第六十五話 街と水路と幽霊船?
地下にあった第二(?)の亡都ヤマトニア。
巨大な地下空間だけでも驚きなのに、目の前に広がるまさかの光景にテンドウたちは驚愕してしまう。
……厳密に言えば建物や道の材質はもちろん、規模も縮小はしている。
だが基本的な外観はほとんど同じだ。正面に見える大通りに関しても、テンドウたちにもお馴染みの南エリアを東西に走るアカツキ通りにしか見えない。
「本当に衝撃の光景だけど……何ていうか、見ていると懐かしい感じになるな」
「懐かしい? テンドウ、あなたは正真正銘の外の人間じゃない」
「あ、いやそういう意味じゃなくてな。転移事故でヤマトニアに飛ばされて、初めて不死の街を見た時もこんな感覚だったなー、って」
テンドウたちが今いるのは、街並みを見下ろせる丘のような場所だ。
その高さに加えて、地下であるのにヤマトニアらしき地下都市が遠くまで見えているのは……ここにも無数の光源があるからだ。
ここまでの細い通路にもあった淡い橙色に光る魔石。
それに照らされているおかげで、日中とまではいかずとも、夕焼けに近いくらいの明るさが確保されている。
「――で、やっぱり地下にもいたか」
だからこそ、街を構成するほぼすべてのものが見えていた。
地上と同じく存在していた数多くのアンデッド。
彼ら以外の魔物の姿が見えないあたり、この地下も不死なる者だけの魔窟となっているようだ。
こちらも街と同じで、規模や数は地上と比べれば落ちてはいる。
ただ密集具合だけはほとんど地上、それも貴族街の外とほぼ同じ状況だ。
「……状況は何となく理解できたぞ。さて、これからどう動くかな……」
夕焼けのような街を見下ろしながら、テンドウがぶつぶつと呟く。
一番の問題はアンデッドではなく、規模が縮小しているとはいえ広大な地下空間そのものだ。
ここからどこへ進めば地上へと出られるのか?
パッと見る限りでは巨大空間にそれらしき出口はない。
今さっき通ってきた細い通路の横穴はほかにもいくつか見えるが……どこに繋がっているのかはまったくの不明である。
「そもそも出口があるとしたら、街の中心の方角なのか外の方角なのか……見当もつかないな」
「フッ、ならオイラに任せろ。絶対にあっちだ! ……とカンが言っています」
「いやカンかよ。……でもまあ、判断材料もないしここは信じてみるか」
まったくの未知の状況すぎるため、テンドウはドンチンの提案に乗ることに。
そのドンチンが選んだのは方角的には東の道だ。
一際、大きな横穴で、地下水なのか水路らしきものが伸びており、ほかとは少し違う感じがある。
距離的にもそう遠くはない。せいぜい二百メートルくらいか。
街がある巨大地下空間の外周を進み、魑魅魍魎な街中には入らない形で、その横穴を目指すことに。
「前方に敵影なし。……このまま前進しよう」
どこか新兵訓練を思い出しながら、責任を持って仲間を率いるテンドウ。
地下なので気温は地上よりも少し低く、肌寒さを感じながら息を潜めて進んでいく。
その甲斐あってか戦闘を挟むことなく、目的の横穴まで到達して入っていく――その前に。
ここでついに地下で初めてとなる邪魔者が立ちはだかってきた。
「オ、オオ……オオオッ!」
――影人族だ。
名前の通り全身が影でできているアンデッドは、亡霊族の親戚のような種族にあたる。
当然、ただの物理攻撃は完全に無効。
地上にもいるにはいるが、目撃例は少ない珍しい種族だ。
「――はい。邪魔!」
……とはいえ、今のテンドウの障害となる相手ではない。
鞘から抜かれた白い業火の刃が一閃すれば、真っ黒な影は人型を保てずに一瞬で崩れて消えていく。
(硬さはやっぱり地上と同じで亡都仕様か? ……まあ、この炎太刀の前では誤差みたいなものだけど)
――これで一旦、道は開けたのでテンドウたちは大きな水路の横穴へ。
それでもガンガン前に進んでいかないのは……やはり索敵担当のムウマがいないからだ。
『三大ファミリー』の幹部を倒した実力者であっても、臆病なくらいに慎重に。
地下特有の少しカビ臭い空気の中で、中央に幅三メートルほどの水路がある大きな横穴を進んでいく。
すると五十メートルもいかないうちに――すぐにテンドウたちの前に選択肢が現れた。
「……ふむ、ここで別れ道か。ドンチン、今度はどっちを選ぶ?」
「右だ。右に違いねえ。……とオイラのカンがまた言っています」
左右に別れる道の前にて、クロちゃんに跨るドンチンが右を選ぶ。
それを受けて先頭のテンドウは頷くと、迷いなく右側を進んでいく。
――――――…………。
そうして歩くこと、体感で五分ほど。
次のアンデッドとの遭遇もなく、順調だと思っていたところで、
「……うーん。そうか……」
「ちょっとドンチン。あなたのカンも大したことないわね」
「あ、あれえ……?」
一行がたどり着いたのは行き止まりだった。
正確に言えば格子状の蓋があり、水路の水がさらに地下へと流れ落ちているので、破壊すれば進めないこともないが……。
「どう考えてもこっちは違うよな。……気持ち的にもさらに地下深くには行きたくないし」
――というわけで、残念ながら回れ右である。
来た道を引き返して、さきほどの別れ道を逆に進むべく戻ろうとした――その矢先。
「「「!?」」」
Uターンした三人の視線の先。
魔石に照らされた水路の向こうに現れた違う光を見て、皆の足が止まってしまう。
……何かがいる。しかもこっちに来ている。
誰が口にせずとも、その事実をすぐに全員が理解した。
(何、だ……?)
ただただゆっくりと、横穴の中央を流れる水路上を進んでくる謎の光。
嫌な感覚を覚えたテンドウは、ここで初めて白い炎太刀を構えた。
背後はもうさらに地下深くへと落ちる道しかない。
つまり逃げ場はなし。状況的には極めてよくない中、後ろのドンチンとモモヒメを乗せたクロちゃんを守る形で、テンドウが待ち構えていると――。
「なッ……!?」
現れたのは当然、アンデッド以外の何ものでもない。
パッと見ただけで三体の敵が存在している。
だがその登場の仕方が予想外すぎて……姿がハッキリと視認できた数十メートル手前からテンドウは驚いてしまう。
水路の中を水飛沫を上げながら歩いてきた、のではなくて。
アンデッドたちは水路の上を浮かんで進む――立派な船に乗っていた。
◆
「とてつモない魔力と異常な光源ガあると思ったラ……。まさカ人間じゃったとはのウ」
肺や気道を締め付けるような緊張感――。その中で先に口を開いたのは相手の方だった。
地下水路に浮かぶ幽霊船……のような印象を受ける船に乗ったアンデッドたち。
それがテンドウたちの元まで来ると、流れる水路の上でピタリと止まって停止した。
三メートルの幅の水路にギリギリ収まるほどの船体の大きさだ。
木造の船で船橋も設置された本格的な造りで、船首には女神の彫刻があり、地下に風など吹いていないが一応、帆もついている。
そのサイズ的にも櫂が一本もないのを見ても、おそらく動力源は魔力か何かだろう。
「「「…………、」」」
と、どうしてもテンドウたちの目は船の方に向いてしまうが――重要なのはそっちではない。
乗っていたのは三体のアンデッドだ。
どの個体も同じ種族、全身が包帯に包まれた包帯人族で、間違いなくファミリーだと思われる。
うち二体は弱くはないが大した個体ではない。
一般的な亡都の基準では平均以上であっても、『はぐれ』級の強さまではなさそうだ。
だからこそテンドウの視線と意識は、残る一体だけに注がれることに。
船の先端に立っている、猫背気味で肩にアンデッドのカラスを乗せた個体だ。
……魔力的にもただ者でないのは間違いない。
腰に提げた刀や佇まいから判断すれば、『三大ファミリー』の幹部クラスと言われても納得できるほどだ。
「…………、」
そんな船に乗った包帯人族を前に、テンドウは無言のまま仲間たちを後ろに下げさせる。
だが、もしここで戦闘となれば……巻き込まずに戦うことはかなり難しい状況だ。
「どうします師匠? まさか人間とは思っていなかったですが……」
「……うム。とはいえ放置するわケにもいかんしのウ……」
「ッ……!」
配下らしき個体からの問いに、師匠と呼ばれた個体が答える。
そのやりとりを聞いていたテンドウは、戦闘は避けられないと完全に戦闘体勢へと入った。
「――おっト、失礼しタ。若き人間ヨ、決してそういうつモりで言ったわケではないのじゃヨ」
と、テンドウの反応を見て慌てたように師匠らしきアンデッドが言う。
さらに包帯に覆われた両腕を上げて、腰に提げた刀で戦う意思はないと示してきた。
「何? ……んじゃどういう意味だっていうんだよ?」
その予想外な反応に、テンドウは困惑しつつもまだ警戒は解かない。
出会ったばかりで、何よりも相手はアンデッドである。
普通に喋れて知性が残っていそうな個体だからこそ、だ。
一度、油断させておいてから襲ってくる可能性も現時点では捨てきれないのだ。
「うム。まずは名乗っテおこうかのウ。……ワシはオオダケ、この地下都市に住ムしがない爺さんじゃヨ」
言って、オオダケと名乗った包帯人族が深く一礼する。
続いてほかの二体も一礼したが……その美しい所作はとてもアンデッドには見えない。
そして彼らは船から降りると通路の上へ。
改めてもう一度、惚れ惚れするようなお辞儀をすると、テンドウに対して真っすぐな視線を向けてくる。
「おぬシはいったい何者なのジャ? いやもちろン、地上から来タのは分かるガ……。ご覧の通り地下も含めテ、この街は不死に侵さレた場所なんでのウ」
「……ああ、えっとだな。詳しく話すと長くなるんだが……」
対して、まるで人間のような礼儀正しい対応をされたテンドウはというと、
急に罪悪感のようなものを感じたので、すぐに戦闘態勢を解いてから。
自分も名乗って、少しぎこちないお辞儀をし返してから――これまでのことを話し出す。
約半年前に起きた転移事故に始まり、今日まで起きた主な出来事など。
興味津津な様子のオオダケたちに、隠すことなく要約した情報を伝えていく。
「――んで、脱出経路の確保のために公衆浴場まで来て――……」
……本来なら地下水路という場所でアンデッド相手にする話などではない。
ではなぜテンドウはペラペラと喋り始めたのか? その理由はほかでもない、向こうサイドに丸っきり敵意が見えないからだ。
師匠と呼ばれていた、肩にアンデッドのカラスを乗せている個体だけではない。
後ろに控える配下の包帯人族二体も、戦う意思はサラサラないようだ。
この不思議な感覚については、テンドウは亡都ヤマトニアですでに何度も経験している。
今いるドンチンにモモヒメ、そしてイマタイたち中立域パンドラの住人とまったく同じ印象を受けていた。
「――というわけで現在に至る、だな」
そんな友好的と思われる彼らへの説明がようやく終わったところで。
少し考え込んだオオダケはうむ、と頷くと、またテンドウの方へと視線を戻す。
「……事情は分かったのウ。おぬシもなかなか数奇な運命ヲ辿っているようじゃナ」
相変わらずのアンデッドとは思えない穏やかな口調で言う。
そしてまた自分たちの船に乗り込むと、オオダケはテンドウたちに手招きをした。
「とりあエず乗りなさイ。こんな広いだケの地下は迷ってしまうだケ――おぬシたちを我々の家に案内するのウ」




