第五十四話 食の力
闘牛場での狩りとロッポウの重傷の帰還。
だいぶ濃密すぎる一日からさらに数日が経過した頃――カンナギ城に一人の訪問者がやってきた。
「おーい。遊びにきたぜー」
……ほかでもないロッポウである。
いつものスーツ姿といつもの軽い調子で、手を振りながらやってきたのだ。
ちなみに、血だらけだったスーツはあの後、セイカが洗ったので綺麗になっている。
火の魔石を用いたアイロン掛けもしていたので、以前よりもピシッとしているほどだ。
「あれっ? もう動き回れるのかロッポウ!」
「やっぱりアンデッドは人間よりも回復が早いのかな?」
そんな吸血鬼を出迎えたのはガガクとカグラだ。
城の敷地内で行っていた、テンドウ直伝の『ヒノモト王国軍式一時間耐久走』。
戦場を駆けるための持久力を培っている厳しい訓練を中断して、二人は門のところにいるロッポウのもとへ。
「まーな。その点についてはアンデッドでよかったぜ」
「そんで今日はどうしたんだ? テンドウと稽古だっけ?」
「いやちげーよ。今日は別件だ。……スズランにちーっと用があってな」
「え? スズランに……?」
ロッポウのまさかの要件に、ガガクとカグラがポカンとする。
別に顔も名前も知らない他人というわけではない。
食事の時や、その後の一階応接間でのまったりタイムなどでも、ロッポウの話題が上がったことは過去何度もあったが……。
スズランは料理や家事担当の非戦闘組なので、二人に接点はほとんどないはずだ。
「おう。何かよく分かんないけど分かったぞっ」
「ちょっと待っててね」
いまいち理由は分からずとも、とりあえずスズランを呼びにいく二人。
今はちょうど昼食の準備をしているはずなので、真っすぐに台所の方へと向かう。
――そうして、ロッポウがしばらく待っていると……。
ガガクとカグラに連れられた皆の肝っ玉母ちゃんこと、エプロンをつけたままのスズランが外まで出てきた。
「何だいロッポウ? 急に呼び出して。戦いの素人のおばさんじゃアンタの戦闘欲は満たせないよ?」
まさかの指名に戸惑いつつも、スズランが門の外で待つロッポウのもとまで来る。
ただアンデッドへの警戒心については微塵もない。
ドンチンら南瓜頭族ファミリーと対応的にはまったく同じである。
自分とはあまり関わりはなくとも、ほとんど仲間な友好的アンデッドだと知っているからだ。
「おー悪いな。わざわざ出てきてもらってよ」
「まあ構わないけど……それで私に用ってのは何だい?」
「ああ、別に大したことじゃねーんだ。ただ単にちゃーんと礼を言っておこうと思ってな」
「……うん? 礼だって?」
予想外な言葉にスズランの目が『?』になる。
別に礼を言われるようなことは何もしていないが……強いて挙げるならやはり料理だろうか。
肉なしゴロゴロ野菜のシチュー。
ロッポウの傷がある程度、回復した頃に、体力をつけるためにと夕食をお裾分けしていたのだ。
吸血鬼族の食事は血のみ。ただ別に普通の食料を食べられないというわけではない。
なのでスズランが容器に入れて渡したのだが……わざわざ城まで来て礼を言うほどではないだろう。
「オメーのおかげで回復したからな。想定より早くに動けるようになったのも、あのシチューのおかげだぜ」
「? 何を言っているんだい。それはモモヒメの回復魔法のおかげだろう? ……あとはアンデッドの生命力と自然治癒力じゃないか」
「まーそれも当然、あるけどよ。実際に回復料理の効果で傷も修復されたしな」
「……はい? 回復料理??」
予想外、というかもはや意味不明な発言にスズランが困惑する。
同じく隣で聞いていたガガクとカグラも、怪訝な顔でロッポウを見ている。
そんな皆の態度と視線に気づき、今度はロッポウが驚いたように目を見開いた。
「……何だ、まだ誰も気づいてねーのかよ? スズランの料理は普通の料理じゃなくて回復料理――。つまり、オメーらお得意の『特異体質』っつーわけだな」
さも当然のように言って、ロッポウは感謝の意を込めてスズランの肩を叩く。
対するスズランはというと……驚きの表情のまま固まっていた。
動いているのはパチクリと瞬きをしている目だけだ。エプロン姿のふくよかな体は、まるで置物のように微動だにしていない。
「と、『特異体質』ってアンタ……皆に現れたっていうあの……? ただの家事担当の私が?」
「そーだ。普段は胃袋で消化なんかしねーアンデッドだからか、内側から効いてくのが逆によく分かったぜ」
ロッポウはニカッ、と笑って鋭い牙を見せる。
いつもはその牙から新鮮な魔物の血を吸っているだけで、固形物を胃袋に入れたのは数十年ぶりのことだった。
「……いやでも、カン違いじゃないのかい? 別に魔力を込めたとかそんなのもないし……」
「間違いねーよ。だって俺様、人間時代にも同じ経験をしてるからな」
あまり納得した様子のないスズランの言葉に、ロッポウは首を横に振る。
そして彼が思い出すのは、まだ人間だった頃のロッポウ青年のことだ。
ヤマトニアを囲む『赫の大樹海』にハチミツ採取に出かけるも、日頃の行いが悪かったのか魔物と遭遇。
襲撃を受けて死にかけるも九死に一生を得て、入院生活の中で回復料理を何度も食べたことがあったのだ。
「――【料理回復】。たしかそいつはそー呼んでたぜ。……まー味はスズランの方が断然、美味かったけどな!」
ロッポウは笑い、もう完全に傷が癒えた腹を満足そうに擦る。
そして万全に戻ったことを見せるように、その場で派手な後方宙返りを披露した。
「そういえば……前にも似たようなことがなかったっけ? ……ほら、テンドウが庭園のヌシと戦った時に、割と深い傷を負ったけどすぐ治ったことがあったよね」
「うんっ? そうだっけ?」
ロッポウに続いてカグラが発言すると、ガガクはピンときていないのか首を傾げる。
――ともあれ、おそらくはロッポウが断言した通りだろう。
非戦闘組で家事担当のスズランも、例外なく『特異体質』だった可能性は濃厚だ。
確率的には千人に一人という極めて珍しい症例。……だが、その常識はもう当てはまらない。
この亡都生活において、人間ファミリーに立て続けに発現している状況を見ても……ほぼ確定と言っていい。
比較的珍しい生活系の『特異体質』も、ネゾウの【畑の達人】という前例があるのだから。
「……はあ、そうだったのかい。まったく自覚がないから分からないけど……それならそっちの方でも役立てそうだね」
「だな。まーまたヤベー状態になった時は一つ頼むぜ」
「……いや勘弁しておくれ。できれば作り手としては普通に楽しんで食べてほしいねえ」
互いに笑って握手を交わし、種族を越えた友情を示す二人。
そこになぜかガガクとカグラも手を合わせて加わり、門の前はなごやかな空気に包まれる。
「んじゃー邪魔したな。俺様はこれで」
そんなこんなで、意外に(?)律儀だったロッポウのお礼も終わったところで。
くるっと背中を向けて手をヒラヒラとさせながら、ロッポウがまた自由気ままにカンナギ城を去ろうとした――その時だった。
「「「「!?」」」」
何の前触れもなく、トスン、と。
どこからか放たれた弓矢が一本――近くの地面に突き刺さった。
◆
カンナギ城の門付近に一本の弓矢が放たれた。
直後、身構えたガガクとカグラがスズランを守るように立ち位置を変えるも……すぐに敵襲ではないと気づく。
なぜなら、突き刺さった弓矢の矢柄に手紙らしきものが結び付けられていたからだ。
加えて弓矢を放った者の姿も魔力も、庭園のどこにも気配すら存在していない。
「……矢文だと? いってーどこの誰の仕業だ?」
帰ろうとしていたロッポウがその弓矢から手紙だけを取る。
そして書かれていた文字を呼んで……ロッポウの青白い顔が怪訝な表情となった。
「なあロッポウ、何て書いてあるんだっ?」
「まさか私たちへの挑戦状……とか?」
「この街でこんな酔狂な真似をするアンデッドがいるとはねえ」
亡都に飛ばされて最古参組で八カ月以上、人間ファミリーにとっては初めての事態だ。
三人はどこかソワソワとした感じで、手紙を読んだロッポウの第一声を待つ。
「なんかよく分かんねーけど……。とにかく、面白えーもんを見せてくれるってよ?」
言って、ロッポウは首を傾げながら手紙を渡してきた。
それをスズランが受け取ると、両脇から覗き込む格好でガガクとカグラも手紙の内容を確認する。
見るからに上質な紙に書かれていたのは――日時と場所の指定だ。
そして時候の挨拶と、ロッポウが言った通り『面白いものを見せてあげよう』という文言が最後に書かれていた。
……しかもかなりの達筆で。
矢文という形や書かれていた内容といい、とてもアンデッドの仕業とは思えないものだ。
……だからといって人間であるはずがない。
当然ながら亡都にいる人間はカンナギ城にいる人間ファミリーだけ。ゆえに高い知能と人間性を残した個体の仕業だと思われる。
(一瞬すらも気配も魔力もねーし……。そもそも、こんなことするヤツなんて俺様の記憶にはいねーな?)
この場でただ一人のアンデッドであるロッポウが思考を巡らせる。
ここ百年の記憶を頑張って遡ってみるも……該当しそうな個体にまったく覚えがない。
可能性としてはパンドラの住人が最も高そうではあるか。
ただ堅物で真面目な彼らの性格を考えると、わざわざこんな真似をするとも思えないのだ。
「……まー何にせよ、だ。とりあえずテンドウたちにもすぐに知らせた方がよさそーだぜ」
「だなっ。ちょっと不気味だぞ……」
「じゃあ緊急会議だね」
「やれやれ……。別に私たちは面白いものなんか求めてないんだけどねえ」
悪い知らせか良い知らせか、あるいは本当に面白いだけなのか。
現時点では何も分からず、またどう事態が転ぶかも不明なため……どうでもいいと切り捨てることはしない。
どんな些細なものであっても、生き残るためにはすべての情報共有を。
それこそが長い亡都生活で得た人間ファミリーの教訓である。
――というわけで一旦、ロッポウとは解散して三人は城の中へ。
その後、ムウマなど外出していた者たちが戻ってくるのを待ってから、一階応接間にて緊急会議が開かれたのだった。




