第四十九話 監視する者
亡都ヤマトニアの南エリア。
日々、弱小と中堅ファミリーが争いを続ける群雄割拠なその場所に、ある招かれざる大物の姿があった。
「相変わらず騒々しいですねえ。今も昔も……だから南は嫌いなんですよ」
貴族街の外の南東、その上空。
不自然に浮かぶ小舟の上で街を見下ろしながら、ため息混じりに呟いたのは黄土色の魔道士のローブを纏った骨人族だ。
特徴的な左右八本づつの骨の手の指。
細くとも濃密な魔力が宿ったその指を見れば、彼が東を統べる骨人族ファミリーの幹部の一体――『八本指』ヨギだと誰もが分かるだろう。
そんな大物アンデッドは上空に浮かぶ小舟からとある場所を見下ろす。
遠く西の方では激しい二つの火属性の反応があったが……見ているのはすぐ近くにある歓楽街の方だ。
「やれやれ……。悪趣味にもほどがありますよ?」
またため息混じりにヨギが呟く。
かつて男女の欲望の中心であったその場所では、中堅ファミリーの頭がほかの敵対ファミリーの頭の首を切り落とすという公開処刑で盛り上がっている。
罵声や怒声に混じった狂喜の声、その興奮をさらに煽るおびただしい真っ赤な血――。
このエリアでは日常茶飯事な、何とも血生臭い現場だ。
一つの巨大ファミリーに統治、支配されていないからこその無法地帯とも言える。
また歓楽街から少し離れた場所でも……似たようなことが起きているのだろう。
どこかのアンデッドから漏れたうめき声が、生温かい風に乗ってヨギのもとまで聞こえてきている。
「……まさに弱小どものフルコース、と言ったところですか。反吐が出ますよ本当に」
それらを蔑みの目で見届けてから、ヨギはすぐに南エリア全体へと視線を移す。
ただの弱者の集まりだったはずのそのエリアは現在、ここ亡都ヤマトニアで最もきな臭くなっている。
その理由の一つというのが――。
「『暗殺怪人』だけでなく『飛猿』まで……。幹部を二人も動員するとは屍暴君は何を探っているんですかねえ?」
これまでになかった動きを見せる、同じ『三大ファミリー』の一角である西の腐肉族ファミリー。
間違いなく何か重要なものを探しているのは明白だ。
可能性として最も恐れるものは、現在の三つ巴の状態、長く続く均衡を破る一手となりうる代物だ。
亡都ヤマトニアには謎や都市伝説といった類のものは多い。
ウソか真か、『封じられしもの』という伝承まである始末だ。
人間時代から数えて百年以上存在しているアンデッドであっても、把握できていないことは数多あるのだ。
だからこそ、下っ端ではなく幹部の出番である。
頭である『死魔導姫』の命を受けて、ヨギも南エリアに入って探ってはいるが――じつは目的はそれだけではない。
「正体不明の誰かも……よからぬ何かをしていますしねえ」
次にヨギが思考を巡らせたのは、南エリアに起きている異変についてだ。
本来の種族の枠を越えて異形の姿になったアンデッド。
生きている個体から死んだ個体まで、すでに南エリアの至るところで確認済みだ。
ただでさえ騒がしいエリアでの奇怪なる活性化。――ある意味、こちらの方が派手ではある。
少し前にカンナギ城の人間ファミリーが話題の中心となった時と同じだ。
それこそ亡都新聞の記者ミナクモが必死になって調べるほどに、今のヤマトニアで最も熱いニュースである。
……時折、怪しく光る青い光は確実にそれと関係しているだろう。
以前には謎の集会もあったらしく、そこで演説した者が首謀者なのは間違いない。
「不死なる存在をさらに弄くり回すとは……。この者も相当に悪趣味ですねえ」
嫌悪感たっぷりに言って、ヨギは骨のこめかみを八本ある右の指で叩く。
南エリアはナワバリの東と接しているため一応、隣人ではあるのだ。
現段階ではまだ脅威ではないにしても、完全に放置するわけにもいかない。
ファミリーにとって害をなす存在となる前に対処する必要はあるだろう。
――何より、アンデッドの矜持として。
因縁や実力うんぬん以前の問題で、これほどまでに不愉快な存在も過去にいなかったほどだ。
「そう遠くないうちに……派手な争いが起きるのは確実でしょうねえ」
鋭い目で元一般区の街を見下ろす。
曇天の空の下に広がる景色もまた灰色に見えるのは……この街が死んでいる証左とも言えるだろう。
そんないつもの風景を見ながら、ヨギは表情のない骸骨な顔のまま。
代名詞でもある左右八本、計十六本の指先にまで魔力を流して――自身を乗せた小舟に触れると同時。
一切の音もなく、宙に浮かんだ小舟とヨギは跡形もなく消え去ったのだった。




