第四十七話 白い業火と異形の業火
零下の二階とは正反対な灼熱の戦い。
テンドウと異形恐灰粉族の激しい戦闘は、壁が破壊されたことで院長室から出て、すでに敷地内の建物の外へと移っている。
白い炎太刀と燃え盛る戦斧の打ち合いは互角。
どちらの武器も折れることも燃え尽きることもなく、また両者に傷らしい傷もつけていない。
「……驚いたぜ。まさか『三大ファミリー』以外で今の俺と打ち合えるヤツがいるとはな!」
「そりゃこっちのセリフだぞ。こちとら今朝で百八回――煩悩の数ほど付与を積み重ねているってのに!」
互いが感想を言い合いうも、すぐに激しい燃焼音にかき消される。
そんな規格外すぎる灼熱の戦いには……さすがにドンチンは参戦していない。
いくら頑丈な頭だとしても、耐えられるとしたら一発だけ。
ゆえに廃病院の中に留まり、テンドウの戦いを固唾を飲んで見守っている状況だ。
その相手である異形恐灰粉族は、全身が不死火族のように燃えているのを見ても、火属性の攻撃には高い耐性を持っている。
だが、テンドウの白い炎太刀は炎をも燃やす業火だ。
攻撃が当たりさえすれば倒せる自信と感覚はある。……ただ一方で、ここまで刃を交えて想定外なことが一つだけあった。
(コイツ、かなりの斧の熟練度だぞ……!)
外であっても気温が上がり続け、足元の雑草も飛び散る炎の余波で焼失していく中で。
テンドウは一人の兵士として、流れるように打ち合う敵の実力に舌を巻いていた。
亡都ヤマトニアのアンデッドは通常のアンデッドよりも基本的に硬い。
また攻撃力が高いことも珍しくなく、そもそもの魔力量から多いことはあるが……。
じつは戦闘技術の点に関しては、大して変わらない個体が多いのだ。
ほぼ全員が元人間であっても、せいぜいが中級者止まり。
ところが目の前にいる異形恐灰粉族は違う。
明らかに上級者と呼べる領域に、洗練された技術を身につけていたのだ。
しかも扱いにくい戦斧という武器で。このレベルの使い手はテンドウ自身も初めて見たほどだ。
もしアンデッドではなく兵士だったならば、稽古をつける側の教官を務めていても何らおかしくない。
「ハッハァ! やるじゃねえか。武器だけご立派な凡才剣士だと思っていたぞ!」
「だから、それも俺のセリフだっての!」
見た目は全然違うが若干、ロッポウに似た雰囲気を相手から感じつつ、テンドウは敵の猛攻を一つ一つ捌いていく。
下手に回避はしない。白い炎太刀で受けずに避けてしまえば、その火力で普通に火傷するからだ。
そもそも無駄が削ぎ落された動きから繰り出される高速の炎撃を、完璧に避けることなど至難の業である。
「――【火線突き】!」
「――【灰火撃】!」
開いた距離からの中距離技での攻防も完全に相殺されてしまう。
糸を引くような白い業火は、敵の本体に届くことなく霧散していく。
それでも、テンドウからすれば決して悪くはない結果である。
本来であれば飛び散った灰で視界を潰される厄介な技だ。
それが白い業火の超火力によって、目に入ることなくすべて燃え散ってくれていた。
……ちなみに、ほかの異形部分についてだが。
ここまでの激闘を行った結果、敵の異形部分はとくに意味はないと判明している。
右肩の上に生えている三本目の腕も、左手の甲に埋まっている半開きの眼も、右側頭部から飛び出した何かの骨も、左太ももに生えた獣の尻尾も。
他の種族を吸収(?)したことで基礎能力は上がっていても――それら異形部分はすべてただの飾りらしい。
目に見えて直接的な効果があるのは、全身と戦斧に纏う不死火族の炎くらいだ。
(……ますます意味が分からないな。何がどうなったらこんな仕上がりになるんだよ?)
とりあえず別の種族のアンデッドの要素が含まれているのは分かる。
だがいったいどうやって? そもそも生首族ファミリーと一緒のナワバリにいるという立ち位置からして普通ではない。
それになぜこんな強個体の情報がパンドラにも亡都新聞にもなかったのか?
生まれたばかりの『はぐれ』という線もあるが……おそらく違うとテンドウの勘が言っている。
「生身の体のくせして――しぶてえなあオイ!?」
「ッぐ……!」
そんな謎めいた異形恐灰粉族との戦いで、最も注意すべきは『溜め攻撃』だ。
どっしりと構えた状態から、炎の戦斧に気味の悪い揺らぎと独特の渇きがある魔力を供給。
より破壊力を増したその炎撃は――上位魔法に相当する白い炎太刀でさえ少し押し込まれてしまう。
「っとに……! この街はヤバいなんて再確認は! もうお腹一杯だってのッ!」
体勢が崩れてもすぐに立て直すテンドウ。
あまり距離や時間は与えたくないため、弾かれて後退した分をすぐさま詰めていく。
白い炎太刀になってから新たな技に挑んでいるも……まだ会得はできていない。
ゆえに愚直に接近戦で打ち合うのみ。幸いどれだけの衝撃や金属音が生まれようとも、武器に刃こぼれはなく折れる心配もなさそうだ。
「――フゥーーーッ!」
ここでテンドウが勝負をかける。
上段に構えて深く息を吸い込むと、吐く息とともに敵の懐に飛び込んだ。
一呼吸のうちに何十もの連撃を見舞うテンドウの切り札の一つ。
普通のアンデッドならまず捌けないその斬撃の嵐を――異形恐灰粉族は戦斧を振るって対応してくる。
その間、十数秒――。
甲高い金属音が絶え間なく続き、最後の斬撃が終わっても決着はつかず。
すべてを受けきってみせた異形恐灰粉族は、ご満悦な様子で笑みを浮かべていた。
「やるねえ。さすがに今のは焦ったぜ……!」
「……そりゃどうも。正直、これで倒れてほしかったぞ」
戦いは完全に均衡状態となっている。
両者を中心に空気は熱され周囲は焦げる一方でも、いまだどちらもダメージらしいダメージは負っていない。
――ならば、もう一つの切り札を使うしかない。
テンドウは腰に提げた鞘に白い炎太刀を収めようと、一度、構えを解いて納刀しようとした。
その時、ダダンダダン――ッ! と。
突然、廃病院の敷地内に軽快な足音が響き、それが段々と戦場の方へと近づいてくる。
「なっ!?」
そうして建物の角から現れた姿を見て、テンドウは心底驚いてしまう。
てっきり二階に向かった仲間たちが合流したのかと思いきや、現れたのは予想外な存在だったからだ。
「ブルルゥウッ!」
鼻息荒く登場したのは――黒仮面馬族のクロちゃんである。
天然パーマなたてがみを風に靡かせながら、裏手の方へと回ってきたのだ。
……別に指笛などで呼び寄せてなどいない。にもかかわらず何かを察したのか、待機させた廃病院の一階から飛び出してきたらしい。
「ヒヒィイン!」
「……ははっ、分かるぞ。別に人の言葉じゃなくたって……乗れってことか!」
異形恐灰粉族を警戒しながらもテンドウのもとへ。
そんな相棒に対して、感謝しながらいつものように軽やかに騎乗すれば、剣士テンドウから騎士テンドウへのスタイルチェンジに成功だ。
まったくの五分、均衡状態を破るためにじつは欲しかった一手。
テンドウは馬上でニヤリと笑うと、再び白い炎太刀を構え直したのだった。
◆
「……面白え。それがお前の本気の姿ってわけか!」
仕切り直しがあっての後半戦。
騎士スタイルとなったテンドウを見て、異形恐灰粉族はイラつくどころか楽しそうに叫んだ。
そして白い炎太刀と炎の戦斧が衝突――しない。
回避行動を取ったクロちゃんにより、敵の炎撃は地面を激しく叩くだけ。
さらに間髪入れずに追撃が来るも、自慢の脚力で連続回避に成功する。
――この点がやはりテンドウ単体との違いだ。
馬上から振るう斬撃の威力こそ変わらないものの、移動や回避の速度は大幅に上昇している。
「へえ! 大した俊敏性じゃねえか!」
一方、攻撃を完璧に避けられた異形恐灰粉族はというと。
開いた間合いを利用して、溜め攻撃のために炎の戦斧に魔力を供給する……と思いきや、
自身の炎に包まれて仁王立ちとなったまま、またも楽しそうにニヤリと笑った。
「……知ってるか? この病院は百年前の大規模発生の際、最後まで抵抗したんだぜ。戦いに慣れた者なんざ誰一人としていねえのに、だ」
突然、昔話を始めた異形恐灰粉族。
炎上する異形な体で身振り手振りを交えながら、襲った魔物やそれに対峙した職員たちがどうだったかなど、当時のことを話していく。
「……やけに詳しいな。てことはお前がこの病院の職員だったってわけか?」
「いや違う。逆だ。あの頃の俺はここに入院していた病弱なガキだったからな」
今度はどこか懐かしそうに言う。
その表情や口ぶりからは魔物に殺されたトラウマのようなものは見えない。
「病弱なガキ? いやウソつけ。そこまでの斧の使い手なら元冒険者か何かだろが!」
「ハッ、浅いな。俺は百年生きているアンデッドだぜ? 時間は人間と比べりゃいくらでもあるんだよ。……それに、こういう技術的な部分はさすがに引き継がれねえからな」
「……は? 引き継がれない、だと……?」
会話の中で気になるワードが飛び出したことで、テンドウはすぐさま聞き返す。
だが異形恐灰粉族は首を横に振ると、持っている炎の戦斧を構え直した。
「ハハッ、いけねえ。つい楽しくなって喋りすぎたぜ。――さあ、決着がつくまで殺し合いの続きといこうか!」
今度はじりじりと接近し、狙い澄ました炎撃を見舞う。
対するテンドウは回避行動を取らず、騎士スタイルで最初の打ち合いに応じた。
その結果はこれまでと変わらずに互角。どちらも火傷一つ負っていない。
引き続き周囲だけが戦いの余波で焼き尽くされていくのみだ。
(とはいえ、互いに強力な攻撃を持っている事実は変わらないからな……!)
まともに当たりさえすれば、一発で戦いが終わる可能性は十分にあるのだ。
火力も威力も切断力も、どの角度から見ても上位魔法レベルに違いはない。
そんな緊張感ある戦いが絶え間なく続いていくも――確かな戦闘技術と経験に支えられてか、どちらかが主導権を握る展開にはならない。
「楽しいは楽しいが……ここまで互角だと少しダルいな。それにお前は魔力消費もねえようだ。……仕方ねえ、なら一気に決めにいくしかねえか!」
言って、異形恐灰粉族は自ら大きく後方に飛び退いた。
どう見ても溜め動作に入った様子だが、これまでと違って溜める時間は……かなり長い。
「奇遇だな。ちょうど俺も同じことを考えていたところだ」
一方のテンドウもまた、馬上にて最大火力の大技の準備に入る。
光沢ある紅蓮色の、先端にのみ梅菊花模様の蒔絵が入った美しい鞘。
そこへ静かに白い炎太刀を収めると、クロちゃん含めて居合斬りを放つ体勢を取った。
――次の一合で決着を。これでも互角ならもう笑うしかないだろう。
だがどちらの表情にも自信は満ち溢れており、確信を持っているのは誰の目にも明らかだ。
……そうして、炎が燃え盛る音だけが響く少しの空白の後。
「【覇王撃】」
「【居合炎月】」
異形恐灰粉族の突撃を合図に、最大まで溜められた炎の戦斧と、白い炎太刀の居合斬りが激突。
瞬間、これまでの比ではない炎と魔力が飛び散った。
その影響で廃病院の壁が吹き飛び、建物の一角が崩れ落ちそうになる。
戦闘の余波としてあまりに暴力的すぎるそれは、並の生物なら簡単に息の根を止められてしまうだろう。
「――ぐ、ぬぬゥ……!?」
その尋常ではない勝負を見守っていたのはドンチンだ。
もはや安全とは程遠い熱風と衝撃波。それらが牙を向いて届いてきた廃病院の中で、飛ばされまいと柱にしがみつき、マントを焼かれながらも必死に耐える。
まさに火竜族の吐息さながらの灼熱地獄だ。
それと同時に舞い上がった大量の土煙が、生まれた熱とともに徐々に晴れていった末に――その南瓜な目に見たものは、
「……テンドウ!」
仲間の、そして勝者の名を叫ぶ。
渾身の一撃をぶつけ合った両者は、灼熱の中心でついに決着をつけていた。
弾かれた炎の戦斧は遠く離れたところに落ちている。
力負けした異形恐灰粉族の燃える全身も、すでに背中から地面に倒れていた。
「討伐、完りょ――」
ゆえにテンドウは馬上から勝利宣言をしようとした。
だが、達成感に満ちたはずのその言葉は……言い終わる前に止まってしまう。
……なぜなら、ドクンドクン、と。
心拍音にも似た波長の魔力の揺らぎが、いまだ燃え続けている倒れた灰の体から生まれていたのだ。
ムウマが指摘していた元々あった変な揺らぎとも違う。
それは何かが暴れ出す前兆のような、普通ではあり得ない不気味すぎる魔力の動きで――。
「「「「グォオオオオゥウウウ――ッ!!」」」」
直後、誰かが咆哮した。
声を発したのは間違いなく倒れた異形恐灰粉族ではある。
ただそれはついさっきまで聞いていた声とはまったく違った。
しかも一つではなく、複数の声が重なったような咆哮だ。
そんな理解不能な、あまりに意味不明すぎる現象が起きた数秒後――。
「……は?」
本来なら死ねば完全な灰となって崩れ去る種族のはずなのに。
形も燃え上がる炎も維持したままの体が――飛び跳ねるように起き上がった。




