第五十五話 選ばれし者たち?
人間ファミリーに届けられた差出人不明の謎の矢文。
その内容を確認し、緊急会議が開かれて――二日が経過した日の昼下がり。
テンドウ、ムウマ、ガガク、カグラ、ヨシくん、ヒュウガの戦闘班六人は、でき得る限りの準備を整えてカンナギ城を出発した。
「……集中していこう。少しでも罠の気配があれば問答無用で引き返すぞ」
クロちゃんに騎乗したテンドウが若干、緊張気味に言う。
対して、ほかの五人もいつも以上に真剣な顔つきで頷いた。
狩りに出る時間としてはいつもよりだいぶ遅い。
午前中いっぱいを準備に当てて、昼下がり時にテンドウたちが城を出たのは――指定された日時と場所があるからだ。
今日の午後三時に南エリアの大広場――。
色々と正体不明すぎる矢文によると、そこに来れば『面白いものが見られる』とのことらしい。
(鬼が出るか蛇が出るか……。恐いもの見たさというのも少しはあるな)
……正直、緊急会議でも別に無視しても構わないという意見もあった。
だがここ最近の南エリアの状況(異形発生)を鑑みて、少しでも関連性があるなら確認しておくべきという結論に至り、出向くことになったのだ。
というわけで目的地を目指すテンドウたち一行。
向かう途中で軍宿舎に寄るも、今回に関しては同行するのは全員ではない。
南瓜頭族ファミリーの頭のドンチンと、契約者のモモヒメの二体だけである。
「――よし来たか。オイラも頭としてこの目でしっかり見ておかねえとな。……ヤバそうだったらすぐ帰りますが」
「だから別に無理についてくる必要はないんだぞ? 今回は本当に何が起きるか分からないんだからな」
「分かっているわよ。けど、相手は面白いものを見せると断言しているのだからね。よほど自信があるようだし、実際に拝んであげようじゃないの」
そんな好奇心旺盛な二体も加わった少数精鋭で目的地へと再出発だ。
ちなみにロッポウについては今回、同行していない。
矢文の内容に興味を示してだいぶ来たそうではあったが、絶対に外せない野暮用があるらしい。
不測の事態に備えて戦力としてほしかったものの……しばらくヤマトニアから離れるとのことだった。
「まあでも、今日は戦うつもりはないからな。退路をしっかり確保しておけば大丈夫なはずだ」
テンドウたちに油断はなく、念のための準備にも抜かりはない。
しっかりと目でも警戒しながら、もはや慣れた石畳の道を南下していく。
まだ貴族街の中にいる段階では……いつもの亡都ヤマトニアに変わりはなし。
いつまで経っても慣れない独特の空気の悪さは健在だが、今日は朝からまったく霧も出ていないので視界は良好だ。
「……おいおい。こりゃどうなってやがんだよ……?」
と、もう少しで貴族街の外に出るというところで。
先頭で索敵をしていたムウマが一人、呟くように口を開いた。
「どうした? まさかアンデッドで渋滞しているとかか?」
「いや、その逆だ。不自然なほどに全然、アンデッドどもがいねえんだよ。……わざわざ索敵する必要性も感じないほどにな」
これまでになかった事態にムウマが眉をひそめる。
それを聞いたテンドウたちもまた、得も言われぬ不安を感じてしまう。
……普通ならアンデッドがいないのは幸運以外の何ものでもない。
ただ何度も言うが、今の南エリアは通常時とは異なる状況だ。
そこに敵がいなさすぎるという異常事態が加われば……逆に緊張感が生まれてしまう。
テンドウたちが現時点で確認できたのは、奇声を上げて上空を飛んでいる馴染みの怪鳥のみ。
街中の方にはアンデッドの姿は見えず、少なくともこの一帯のファミリーは死んだか、移動したかのどちらかだ。
「へえ、本当に面白そうなことが起きそうな雰囲気じゃない」
一方、モモヒメだけは肝が据わっているのか楽しそうに笑っている。
先頭に出てムウマの隣に並ぶと、非戦闘員なのにそのまま追い抜いてスタスタと歩いていく。
「……ここは本当に貴族街の外か? もはや庭園レベルで安全じゃないか……」
モモヒメの行動は普段なら注意すべきものではあるが……敵がいないため放置したままテンドウたちも進む。
過去に経験がないレベルで何の障害もなく南下して、南エリアを東西に走るアカツキ通りさえも横断。
そうして書かれていた場所に到着する――その二百メートルほど手前にて。
何の変哲もない小さな十字路に差しかかったところで、ついにムウマから報告が入る。
「……おい、ヤベエぞ。感知しきれねえほどのアンデッドどもが……一カ所に集まってやがるみたいだぜ?」
索敵していたムウマの眉間に深いシワが寄る。
その報告を受けても歩みは止めず、静けさの中をさらに南に進めば……やがて目的の場所へと到着した。
「「「「!?」」」」
南エリアの大広場――正式名称はエビス広場と言う。
亡都ヤマトニア全体で見ても最も開けた場所であるそこに、ムウマからの報告通りの光景があった。
それを見たテンドウたちはあまりの衝撃に声も出ずに……ただただその場で固まってしまう。
大広場の大部分を埋め尽くすアンデッドに次ぐアンデッド。
下手すればここだけで万に届くだろう数のアンデッドと各ファミリーが集まった光景は、バクラ闘牛場の木乃伊族地獄さえ可愛く思えるほどだ。
そして、アンデッドの大群衆の視線を一身に受ける者が一人。
ステージのような簡易的なお立ち台の上にいたのは――あの時と同じローブを纏った存在だった。
◆
ファミリーの垣根を越えて大広場に集合したアンデッドの大群衆。
以前に遭遇した謎の集会よりも遥かに大規模ではあるが、構図としてはまったく同じと言っていい。
ローブを目深に被った謎の存在と、それを見にきた大勢の観客。
テンドウたちはその後方、ちょうど真後ろとなる北の位置にいる。
「相変わらず不気味な野郎だぜ。あの魔道具らしきローブで魔力も何もかも遮断してやがる。……どうするテンドウ?」
「ひとまずもう少し近づくぞ。……ただし、逃げ道を確保できる位置までだ」
ハンドサインも交えてテンドウが指示を出し、一行はエビス広場の方にさらに近づく。
いつもなら危険極まりない行動ではあるが、アンデッドの大群衆はほぼすべての個体が前方に集中している。
そのため誰にも気づかれることなく、テンドウたちは大群衆の最後方に陣取ることに成功した。
それから数分ほどが経ち……時刻がちょうど午後三時を迎えると同時。
「――よく集まってくれた。想像以上に壮観な景色だな」
ゆっくりと右手を上げて静寂を待ってから、ついにローブの存在が口を開く。
口元に当てた拡声器のような魔道具で大広場全体に響く声からしても、やはり男なのは確定だ。
また断言はできないものの、おそらく矢文を放ったのはヤツの可能性が高い。
わざわざご丁寧に手紙を書くなど、通常のアンデッドでは考えにくいからだ。
(……さて、いったい何をするつもりなんだ?)
演説会場の最後方にて、今回はテンドウたちも聴衆として参加する。
あの時は盛り上がりすぎて声がよく聞き取れなかったが、今回は違う。
熱狂というよりも静かに燃え上がるような、あるいは嵐の前の静けさのような空気に包まれていた。
……これだけのアンデッドを集めてこれから何が起きるのか? さすがに雰囲気的には抗争ではないはずだ。
その答えを待つべく、テンドウたちも引き続き前方へと耳を傾ける。
「集まってもらった理由はすでに知っての通りだ。同じ説明を二度はしない。どうせ諸君も大人しく聞いてなどいられないだろう?」
ゆっくりと落ちついた口調で、けれど声には隠しきれない高揚感が乗っている。
ローブの存在は大袈裟に手を広げると、アンデッドの大観衆を見て満足そうに何度も頷く。
「選ばれるのか、選ばれないのか。今日で最後となるのか、これからも続くのか。――すべては諸君の魂次第だ」
言って、ローブを目深に被って隠れている顔をうつむかせる。
その状態のまま笑っているのか、肩が何度も大きく揺れている。
そして急に顔を上げたと思いきや、拡声器の魔道具を持つ反対側の手に――いつの間にか別の何かを持っていた。
「ではまず先に……対価をいただくとしよう」
ローブの存在がそう言うと同時、大広場全体に変化が起きた。
万はいるだろうアンデッドの大観衆から、亡霊族のような靄のようなものが突然、抜け出たのだ。
――どう見ても魔力である。
アンデッドたちの体に宿った、十体十色なおどろおどろしい魔力。
それらの一部が、なぜかローブの存在が持っている何かの方に一斉に向かっていき――そのすべてが吸収されていく。
(くそっ、遠くてよく見えないな。いったい何にこれほどの魔力を集めて……?)
そうテンドウが疑問に思ったのも束の間。
膨大な魔力を集めた何かをしまい、また懐から別の何かを取り出したローブの存在。
その直後、声を上げて笑ったかと思いきや――、
「南で燻るアンデッドたちよ! 弱小中堅と嘲笑われたファミリーたちよ! ――さあ戦え! 運命の時だ!」
叫び、その何かを天高く掲げる。
と同時、ローブの存在を中心に凄まじいまでの魔力の高まりが生まれた。
それに呼応するかのように、黙って聞いていた大群衆の感情も爆発。
やはり嵐の前の静けさだったのか、地鳴りのような叫び声が大広場全体を包み込む。
「「「「!?」」」」
そんな首謀者の言葉とアンデッドたちの咆哮を聞いたテンドウたちは身構えてしまう。
なぜなら、この推定一万のアンデッドの大群衆が殺し合いを始めると思ったからだ。
だが次の瞬間に起こったのは……多くのアンデッドが入り乱れる無秩序な殺し合いなどではなかった。
大広場を照らす青い光。
眩いばかりのその青い光が、アンデッドで埋め尽くされた大広場の至るところで生まれたのだ。
「ぐッ……!?」
とても目など開けていられない強烈な光に、テンドウは堪らず腕で視界を遮る。
大広場に収まらず曇天の空まで届かんばかりのそれは、光自体にもわずかな魔力が含まれているようだ。
その最中にも耳に届いてくる悲鳴、雄叫び、慟哭、怒声。
それら一万もの叫びが一斉に生み出されたことで、視覚だけでなく聴覚の部分でも凄まじい負荷が掛かってきた。
――――――…………、
そんな阿鼻叫喚な状況が続くこと、数十秒。
徐々に落ちつきを取り戻し、多くの青い光が収まったのを確認して……テンドウたちはようやくその目で状況を確認する。
「――なッ……」
そして絶句してしまう。
最後方で唯一、無関係だったテンドウたち一行は、様変わりした大広場の光景を前に固まってしまった。
万はいたアンデッドが――わずか数百体程度。
突然、大幅に数を減らしたそいつらは、見渡す限り一体残らず、元の形状を保ったままの者はいない。
つまりは異形。
青い光を合図に様々な叫びが生まれた大広場には、それら数百体の異形だけを残して。
ほかの大量のアンデッドたちは、たった数十秒の間に跡形もなく消えていた。
「オイ冗談だろ!? 何がどうなりゃこんなことに……!」
「バカな! んな現象なんざ聞いたことねえぞ!?」
「しかも一度にこんな大量にだべか!?」
皆が絶句する中でテンドウ、ムウマ、ヒュウガが声を絞り出す。
あまりに意味不明かつ大規模すぎる謎の現象――。
その非現実的な光景を見て、まだ直接、敵対していなくとも全身から嫌な汗が噴き出してしまう。
「……なるほどねえ。私も詳しくは聞いていなかったけど……そういうことだったのね」
モモヒメだけは冷静に言い、もう数百体しかいない異形アンデッドたちを見る。
その異形アンデッドたちはよほど嬉しいのだろう。
拳を突き上げたり地面を叩いたりと、目に見えるすべての個体が好意的な反応を示している。
……発動された魔法の名称も、どういう原理かもまったくの不明。
それでも目の前に広がる結果を見れば――その効果だけは分かった。
「今の青い光は……っ! アンデッドを異形化させるものだったのか!」
「そしてアンデッドの数が激減してるってことは……複数の別個体を無理やり一つに合体させたみたいだね」
子供であるガガクとカグラも、誰からの説明がなくとも理解できた。
いわば勝者がすべてを取り込む総取り方式か。
一体一体の異形アンデッドが放つ、大幅に上昇した不自然に揺らいだ魔力――。
廃病院にいたあの異形恐灰粉族と同じだ。
その部分からしても、特殊な『種族進化』を果たしたと言っても差し支えないだろう。
ただ一方で、同じ現場にいた同じアンデッドのモモヒメとドンチンに影響はなし。
となると手当たり次第ではなく、きちんと承諾の意志が必要だったと思われる。
「アイツが言っていた魂次第って……。つまり、その部分で喰うか喰われるかが決まるってことだったのか」
テンドウは引きつった顔のまま呟く。
新たな数百体もの異形アンデッドの誕生など、王国軍の兵士でも聞いたことすらない異常事態だ。
――だが、そこで混乱は終わらなかった。
首謀者であるローブの存在が満足気に頷き、再び拡声器の魔道具を口元に当てて喋ろうとした瞬間。
ドゴォオオン――! と。
凄まじい破壊音と大量の土埃が――大広場の東側に生まれたのだった。




