第六十六話 地下集落
地下で出会ったオオダケたち包帯人族ファミリー。
友好的な彼らの船に乗ったテンドウたちは地下を流れる水路を進み、一路オオダケたちの家に向かうことになった。
「安心するがよイ。この船に乗っていレば襲われる心配はホとんどないのウ。地下のアンデッドどもは水が嫌イな者が多いのじゃヨ」
「へえ、そうなのか。それは地上とは違うんだな」
そんな話をしながら船に揺られて、横穴の水路から再び街が広がっている巨大地下空間へ。
そこで改めて近くから街の様子をみて――テンドウはすぐに地上との違いに気づく。
数多く存在する多種多様なアンデッド。
視線だけで刺し殺すような敵意を向けて、水路がなければ今にも襲いかかってきそうな危険な個体は当然いるが……。
その中にちらほらと、建物の壁を背にして座り込んでいる個体が確認できたのだ。
「アイツらも敵意がない……じゃないな。何と言うか、気力そのものを失っているような感じが……?」
「だな。ありゃ無気力人間ならぬ無気力アンデッドだぞ。……ちょびっとだけ心配になります」
「何だか陰気臭いわねえ……。地上よりもさらに陰鬱な地下の空気がそうさせているのかしら?」
地上にはなかった光景にテンドウたちは戸惑ってしまう。
人間よりも感情が分かりづらい種族であっても分かる、まるで人生が詰んだような表情。
まさかネガティブな部分で人間味を感じるとは……誰も想像すらしていなかった状況である。
「――ん?」
と、ここでテンドウがさらにあることに気づく。
ゆったりと進む船の上から街をよくよく見てみると、若干、ヤマトニアに似ているような似ていないような建物が確認でき始めたのだ。
「……なあオオダケ。一応、ここのモデルはヤマトニアではあるんだよな?」
「もちろんジャ。ここはかつて追放さレた王子が造った場所じゃからのウ。……ただ百四十年ほど前じゃかラ、大規模発生が発生した百年前の街とハ少し違う部分もあるんじゃヨ」
「……え? ここって王子が造ったのか!?」
船首に立っているオオダケからの返答に、テンドウは思わず面食らってしまう。
この地下都市はヤマトニアの元王子が造ったもの。
衝撃の事実にテンドウがさらに詳しく聞いてみたところ、兄との王位継承の争いに敗れた第二王子が、側近たちとともに長い年月をかけて完成させたらしい。
巨大な地下空間自体は自然に存在していたが、それを見つけたのも第二王子だったようだ。
国を追放されて遥か遠くの地に行ったと思いきや、じつはその都の地下に潜って生活。
しかもそこで地上を模した街を造るなど……凄まじいまでの国への未練と執念である。
「まア、玉座を巡る争いに関してハよくある話じゃナ。……しかシ、誰も自分たちの足元にいルとは夢にも思わなかったはずジャ。そもそモこの巨大な地下空間の存在すラ知らなかったはずじゃヨ」
「な、なるほどな……」
思いがけぬ形で知らされた亡都ヤマトニアの隠された歴史。
権力を奪い合う骨肉の争いは、人間である限りはどの時代も変わらないらしい。
それが今では『三大ファミリー』のアンデッドが覇権を握るべく争っている現実――。
たとえ形と種族が変わろうとも、血生臭さも変わらないようだ。
「――おっト。話していたラそろそろじゃナ。皆、しっかり船体ニ捕まっておるんじゃゾ」
「ん? それってどういう……」
と、オオダケのその言葉に、テンドウの頭の上に『?』が浮かぶ。
地下水路は海や川とは違うのだ。高い波や急流などあるはずがないのに……と思っていたら。
街並みの方から前方に視線を向けてみると――なぜか水路が途切れて終わっている。
――否、続くは続いているが……水が流れているのは前方ではなく下だった。
「え、ちょ、まさか――」
そして覚悟する間もなく、ガクン、と。
ずっと水平を保って安定していた船が、船首の方から大きく傾いて――。
「「「えええええ!?」」」
テンドウ、ドンチン、モモヒメの声が重なる。
続けて「ヒヒィン!?」というクロちゃんの悲鳴が生まれるも――もう誰もどうすることもできない。
――本日二度目の浮遊感。地上から地下の次は、地下からさらなる地下へ。
今度は船に乗ってしがみついたまま、テンドウたちはまた落ちていくのだった。
◆
ほぼ垂直落下に近い水路の滝下り(?)。
一度目の転落と比べれば高さはないものの、それでも十メートル近い落下の末に――テンドウたちは無事に目的地にたどり着いた。
「「「…………、」」」
……が、しかし。三人揃ってぐったりしてしまっている。
またクロちゃんにとっても恐怖体験だったようで、三人と同じく甲板部分に座り込んでしまっていた。
時間的にはほんの一瞬の出来事だ。
だが直前に落ちると気づいてしまったせいで……恐怖だけなら地下に落ちた時以上だったのが正直な感想である。
「さあ着いたのウ。ここから少しだけ歩くガ、我が家ハもう目と鼻の先じゃヨ」
そんなテンドウたちにオオダケが声をかける。
水平に戻った船はすでに水路の船着き場についたらしく、とくにロープで固定せずともピタリと止まっていた。
「……お、おお。了解した……」
とりあえず一旦、テンドウは深呼吸をして気持ちを落ちつけてから。
危うく抜けそうだった腰に力を入れて立ち上がり、オオダケたちに続いて船を降りた。
今いる七、八メートルほど落下した先の通路にも光る魔石は存在している。
等間隔で設置されて視界が確保されており、視覚的にはさらに地下へと落ちた感覚はない。
そんな一本道をオオダケら包帯人族を先頭に進んでいくと――。
「うおお。こりゃまた……!」
開けた場所に出ると同時、目の前に広がったのは立ち並ぶ家の数々だ。
ここまで巨大空間の地下都市を見ていたので、どうしても圧倒される感じはないが……ここはここで立派な造りである。
同じ土造りの平屋が十数軒ほど。
平坦ではない段差のある空間に集まり、小さな集落のようなものを形成していたのだ。
……そこには不思議と不気味な感じはまったくない。
貴族街の軍宿舎や南の集合住宅といった、かつて経験したアンデッドのナワバリとも違う。
集落を見たテンドウが真っ先に感じたのは、むしろ真逆の落ち着きだった。
「あっ、お帰り皆! ……ってあれ? お客さんが一緒なんて珍しいね!」
と、その地下集落に入ってすぐ、出迎えたのは人形姿のアンデッドだ。
小さな女の子の人形から同じく小さな女の子の声で、とことこと走ってこちらに近づいてくる。
「……か、怪人形族? てっきり同じ種族の集まりだと思っていたけど……」
「この子の名前はウメというのウ。たしかに種族は違えド、同じ元人間に変わりはなイ――ワシらの大切な家族じゃヨ」
そう言って、ほとんど体当たりみたいに突っ込んできたウメを抱きとめるオオダケ。
その包帯が巻かれた腕の中からウメがテンドウたちの方を見てくるが……やはりこの個体も敵意はまるでない。
さらに、家の外に確認できる腐肉族や骨人族も同じだ。
ほぼ全員が珍しい客人(主に人間のテンドウ)に視線を向けてはいる。
だが驚いた様子なだけで、刺すような視線や殺伐とした空気は感じない。
包帯人族だけのファミリーかと思いきや、異なる種族も同居する混合ファミリー。
その状況や友好的な面から見ても、思った通りオオダケたちは中立域パンドラの住人と同じ類のようだ。
「つまらぬ場所じゃガゆっくりするがよイ。地下かラの脱出についてハ、昼食を取りながラでも話すとするのウ」
「うん、それがいいよ。今日のご飯はいつもよりちょっと豪華だしね! あたしたちは人間を忘れないために食べてるだけだけど、お兄ちゃんはきっと美味しく感じるはずだよ!」
「そ、そうか。……じゃあ、お邪魔させてもらうかな?」
そう言いながら、ぐぎゅるるーと。
何だかんだで色々とあって、もうすぐ昼飯時だとテンドウの腹の虫が告げる。
ゆえにオオダケやウメの言葉に甘える形で、テンドウたちは集落にあるという昼食会場に向かって案内され始めた。
――のだが、
その途中、この地下集落にいる全員が違和感を覚えた。
「「「!?」」」
敵意がまったく存在しない地下集落だからこそ、その違和感にすぐに気づける。
場所は後方。たった今、テンドウたちが通ってきた道の方から、それはいきなり届いてきた。
ビチャンビチャン、という湿ったような奇妙な足音。
さらに加えて息が詰まるような重苦しい魔力と、明らかな敵意が地下集落まで入ってくる。
そして通路から姿を現したのは――四足歩行の獣型のアンデッドだ。
迷い込んだのか狙って後をつけてきたのかは分からないが、気味の悪い真っ黄色な全身が確認できた。
「――っと、ありゃ害粘菌族か。獣型とはまた珍しいな。……やれやれ、んじゃ食事の前に軽く運動でもしますか」
種族的には死魔粘体族の親戚のような魔物だ。
ただ約四メートルという体躯と溢れる魔力的にも、おそらくは強個体の『はぐれ』だろう。
地下でも発生するのかと少し驚きながらも、テンドウが討伐のため白い炎太刀を鞘から抜こうとする。
「いや大丈夫ジャ。おぬシたちは大切な客人じゃからナ。……ここはワシが掃除するかラ、ゆっくりしていなさイ」
テンドウの抜刀を制して、ここでオオダケがススッと一歩前へ。
と同時に腰に提げた刀を抜き、一気に距離を詰めにいった一歩は――凄まじく速い。
「スゥ――ッ!」
そして放たれる剣撃。
四足歩行で獣のごとく暴れる粘菌の体に、目にも止まらぬ斬撃が見舞われていく。
――害粘菌族は再生とは少し違う、修復で形を保つ能力を有している。
また飛び散った粘菌が触れることで皮膚から浸食を受けるなど、かなり事故が起きやすい相手なのだが……。
おそらく集落側に飛び散らないように配慮しているのだろう。
計算もされた洗練された立ち回りで、見守るテンドウたちの方には微塵も影響は出ていない。
(な、何つう達人芸だよ!?)
その技量に関しては、剣の才能に恵まれて血の滲むような努力もしてきたテンドウよりも上。
むしろ比較することすら失礼だと感じるほどだ。
一切の無駄がない流れる水のような剣閃は、剣の素人であるドンチンやモモヒメさえも見惚れてしまっている。
「――まあ、驚くのも無理はないさ。師匠は人間時代、元王宮の剣術指南役だったからね」
隣で見ていた包帯人族がそう教えてくれる。
強個体の『はぐれ』を相手にしても圧倒している高い剣技。
体格差など関係ないとばかりに、獣型害粘菌族にまともな反撃すら許していない。
魔力や肉体の強さで押し潰すような、魔物特有の剛の戦いとは真逆だ。
太刀筋から足運びまで、何一つケチのつけようがない。
選ばれし者しか就けない王宮の指南役だったというのも納得の、武の極致とも呼べる柔の強さである。
「君も地上にいたなら中立域パンドラは知っているだろう? そこの住人であるイマタイたちにも師匠は教えていたのさ」
「え? ……ちょっと待った。さっき元王宮の剣術指南役って言ったよな? ってことはアイツらってまさか……?」
「ああ、そうだ。何で商売なんてしているのかは分からないが……彼らパンドラの住人はヤマトニアの王族だよ」
「んな!? う、ウソだろ!?」
まるで世間話のように、観戦中にしれっと明かされた衝撃の事実。
驚きすぎたテンドウの視線は戦いから隣の包帯人族の方に向いてしまう。
その間もオオダケの美しい剣撃は止まらない。
魔物としての強さではなく、純粋な剣士としての強さ。
振るう刃に氷属性も乗せられたことで、飛び散る粘菌はすべて氷漬けとなっている。
「――あ、ちなみにさっきの話に出た第二王子も師匠の生徒だよ。ほかの王族と比べれば期間は短かったがね。……そして彼こそ、ヤマトニアを滅ぼした大規模発生を引き起こした犯人だと師匠は見ているようだ」
「!? え、ちょっと待て……! 追放された王子も生徒で――っていうか犯人なのか!?」
またも投下された包帯人族からの爆弾発言。
あくまでオオダケの推測らしく、真偽のほどは不明だが……もし本当なら歴史にも伝わっていない重要な情報だ。
――などと一人、テンドウが度肝を抜かれていたら。
「ゲリロ、ロォオオ……ッ」
地下集落を騒がせていた『はぐれ』個体の襲撃騒動が早くも鎮圧。
いつの間にか獣型害粘菌族にトドメを刺していたオオダケが、呼吸一つ乱れもせずに戻ってくる。
そして、包帯人族にできうる限りの満面の笑みで、
「……では改めテ。ようこそ我らの家ヘ。歓迎するのウ、客人たちヨ!」




