第五十話 退魔の武器
廃病院を力づくで掌握し、聖杯の設置によって待合室を第三拠点として――数日が経った。
あれからテンドウたちは貴族街の外には一度も出ていない。
あくまで貴族街の中だけで、リスクは冒さずにここ数日を過ごしていた。
では何をしていたのかというと……第二拠点の軍宿舎周辺のアンデッドの掃除をしていたのだ。
同盟を組むドンチン率いる南瓜頭族ファミリー。
彼らに管理を任せてはいるが、どうしても必要となってくる作業なのだ。
ここに聖遺物は置いていないため、つい昨日も軍宿舎を狙ったファミリーが襲撃。
ドンチンたちからの救難信号(パンドラ製の発煙筒)を受けて、何とか間に合って返り討ちにしていた。
ゆえに第三拠点を確保したとはいえ、油断は禁物だ。
その手前の同じく重要な第二拠点を失うわけにはいかないのである。
「――フゥッ!」
そんな軍宿舎近くにある薬屋の前にて、テンドウの白い炎太刀が猛威を振るう。
明らかにオーバーキルな一振りにより、ムカデ型の死虫族が成す術なく絶命した。
……余裕も余裕、直接的に斬らずとも燃やせるほどの圧倒的な差だ。
とうに上位魔法の域に到達している炎の斬撃は、敵の死体すら残さずに灰燼に帰している。
だが、討伐したテンドウはというと……どこか曇ったような表情をしていた。
「どうしたテンドウ? ……何か悩みでもあるならおっさんが聞こうか?」
「ああいや、そういうわけじゃなくてだな。……何かちょっといい意味で違和感があるというか……?」
「うん? いい意味で違和感とな?」
あまりに余裕すぎて、援護射撃ではなく観戦を決め込んでいたヨシくんの声に、テンドウは頬をポリポリと掻きながら答える。
テンドウが違和感を覚えたのは、ほかでもない白い炎太刀である。
いつものようにアンデッドを焼き払っていたところ、急に威力が上がった感覚があったのだ。
「別に刀身の炎と宿す魔力は変わっていないはずなんだけど……」
「なら単に会心の一撃が出た、って話じゃねえのか? ……と推測してみます」
戸惑うテンドウに今度はドンチンが声をかけた。
仲間たちと一緒に薬屋の前のベンチに座りながら、彼らはスズランお手製のベリーアイスを食べている。
頭部はくり抜かれた南瓜で、体は半霊体なのになぜか食べられるのは……南瓜頭族の七不思議の一つである。
「……いや、にしては毎回だからおかしいぞ。五体くらい前からずっと威力が上がりっぱなしだしな」
首を横に振りながら、テンドウは燃え盛る白い炎太刀を眺める。
やはりよく観察してみても炎の色や勢い、魔力ともに変化はない。
発現してからもう半年近く経っている【永続重複付与】。
この『特異体質』とも長く付き合ってきたが……初めて威力が上がる原因が見当たらない状況だ。
「――むんッ!」
……だからこそ今、頼れるとしたらあの人か。
ちょうど近くで黒狼族を倒し終わった重戦士こと、同じヒノモト王国軍兵士であるヒュウガ。
王都にいる頃は何かと相談していた頼れる先輩に、テンドウが聞こうとしたところで――。
「何よ、そんなこと? だったら答えは一つに決まっているわ」
ここで割って入ってきたのは、頭上に黒ずんだ天使の輪がある看護婦姿の女アンデッド――モモヒメだ。
優秀な回復魔法の使い手でもあり、『人間・南瓜同盟』と契約関係にある稀少なアンデッドは、薬屋の屋根の上に座っていた。
そのモモヒメは現在、軍宿舎でドンチンたち南瓜頭族ファミリーと一緒に住んでいる。
カンナギ城も廃病院の待合室もアンデッド不可侵の領域となっているので、必然的に身を置くのは軍宿舎しかないのだ。
「答えは一つ? ……何だモモヒメ、お前は分かるのか?」
「オホホホ! もちろんよ。この地獄、ヤマトニアの環境を考えれば簡単な話だわ」
薬屋の屋根から飛び降ると、モモヒメは不敵な笑みを浮かべてチッチッチッ、と指を横に振る。
その仕草に若干、イラッとするも……何やら自信がありそうなので一応、聞いてみると、
「どう考えても『退魔の武器』でしょう。これだけアンデッドを狩っていれば、そりゃそうなるはずだわ」
長い黒髪を風になびかせながら、モモヒメは腰に両手を当てて断言する。
一方、てっきり的外れなことを言うと思っていたテンドウは、それを聞いて思わず唸ってしまう。
「……なるほど。たしかにそれなら……こりゃ盲点だったな」
即行で納得させられるテンドウ。
たしかにこれまで過ごした日々を思い返せば、それ以外に正解はないだろう。
『退魔の武器』。
モモヒメの言うそれは特定の魔物に対して高い効力を持つ武器のことだ。
同じ系統の魔物を、同じ武器で狩り続けることで起きる魔力の変質化。
その結果として一種族に対してのみ、すべての攻撃が特効となるのだ。
テンドウの白い炎太刀の場合は、アンデッドのみを狩り続けたことでアンデッド特攻の武器に。
上等な魔法金属製であっても、あくまで通常武器だった大太刀が――晴れて『退魔の武器』に成ったというわけである。
――ただし、通常とは異なる点が一つだけ。
普通なら武器の雰囲気で変化したことがすぐに分かるものだ。
だがテンドウが気づかなかった通り、付与を積み重ねた灼熱の白い業火のせいで……威力でしか判別できない状態である。
「もし値段をつけるなら、最低でも一億は下らない超上級の武器……。まさか付与以外でも変化が起きるとはな」
「だとしたら……実物はおっさんも初めて見たぞ」
テンドウだけでなく、隣で聞いていたヨシくんも驚いている。
ドンチンたちはよく分からないのかピンと来ていない様子だが、『退魔の武器』など普通はお目にかかれるものではない。
ヒノモト王国でも存在するのは数点だけだ。
中でも有名なのは身の丈ほどの大剣で、名を『竜喰剣』という。
数百年かけて竜種だけを狩ることで成った、王家に伝わる国宝の一つである。
「稀少価値で言えば聖遺物の次くらいかしら? ……まあ何にせよ、おめでとうと言っておくわ」
言って、軽やかに跳躍したモモヒメはまた薬屋の屋根の上へ。
そこでまた腰を下ろすと、途中まで読んでいた本を開いて読書を再開する。
――と、そんなクールな対応のモモヒメと入れ替わるように。
通りのど真ん中を通ってテンドウたちのもとにやってきたのは――次なるアンデッドだ。
……といっても、その個体もまた危険な敵対ファミリーなどではない。
ある意味でモモヒメと同じく、自由奔放で特殊すぎる個体である。
「おーう。今日も元気にやってんなー」
青白い顔にグシャグシャな黒髪で、黒地に白の縦縞スーツを着た吸血鬼族。
自他ともに認める百年選手のプータローこと、ロッポウである。
そんな二人目の変わり者アンデッドが、相変わらず気だるそうな感じでやってきたのだ。
――とある有益な情報を持って。
◆
「ん? 狩り場だって……?」
とくに同盟や契約をしたわけではないが、友好的であるため関係性があるロッポウ。
その彼からもたらされた情報を受けて、テンドウはキョトンとした顔で聞き返した。
「そうだ。ちーっと危険はあるが……ガガクとカグラにとっちゃ悪くねー話だぜ」
一仕事終えたみたいな表情のロッポウが何度も頷く。
……もう何度も顔を合わせているから分かる。どうやら相当、いい情報を得たという手応えがあるらしい。
「なるほどな。そういう話だったのか」
まだ詳細な話までは聞いておらずとも、察したテンドウが深く頷く。
――たしかにロッポウの言う通り、ガガクとカグラにとって狩り場があるのはありがたい話だ。
『特異体質』の【不死族喰らい】。
その効果により、いい狩り場があればさらに早く成長できるのは間違いないからだ。
「貴族街の外に拠点を確保した今、この戦力なら慎重に動きゃー、オメーらだけなら脱出できるかもしれねーが……」
「ああ、俺たちにはセイカ、スズラン、ネゾウの三人もいるからな」
「おう、だからもっと強くならねーとな。五体満足の全員脱出でめでたしめでたし、って結末にはならねーぜ」
「もちろん分かっているさ。……んでロッポウ、相手はどこのファミリーなんだ?」
「いや違う。今回のはファミリーが相手じゃねーんだよ」
「……へ? ファミリーじゃないのに狩り場って……。そんな都合のいい群れなんてあるのか?」
その返答についテンドウは眉をひそめてしまう。
狩り場と言うのならそれなりの数がいるはずだ。
亡都ヤマトニアで大人数となると、弱小中堅問わずファミリーであることは間違いないはずなのだが……。
「――へえ、てことはアレね。なかなか面白そうじゃない」
と、そこに割って入ってきたのは安定のモモヒメである。
また読書を中断して屋根の上から軽やかに下りてくると、ロッポウの方へと歩みを進めていく。
ちなみに二人はこれが初対面だ。
モモヒメ自体が仲間(?)になったばかりなので、互いに自己紹介から始める――と思われたのだが、
「おー何だ、モモヒメか。……三十年ぶりくらいじゃねーか?」
「ええ、それくらいにはなるわね。たしかあの日は『鮮血の霧』で街が赤く染まっていて……あなたも元気そうじゃない」
……まさかの知り合いだったらしい。それもだいぶ古くからの。
二人は軽く握手を交わすと、互いの肩をポンポン、と叩いて再会を喜んでいる様子だ。
そうして、しばらくアンデッド同士で談笑すると……ロッポウが再びテンドウの方に向き直った。
「――っと、悪い悪い。つい懐かしくなっちまってなー」
「いやまあ、それは別に構わないけど……。んでロッポウ、そのファミリーではない狩り場ってのはどこにあるんだ?」
ここで再び話を本題の方へ。
するとロッポウは遠く南の方を指差し、どこか楽しそうな表情となった。
「貴族街の外側。俺様もガキの頃はよーく親父に連れていってもらったもんだぜ」
よほど楽しかった記憶なのだろう。
ロッポウの笑みはさらに大きくなり、吸血鬼族の牙がハッキリと見えている。
そして、数秒間ほど昔の思い出に浸ってから。
その楽しい記憶があるらしい、今は狩り場となる肝心の場所はというと――。
「この街でヤベーほどの熱狂を生んだ場所! 庶民の娯楽の中心地――バクラ闘牛場だ!」
生まれ変わって種族が変わろうとも記憶は変わらない。
我慢できずに叫んだロッポウの声が、貴族街の南エリアに響き渡った。




