第四十八話 想定外
「ちょっと待て……! さすがにもう頭がパンクするぞ!?」
異形恐灰粉族との戦いを制したテンドウ。
だがその先に待っていたのは、勝利の余韻ではなく想定外の事態だった。
切り札をぶつけ合い、たしかに仕留めたはずなのに飛び跳ねるように起き上がった体。
ただでさえ異形で、おかしな魔力の揺らぎもあって、ほかのファミリーと同じナワバリにいるという異常性があった個体が――再び動き出したのだ。
「「「グォオオアア――ッ!」」」
知性の欠片もなく叫ぶ様はまるで枷が外れた獣のようだ。
しかも複数の声が重なったような奇妙な声。
聞いているだけで鳥肌が立ちそうなその声で叫ぶと、敵はテンドウに向かって一直線に殴りかかってくる。
「ッ!?」
すでに炎の戦斧はその手から離れているから問題はない。
そう思って一撃を受けると、返ってきたのは想像以上の衝撃だった。
一つの強烈な重い打撃……なのは間違いない。
ただこの攻撃自体も、白い炎太刀から腕に伝ってきた衝撃に違和感があった。
――例えるなら、複数の個体からの攻撃が同時に一点に集中したような感覚だ。
「テンドウ! 大丈夫か!?」
「……ああ、問題ない。ドンチンはもうちょっと待っていてくれ!」
まさかの戦闘継続を受けて、心配で外まで出ようとしたドンチンを止める。
テンドウは馬上で少し崩れた体勢を立て直すと、しっかりと構えて敵の姿を正面に捉えた。
「「「グオォアアッ!」」」
一方、叫び続けてさらなる攻撃のため接近してくる異形恐灰粉族――だったもの。
一言で表すなら暴走状態か。
もはや魔力の揺らぎどころでは済まない、嵐の海のうねりのような魔力だ。
その異様な姿を戦闘中でも観察する中で……ふとテンドウの目にあるものが見えた。
相変わらず燃え盛っている全身を包む炎――。その下に一瞬、炎上する前に確認していた白目が見えたのだ。
(白目……白目? そうだ、これも異形の一部ってことは……!?)
クロちゃんに回避してもらいながら、テンドウの脳裏に一体のアンデッドの名が浮かぶ。
『裏路地の暴徒』。
直接、見たことはないが南エリアでも有名な、白目で上裸な『はぐれ』の強個体だ。
このアンデッドに関しては以前、ムウマが索敵時に『反応がない』と困惑していたことを思い出して――。
(何らかの方法で、『はぐれ』まで吸収していたってことか!?)
もしそれが真相だとしたら……異形恐灰粉族の強さも合点がいく。
たとえ技術を磨き、かつそこらのアンデッドを何体か吸収したところで、白い炎太刀を振るう今のテンドウに匹敵するとは考えにくいからだ。
「「「グガ、ラァアアア……ッ!」」」
そんな合体(?)バケモノが、荒れ狂う魔力と炎を周囲にまき散らしながら一気に前進。
なかば体当たり気味に攻撃を仕掛けてくる様は、さっきまでの技量に優れた戦い方とは別モノだ。
「【火線突き】!」
対するテンドウはクロちゃんに距離を取ってもらいながら中距離攻撃を撃ち込む。
動きが非常に読みづらいため、できるだけ間合いを詰めさせない戦いに移行する。
――が、そう簡単には当たらない。
足捌きなどあってないようなものでも、燃える全身の動きの速さ自体は上がっているのだ。
「「「グァアアアオオオゥ!」」」
そして何より、何も考えていない獰猛さゆえか。
五発目にようやく【火線突き】が着弾し、燃える右腕が弾け飛んでもお構いなしに。
痛覚など微塵も存在しないような、あまりに強引すぎる前進を敢行。
無茶な体勢から繰り出された一撃が――テンドウのもとへと届いてしまう。
「ぐぅ!?」
ダメージを与えるというよりも吹き飛ばしに近い突進だ。
その攻撃を正面でガードすることには成功するも、戦いの中で初めてテンドウの体が宙に浮く。
黒仮面馬族の能力である一体化によって、騎馬名人となっていても耐え切れない。
鞍から完全に尻が離れて――そのまま背中側から落馬してしまう。
(やっべ――)
テンドウは慌てて受け身を取るも、大きな隙が生まれたことに変わりはない。
意地でも白い炎太刀を手放さなかったとはいえ、敵からすればこれ以上ない追撃のチャンスだ。
右腕一本が弾け飛んだところで、突進からの追撃は止まらない――はずなのだが。
「「「グガ、ォオオオ、アア……ッ!」」」
突然、異形恐灰粉族だったものが苦しそうに悶え始めた。
残る左手で心臓を押さえるような格好となり、燃え上がる全身がくの字に曲がっている。
(おいおい、だから何がどうなって……!?)
急いで起き上がったテンドウはその状態を見て、ただただ困惑してしまう。
絶命せずに謎の凶暴化、からの突然の苦しみ。
またも起きた想定外な事態に、反撃すらも忘れて見入ってしまうほどだ。
「「「――ンガ、グェエァアアア……ッ!」」」
そして最後は悲鳴か咆哮か。
十秒近く苦しんだ末に、纏う炎も動きも魔力も、すべてがピタリと止まった直後。
暴走という名の活動時間――およそ一分弱。
ようやく恐灰粉族らしい最期を迎えたその存在は――ただの灰となって崩れ去るのだった。
◆
……今度こそ完全に終わった。
不自然なほど揺らぐ魔力も燃え盛る異形な灰の体も、もう何一つ残っていない。
ほとんど丸焦げとなっている戦場には、テンドウと白い炎太刀、クロちゃんだけが存在している。
「…………、」
その現場を見て、勝者であるテンドウは立ちつくしたままだ。
色々と理解不能なことが起きすぎたために、最大の障壁を取り除いた喜びはまったくない。
「…………、」
同じく見守っていたドンチンも、ほぼ全壊状態の院長室で固まったままである。
アンデッドさえ引いてしまうほどのアンデッドの姿と末路を見て、あまりの衝撃に言葉一つさえ出てこない。
「おーいテンドウ! お待たせっ!」
「こっちも終わったよ!」
「いやーおっさんも頑張った。ちょっと嫌な形の再会があったけど何とか……って、めちゃくちゃ熱いなこの周辺!?」
そんな静寂に包まれた空気を破ったのは――安心できる仲間たちの声だった。
ガガクとカグラとヨシくんを先頭に、ヒュウガやムウマ、南瓜頭族たちの姿が。
こちらの班も犠牲者は出なかったようだ。
また大ケガを負って仲間に背負われている者もおらず、どうやら完勝を収めたらしい。
「「……え?」」
と、無事に合流を果たした仲間たちの姿を見てすぐに。
テンドウとドンチンの疑問の声がシンクロして……その視線が一人の存在に注がれる。
――なぜなら、三十を越える大所帯の中に見知らぬ顔が混ざっていたからだ。
「ちょちょ、ちょい待て! ……そいつ誰だ!?」
「あーまあ、そうなるわな。ちょっと色々あってだな……」
テンドウの質問にムウマが坊主頭をぽりぽりと掻き始める。
そして困ったような表情で説明しようとした途端、そのムウマを押しのけて見知らぬ顔がずずい、と前に出てきた。
「オホホホ! まさか本当にあの男を倒すとは……。噂の『炎の剣士』、いや『炎の騎士』は本物だったようね!」
困惑するテンドウなどお構いなしに、近くまできて値踏みするような視線を送ってくる。
その正体は女の堕天使族だ。
頭の上には代名詞である黒ずんだ天使の輪が浮いているから間違えようがない。
アンデッドだけでなく魔物全体で見ても……トップクラスに珍しい種族の一つだ。
……ただし、格好はなぜか看護婦の制服を着ている。
腰まである長い黒髪や白い肌はアンデッドにしては美しく、天使の輪がなければ普通に生きている人間と見間違うほどだ。
顔立ち自体も整っており、妖艶な印象でセイカとはまた違うタイプの美人である。
そんな相手にテンドウは反射的に身構える。
なぜか皆と行動をともにしており、敵意もないので襲われる心配はないのだろうが……。
「あら失礼ね。レディーに対して構えを取るなんて非常識じゃない? 早くその危険極まりない太刀を鞘に収めてちょうだい」
「いや、そんなことを言われてもだな……。急に現れて本当にお前は何なんだ?」
当り前のように抗議する女堕天使族にテンドウは困惑したままだ。
ただ近くにいたヒュウガが小さく何度も頷いたのを見て、テンドウは渋々ながらも白い炎太刀を鞘に収めた。
そして当然、説明を求める。
テンドウの隣まで来ていたドンチンも含めて、一階にいた二人にとっては何が何やらな状態である。
「この人、急に転移で現れてさ。てっきり敵の増援かと思って――」
「危うく私まで斬られかけたわよ。……まったく、子供のくせに本当に野蛮なんだから」
ガガクが口を開くも、またも割り込む形で女堕天使族が言う。
……とりあえずこの短時間でも分かった。
第一印象としては、だいぶ厄介なお姫様タイプであると。
ただ自分中心で高飛車な感じはあるも、敵意や感情の起伏の激しさはなさそうだ。
そう考えると、だいぶマイルドになったベニムラサキ――といったところか?
「それで結局、お前は何者なんだ? 種族の珍しさからして『はぐれ』なんだろうけど……」
「見ての通り、私はフリーの看護師よ。アンタが倒した恐灰粉族の男と個人契約していたってわけ」
「……は? 個人契約?」
「そう、個人契約。戦いで傷やら何やらを負った時に治す契約をしていたのよ。……ちなみに、あの男も生首族ファミリーと用心棒の契約をしていたからね。だから同じナワバリにいたってだけの話よ」
「お、おおう……?」
「あと一つ。あなたの想像通りで私は選ばれし『はぐれ』だけど、あの男は単にファミリーを失って一人になっていただけだわ。そこは一緒にしないように」
「は、はあ……」
と、一転してすらすらと説明を始めた女堕天使族。
アンデッドに似つかわしくない契約という単語が何度も出たが、とりあえずこの女に関しては敵対関係ではないらしい。
あまりに無警戒なその態度は、魔物なのに大丈夫か? と逆に心配してしまうほどだ。
「何かよく分からんけど……まあ分かった。んで、何で皆と一緒にいるんだよ?」
「そりゃ『人間・南瓜同盟』……だったかしら? あなたたちが私の新たな契約者だからに決まっているじゃない」
「…………、え?」
テンドウが聞くとすぐに答えが返ってきた。
そのまさかの内容に目が点になったテンドウは、今度はゆっくりと皆の方を見る。
すると全員が何とも言えない微妙な表情で……揃って苦笑いを浮かべていた。
「いや、じつはさっ……」
「小さな傷はあったから、お言葉に甘えて治してもらったらね……」
「何か一度でも回復したら……おっさんでも契約成立ってやつらしい」
「寝耳に水とはまさにこのことだぜ」
「できれば回復魔法を使う前に言っておいてほしかったべな……」
皆が気まずそうな感じで口々に言う。
どうやら戦闘後に現れた女堕天使族に治してもらったのが運の尽き(?)だったらしい。
そもそもアンデッドが回復魔法を使えること自体が前代未聞ではあるが……とりあえずそこは置いておくとして。
――実際、契約が行われたのは間違いないようだ。
聞けば契約成立の条件は、互いに回復行為をする・受けることを了承することらしい。
その結果、結ばれたのが『不戦の契り』である。
互いの魔力を同一のものと見なし、これでお互いを傷つける行為は一切、できなくなったとのことだ。
テンドウとドンチンとクロちゃん、そして戦闘には参加していないムウマを除いた全員が、すでに彼女と契約関係にあるらしい。
「ちなみに、あなたたちが返すものは護衛よ。何せ美しいうえに優秀な私は引く手数多だからね。この街の薄汚くて強引なアンデッドどもから、白馬の騎士のように私を守りなさい」
そう言って、女堕天使族はオホホホホ! と笑う。
さらに長い黒髪を掻き上げると、テンドウの方に細く白い手を差し出してくる。
「あなたがこのファミリーの頭なんでしょう? 私はモモヒメ。そいうわけだから今後ともよろしくお願いするわ」
「お、おお……」
結局、最後までテンドウを困惑させたまま。
ようやく名乗ったモモヒメは、一人だけ納得した顔で半ば強引にテンドウと握手を交わす。
何やら余計なもの(?)はついてきたが……とにもかくにも、これでカンナギ城と軍宿舎に続いて三つ目。
人間ファミリーは貴族街の外では初となる拠点、廃病院を手に入れたのだった。




