭さはあれど……豪快な笑い声は一つもない。

 壁や天井がブチ抜かれて広くなっている牢獄塔の一階にて、険呑な雰囲気を生み出すその隻眼を向けているのは――自身が率いる腐肉族(グール)ファミリーの配下だ。


「そもそもなぜ『集合の鐘』を無視した? ……よお、ニゴマル」


 問いを投げかけた相手は、ほかでもないこの牢獄塔を個人拠点とするニゴマルだ。

 二体いる幹部のうち、タタリを失ったことで一体だけとなった幹部のもとへ、わざわざかしらである屍暴君は出向いていた。


「……悪イナ。ドウモ気ガ向カナクテナ。例ノモノニ関シテハ、スデニ入手デキテイル」


 対して、配下であるニゴマルは答えたが……いつものそれとは違う。


 背中を向けたままの上に敬語ですらない。頭に向ける態度としては失礼極まりないものだ。

 ただ屍暴君はそこを気にした様子はなく――反応したのは会話の中身の方だった。


「何? 手に入ったのか? ……ならさっさと出せ。早く俺に見せてみろ」


 貫くような視線のまま、屍暴君はニゴマルに催促する。

 異様に発達した右腕を出して、探し求めていたものを配下から受け取ろうとした。


「ソレハデキナイ。……モウコノ世ニハ存在シナイカラナ」

「…………、何?」


 が、しかし。ニゴマルの口から出たのは予想だにしないものだった。


 入手したのに、もう存在しない。

 一瞬、何のことかすぐには分からずとも……長く求め続けていたからこそ、屍暴君はその言葉の意味を理解した。


「……ニゴマル、テメェどういうつもりだ? 勝手に使う許可なんざ出した覚えはねえぞ……!」


 瞬間、屍暴君の非対称な赤黒い体から魔力が放出される。

 漏れ出るのではなく明確に放出されたそれによって、現在いる牢獄塔の一階だけでなく、塔全体が染められていく。


 屍暴君がニゴマルを使って探させていたもの。――それは呪物だ。

 それも非常に危険極まりない、呪物の中でもとくに恐ろしいとされる代物だった。


災禍ノ血怪晶さいかのけっかいしょう』。


 百年前に起きた悲劇の大規模発生(スタンピード)で、途方もない量の血が流れ、数えきれぬ怨念が溜まって放置されたからこそ。

 歴史上でも数例しか確認されていない、巨大な災害と犠牲によって生み落とされる副産物である。


 その稀少性は聖遺物以上だ。……ただ当然、人間からすれば手に入れたいものなどでは絶対にない。


 一方で魔物からすれば喉から手が出るほど欲しいだろう。

 究極とも呼べるその呪物を体内に取り込むことで、魔物という存在はさらなる力を得ることができるとされている。


 だからこそ、ほかの『三大ファミリー』に対して優位に立つために必要だったのだ。

 屍暴君がその存在を知ったのはつい十カ月ほど前。――偶然、配下が見つけた書物に記されていたのがきっかけだ。


 そしてここ百年の動きを見れば分かる。

 北と東の邪魔な強者たちは、その呪物の存在と可能性をいまだ知らないのだと。


「アレさえありゃ……! この俺がすべて引っくり返せたってのによオ!?」


 長く続く亡霊騎王(ぼうれいきおう)死魔道姫(しまどうひ)との均衡状態の打破。

災禍ノ血怪晶さいかのけっかいしょう』こそがヤマトニアの頂点に立つ唯一の方法であると、屍暴君は考えていたのだ。


 ところが配下であるニゴマルが無断で使用してしまった。

 ――実際、腰布を巻いただけのニゴマルの青黒い巨体には――ある変化が起きている。


 体長や纏う筋肉とぶ厚い脂肪はこれまでと違いはない。

 その一方で、立ち上がり振り返って露わになった上半身、その胸から腹にかけて――数百ものおどろおどろしいドクロの紋様がびっしりと浮かんでいる。


「ゴ覧ノ通リダ。俺ガ使ワセテモラッタ。……残念ダガモウ、コノ世ニハ存在シナイ」

「……なるほどな。おいニゴマルよお、急にトチ狂った理由は知らねえが……! もうケジメをつけるだけで済まねえのは分かってんだろうな?」


 こうなってしまえば、たとえ重要な幹部が相手であってももう止まらない。

 鉄の結束を誇っているはずのファミリーの中心に、修復不可能な亀裂が入ったのは明らかだ。


 そうして二つの巨大な魔力がぶつかり合い、周囲が地獄と化す前に。

 百年続いた関係性を引っくり返す――禁断の言葉をニゴマルは口にする。


「――今日デ終ワリダ。俺ガ腐肉族(グール)ファミリーノ新タナ頭トナル」

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