第六十二話 脱出に向けて
「プリバトヤ……そうかあのプリバトヤか! まさかヤツがこの街にいるとは驚きじゃのう」
エビス広場での異形の誕生祭(?)と、タタリとヨギの幹部二体の同時討伐。
今も鮮明に覚えている肝が冷えすぎたその日から――早くも一週間ほどが経った。
いつもの一階応接間にて、夕食後のまったり時間を過ごす中で……そう思い出したように話を切り出したのは年長者のネゾウだった。
「ん? 何だアイツを知っているのか?」
「……うむ。ようやく思い出したのう。ここ一週間、テンドウからその名を聞いて引っかかっておったが……間違いないのう」
顎に手を当てながらネゾウは何度も頷く。
そして遠い昔を思い出すように目を細めると、ティーカップの紅茶で少し喉を潤してから。
ソファに座って聞く態勢に入っているテンドウたちに向けて、ネゾウは語り始める。
「プリバトヤとはここから遥か西――マナラーン皇国の者じゃ。たしか『穢れ魔道士』と呼ばれておって、なおかつ国を追放された身のはずじゃ」
「け、『穢れ魔道士』? また何でそんな不名誉な異名が……?」
「いやワシも詳しくは分からんのじゃ。文官時代に一度、視察で訪れただけじゃし……何より現地の者の口が重かった記憶があるのう。……じゃがしかし、プリバトヤという名は間違いなくヤツじゃよ」
ネゾウはそう断言する。
なぜプリバトヤが追放されたのか理由までは分からない。
だが『穢れ魔道士』という異名と、ここ亡都ヤマトニアで異形騒動を起こしたことを考えれば……何となくイメージはできてしまう。
「あとはそうじゃ、十歳未満で中位魔法を会得した神童とも聞いたのう。……つまり、今のガガクとカグラと同じじゃな」
「……そ、そうだったのか。たしかに魔力的にもただ者ではないと感じていたけど……まさかそこまでとはな」
さらに明かされるプリバトヤの情報に、テンドウは紅茶を飲む手を止めて苦笑する。
誰も知らない異形を生み出す高度な専門知識。
そこに加えて魔法の才能まであるとなると、いよいよ得体の知れなさが頂点にまで達してしまう。
「……まあ何によ、だ。とりあえず危ねえ思想と好奇心を持ってる野郎ってのは確実だぜ。……だが正直、俺らの邪魔さえしなけりゃ別にいいがな」
「たしかに。一般市民のおっさん的には理解できないが、関心が我々ではなくアンデッドに向いているのなら……放置でもいいのか?」
「……だべな。強力な異形は迷惑だけど、南エリア全体の数は減るから悪いことだけでもないべよ」
続いてムウマ、ヨシくん、ヒュウガがそれぞれ感想を言う。
脱出のために避けては通れない南エリア。
その脱出経路こそロッポウが探ってくれているが、プリバトヤのせいでエリア自体がどういう状況になるかは不透明である。
決行日はヤマトニアの命日である年明けに変わりはない。
もう何だかんだで二カ月を切っているので……できればプリバトヤにはそこまで大人しくしてほしいところだ。
そう皆が共通の思いを持っていたら――ガチャリ、と。
ここで応接間の扉が開き、セイカが遅れて入室してきた。
紅茶が入った愛用のティーカップを片手に、どこか浮かない表情となっている。
「あっ、セイカっ。……それでスズランは大丈夫なのか?」
「いつもと違って調子が悪そうだったけど……」
そんなセイカにガガクとカグラが心配そうに聞く。
じつは皆の肝っ玉母ちゃんことスズランが、珍しく体調を崩していたのだ。
「ええ、大丈夫だと思うわ。ちょっと調子が悪いだけで横になってれば治るから、だって」
「……そうか。なら少し安心したぞ。スズランも今日まで毎日、頑張ってくれているからな……」
「家事は大変だべしな。僕たち戦闘班と違って、休みもないのがとくに辛い部分だべよ」
スズランが今日までずっと支えてきてくれたのは当然、皆が理解している。
料理一つとってもそうだ。食材のやりくり――はネゾウの【畑の達人】で心配はないとしても、
毎日三食の献立を考えるところから、すべて一人で担当しているのだ。
そんなスズランは今日も美味しい夕食を作ってくれてはいたが、一緒に取らずに早めに自室に戻っていたのだ。
「……脱出するその日まで、皆も体調には気をつけないとのう。亡都を抜けたその先には『赫の大樹海』の横断も待っておるしな」
「とくにネゾウはなっ。農作業で腰も痛めちゃってるし、そもそももうおじいちゃんなんだし!」
「むむっ、こらガガク。年寄り扱いは感心せんのう。まだまだワシも若い者には負けんつもりじゃよ」
まるで祖父と孫のようなやりとりをするガガクとネゾウ。
何とも微笑ましい光景ではあるが、たしかにネゾウの言う通りだ。
来る脱出の日だけでなく、それまでに過ごす日々も決して油断はできない。
テンドウの付与回数やガガクとカグラの成長など、戦力面では順調に伸びてはいる。
だとしても一人の脱落者を出さないためには、基本となる体調が整っていることが絶対条件だ。
全員が万全の状態での、決死の亡都脱出作戦の決行を。
それを改めて再確認しつつ、引き続き夕食後のまったり時間を過ごしていると――。
――カツン、と応接間の窓に何かが当たる音が。
夜遅くに誰かがイタズラをした……のではなく、それは歴とした合図である。
「――ん、ロッポウか。何か新しい情報でも手に入れたかな?」
その音を確認して、テンドウはソファから立ち上がってすぐに応接間の外へ。
ガガクとカグラも後ろにちょこちょこと続き、三人は一階エントランスから城の扉を開け放って外へと出た。
……ちなみに、ドンチンだと大声で呼ぶので絶対に違う。
モモヒメも基本的にカンナギ城には来ないため、そうなると消去法でロッポウしかいないのだ。
「やれやれ。できれば夜の亡都は敷地内でも出歩きたくないんだけどな」
「精神的に何かやだしなっ」
「どこからかうめき声も聞こえてきて怖いからね……」
誰かの声か、あるいはこの土地自体の声か。
気味悪さが増す夜の中、そう軽く愚痴りながらも三人で向かっていくと――やはりいた。
月明かりに照らされた半壊状態の城門のそばに、見慣れたスーツの吸血鬼族の姿があった。
◆
「おう、夜遅くにすまねーな。まー別に明日でもよかったけど、ちょーど近くを通ったもんでな」
夜のカンナギ城にロッポウが訪れた。
吸血鬼族なので夜に活動すること自体は自然なことだが、この時間帯に来るのはかなり珍しい。
(……ふむふむ、)
ただその満足気な青白い顔を見れば……テンドウはもう説明されずとも分かる。
何だかんだで知りあって三カ月近く経つのだ。
分かりやすい表情からは有益な情報――おそらく脱出経路か何かを見つけたのだろう。
「ったくよー、ここしばらく雨続きだったから大変だったぜ。まーテンドウにはタタリの件で借りがあるからな。俺様も気合いを入れて脱出の道を見つけてきたっつーわけだ」
「おお、やっぱりそうか。そりゃ助かるぞ」
……やはり予想通り、脱出経路についてだったようだ。
ロッポウは月明かりに照らされながら、自信に満ちた顔で手に入れたその情報について話し始める。
――と思いきや、どこか言いづらそうに頬をボリボリと掻き始めて……?
「ただし、まー何つーか……面倒臭えーことに制限時間つきなんだよなー、これが」
「へ? 制限時間だと……?」
続く言葉は想定外だったため、テンドウが目を丸くする。
同じく一緒に出迎えた両隣にいるガガクとカグラも、ポカンと口を開けてロッポウの方を見ていた。
なので詳しく聞いてみたところ――出てきたのはとあるアンデッドの存在だ。
死魔粘体族。
カンナギ城を囲んでいる寂れた庭園のヌシだった個体と同じ種族の『はぐれ』が、どうやら最適な脱出経路上に存在しているらしい。
「毒液をまき散らす厄介な存在だ。しかもまったく動かねー常駐型ときたもんだ。そのせいで居る場所を中心にどんどん毒の浸食が始まってるっつーわけだな」
「……なるほど。そうなるといずれ道が通れなくなる、ってわけか」
「その通りだ。せっかく見つけた道もパーってわけよ」
ロッポウからの情報にテンドウは少しだけ顔をしかめる。
最短ルートのツキミ橋という橋はとうの昔に崩れて渡れない。
次点で近いルートは『魔の三角地帯』があるため、危険すぎてあり得ない。
それら以外で最適となる、脱出経路を見つけられたまではよかったが……。
毒液など言語道断。肝心の道が毒沼で歩けなくなっては本末転倒だ。
ヨギから奪った魔道具の小舟でそこだけ渡ることも可能ではあるが……実際は上手くいかないだろう。
(……アレ、簡単そうに見えてめちゃくちゃ難しいからな……)
小舟の定員は二名。……だが、想像以上に高度な魔力操作を要求されるがために。
何度も粘り強く挑戦はするも、未だに誰一人としてまともに扱えていないのが現状だ。
安定性の欠片もないグラグラな状態でのピストン輸送などリスクが高すぎる。
それに時間もかかるのは確実なため、現状では危険な貴族街の外で運用するのは命取りでしかない。
「なら決まりだな。……邪魔者は排除するしかないぞ」
「そー言うと思ったぜ。早いに越したことはねーから明日にでも殺っちまおう」
問題が生じるのなら力ずくで取り除けばいい。
発言だけ見れば物騒極まりないが、この街においては至極当り前のやり方だ。
……というわけで、人間ファミリーの次なる行動は決定した。
見つけた道をたしかな道として確保すべく、邪魔な『はぐれ』アンデッドを狩ることとなった。




