第五十八話 二体の幹部
「……始まりましたか。それでは我々もやるとしましょう」
南エリアの住宅街の行き止まり。
離れた通りの方からテンドウとタタリの魔力衝突が届いてきたのを確認して、黄土色の魔道士のローブを纏った骨人族――『八本指』ヨギが動き出す。
パチン、と骨の指を鳴らすと宙に浮かんでいた小舟が消失。
自身を支えていた足場がなくなったことで、ヨギが地上まで落下するように降りてくる。
「……本当にやる気かよ? いくら幹部様でもこっちはこの人数だぜ?」
「はい。見れば分かりますよ、義足の索敵担当さん。ほかにも風魔法使いの双子兄妹と電撃矢の弓兵に、新しく加わった重戦士の男。あとは堕天使族の女と南瓜頭族の頭ですね」
ムウマの問いにつらつらと答えて、さらに一拍置いてから。
ヨギは仰々しく両手を広げると、構えを取っているムウマたち一人一人に視線を向ける。
「私もバカではありません。すべてを把握した上で、勝てると踏んでいるから戦うのですよ」
状況的には一対七。
戦闘には加わらないモモヒメを除いたとしても、数の上ではヨギの方が圧倒的に不利である。
……にもかかわらず、ヨギは余裕の態度を崩さない。
舐めているのか何なのかは不明。骸骨の表情からは一切、感情が読み取れない。
ただ確実に言えるのは、これまで数多くの敵対ファミリーを屠ってきた幹部からすれば……この程度の数的不利は問題ないとのことなのだろう。
「――それに、です。そもそもまだ、私の指の数よりも少ないですしねえ……!」
と、ここでヨギは左右に広げていた両手をムウマたちの方に向ける。
その骨の指先すべてに一瞬で魔力が漲り――一秒にも満たない時間の中で射出された。
だが今回はプリバトヤを狙い撃った時とは違う。
指先から放たれたのはシンプルな無属性の魔力光線ではなかった。
火、水、土、風、雷、氷、闇――。
七属性の十五にも及ぶ色鮮やかな魔法攻撃が、一斉にムウマたちのもとへと殺到する。
「「「「ッ!」」」」
その複数攻撃をそれぞれが回避もしくは防御する。
戦場となった場所は行き止まりとはいえ、思いのほか狭くはない。
百年前の爪痕で建物の一部も崩れており、回避場所はある程度は確保できるが――。
(チィッ! そもそもの弾数が多すぎるぜ……!)
襲い来る攻撃をムウマがギリギリで躱す。
一人あたり最低二発は向けられており、また他の者を狙った攻撃も存在するため、どうしても窮屈な回避となってしまう。
それでも何とか全員が初撃を対処。
代わりに足場の石畳が破壊されたことで、早くもいたるところで下の地面が露出している。
弾数や属性だけでなく、当り前のように一つ一つの威力も高い。
多重魔法攻撃という高難度の芸当であっても、魔力が分散しての威力低下にはなっていないようだ。
(これが『八本指』ヨギか! 聞いちゃいたが容赦ねえな……!)
まだ最初の攻撃が終わっただけなのに、ムウマの額から嫌な汗がぶわっと噴き出す。
力ない者なら対応できずに蜂の巣にされて死ぬだろう。
力及ばぬ者なら回避や防御はできたとしても、決して近づくことは叶わないだろう。
……ならば人間ファミリーは? たしかに肝は冷やされたが――当然、やられっぱなしでは終わらない。
十五もの魔法攻撃をやり過ごした直後、すぐさま反撃に出たのはガガクとカグラだ。
「「フゥッ!」」
回避は回避でもヨギに接近する形で避けていた二人。
剣の師匠でもあるテンドウを真似た呼吸とともに、発動していた【追い風】も受けて鋭い剣を振るう。
「――甘いですよ」
一方、ヨギは変わらず余裕を見せたままそれを回避した。
見るからに魔道士タイプで機動力は低いはずが、地面を滑るように詰められた距離をまた離してくる。
「すべての指を攻撃に振るわけがないでしょう? 残した一本で別の風魔法を発動していましたからねえ。……あなたたち双子と同じですよ」
攻撃魔法だけでなく移動系の補助魔法まで。
早くも魔道士としての力量を見せつけたヨギは、不気味な骸骨の顔でケタケタと笑う。
……どうやら回避面は弱点とはならないようだ。
素の能力をしっかりと魔法でカバーすることで、動きの鈍いただの砲台ではないらしい。
(でも耐久面は低いべ。当たれば一気に流れは傾くはずだべよ!)
笑うヨギを睨みつつ、魔法攻撃をガードしていたヒュウガが思考を巡らせる。
見た目からしてもヨギの耐久面は低い。
魔道士のローブから出ている首や前腕の骨を見ても、そこらの下っ端構成員よりも少し細いくらいだ。
また何より信頼できるパンドラの情報面からも、『三大ファミリー』の幹部の中では脆さがあるというは周知の事実だ。
「――【円岩遊装】」
そんなヒュウガの思考を読んだのか、すぐにヨギが手を打ってきた。
十六本ある指の一つに魔力を込めると、土魔法を発動して――自身の周囲に複数の球体状の岩を生み出してくる。
つまりは防御系の補助魔法だ。
接近した対象の魔力に反応して自動で術者を守る浮遊岩。
これで攻撃と回避に続き、防御の面でも死角はなくなったというわけだ。
――が、それだけではない。
『三大ファミリー』の幹部にして『八本指』と恐れられるヨギには、アンデッドとしてある異能を持っている。
「皆、気をつけろよ! 情報通り体力と魔力を一緒に削られちまうぞ! ……本当に怖い『呪い』です」
それを口にしたのはドンチンだ。
ヒュウガと同じくガードで初手の魔法を防いでいたが、武器ではなく自身の頑丈な頭で直接、受けていたからこそ実感していた。
それが『呪い』。
『三大ファミリー』の頭や幹部などの、ごく一部のアンデッドにのみ存在するものだ。
何か重大なものを失うかわりに――何かの異能を得る。
ヨギの場合はドンチンが言った通り、異能として得たものは体力と同時に魔力を削るという特性だ。
「つまりは体力面と魔力面への二重攻撃――。まったく、おっさんじゃなくても堪える攻撃だな!?」
また放たれた魔法攻撃の一つを、ヨシくんが顔を引きつらせながら回避する。
こちらが魔法を放たずとも、敵の攻撃を受けるだけで魔力切れのリスクが生まれてしまうのは……非常に厄介でしかない。
ちなみに、『呪い』が発症する原因は生前に犯した罪だ。
重い罪を背負い、かつ強力なアンデッドとして生まれ変わった場合のみ、魂と肉体に『呪い』が刻み込まれると言われている。
ゆえに大物アンデッド全員が、というわけではない。
『暗殺怪人』ニゴマルや『黄金弓』ジンロウタなどは持っていないとされている。
「この男に掛かっているのは『不眠の呪い』――。けど残念ながら、アンデッドだからまったく苦にはならないのよ」
「ご名答です。『呪い』とはあくまで生者から見てのこと。不死の存在になってしまえば異能だけを与えられた――真逆の『加護』でしかないですねえ!」
戦闘員ではないため後方に下がっていたモモヒメの説明に、ヨギがまたケタケタと笑う。
『呪い』とは名ばかりで実質は『加護』。
神は罰を与えるために背負わせたはずなのに、アンデッドという種族のせいでただの褒美になってしまっている。
「さあ、ここからが本番ですよ。私の指先から放たれる魔法と呪いを――ぜひ死ぬまで堪能してください」
相変わらずのアンデッドらしからぬ落ちついた口調に反して、ヨギから漏れ出る白濁色の凶悪な魔力がさらに一段階上がる。
およそ百年間、敗北を知らぬこの強者を仕留めなければ……人間たちに明日は来ない。
◆
一方、行き止まりから二百メートル近く離れた大きな通りにて。
すでに全力全開となっている殺し合いは、実力者同士に相応しい状況となっていた。
まだ戦闘が始まって三分と経たずして周囲の建物が全壊。
激突によって四方に飛び散った炎と魔力が、威力そのままに破壊の限りを尽くしている。
「【狂乱打ち】ィ!」
そんな周囲への影響などお構いなしにタタリが仕掛ける。
二刀流の十手に体色と同じ深緑色の魔力を纏わせ、まるで蛇のように変幻自在に振るう。
ニゴマルの青黒い魔力が『怨嗟』の声を伴うなら――タタリの深緑色の魔力は『狂喜』だ。
ご機嫌でも不愉快な叫びを伴うそれが、テンドウの全身を打ち砕くべく襲いかかってくる。
「ッく……!」
その連撃の一発一発をテンドウは必死に対処する。
白い炎太刀の威力に頼るだけでは……絶対に防げない。
基本となる高い剣技と集中力がなければ、一気に持っていかれて終わりとなる猛攻だ。
――ここまでの戦いですでに理解できている。
『飛猿』という異名の通り、タタリの動きは重力を感じさせないほど軽やかだ。
あらゆる面でのスピードが極めて高く、吸血鬼族のロッポウすらも上回っている。
そんな十手の猛攻撃を――テンドウは一切ガードしない。
選ぶ対処方法は打ち合いか回避のどちらかだ。
白い炎太刀でも受けると抑えきれないのは、純粋な技の威力の話ではない。
「……厄介だな、『寿命の呪い』ってのは! すべてが貫通攻撃なんて卑怯だと思わないのか?」
「ハッ、別に。つうかテメェのその太刀も大概だろォが!」
ヨギと同じくタタリも持っている『呪い』。
寿命が短くなる代わりに、すべての攻撃がガード不可の貫通攻撃となっているのだ。
南の集合住宅をナワバリとしていた怪人形ファミリー、彼らの主要配下も貫通攻撃を有していたが、あちらはその都度、魔力を込めないと発動できなかったのに対して、
タタリのそれは常時発動型で、かつ魔弾による遠距離攻撃にも適用される仕様だ。
つまり完全な上位互換となっており、テンドウは常にガードという選択肢を封じられている。
……ただこの呪いもヨギと同じだ。アンデッドゆえに寿命はないため、デメリットはなし。
恩恵だけを受け取れるとなれば、それはもう人間でいう『特異体質』と同じようなものである。
「俺は元ゴロツキだからなァ。街の中でも外でも大体の悪事は一通りやったぜ。最後は牢獄塔にブチ込まれちまったがなァ!」
「そうかい。ならずっと囚われていてほしかったぞ!」
「フン、あんな薄汚ねェ場所は二度と御免だぜ。あそこを個人拠点にしてやがるニゴマルは……悪趣味極まりねェとお前も思うだろ?」
「いやいや、お前だってゴミ捨て場だろが!」
軽くやりとりをして、また激しく打ち合うテンドウとタタリ。
鋭い太刀と滑らかな十手の正反対な軌道が点で重なり、その度に炎と魔力が飛び散っていく。
接近戦のためタタリの腐った肌が白い炎太刀の熱で火傷を負ってはいる。
だがアンデッド特有の再生能力によって……たちまち回復してしまうのが現状だ。
結局、どちらもまだ傷一つついていない状態に。
被害があるとすれば、タタリが纏う革のジャケットやズボンが焼けているくらいだ。
「オラどうしたァ! あの『一匹吸血鬼』の仇を討つ絶好の機会だぜ!?」
「ッ、言われなくても分かっているっての!」
叫び、打ち合う音が街の大通りに何度も響き渡る。
そこから離れた住宅街の方からも、もう一方の重なり合う破壊の音が聞こえてきている。
首謀者プリバトヤが逃げたことで勃発した、南エリアでの二つの幹部戦。
テンドウとタタリの炎と狂喜の戦いもまた、終わる気配はまだ見えない。




