第四十六話 二階の戦い
――二階の看護師詰め所。
『人間・南瓜同盟』と生首族ファミリーの戦場となったそこは、激しい戦闘によって早くも破壊の限りが尽くされていた。
ヒュウガの鎚矛による重い一撃。
ヨシくんが放つ電撃の矢。
南瓜頭族たちのジャイアントスイングからの味方放り投げ。
生首族たちが発動する氷魔法。
壁や床が破壊および氷漬けとなる中で、必ず誰かの攻撃が繰り出されるという息つくヒマない戦闘が続いている。
「下の階でヤバイ魔力が暴れ始めたけど……! 皆、こっちはこっちで集中だべよ!」
慌ただしい戦場でヒュウガが皆に声をかけて気合いを入れる。
同盟側に犠牲は出ていない状況ではあるが、同じく生首族側にもまだ犠牲は出ていない。
宙を自由自在に飛び回る生首。
的が小さいうえに動き自体も素早いため、屋内という限られたスペースの中でも攻撃を当てることは容易ではないのだ。
その高い三次元的な機動力を前に、それでも何とか攻撃を掠めて、皮膚を削れてはいる中で――ここで新たな動きが起きた。
「ゲハハハ! おい楽しそうだな! 俺たちも混ぜてくれよ!?」
担当する二階の左側。看護師の詰め所と病室があるさらに奥から、騒ぎを聞きつけたほかの個体が遅れて参戦してきたのだ。
数はちょうど六体。これで左側にいる全十体が集合したことになる。
「まあそりゃそうか! これだけ暴れていればな!」
叫び、後方から次の電撃の矢を構えるヨシくん。
【電電矢】を当てて痺れさせて、近くのヒュウガに仕留めてもらうべく放とうとするが――寸前で動きを止めてしまう。
「……え?」
なぜか? それは増援にきた複数の生首の中に、おぼろげながらも見覚えのある顔があったからだ。
「――ああン? そのハンチング帽ととっつぁん坊やみたいな顔は……お前、もしかして?」
一方、その個体もまたヨシくんに気づき、互いの視線が戦場越しに合う。
激しい戦闘が行われている中で、両者の動きだけが止まってしまっている。
見覚えのある生首は……元冒険者の男だった。
大きな鉤鼻と折れ耳。その顔を見て思い出すのは約八カ月前のことだ。
同じ集団転移で事故に遭い、ヨシくんやネゾウやスズランと一緒に、最初に亡都ヤマトニアに飛ばされた被害者の一人である。
だが、彼のみすでに死んでいた。
亡都ヤマトニアのアンデッドの力を見誤り、一人で前進して早々に庭園で命を落としてしまったのだ。
その翌日、索敵に出たムウマが現場に行ってみると……もう死体はなくなっていたという。
「何でアンタが? ……いやちょっと待て、てことはまさか……!?」
夢にも思わなかった再会にヨシくんが動揺する。
対して元冒険者の生首はニヤリと笑うと、そのヨシくん目がけて一目散に飛んできた。
「よう、久しぶり……つっても短い間柄だったからな。死んですぐに俺は生首族に転生したのさ。だからもう、こっちの姿の方がここでは長いぜ!」
南瓜頭族のジャイアントスイングをひらりと躱し、元冒険者の生首がヨシくんに話しかける。
……その声色に絶望した様子はまるでない。
むしろどこか楽しそうに、気味が悪いほどにずっと笑顔が張りついたままだ。
「つうわけで再会の挨拶だ――【鉄柱氷柱】!」
「ッ!?」
ノーモーションから放たれる氷属性の中位魔法。
横っ跳びのような緊急回避でヨシくんが避けると、いた場所の床を貫いた氷柱が一階から二階にかけて突き刺さった。
……当たれば即死の凄まじい威力だ。
近くに寄るだけでも肺が凍りそうなほど、魔力というよりも高い冷気を帯びている。
「今じゃもう剣は握れないが……夢にまでみた魔法だ! どうだおっさん!? アンデッドの俺は魔法の才能に恵まれたらしいぜ!」
元冒険者の生首は至極満足そうに笑う。
おそらくこの世に未練があったからアンデッド化したのだろうが……どうやら人間という種族に未練はないらしい。
今の首だけ状態が幸せであると、その笑みから鮮明に伝わってくる。
「ゲハハ! 活きがいい新入りだぜ。そうだ殺っちま――げぐぎゃッ!?」
二階の戦場を大きく揺らした仲間の一撃に、ほかの生首族が反応した直後。
そのうるさい口を閉じさせたのは、ヒュウガの渾身の一振りだった。
素早い動きで宙を舞う生首の一つを、正確に捉えてついに叩き潰したのだ。
「……ようやく見切ったべ。いつまでも空振ると思っていたら大間違いだべよ!」
すぐにヒュウガは戦場全体に意識を向ける。
二階の戦場は相手の氷魔法の影響によって、床のほとんどが凍ってしまっている状況だ。
宙を飛べない同盟側にとっては、自分たちだけ足場が悪くなる一方である。
中には味方の南瓜頭族数体が床と足を氷で固められてしまい、身動きできない個体も出てきていた。
――だからこそ、この班のリーダーであるヒュウガが重要だ。
ただそれは生首族側も理解しているため、そのヒュウガを中心に攻撃が襲いくる。
右側から対象を凍らせて動きを封じる拘束魔法が。
左腕の腕盾では間に合わず、とっさに鎚矛でガードするが――球体状の先端が氷塊となって凍りついてしまう。
「ッハァ! それ以上重くなったらまともに振れないんじゃねェか!?」
その魔法を放った個体が勝ち誇ったように叫ぶ。
たとえ本体に直撃しておらずとも、武器での攻撃を弱体化させたと思っているようだ。
一方のヒュウガは氷が纏わりついたことで、武器を余計に重量化させられたが……兜の下の顔に焦りはない。
「――鬼上官の心得その十二! 一番楽なところを担当する者は死んでも負けてはならない、だべよ!」
むしろそのことは何も気にすらしていない。
事実、ヒュウガの動きも鎚矛の振りも、氷塊のせいで何一つ遅くなってなどいないのだ。
【重量無視】。
自分だけの『特異体質』の恩恵により、重くなった武器は威力を増すだけなため――相手の魔法はただの悪手である。
「むんッ!」
「んな――ッ!?」
軽く十キロは重みを増した鎚矛が、下手を打った生首の一つを捉える。
瞬間、戦場に響き渡った頭蓋が砕ける乾いた音。
派手な血飛沫とともに二体目が討伐されたことで、不気味に宙を舞っている首の数はあと八体となった。
「【電電矢】!」
「んの、野郎……ッ!」
さらにヨシくんの電撃の矢も戦場を走る。
いつの間にか元冒険者の生首を痺れさせていた隙に、また別の生首を宙で痺れさせて、その個体をヒュウガが脳天から叩き潰す。
――あと七体。氷魔法の影響で気温が下がった戦場は、白い吐息と赤い血に包まれている。
「……次こそお前だ。残念だが今度は人間の手で死んでもらうぞ!」
「フン、上等だ! やってみやがれ、おっさん!」
まさかの再会があった二階の看護師詰め所での戦い。
まだその結末こそ分からないが、戦いは確実に終わりへと向かっていた。
◆
ヒュウガやヨシくんの反対、手術室がある二階の右側。
ガガクとカグラの双子兄妹が率いる戦場もまた、敵の氷魔法の影響で大きく気温が下がっていた。
だが詰め所や病室がある左側とは違い――すでに明確な戦況の傾きが存在している。
「畜生……! このクソガキどもがァアア!」
廊下と手術室を跨いだ戦場でまた一体、断末魔を上げた生首がゴトン、と床に落ちる。
十四体いた生首族は現在、半分以下の六体にまで減らされている状況だ。
「さあ次だ次っ!」
「一気に畳みかけるよ!」
それを行ったのは当然、共同でリーダーを務めるガガクとカグラの二人だ。
【不死族喰らい】で成長を続ける実力だけでなく、シンプルな相性の良さ。
移動、攻撃ともに速度に優れる風魔法使いの小さな剣士は、宙を飛び交う生首に翻弄されることもなく。
最初から攻撃を当て続け、あっという間にその数を減らしていた。
――もちろん、こちらの南瓜頭族たちも貢献はしている。
ジャイアントスイング攻撃で南瓜な頭を放り投げ、当たらずとも氷魔法の発動の妨害はできていた。
ただ生首族ファミリーに対して、圧倒的なまでに効果的だったのが――。
「【風圧天井】!」
「ぐゥッ!?」
カグラが生み出した風の奔流が、対象を上から抑えつけてその動きを止める。
敵は首から上しかないからか拘束を抜ける力は弱い。
そこへ距離を詰めたカグラが、風を纏った属性剣で真っ二つに切り裂いた。
(中位魔法を使う個体は何体かいたけど、飛び抜けた力を持つ頭的な存在はいないね。……うん、これならきっと大丈夫!)
冷静に敵の戦力を分析しつつ、カグラは慎重に立ち回る。
一方の片割れ、ガガクはというと敵の数が減ったこともあってか、一気呵成に手術室の中へと単騎で攻め込んでいた。
それを見たカグラが即座に注意しようとした矢先――。
「こらガガク! いくら何でも出すぎですハイ!」
「順調だけど調子には乗らないのであるな! 命は一つだけであるよ!」
先に頼もしい仲間たち、ピンとコロからの注意が飛ぶ。
さらに挟み撃ちになりかけたところで、ボコォン! と。
また別の南瓜頭族のジャイアントスイング攻撃が上手く直撃したことで、ガガクは難を逃れることに。
「ご、ごめんっ! 助かったぞ……!」
戦闘中においてはしっかり者でも、あまりに順調すぎたのが原因か。
すぐに反省したガガクは素直に後ろに下がって手術室の外へ。
改めて陣形を整え直すと、距離を保ったまま風と氷の魔法の撃ち合いに入った。
接近しない中距離での攻防においても、速度に勝るのはガガクとカグラに変わりはない。
連射力も魔法が飛んでいく速度自体もこちらが上。
また一体、【鎌鼬】で切り裂かれた生首が、血飛沫を上げて床へと落下する。
「チィッ! どいつもこいつもちょこまかと……!」
「ヤツは何をやっているんダ!? 我々と契約したはずだゾ!」
――残りは四体。敗北濃厚な状況に生首族たちが喚き始める。
そこに連携などというものはなく、各個体が好き勝手に氷魔法を発動しているだけだ。
「どうした! 魔法の照準が狂ってるぞっ!」
「そんなんじゃ私たちには当たらないから!」
この戦闘でも魔力の残滓を吸収し、一つ一つ確実に成長しているガガクとカグラ。
油断からの被弾という事態も起こさず、凍りついた床も踏まないように立ち回るなど、一度たりとも戦いの流れは渡さない。
そうして南瓜頭族たちからの協力も受けながら、確実に敵の数を減らしていき――。
「ごめん! ちょっと借りるぞっ!」
「ほげぇ!?」
ついに残り一体となった状況で、ガガクが再び単騎で突っ込む。
だが今回は調子づいたからではない。しっかりと勝利への道筋が見えたからだ。
足元が凍って動けなくなっていた仲間の南瓜な頭を踏み台に跳躍。
その勢いのまま風の属性剣を振るい――宙に浮かぶ生首を一刀両断にした。
「任務、完了っ!」
軽やかに着地し、ガガクは剣を振るって血を払い飛ばす。
……これで二階右側にいた群れはすべて討伐だ。
ファミリーの半分以上となる十四体の生首族がいた手術室付近は、血と氷に染め上げられた静寂に戻っている。
あとは二階部分はヒュウガたちの左側のみ。
まだ少し戦闘の音は聞こえてきているが、中央階段にいるムウマからの指示はとくにない。
……どうやら劣勢でもないらしく緊急性はないようだ。
とはいえガガクとカグラの班は勝利を喜ぶ間もなく、すぐに合流すべく来た道を戻ろうとする。
――その時だった。
「「「「!?」」」」
もう自分たち以外の魔力は存在していない二階の右側。
そこにある手術室の中に突然、大きな魔力の反応が現れたのだ。
「……あら、やっぱりアンタたちは負けちゃったのね」
直後、妙に艶めかしい謎の声が怪しく響いた。
さらに続けて中央階段からムウマの焦った声が飛ぶも、ガガクとカグラたちはすぐ近くに現れた存在にすべての意識を持っていかれている。
紛うことなき転移による出現――。
静寂を取り戻した氷と血まみれの手術室に現れたのは――見知らぬ一人の看護婦だった。




