第五十二話 脱出経路は
「じゃー頑張れよ。俺様はここらでお暇させてもらうぜ」
木乃伊族が巣食うバクラ闘牛場でのガガクとカグラの成長作戦。
それが始まったのを見届けたロッポウは、『人間・南瓜同盟』から離れてその場を後にした。
途中退席はいつものことだが……今回は珍しく働いたのだ。
最適な狩り場を見つけ、呪物の効果も正確に把握し、道中の護衛と道案内まで務めたのである。
プータロー歴百年選手にとっては、人間時代を含めても一、二を争う大仕事だった。
「……さーて、と。んじゃーまた一仕事しますか」
だが仕事はまだ終わらない。まさかの残業に突入だ。
珍しいという表現では済まないほど、今のロッポウは数十年ぶりのやる気に満ちていた。
「【蝙蝠飛翼】」
いつものように適当な場所で昼寝を決め込むことはしない。
『赫の大樹海』に新鮮な魔物の血を吸いに行くのも後回しだ。
ロッポウは適当な壁を足場にして、タタン! と南エリアの建物の屋根上へ。
背中に生やした漆黒の翼も使って跳躍、滑空し、また次の屋根へと飛び移りながら街の南を目指していく。
(マジで現実味を帯びてきやがったからな。……やれやれ、俺様がやっておいてやらねーとだぜ)
心の中では面倒臭そうに呟くも、その青白い顔はどこか楽しそうだ。
そんなロッポウが行おうとしているのは――テンドウたち人間ファミリーの脱出経路の選定である。
脱出の決行日については、大規模発生が起きた亡都ヤマトニアの命日に変更はない。
すべてのアンデッドの動きが少しばかり鈍る年明けに、南に最も近い第三拠点の廃病院から出発する予定となっている。
ゆえに現状、まだ未定なのは肝心の脱出経路のみ。
だが数多くのファミリーがいる、群雄割拠で知られる南エリアの今の状況はというと――。
「……ったく、改めて見てもどえらい混沌じゃねーか。南はべらぼうに数が多いから仕方ねーけど……。アンデッドの俺様が言うのもアレだが、マジで魔窟すぎるだろーが」
一際、高い建物の屋上にてロッポウがため息をつく。
ちらほらと異形アンデッドが出始めた現在は、多少なりともアンデッドの数は減っているらしいが……そもそもの母数が大きすぎるのだ。
亡都ヤマトニアに存在すると言われる数万体のアンデッド。
そのほとんどがここ南エリア、より正確に言うと貴族街の外側に集まっている。
「かといって、三大のヤツらの方はあり得ねーからな。楽な道なんてのは存在しねーってわけだ」
南以外の方角にも目を向けながら、ロッポウは思考を巡らせる。
北と東については『三大ファミリー』以前の問題だ。
『赫の大樹海』やダイセツ山脈などの外から入ってくる魔物が鬱陶しいため、とうの昔に門は塞がれている。
つまりは完全なる通行止め、物理的に通ることができないのだ。
おまけに東は頭のせいで年中極寒なため、低体温症のリスクまである始末だ。
残る西はというと、腐肉族特有の影響がもろに出てしまっている。
門自体は開いているも、周辺の地面が酷く腐敗しているせいで、こちらも通行不能となっているのだ。
――結果、脱出は南エリアの南門一択である。
ただこちらはこちらでアンデッド以外にも問題はあった。
「ツキミ橋は百年前の悲劇でとっくに崩落してるからな。……だいぶ迂回させられるのは避けられねーか」
可能ならば通りたかった最短ルートは潰れている。
となればどの迂回ルートを選ぶかどうかに、テンドウたちの脱出の成否はかかっている。
続いてロッポウが見たのは、少しだけ東の方角にズレるルートだ。
封じられたツキミ橋の最短ルートに次ぐ、こちらも可能ならば選択したい道ではあるが……。
「『魔の三角地帯』は……まあねーか。全然、リスクと釣り合ってねーからな」
街中で一カ所だけ、霧が蛇のようにうねっているその場所を見て、論外であるとロッポウはすぐに選択肢から外す。
『魔の三角地帯』とは南エリアどころか、亡都全体でもトップクラスに危険なエリアだ。
一見、変な霧があるだけでアンデッドがいない空白地帯かと思いきや、足を踏み入れた瞬間に様相はガラリと変わる。
確定で『はぐれ』が複数体出現し、侵入者に襲いかかってくるのだ。
さらにそのエリア内では方向感覚が狂うという厄介なおまけつきである。
「……近いようで遠いな。俺様みてーにせめて滑空できりゃー少しは楽なんだが……」
言って、ロッポウは遥か南の方角を見る。
その目標到達点である外壁南門の方では――激しい土埃が空まで舞い上がっていた。
正確には高くぶ厚い南門の外側からだ。
当然、テンドウたちは見たことはないが、この街の住人であるロッポウにとっては変わらない光景だった。
「おーおー、もう百年だぞ? アイツらもよく飽きねーもんだな。……さっさと決着をつけろっつーの」
ロッポウは遠く離れたその景色を見て、昔を思い出しながらまた深いため息をつく。
そうして脱出経路の選定を始めようとしたところで……ロッポウの目にとある存在が映った。
明らかに有象無象のアンデッドとは異なる、やたら重くて濃い魔力。
周囲にいた弱小ファミリーが慌てて逃げるほどの存在が突然、少し離れた先に現れていたのだ。
「……『はぐれ』か。噂の異形じゃねーのは残念だが……まーいいか。骨がありそうだし一丁やるか!」
ここでロッポウの悪い癖、対強者限定での抑えきれない好奇心が出てしまう。
せっかくやる気になっていた脱出経路の選定は結局、後回しに。
牙を剥き出しにして笑ったロッポウは、標的目がけて【蝙蝠飛翼】で滑空していく。
「――シュロロォオオ……!」
そして、軽やかに着地して対峙するのは――腐肉族系の擬態獣族だ。
場所はちょうど火葬場の前。……かつてロッポウの両親も焼いてもらった場所だ。
そこに我がもの顔でいた四足歩行の『はぐれ』個体は、口元から長い三枚の舌を出したまま、接近してきたロッポウを睨みつけている。
「別に腹は減ってねーから血もいらねーしな。……純粋に戦いを楽しませてもらうぜ!」
相手が『はぐれ』として生まれ落ちたばかりだろうと関係なし。
強者を求めるロッポウによって、遊びという名の殺し合いが始まった。
◆
「シュロロォオ!」
ロッポウと三枚舌擬態獣族との戦い。
早くも両者が激しくぶつかり合うと思いきや、まず起きたのは変化だった。
腐りかけた黄緑色の肉体が無色透明へ。
亡都ヤマトニアの街に溶けるように、三メートルはある大きな体が見えなくなってしまう。
「まーオメーら種族はそうなるわな」
対して、予想していたロッポウは冷静さを保ったまま目を細める。
もう敵の姿は見えずに空間が少し歪んでいる程度。
ほとんど視覚は頼りにならず、常に魔力を感知しながら戦わなければならない非常に危険な相手だ。
……だとしても大した問題ではない。ロッポウはとくに距離を取ることもなく、歪んだ空間の正面に立つ。
種族の強さ的には敗北もあり得る相手ではある。
だが実力者であるロッポウ個人で見れば――油断さえしなければ負けはしない。
「【群衆蝙蝠】」
直後、見えない舌の刺突と漆黒の魔力の蝙蝠たちが衝突した。
舌は弾かれて蝙蝠の群れは霧散し、最初の力勝負は引き分けとなるが――。
「【蝙蝠黒道】」
立て続けに魔法を発動したロッポウの体がその場から消える。
地面に現れた漆黒の道は、真っすぐではなく弧を描くように敷かれていたため、回り込むように三枚舌擬態獣族の背後を取った。
それに気づいた敵が巨体を反転させようとするも、時すでに遅し。
三枚ある舌での追撃が空振りに終わっていたこともあり、反応は間に合うはずもない。
「まず一発!」
そして決まった漆黒の蝙蝠たちを纏った正拳突き。
わずかに歪んだ空間に向けて放たれたそれは、敵の巨体を捉えたことで衝撃とうめき声を戦場に生み出した。
――ただ当然、この程度で倒れるはずもない。
わざわざロッポウが自ら仕掛けにいった通り、強個体であることに変わりはないのだ。
「シュロロォオオ――ッ!」
と、三枚舌擬態獣族は一発を受けて早くも怒り狂ったらしい。
喰らえば体に風穴があくのは必至の、見えざる三枚の舌の槍。
舌先から根元まで、それ全体に殺意と魔力を乗せて――真っすぐ突き出してくる。
しかも時間差をつけて。知能が低いただの猛獣かと思いきや、その辺の頭は少しは回るようだ。
「へー、やるな。威力も吸血鬼族を仕留めるレベルにはあるが……当たらなきゃ意味ねーんだよ!」
おそらくは骨をも溶かす強酸性の唾液も含まれた舌を、ロッポウはヒラリと舞って躱す。
まるで完全に見えているかのように、比較的余裕を持って対処してみせた。
と同時に反撃も忘れない。
さすがに大技を決める隙はまだないものの、回避の度に漆黒の蝙蝠を纏った打撃や【群衆蝙蝠】の遠距離魔法を撃ち込んでいく。
「オラオラオラ! ここからどーする擬態野郎!?」
この百年で身につけた、速度を活かして一方的に削る戦闘スタイル。
当然ながら手数も多く、以前、テンドウを打ち負かしたのも納得の猛攻である。
ただ一発には欠けるため、地味で戦闘が長引くことにはなるが……ある意味、強者を求めて楽しみたいロッポウにお似合いの戦い方だ。
そんな心身ともに舞い踊るような攻防によって、蓄積したダメージからフラつき始めた四足の巨体。
自慢の擬態もわずかに解けており、ようやく視覚でも確認できるほどになっている。
また暴れ回っている影響か、腐敗臭もさらにキツくなっており、臭いの面でも余計な存在感が増していた。
「――結構、楽しめたしな。んじゃーそろそろ……幕引きとするか!」
ニヤリと笑って、ロッポウは右腕を後ろに引いた半身で構えた。
全身に巡る魔力を右腕一本に集束させ、無数の漆黒の蝙蝠たちが籠手のごとく集まっていく。
――ロッポウの切り札である【大鎌蝙蝠】だ。
硬い鱗やぶ厚い肉を纏っている頑丈な種族であっても関係ない。
しっかりと当たりさえすれば、まず真っ二つにできるだろう強力な魔法攻撃である。
「シュロ、オオ……ッ!」
対する三枚舌擬態獣族は真正面から突っ込んできた。
散々、スピードで翻弄されたあげく自慢の三枚舌も当たらないと見るや、巨体で押し潰そうとしてきたのだ。
だがそれは悪手も悪手である。
まさに飛んで火にいる夏の虫、ロッポウの渾身の一撃が決まって勝敗が決する――――その数秒前。
「――まさかこんなところで会うとはなァ。久しぶりだな『一匹吸血鬼』さんよォ!」
「ッ!?」
勝利を確信したロッポウの背後から誰かの声がかけられた。
不測の事態に攻撃を中断し、悪寒を感じたロッポウはその場から大きく飛び退くが――。
ドスドスンッ! と。
ロッポウの大技ではない攻撃の音が空中に響き――鮮やかな血の赤が飛び散った。




