第五十一話 バクラ闘牛場
ロッポウが合流してから一旦、軍宿舎に戻ったテンドウたち。
そこで全員集合して準備を整えてから、予定を変更していざ目的地へと向かうことに。
「僕たち専用の狩り場かあ。めちゃくちゃ楽しみだぞっ!」
「もうガガクったら。遊びじゃないんだからね? ロッポウも危険はあるって言ってたでしょ!」
主役であるガガクとカグラのそんなやりとりもありながら、一行は貴族街の外側へ。
今回は道案内兼護衛役としてロッポウがいるので、邪魔なアンデッドは率先して処理してもらう予定だ。
一歩出た瞬間から魔力や血の臭いが濃くなり、敵の数も爆発的に増える貴族街の外側――。
それでも『三大ファミリー』の幹部クラスの実力をもってすれば、よほど大群で来られでもしない限り任せきりでも安心だ。
「こっちの道は……ちとキツイな。少し手間だが迂回していくぜ」
また当然、ムウマの索敵もあるため、無謀な突破をする必要もまったくない。
なるべく戦闘は避ける形で、目立たないように建物の壁沿いを歩いていく。
「はーつまんねーな。話題の異形にも出会わねーし、ウロついてるっつー大物幹部様にも出会わねーし……。俺様はツイてねーぜ」
「……いやむしろ幸運だろそれ。俺たちなんかニゴマルに二回も遭遇しているからな?」
とまあ、騒がしくも頼りにしながら目的地の方へ。
場所としては南エリアの西寄りだ。
もう見慣れた大きなアカツキ通りを越えて、すぐさま路地裏の中へ。
ムウマの指示通りのルートを選択し、ファミリー同士の小競り合いを横目に進んでいけば――やがてその姿は見えてくる。
住宅街を抜けた先にドン、と鎮座している巨大な建築物。
今日は霧が出ているため、ある程度近づいてから視界に映ってきたので……余計に迫力を感じてしまう。
――ここがバクラ闘牛場だ。
見た目は艦船のような形で、壁面には多くの穴があいているなどかなり特徴的な外観をしている。
実物を見た今ならロッポウのテンションが高かったのも納得だ。
陸に打ち上がったような巨大艦船型のそれは、もうすでに非日常感を見る者に与えてきている。
「うおお……。こりゃまただいぶ立派な建築物だな」
「まあヤマトニアの規模を考えたら……これくらいあっても不思議じゃないべか?」
「こんなに遊び心のあるものだとは……。現代のヒノモト王国でもおっさんは知らないな」
バクラ闘牛場を見て、テンドウにヒュウガ、ヨシくんが感嘆の声を上げた。
ほかの者たちもその威容を見上げて、口が半開きになったまま見入っている。
所々が雨風で朽ちて崩落してなお、保っている圧巻の景色。
王都から亡都へと姿を変えた今でも、間違いなくヤマトニアの名所と断言できるだろう。
「いやでもこれ……だいぶキツイぞ?」
……ただし、残念ながらいい部分だけではない。
ロッポウが狩り場と称したことに納得できるほど、ここバクラ闘牛場は普通ではなかった。
わざわざ中に入らずとも分かる異様な空気。
これまで散々、浴びてきたアンデッドの魔窟である陰鬱な街中のそれとも少し違う。
暗く重くて沈み込むような、あるいは引きずり込まれそうな嫌な感覚だ。
強敵のアンデッドを直接的な恐怖と表現するなら、こちらは真逆の間接的な恐怖を覚えてしまう。
「さすがに空気で分かったみてーだな。……そんじゃー入るか。説明するよりまずは見た方が早えーぜ」
ロッポウは言うと、先頭でバクラ闘牛場の中へ。
現時点で索敵担当のムウマが顔をしかめているのを見ても……どうやら相当、いるようだ。
「「「「…………、」」」」
妙な緊張感が走る中、いざテンドウたちも闘牛場内へ。
正面入口から堂々と入ると、すぐ近くにあった階段を上がっていく。
……やはりここも百年前の大規模発生の爪痕は残っているようだ。
足場の階段こそ崩れていないものの、手すりは壊れて転落を防ぐものは何もない。
そんな肝が冷える階段で最上階まで上がり、通路の先の開けた視界に見えたものは――。
「!? うおぅ……」
アンデッドなど見慣れているはずなのに、テンドウの口から変な声が漏れる。
同じく皆もその光景に驚き、バクラ闘牛場の外観を見た時以上に固まっていた。
眼下にある楕円形のフィールドにひしめく――アンデッドの群れ。
客席と隔たれた高い壁のその内側には、軽く百体を越えるアンデッドが存在している。
一見、種族は腐肉族に似てはいるが……こっちは木乃伊族だ。
乾き切った全身の肌や、肉が腐ったような臭いがないのを見ても間違いない。
そんな種族が大量に一カ所に集まっている。
だがロッポウが言った通り、どうもファミリーという感じではないらしい。
どこからどう見ても知能はおろか集団性や規律はなし。
不気味なうめき声を上げながらそれぞれが好き勝手に徘徊しており、ところどころで小競り合いまで起きている始末だ。
……正直、見ているだけで具合が悪くなりそうな光景である。
ここ亡都ヤマトニアに来て初めて感じるレベルの、五臓六腑から込み上げてくるような嫌悪感だ。
そのフィールド内の異様さのせいで、周りを囲む五万人は収容できるだろう立派な客席には……まったく目がいかないほどだ。
「昔は闘牛で今は木乃伊族――。ここがオススメの狩り場っつーわけだ」
楽しそうな感じはなく、むしろ寂しそうな感じでロッポウが言う。
かつて庶民の熱狂の中心だった場所は――もう見る影もないようだった。
◆
「――で、アレよ。フィールドの中心付近を見てみなさい」
「うん? 中心付近?」
ロッポウの次にそう発言したのはモモヒメだ。
彼女が指し示したフィールドの中心付近を見てみると、蠢く木乃伊族たちの中に、何かがポツンとあるのが確認できる。
よく目を凝らして見てみると……どうやら何かの動物の頭蓋骨のようだ。
凄まじい量のアンデッドのせいで魔力を判別できないが、その謎の頭蓋骨は不自然な形で存在していた。
「あなたたちを守ってくれている聖遺物の正反対――あれは魔を生み出す呪物よ」
「な、呪物だと……!?」
続くモモヒメの言葉にテンドウは驚愕してしまう。
もちろん、一兵士として呪物が何であるかは知っている。
だが聖遺物や『退魔の武器』ほどではないにしろ、それもまた存在自体が珍しい代物だ。
「……なるほどな。ならこの景色も納得だぜ」
「四十年ほど生きているおっさんだけど……これも初めて見たな」
「呪いや怨念が凝縮されたらこんな状況に……。こりゃ恐れられるのも当然だべな」
ムウマ、ヨシくん、ヒュウガも納得顔で木乃伊族地獄な闘牛場を見る。
つまりは呪物によるアンデッドの大量発生だ。
すべての元凶はあの呪われた動物の頭蓋骨――。あれが存在する限り、この場所では半永久的に木乃伊族が湧き出るという寸法である。
「対象の強さ的にも環境的にも、これ以上の場所はねーぜ。……あと全滅させても心配はいらねーぞ。俺が一回、試しにやった時は五日で元通りになってたからな」
と、さらにロッポウからの補足情報が。
たしかに木乃伊族なら強すぎず弱すぎず、今のガガクたちには効率的な相手だと思われる。
加えて、フィールドと客席との間には高い壁があるのだ。
一気に大量の個体が乗り越えてきて飲み込まれる心配はなし。
個体差で大きな個体が這い上がるくらいで、基本は客席から遠距離魔法を飛ばせば安全に狩ることが可能だろう。
「――つーわけで、オメーら兄妹はここでアイツらを倒して倒して倒しまくる、っつーわけだ」
「おう、任せとけっ!」
「せっかくロッポウが見つけてくれたんだからね。もちろん頑張るよ!」
大量の木乃伊族を前にしても、ガガクとカグラはやる気満々だ。
引き気味な大人たちとは違い、早くも腰に携えた片手剣を抜刀して臨戦態勢に入ろうとしている。
「よく言った。まー最終的にはオメーら二人で、『三大ファミリー』の幹部を抑えるくれーにはなってほしいからな」
「か、幹部を? ……九歳児にか?」
「そうだ。さすがに倒せとまでは言わねーが、全員で無事に脱出するならそれくれーあった方が安心だろ?」
「ま、まあそうだけど……」
ロッポウの高めの要求にテンドウは少し驚いてしまう。
ただよくよく考えてもみれば、『特異体質』以外の才能を考えても、我らが双子兄妹なら決して不可能な話ではない。
魔法自体の才能と、当り前に努力できる才能――。
両親がおらず冒険者見習いとして厳しく育ってきたからか、そこらの子供とはわけが違うのだ。
――そんな大人たちのやりとりなどお構いなしに、ガガクとカグラが早速、動き出した。
「「【鎌鼬】!」」
観客席から疾風の斬撃を飛ばす。
もうこの街で何千何万と撃ってきた魔法攻撃だ。それを狙いを定めた木乃伊族の首に正確に直撃させるも――一発では切断できずに倒しきれない。
だがこれでいい。
むしろ一発で倒れる程度の種族では、得られる魔力の残滓も少ないから逆に困るのだ。
急所を狙ってもある程度は耐えてくれる強さ。
もちろんフィールドに下りて直接、斬撃や中位魔法を当てれば一発で仕留められるだろう。
だが、それはあまりに危険すぎて自殺行為に等しいので行うはずもない。
「……でもこれ、数も考えたら相当な魔力が必要になるべよ? 魔力回復薬も限りはあるし、どうするべか」
「そこは問題ねーよ。……なあ、モモヒメ?」
「もちろんよ。この私をナメないでほしいわね」
ここでなぜかロッポウがモモヒメへと話を振る。
そのモモヒメはフン、と鼻を鳴らすと、堕天使族の黒ずんだ天使の輪に魔力を集めて――回復魔法の発動をしようとする。
……別にガガクもカグラも傷を負っていないのになぜ?
そう思ってテンドウたちが注目する中で、モモヒメが使った魔法はというと、
「さあ浴びなさい! 【黒天充魔】!」
直後、薄黒い靄のようなものがガガクとカグラの全身を包む。
そして二人の小さな体に染み込むように、じわじわとその内側へと吸収されていく。
「ちょ、モモヒメっ! 回復魔法を使うなら言っとけよ……って、あれえ?」
「私の魔力が……回復してる?」
いきなり魔法を使われただけでなく、肝心の効果にもガガクとカグラが戸惑う。
無傷な体に起こったのはいつもの傷の治癒ではない。
いわゆる体力面ではなく、まさかの魔法を発動して減っていた魔力面での回復だった。
「驚いたかしら? 戦闘で受けたダメージだけじゃないわ。失った魔力だってこの私なら回復できるのよ。オホホホホ!」
自信満々にモモヒメが高笑う。
魔力を回復させる魔法など聞いたこともないが……本人や実際に受けた二人が言うのなら、本当に魔力が回復したようだ。
「だいぶ規格外な性能だな……。さすがは発見例がほとんどない稀少種族ってか?」
若干、テンドウは苦笑いしてしまう。
味方であれば頼もしいが、体力も魔力も回復できる万能回復役など、もし敵だったら厄介この上ない存在だ。
もしあの時、契約者である異形恐灰粉族との戦場にモモヒメがいたら?
手厚いサポートでさらにキツイ戦いとなっていたのは確実で、下手をすれば結果も変わっていたかもしれない。
「それじゃ、私は本でも読んでいるわ。魔力がなくなってきたら声をかけなさいな」
そう言って、モモヒメは近くの席に座って読書をし始める。
同じアンデッドだからだろうか、木乃伊族たちがどれだけうめき声を上げても気にならないらしい。
――とにもかくにも、これで魔力切れの心配は無用だ。
種族的にも魔力量はかなり多いため、回復で尽きる前に敵を全滅させられるだろう。
だから何も気にすることなく、ひたすら客席から風魔法を連発すればいいだけである。
「よっしゃ! んじゃどんどんいくぞ、カグラっ!」
「うん! 片っ端からやっちゃおう!」
そうして始まった本格的な木乃伊族狩り。
相手からすればほぼ一方的な殺戮が、赤毛の双子兄妹によって行われていくのだった。




