第四十五話 それぞれの相手は
廃病院を完全に掌握するために攻略を。
その緊急目標を達成するべく、安全地帯の一階待合室から二つの班がそれぞれ行動を開始した。
――一つは一階を担当するテンドウとドンチンだ。
戦力的にはテンドウ一人でも問題なさそうだが、廃病院独特の恐さもあって……ドンチンにのみついてきてもらっている。
こちらは一階に単独でいるバケモノの討伐が目的だ。
最奥で待ち構えるようにいるため、テンドウとドンチンは白い炎太刀に照らされた通路を真っすぐ奥へと進んでいく。
――もう一方はそれ以外のメンバーを総動員だ。
天井高さの関係でクロちゃんのみ残して、一階より上を全員で叩いていく作戦である。
こちらの班の相手は生首族ファミリーだ。
合計二十四体の首だけアンデッドを一体残らず討伐するのが目的である。
どちらの班ももしピンチになったら無理をせず、とにかく安全地帯の一階待合室(ドンチンたちは一階通路部だが)まで逃げ込むこと。
その決まりごとを守って、仄暗い廃病院の攻略を行っていく。
「……こっちはすべて二階に集合してやがるな。三階の方は空だ。ただ配置的には少し散らばってるから……上手くいきゃ各個撃破できるかもだぜ」
階段を上がりながら先頭のムウマが再度、探知して確認する。
そんな彼らが問題なく二階に到着したところで、待っていたのは左右に別れる通路だった。
その別れ道の壁には館内の地図が。
擦れて微妙に読みづらいものの――どうやら右に行けば手術室の方で、左に行けば看護師の詰め所と病室があるようだ。
「右に十四体、左に残りの十体だぜ」
「了解だべ。じゃあ作戦通り、僕とヨシくんの班と、ガガク・カグラの班に分かれるべな」
「おっしゃ、任せとけっ!」
「きっちり退治してくるね!」
「さて、おっさんも頑張るか」
敵の配置を見て、ここでさらに二手に分かれる一行。
ヒュウガとヨシくんを中心とした班と、ガガクとカグラを中心とした班に編成し直す。
南瓜頭族ファミリーの二十八体はちょうど半分づつだ。
そして肝心の担当はというと、数が多い右の手術室の方を、より戦力が高いガガクとカグラの班が当たることに。
残るムウマに関しては現在の別れ道で待機だ。
敵側に何か妙な動きがあれば、すぐにどちらにも大声で伝えられるように中央からの指令役となっている。
「――よし、気張って行ってこいや」
そのムウマの声を受けて、左右に分かれて進んでいく仲間たち。
通路は薄暗いため魔法袋から取り出した松明が頼りだ。
わずかに薬品のツンとする臭いが漂う中、どちらも慎重に前進していくが……。
どうしても派手になってしまうのは、左を担当するヒュウガ班である。
「もうこればっかりは……どうしようもないべな」
全身鎧と腕盾、さらに球体状の大きな鎚矛を担いだリーダーのヒュウガが、ズシンズシン! と。
抑えきれない重みのある足音によって、向こうもすでに気づいているはずだ。
そんなヒュウガたちが最初の病室を通り過ぎたところで――早くも事態が動き出す。
看護師の詰め所のさらに奥にある病室から、続々と生首族が飛び出してきたのだ。
「――ケッケッケ。残念だがもうここにゃ可愛い看護師なんざいねェぞ!?」
生気はないが敵意と殺意に満ちた生首が四つ。
異形が多いアンデッドの中でもトップクラスに気味の悪い種族が、宙に浮いて向こうの方から距離を詰めてくる。
「早速、来たべか。――さあ皆やるべよ!」
「「「「おう!」」」」
対して、ヒュウガたちは気合いを入れて構える。
すぐに前衛と後衛に分かれると、ちょうど詰め所の前で睨み合う形となり、両陣営の魔力が混ざり合うように場を染めていく。
「やってみな人間ドモ。俺タチを捉えられるもんならなァ!」
その叫びとともに放たれた氷の礫。
生首ゆえにノーモーションで発動したそれは、対象を撃ち抜き凍らせる氷属性の魔法だ。
「――むんッ!」
その先制攻撃をヒュウガの鎚矛が叩き砕いたのを合図に、ファミリーとの本格的な戦闘が開始。
それとほぼ同時刻。
ガガクとカグラが向かった反対側でも戦闘が始まったことで――廃病院内は一気に騒がしくなるのだった。
◆
「おーやだやだ。廃病院とか精神的に非常によろしくないぞ……」
「ったく情けねえ。この街で生活してて恐がるとか今さらじゃねえか。……でもオイラも注射は恐いです」
一方、一階にいるテンドウとドンチンの二人組。
不気味すぎる静寂の中を頼もしい白い炎太刀で照らしながら、彼らが目指すのは最奥に位置する院長室だ。
すでに途中で見つけた一階の館内図で場所は把握済み。
ムウマの言うバケモン、種族で言えば恐灰粉族である個体は、その院長室に留まっているらしい。
「でもテンドウ、本当に大丈夫なのかよ? ……ムウマの言ってたことも気になります」
「……ああ、だから慎重にはいくつもりだ」
炎太刀がまき散らす熱の影響で、少し後ろを歩くドンチンからの問いにテンドウが答える。
じつは行動を開始する前に、ムウマからこんなことを言われていたのだ。
『強さだけじゃねえ。魔力自体に変な揺らぎがあるから、もしかしたら普通の個体とは違うかもしれねえぜ』――と。
その警告もあってテンドウの警戒レベルはすでに最大級だ。
それこそ対ニゴマルの時のように、無理だと判断すれば撤退も頭の片隅には入っている。
――とにもかくにも、実際に目で確認しなければならない。
一階には生首族はいないため、襲撃を受けることなく廊下を進む。
「……院内も予想通り荒れているぞ。ここはだいぶ激しかったみたいだな……」
壁や床には百年前の大規模発生の痕跡がこれでもかと残っている。
爪で引き裂いた傷や毒で腐食した痕、こびりついて固まった血溜まりなど。
さらには怨念となって化けて出てきそうな廃病院内の空気も含めて、精神衛生的には極めて劣悪な環境だ。
姿は見えずとも壁の向こうで何かが蠢く錯覚を覚えつつ、テンドウが廊下を歩いていけば――見えてきた。
道中にあった部屋とは材質からして違う重厚そうな扉。
部屋の表札部分が破壊されて判別できなくなっていても……間違いない。見た目的にも位置的にもここが院長室だ。
この中に例のバケモンがいる。
すでに扉越しからでもその存在はひしひしと感じられていた。
「(ドンチン)」
「(おう。……です)」
ここでテンドウは一旦、相棒をかなり後ろまで下げさせる。
逆に自分は前に出ると、金属製のドアノブに手をかける――ことはしない。
「【火線突き】!」
扉とは少し距離を取ったまま遠距離攻撃を放つ。
白い炎太刀の切っ先から離れた糸を引くような業火は、いとも簡単に院長室の扉をブチ破った。
そうして白炎と熱が霧散し、外と中を隔てるものがなくなったことで……部屋の中にいた者の姿が露わになる。
「……おいおい、ずいぶん野蛮なノックだな? 人間のくせに礼儀がなってねえぞ」
テンドウの荒い行動とは対照的に、そのアンデッドは冷静な口調で言う。
椅子の背もたれに深く腰かけたままのそいつの種族は、ムウマの報告通りに恐灰粉族だ。
またその不自然なまでに揺らぎが強い魔力を感じ取れば、たしかにベニムラサキをも凌ぐ強個体で間違いない。
――だが、決して見過ごすことはできない……ある気になる点が存在していた。
「は? 何だそりゃ? ……どういう体をしているんだよ?」
恐灰粉族の全身は名前の通り、すべて灰でできている。
その部分は別におかしくないが、目の前の存在はその灰で形作られた体が色々とおかしすぎるのだ。
右肩の上に生えている三本目の腕。
左手の甲に埋まっている半開きの眼。
右の側頭部から飛び出した何かの骨。
まさに異形も異形――。ちぐはぐとも表現できるか。
ここまで種族の原型が崩れた個体は亡都ヤマトニアでも見たことはない。
あとは両目とも白目を剥いているが……ほかが異形すぎてあまり気にならないほどだ。
「ハッ、別にどうでもいいだろう? 説明するのも面倒臭えし、それを聞いたところでお前は死ぬんだから意味ねえって」
言って、異形恐灰粉族が椅子から立ち上がる。
二メートル級の灰色の体が起きたことで、また新たな異形部分、左の太ももから生えた尻尾らしきものが確認できた。
「……ちょっと待て。まさかお前……冒険者ギルドを破壊したやつか?」
と、そこでテンドウが気づいた。
今、目の前から感じる強烈な魔力――独特な『渇き』を覚えるそれと、全壊していた冒険者ギルドの瓦礫に残っていた魔力が似ていることに。
「まあな。ナワバリにしようと抗争をおっ始めたが、途中で飽きちまってよ。ついでに建物も破壊したっつうわけだ」
気だるそうに首を回しながら異形恐灰粉族が答えた。
さらに壁に立て掛けていた戦斧を手に取ると、部屋の入口にいるテンドウの方に真っすぐ視線を向けてくる。
「……だからよ。お前は最後まで楽しませてくれよ?」
ニヤリと笑った瞬間、その異形な体から炎が噴き上がった。
灰色の体も異形な部分も、さらには持っている戦斧さえも。
目に見えている敵のすべてが、凄まじい真っ赤な炎に包まれていく。
(!? 今度は炎だと……!)
これは明らかに通常の恐灰粉族にはない能力だ。
そもそも灰は燃え尽きた後に残るものなので、灰自体が燃えるなどあり得ない。
にもかかわず、油を注いだようにごうごうと全身が燃え上がっている様は――まるで不死火族のようだ。
直後、部屋の温度が一気に上がる。
凄まじい熱源が生まれたことで、一階にある院長室はいるだけで汗が噴き出すほどだ。
「――フゥッ!」
そしてテンドウが部屋に踏み込み、白い炎太刀と戦斧が打ち合った瞬間。
規格外の熱源がまた一つ増えたことで、戦場は完全なる灼熱地獄と化した。
――これで二階に続いて一階でも戦闘が開始。
人間と南瓜、生首と異形。四種族による廃病院を巡る戦いは一気に熱を帯びていく。




