第五十三話 狩りの後に
「くああああーっ。つ、疲れたあ……」
「さすがにあの数は初めてだったからね……」
バクラ闘牛場で木乃伊族狩りが行われた日の夕方。
第二拠点の軍宿舎に戻ってきた途端、ガガクとカグラは大の字になってソファに倒れ込んだ。
客席からほぼ一方的に攻撃していたとはいえ……である。
何度かの休憩を挟んでいても、狩りは数時間にも及んだのでこうなるのも当然だ。
二人にダメージ的なものはなく、かすり傷一つついていない。
また消費しまくった魔力もモモヒメに回復してもらっていても……さすがに疲労だけは回復できないらしい。
いつもは元気いっぱいな九歳児二人も、今は疲労困憊でぐったりしている。
「お疲れさん。城に戻るのは少し休んでからにしよう」
「本当に頑張ったべな。まだ夕食まで時間もあるしゆっくりするべ」
テンドウとヒュウガが労いの声をかけて、二人が回復するまでしばらく休憩することに。
九歳という年齢も考えるとだいぶ可哀想な画に見えなくもないが、テンドウたちも本人たちも、誰一人として後悔している様子はない。
――なぜなら、この数時間で過去最大の急成長を遂げたからだ。
【不死族喰らい】で木乃伊族の魔力の残滓をひたすら吸収。
その数およそ四百体――。ちょうどいい強さのアンデッドを一人あたり二百体分も吸収すれば、身体能力や魔力量が目に見えて強化されていた。
「新兵で例えるなら、まだ現場ゼロのヤツと一年経験したヤツくらいの差はあるか?」
「うむ。そのくらいの違いは普通にありそうだべよ」
成長した仲間を観察しながら、テンドウとヒュウガが唸るように言う。
ロッポウが最高の狩り場と言っていたのも納得の大成果である。
初回が最も上昇率が高く、二度三度と繰り返していけば成長曲線は鈍化するとしても、だ。
路上で索敵しながら普通に狩るよりも、遥かに効率的なのは変わりないだろう。
「――お疲れ様です。どうぞ飲んでゆっくりしてください」
と、ここで軍宿舎の居残り組だった南瓜頭族たちからお茶が出てきた。
一仕事終えて帰ってきた全員に対して、ティーカップに注がれた淹れたての紅茶を配ってくれる。
「……あら、香りもよくてなかなか美味しいじゃないの。褒めてあげるわ南瓜ちゃんたち」
「どうもですハイ。でも僕たちはパンドラで仕入れただけですけどねハイ」
「基本的にパンドラ製は間違いないのであるな」
上品に紅茶を飲むモモヒメの声に、ピンとコロの二人組が答える。
たしかに彼らの言う通り、パンドラ製のものに間違いはない。
武具だろうと備品だろうと食料品だろうと、不良品で苦情が出たという話は聞いたことがない。
ただ、素材や商品をどこから仕入れているのかはまったくの不明だ。
間違いなく『外』からではあるはずなので、転移陣を使っているのは確実だろう。
その彼らが非常に友好的だということを考えれば……おそらく、その転移陣はアンデッド専用だと思われる。
もし人間も使えるのなら、テンドウたちはそれを借りてとっくの昔に亡都の外に出ているはずだ。
(……まあ、今の状況だけでも大助かりすぎるけどな)
紅茶を啜りつつ、テンドウは改めてありがたみを噛みしめる。
色々と謎なパンドラではあるが、亡都での生活が豊かになっているのだから、利用する客からしたら感謝しかない。
――とまあそんな感じで、皆でまったりと紅茶を嗜んでいた中で――テンドウはふと気づいた。
「……あれ? なあドンチン、お前のコレってこんな形だったっけ?」
「おん?」
同じソファの隣で紅茶を飲んでいたドンチンの南瓜な頭。
身長差からいつも見えている頭頂部、その中心にあるヘタ部分に違和感を覚えたのだ。
「何か星型みたいになっていないか? ちょっと今までと違うような……?」
「そうなのか? 自分じゃ見えねえからさっぱり分からねえな。……もし病気とかだったら恐いです」
一度、星型のヘタ部分を触ってからテンドウは周囲に視線を移す。
ほかの個体の頭頂部を見てみても……全員が円形か四角形だ。
同じなのは長さや色味だけで、ドンチンのような星型の個体は一体も見当たらない。
「……一応、ドンチンは頭だからって感じか?」
「おいテンドウ、一応ってなんだ。オイラは歴としたファミリーの頭だぞ! ……強さは皆とほぼ同じですが」
ドンチンからちょっとした抗議の声が出るも、構わず南瓜な頭を撫で回すテンドウ。
そのまま紅茶を一口含み、皆で談笑しながら、我が家に帰る前の優雅な時間を過ごす。
「――っと、何だ。珍しくロッポウのヤツがまた来たみてえだぜ?」
そんな中、ムウマから報告が入った。
拠点内であっても念のために展開していた【種族感知】に、今回の件の恩人である男が反応したらしい。
自由気ままで行動が読めないプータローではあるが……一日に二度も来るのはたしかに珍しいことだ。
テンドウたち全員がそう思いながら、軍宿舎の扉の方に視線を向ける。
するとすぐにギギギィ、と、ゆっくりと扉が開いてロッポウが訪ねてきた。
――のだが、
「「「「!?」」」」
それを見た瞬間、一同は驚きのあまりソファから立ち上がる。
中には驚きすぎて紅茶のティーカップを落として割ってしまう者までいた。
……たしかに見慣れたスーツ姿の吸血鬼族が現れはした。
だが扉を開いて入ってきたのは――いつものロッポウの姿ではない。
扉に寄りかかるような格好で、重傷を負って血だらけとなった仲間の姿だった。
◆
再びテンドウたちの元へとやって来たロッポウ。
だが着ているスーツまで血だらけとなった彼は、一言も発する前にその場ですぐに倒れ込んでしまう。
「ちょ、ロッポウ! どうしたんだよお前!?」
テンドウを先頭に慌てて駆け寄る一同。
一目で重傷だと分かるほどの傷を負ったロッポウは、すでに大量の血を流してしまっているようだ。
「ハハッ、いやー参った……。少しばかりマズっちまったぜ」
いつもの軽い感じの口調で言うも、その声自体に力はない。
種族的に青白い顔色のため分かりにくいが、血の気が引いてしまっているのは明らかだ。
どう考えても放置はできない。一分一秒を争う緊急事態である。
「――皆、どきなさい。ここは私の出番よ」
と、集まった者たちを押しのけて前に出たのはモモヒメだ。
血だらけとなって倒れているロッポウのそばに座ると、頭上に浮かぶ黒ずんだ天使の輪に魔力を込め始める。
「――【黒ノ福音】」
そして発動したのはアンデッドのみを回復させる専用の魔法だ。
回復魔法とは思えない耳障りな音を伴うそれは、モモヒメの掌からロッポウの傷ついた体へと流れていく。
「臓器は……思ったよりは損傷していないみたいね。けど傷自体はだいぶ深いから少し時間はかかるわよ?」
「おー頼む。……支払いはツケで頼むぜ」
「別にいらないわよ。いいからあなたは大人しく寝てなさい」
一度、ロッポウを仰向けにさせてからモモヒメによる治療が始まった。
人間ではなくとも吸血鬼族は比較的人間に近い魔物だ。
失血死の危険は同じくあるため、まずは止血することが重要である。
「「「…………、」」」
――そうして皆で見守りながら、耳障りでもアンデッド専用の回復魔法が軍宿舎内に響くこと、十分弱。
どういう原理なのかは人間からすれば一切不明。
だがその強力な、おそらく上位魔法に相当するだろうそれによって、胸や腹にあった深い傷口は完全に塞がっていた。
……ひとまず流れ出ていた血は止まったようだ。
それを近くで見ていたテンドウはホッと一息吐くと、横たわるロッポウに向けて口を開く。
「いったい何があったんだ? お前がこんな状態にまでなるってことは……」
「……ああ、相手は三大の幹部だ。『はぐれ』との戦いにちーっと集中しすぎちまってな。接近されてんのに全然、気づかなかったっつーわけだ」
思い出しながらロッポウが苦笑する。
回復によって少し余裕が生まれたからか、自身の長い両腕を頭の後ろに回して枕のようにした。
聞けば空間に擬態する『はぐれ』と戦闘中だったらしい。
相手は無色透明となるため、テンドウ戦でも使った【監視蝙蝠】は意味を成さない。
ゆえに戦闘中も置かなかったが……それが仇となってしまったようだ。
ただロッポウの実力を知る者たちからすれば、その状況でも簡単に奇襲を受けるとは思えないので――。
「で、誰にやられた? 奇襲を受けたっつうことはニゴマルの野郎か?」
「いやちげー。同じ腐肉族ファミリーではあるが……タタリの方だ」
「……なるほどな。そっちならそっちで納得だぜ」
今度はムウマからの問いにロッポウが答える。
出てきた名前は想定の範囲内、テンドウたちも把握している大物アンデッドだ。
ここ最近、ニゴマルに続いて南エリアで目撃例がある腐肉族ファミリーの幹部の一体。
『飛猿』という異名を持ち、その異名通りに機動力に優れるアンデッドだ。
ゴミ捨て場を個人拠点としており、ニゴマルと違って多くの直属の配下も持っている。
「……隙を突かれたとしても、だべよ。ロッポウほどの実力者がこうなるとは……改めてこの街が恐ろしい場所だと再認識したべな」
「だろヒュウガ先輩? もしこの先、無事に脱出して軍に戻れたとしても……。ここよりヤバイ戦場には引退するまで出会わないだろうな」
ロッポウの現状を見て、ヒュウガとテンドウの兵士コンビが顔をしかめる。
モモヒメの高性能な回復魔法のおかげで危機は脱して、何とか一命は取り留めたようだが……。
どんな強者であっても命を落とすリスクはある。
どれだけ成長して強くなろうとも、百パーセント安心安全な状況など、この街には存在しないのだ。
世界で最も危険で恐れられて、軍も冒険者も近づかない禁足地。
アンデッドだらけの楽園にして、ほかの存在にとっては最凶最悪の魔窟――。
それを思わぬ形で、改めて思い知らされた人間ファミリーであった。




