第六十三話 公衆浴場
脱出の成否に大きく関わる脱出経路の選定。
信頼できるロッポウが見つけたその道を確実なものとすべく、テンドウたちは手遅れになる前に現場へと向かった。
貴族街の外ゆえにカンナギ城からはかなり距離はある。
ただ第三拠点の廃病院からならば距離にして数百メートルほどだ。
脱出の際は少し西回りになる一方、比較的安全なルートを進めば、今回の目的地と邪魔な標的の姿が見えてくる――その前に。
「おお、あれが噂に聞く摩訶不思議な物件か……!」
テンドウたちの前に見えてきたのは立派な屋敷だ。
元一般区の南エリアには珍しい大きなそれが、進むルート上にポツン、と存在していたのだが……。
――燃えている。
ごうごうと燃える不気味な黒い炎に包まれて、その立派な屋敷全体が丸ごと燃えていたのだ。
「南の『炎上屋敷』は有名だからな。しかも百年前からずっと燃え続けてるらしいぜ?」
「おまけに近づくだけで魔力を燃やされて魔力切れになる、か。……そりゃナワバリにするファミリーがいないわけだ」
そんな不気味で謎な黒炎に包まれる屋敷を見て、ムウマとテンドウが感想を言う。
当然、厄介な存在であるためここはさっさと通り過ぎるだけだ。
もの珍しいからと立ち止まって見ていては、全員が魔力切れとなって失神するだけである。
……ただその際、テンドウはおもむろに紅蓮の鞘から白い炎太刀を抜いた。
「えいやァッ!」
そして放った切り札の一つの【大文字斬り】。
クロちゃんの馬上から放ったその強烈な一撃により、燃え盛る黒炎ごと破壊された屋敷が――一瞬にして崩れていく。
「うおっ!? おいテンドウ、いきなりやるんじゃねえよビビるだろ!」
「あはは。悪い悪い。まあでも脱出の際にはまた通るからな。ダメ元で処理しとこうかと思ったけど……どうやら上手くいったみたいだぞ?」
軽い感じで言って、テンドウは鞘に白い炎太刀を収める。
テンドウ本人も別に上手くいくとは思っていなかったが……出た結果は完全に予想外なものだった。
……破壊された屋敷ごと黒炎が消えている。
瓦礫となっても決して消えないと言われていた呪いの炎が、なぜかキレイさっぱり鎮火していたのだ。
「色的には正反対な白と黒で打ち消し合ったのか? あるいはアンデッド特攻の『退魔の武器』だから効いたとか? ……何かよく分からんけど、めでたしめでたし、だな!」
「「「「…………、」」」」
機嫌よく叫んだテンドウと、規格外な白い炎太刀の性能を見て、久しぶりに少し引いてしまう仲間たち。
そんな彼らは引き続き貴族街の外を進み、目的地および討伐対象を目指す。
もちろん邪魔なアンデッドを退けながら、両脇を家屋に挟まれた緩やかな坂を登っていくと――。
「「「「!?」」」」
距離としてはあと二百メートルほど。
そこで鼻に届いてきた強烈な臭いを感じて、テンドウたちは一斉に顔をしかめてしまう。
「……こりゃ思っていた以上だな。臭いからして酷いじゃないか」
「そこらの腐肉族の比じゃねえな。……オイラの南瓜な鼻でも厳しいです」
「若干、硫黄臭まで混じっているわね……。悪臭だけなら亡都一じゃないかしらコイツ?」
顔をしかめるテンドウの声に、ドンチンとモモヒメも同じような顔と声で続く。
――ちなみに、今回のメンバーは前回の異形誕生祭の時とほぼ同じだ。
テンドウ、ムウマ、ヨシくん、ヒュウガ、ガガクとカグラの人間ファミリーに加えて、
アンデッド組では頭のドンチンとモモヒメ、そしてロッポウだけが同行している。
その全員が目的地に近づくにつれて濃くなってきた独特な刺激臭を受けて、たまらず鼻をつまんでいた。
――南エリアの西寄りにある公衆浴場。
同じ東方の国だからか、ヒノモト王国と同様に入浴文化のあったハレルヤ王国。
本来は汚れや臭いを落とすはずの場所が、今は毒とその臭いにまみれているのは……何かの皮肉だろうか。
「つうかオイ、ロッポウ! どこが死魔粘体族だっつうんだよ!?」
と、ここで索敵担当のムウマから少し怒ったような声が。
その理由はすぐにテンドウたちの目でも確認することができた。
血の海にも似た真っ赤な毒と、その刺激臭を放つ元凶。
囲いが壊れて外から丸見えの大きな露天風呂のちょうど中心に、標的の姿はあったのだが――。
骨が露出した骨人族部分に、赤黒く腐敗した肌の腐肉族のハーフ。
そして何より特徴的なのが、柔らかそうな大きな頭と、蠢くように伸びている吸盤がついた八本の脚だ。
馬や牛をも捕食できそうなその脚からは、周囲を浸食させている真っ赤な毒がこぼれ出ている。
……どこからどう見てもタコである。
正式名称は呪蛸族という大型の『はぐれ』が、公衆浴場の露天風呂に鎮座していた。
「あれー? 何だ、俺様の見間違いだったか。あの時は脚を全部、折り畳んでたから……カン違いしちまったっつーわけか。はっはっは!」
「……ったく、そこはしっかり確認しといてくれよ……」
自身のミスを笑うロッポウに反省の色はまったくなし。
だがテンドウが強く注意できないのは、やはり肝心の脱出経路を探し出してくれたからだ。
なので、今回のカン違いはさっさと流すとして、だ。
クロちゃんに騎乗したまま鞘から白い炎太刀を抜いたテンドウは、同じく片手剣を抜いていたガガクとカグラの方を見る。
「……相手は違っていたけど、予定に変更はなしだ。俺たち三人で削って、トドメは二人が刺してアイツの魔力の残滓を吸収してくれ」
「了解っ!」
「うん、分かった!」
リーダーであるテンドウの指示に、刀身の熱の余波があるため少し離れた位置からガガクとカグラが元気いっぱいに答える。
現在、テンドウの白い炎太刀の付与回数は百二十八回。
死魔粘体族だろうと呪蛸族だろうと正直、一人で秒殺できる相手ではある。
……ただそれでは普通の討伐、何も残らないのだ。
よほど危険な相手や状況でない限りは、ガガクとカグラの強化の優先を。
【不死族喰らい】の効果で、少しでもアンデッドの魔力の残滓を吸収させたいところだ。
「さー頑張れ。タコだけに食って栄養にしちまえよー」
それを同じく理解し、あえて討伐しなかった仲間の声援を受けながら。
迷惑で臭すぎる障害を取り除くべく、テンドウたちはいざ戦闘を開始するのだった。
◆
「まずは挨拶代わりに――喰らっとけ!」
タコな巨体を中心に、足元には毒の浸食が広がっている特殊な戦場。
その影響をまだ受けていない離れた距離から、テンドウは攻撃を撃ち込もうとする。
燃える刀身から放ったのは【火線突き】だ。
さすがに【大文字斬り】では一発で終わってしまう可能性もあるため、念には念を入れて威力が落ちる方で戦うことに。
かたやガガクとカグラが使うのは【鎌鼬】だ。
下位魔法ゆえに呪蛸族の皮膚を傷つける程度だが、塵も積もれば山となる、である。
トドメに関してはガガクの【竜巻の牙】を予定している。
こちらは中位魔法で威力も高いので、弱らせた後に撃ち込めば確実に仕留めることはできるだろう。
「茹でダコ……じゃなくて焼きダコか。悪いがそこは退いてもらうぞ!」
一本、また一本とテンドウが放つ白い業火が焼いていく。
……予定通りにダメージは入っている。また再生能力は持っていないようで、失った脚が元通りになることもない。
もし難点があるとすれば……やはり臭いか。
体表にべっとりと付着している毒ごと燃やすため、熱で変化した刺激臭が生まれて嫌でも周囲に広がってしまう。
「ギニョォオオオオス……!」
一方、奇妙な叫びを上げながら呪蛸族も猛烈な反撃はしている。
本数も多く人型と比べると動作も分かりづらい脚を使い、鞭のようにしならせて叩き潰そうとしてくる。
だが、テンドウたちを捉えることはできない。
常駐型でまったくその場から動かないことも、呪蛸族から見れば今回の戦闘では不利に働いてしまっている。
「甘い!」
「誰が当たってやるかっ!」
「これくらいなら問題なしだよ!」
テンドウを乗せたクロちゃんもガガクとカグラも、速度および回避能力は極めて高い。
常に離れた距離の彼らを捉えたいのなら、それこそ『八本指』ヨギくらいの多重攻撃でないと無理だろう。
――結果、戦いはほとんど一方的となっている。
目の前の『はぐれ』アンデッドが強敵であることに疑いようはない。
それでも『三大ファミリー』の幹部を倒した強者からすれば、油断さえなければ遅れを取ることはないのだ。
強烈な毒に何もさせない白い業火と疾風の刃――。
そうやって順調に脚の本数を減らしていく中で――ある一つの想定外が起きた。
……ただし、それはいい意味で、だ。
「あれ? 何か……大丈夫なのか?」
余裕のある戦闘だからか、ふとテンドウは気づいた。
タコな巨体を中心に浸食している足元の真っ赤な毒が――なぜか自分まで届いていないことに。
より正確に言えば、足元近くにあった毒が燃えている。
白い炎太刀の炎の影響によって、血の赤のような毒がきれいさっぱり取り除かれていたのだ。
しかもクロちゃんに騎乗した状態で。
毒に浸食された地上からは少し離れているにもかかわらず、半径一メートル以内に限っては、有害な毒を燃やし尽くしている。
「火属性の上位魔法を常に展開しているから……か? ともあれこれならッ!」
「ちょ、テンドウ本気かっ!?」
「だ、大丈夫なの!?」
己の業火の影響を確認したテンドウのみ、ここで標的に向かってゆっくりと接近する。
それを見たガガクとカグラが即座に心配の声を上げた。
一応、解毒薬(ベニムサキの花畑産)を持ってはいるが……どう見ても毒性は強そうなので、心配するのも当然である。
だがテンドウの周囲の毒が一瞬で燃え散っていくのを見て、すぐにホッとしたような表情となる。
「また積極的な動きを……。でもたしかに直に斬った方が早いか」
「だべな。にしても離れて見ているのに……こっちまで熱が届いてくるべよ」
後方で戦いを見届けているヨシくんとヒュウガも反応する。
二人に関しては今回は出番はなしだ。もちろんピンチになれば即参戦するつもりだが、ここまでの完璧な戦いぶりに安心して見ていた。
計八本あった吸盤つきの太くて長い脚は早くも残り三本に。
テンドウが接近して一太刀のもとに焼き切ったことで、瞬く間にさらに二本が胴体から離れて――傷口から燃え広がった白い業火で焼失していく。
(……ラスト一本。これで二人に仕上げは任せるとしますか!)
そして、最後の一本にテンドウが狙いを定めた。
これを切り落とせばもうガードに回す腕はない。つまり、トドメを刺すための障害が完全になくなるというわけだ。
クロちゃんと一体化した人馬一体の完璧な動きで、戦闘班のリーダーは馬上から白い炎太刀を振り下ろす。
――――はずだった。
「――――え?」
勝利を確信し、接近すると同時に聞こえた奇妙な音。
得体の知れないその音が、何やら足下の方から聞こえてきた瞬間――。
突然、襲ってきた浮遊感。
クロちゃんの脚から伝ってきていた地面との震動がなくなり、常に安定していた体勢もなぜか大きく乱れてしまう。
――落下している。
馬上にてテンドウがそう理解した時には、もうどうすることもできなかった。
「「「「テンドウ!?」」」」
後ろから飛んできた仲間たちの声も、混乱するテンドウの耳には届かない。
今の今まであったはずの、露天風呂を形づくる岩の囲いや底は……もう存在していない。
多くの土埃が舞い上がった中でも、突如として生まれた真っ黒い『大穴』は――その大きさゆえにハッキリと視認できるほどだ。
(うそ、だろ!?)
思わぬ形で入ってきた想定外の横槍に、テンドウとクロちゃんが対応することは不可能。
残るタコ脚を斬り落とす前に、何の前触れもなく足元の地面が崩落したことによって。
テンドウを乗せたクロちゃんと呪蛸族の巨体は――吸い込まれるように落下していくのだった。




