第四十四話 祭りと廃病院
「よし皆、準備はいいな? ……それじゃ行こうか」
静かでも気合いの入ったテンドウの声が響く。
その声に続くように、南エリアの軍宿舎からゾロゾロと出てきたのは――人間と南瓜頭族からなる『人間・南瓜同盟』の面々だ。
彼ら一人一人、一体一体の気合いの入った顔や雰囲気を見れば、今回の遠征が重要であることが伝わってくる。
――第三拠点の確保。
まだ遠いヤマトニアの外壁南門を抜けるために必要となる、新たな足場を貴族街の外に作ることが目的だ。
「……今日は少しばかり霧が濃いくれえだ。配置的には当たりの日っぽいぜ」
というわけで、いつも通りにムウマが索敵をしてから出発した一行。
貴族街を進み、邪魔なアンデッドはテンドウを中心に退けていく。
そうやってほとんど王者の行進で南下すれば、ほどなくして今回で三度目となる貴族街の南門へと到達する。
……正直、ここまではもう慣れたものだ。
油断とは違う気持ちの余裕とほどよい体の脱力で、全員がよく集中できている。
ニゴマルやヨギやタタリといった遭遇の危険がある『三大ファミリー』の幹部や、『車椅子の老婆』など。
そういった例外を除けば、今や貴族街の南エリアで『人間・南瓜同盟』に恐いものはない。
「ムウマ、今回の外の感じはどうだ? 見た感じだとわりと静かだけど……」
「まあ、数はいつも通りのドン引きレベルだな。……だが、ちょっと変なのが来るぜ」
「ん? ちょっと変なの……?」
【種族感知】による索敵を行ったムウマからそんな報告が。
すると早速、西の方から……何やら騒がしい声が徐々に近づいてくる。
ただそれは抗争とは明らかに異なり、また以前見た謎の集会とも違うようで……?
「!? あれはまさか噂に聞く……!?」
その姿を確認して、テンドウは顎が外れんばかりに驚く。
南エリアを東西に走るアカツキ通り、その西の方からやってきたそいつらは――これまで遭遇したアンデッドとは明らかに毛色が異なっていた。
「おーら! どっこいどっこい!」
「「「「どっこいどっこい!」」」」
そう叫んでリズムを刻みながら、集団で走っている法被を着た骨人族たち。
彼らは何一つ武器らしきものは所持していない。
代わりに全力で曳いているのが――立派な山車だ。
四つの車輪がついた重量感ある木造の曳き山には、提灯や旗といった装飾が施されている。
その上には頭、というより司令官のような個体がいて、両手に団扇を持って熱い掛け声を出している。
彼らこそ噂では聞いていた山車ファミリーだ。
満月の日、月に一度だけ現れては山車を曳いて街中を走り回るという、一風変わったファミリーである。
その日だけは誰からの攻撃も受け付けず、また自身も攻撃できない完全なる不干渉の存在に。
――いわゆる無敵状態である。ゆえに『三大ファミリー』だろうと何だろうと恐いものなしだ。
好き勝手に亡都中のナワバリ内を走り回って、満月が欠け始めるまでずっと騒ぐのだ。
「派手にいくぜい! 今日は俺らがこの街の主役だってんだ!」
「「「「うおおーッ!」」」」
長い亡都生活でもテンドウたちは初めて見る。
ガガクとカグラの子供二人に関しては興奮し、本当の祭りを見るような感じで一緒に「どっこいどっこい!」と叫んで楽しみ始めたほどだ。
……だがそれも無理もない。血で血を洗う抗争ではなく、本当に祭りのようなのだから。
実際に百年前の人間時代にあったものと同じらしい。
毎年、秋頃に二日間ぶっ続けで行われていて、ヤマトニアが最も盛り上がる期間だった――とパンドラの住人たちから聞いていた。
「パンドラといい……思っているより人間の生活や文化が残っているよな?」
「んだべ。もし外の人間がこれを見たら……きっと腰を抜かすだべな」
そんな山車ファミリーを見て、テンドウとヒュウガが呆けた顔で感想を言う。
ほかの皆も同じように唖然としたまま、すれ違う彼らを沿道からただ見ていた。
とりあえず向こうに敵意など微塵もない。
そもそも山車を引くのに夢中な様子なので……本当にただの観客として、テンドウたちはその背中を見送ることに。
「いいものを見た……のか? まあいいや、とにかく気を引き締め直していこうか、皆」
――そうして、楽し気な嵐(?)が過ぎ去った後。
観客気分を取り去ってまた動き出した一行は、アカツキ通りを西へと向かう。
本当は第三拠点となるはずだった全壊した冒険者ギルドの前を通り過ぎ、さらに西へ。
その途中で大きく陥没した道路、百年前に暴れたであろうダイセツ山脈の火竜族の足跡を横目に脇道へと入る。
さらに何度もルートを細かく変えながら、亡都一の魔物の巣窟を最低限の戦闘だけで西に向かえば――それは見えてきた。
「こ、ここか……」
入り組むように建物が立ち並んでいるエリアのちょうど中心。
目的の三階建ての建物は周りの家屋とは違い、外壁に装飾などが一切ない無骨な印象を受ける。
ここが第三拠点の候補となる場所だ。
かつて多くの国民がお世話になったであろう――今は朽ち果てた廃病院である。
◆
「気持ち的にはちょっと恐いな。……まあ今さらな感じではあるけど」
南エリアの西寄りにある廃病院に到達した。
その第三拠点候補の姿を見て、ほんの少しだけテンドウの顔は引きつっている。
ひび割れた壁や割れた窓、崩れた非常階段や建物全体に絡まっている大量の蔦――。
廃病院など心霊現象の定番なのである意味、当然の感情ではある。
むしろ魔物に慣れたテンドウからすれば、純粋な(?)こっちの方が怖いとも言えるだろう。
……ただこれ以上の拠点候補はないとの判断により、この廃病院に決定していた。
脱出決行日の前日に移動をして、当日はここから街の外を目指す予定である。
「位置的にも悪くないし、建物自体も頑丈だべしな」
「誰のナワバリじゃないのも大きいぞ。というわけでここで決まりっと!」
「ここより最適な場所もないしね。……でも私もちょっとだけ恐いかな?」
「うむ、おっさん的にも一人だったら無理だったぞ」
「フッ、情けねえ。オイラはまったく気にならねえし恐くもねえぞ。……まあアンデッドだからですが」
人間ファミリーの面々やドンチンから廃病院への感想が出る。
正面玄関から外へと漏れてくる空気に違いはなくとも、廃病院特有の仄暗さから、気分的にはより重くて陰鬱な印象を受けてしまう。
「…………、」
と、それぞれに反応を示した中で一人だけ。
この場所を見つけた張本人であるムウマだけが……なぜか腕組みをしてずっと黙り込んでいた。
「どうしたムウマ? まさか発見者本人も恐くなったのか?」
「いや違え。……いやがるんだよ、先客が。調査の時にはいなかったファミリーと――一体のバケモンがな」
「……え?」
険しい表情となっていたムウマにテンドウが聞くと、そんな答えが返ってきた。
そのムウマの言葉を聞いたほかの者たちも、すぐに驚いた表情となって廃病院とムウマを交互に見る。
……まさかもまさか、どうやら予定外の先客がいるらしい。
見つけてから今日まで経過した時間はわずか三日。
その短期間で先を越されて、おそらくはナワバリにされてしまったのは……不運以外の何ものでもない。
――だが、テンドウが一番気になったのはそこではなかった。
ムウマがしれっと口にした『バケモン』というワードの方だ。
我らが索敵担当がその表現を使うのは、『三大ファミリー』の幹部クラスに匹敵するアンデッドに対してのみである。
「……種族もそいつだけ違うぜ。しかも廃病院の中で一体だけ離れてやがるし……。いったい何なんだ? 同じ拠点で間借りでもしてんのか?」
眉間にシワを寄せて、爪を噛みながらムウマが考え込む。
これは長く一緒に生活しているからこそ分かる、ムウマがだいぶ困惑している時に見せる反応だ。
「うーん、困ったな……。じゃあどうするか。ここまで来て諦めるっていうのもな……」
同じく、テンドウも想定外な状況に考え込んでしまう。
いくら新たな拠点が欲しくても、わざわざそのバケモン相手に戦いを挑む必要はない。
包帯人族ファミリーから堅牢な軍宿舎を奪った時とは違い、幸い今は聖遺物の聖杯があるのだ。
設置した場所を安全地帯化できるため、最悪、普通の家屋でも大丈夫と言えば大丈夫ではある。
「……ちなみにムウマ、そのバケモンはニゴマルやジンロウタ級だったりするか?」
「いや、さすがにそこまでじゃねえ。ただ魔力から判断すれば……ベニムラサキよりは明らかに上だぜ」
テンドウの問いにムウマが即答した。
ニゴマルやジンロウタと同等であれば即退散で諦めたが……そうでないのなら議論の余地は出てくる。
さらに詳しくムウマに聞いてみると、頼れる【種族感知】によって――敵側の情報が丸裸になっていく。
いわく、廃病院の中にいるのは生首族ファミリー。
数は二十四体とそこまで大所帯ではなく、種族的な強さも集合住宅にいた怪人形と大差ない。
――つまり、リスクがあるとすればその別種族のバケモンのみ。
それらの情報を総合的に考えて、戦闘班のリーダーとしてテンドウが出した答えは――。
「……分かった。とりあえず外にいるのも危険だし、ひとまず中に入るとするか」
一旦、廃病院の中へ。
もうそれがほとんど答えではあるが、天井高さの関係からクロちゃんから下りたテンドウを先頭に、ゾロゾロと『人間・南瓜同盟』が正面玄関から入っていく。
内部に関してはいたって普通の病院だ。
最初に大きな待合室があり、綿が飛び出たソファが乱雑に複数、置かれている。
また壁紙のほとんどは剥がれ落ち、無事なところには飛び散った血の痕が生々しく残っている。
電灯は当然、切れていて薄暗いため、まずテンドウたちは事前にパンドラで買っていた光の魔石を四隅に設置した。
――そしてもちろん、核となる聖杯もだ。
ヨシくんが魔法袋から取り出すと同時、背筋の伸びる独特な空気が待合室に一気に広がっていく。
「頼んだぞ。ここもおっさんたちに安寧をもたらしてくれよ」
それを受付台のところに置けば――アンデッドが絶対不可侵の安全地帯化に成功だ。
すなわち、安心安全な第三拠点を確保したというわけである。
ただ一方で、ドンチンたちやクロちゃんはアンデッドで入れなくなってしまうので、
少し申し訳ないことにはなるが、影響外の一階通路にいてもらうことに。
「……さて、ここからだな」
空気が塗り替えられた待合室にて、テンドウはソファには座らずに立ったまま思案する。
貴族街の外では初めてとなる拠点を手に入れることはできた。
範囲的には一階待合室のみだが、ここにいればもう命を脅かされることはない。
……とはいえ、同じ廃病院内には先客のアンデッドたちはいるのだ。
いくら安全であってもすぐ近くに敵の存在があるのは……やはり気分的には落ちつかない。
だから悩んだ末にテンドウは決断を下す。
ただそれは廃病院に入った時点で、ほかの面々も薄々は理解している。
「やっぱり一掃するか。――ここを完全に俺たちのものにしよう」
テンドウがそう言った直後、全員が力強く頷いたのだった。




