第四十三話 畑の達人
――現在はこの先、重要となる第三拠点候補の絞り込み中。
人間ファミリーの最古参組で数えると、亡都ヤマトニアに飛ばされて早くも七カ月半の時が経過していた。
季節は冬から始まり春、夏を越えて――まだ少し暑さが残っている頃。
決して短くはない時間が経過しても……相変わらず何の問題も起きていないことがある。
「ほっほっほ。これまた立派なものが採れたのう」
それは食料である。
ご満悦な顔と声の畑担当のネゾウの手には、掘り起こされた立派な芋があった。
人間たちの主食となっているそれは、東方の国々では定番の食材である。
……ただ、育っているのは芋だけではない。
豆類も葉野菜も根菜類も、さらには畑近くにあるベリーの木にも。
城の裏庭には多くの恵みが生っており、食料問題どころか栄養問題すらまったく存在していない。
それこそ九人では食べ切れないほどの量だ。
家庭菜園の範疇は完全に超えており、ご近所さんにおすそわけでもしない限り消費しきれない状況である。
「ねえ、今さらなのは分かってるけど……本当に成長が早すぎるわよね?」
「そうだねえ。井戸水があるから水は問題なく与えられるけど、日光の方は霧が出る日も多いから少ないはずなのに……。正直、ここまでとはねえ」
同じく採れた作物――太さも形も色も素晴らしい出来となった野菜を手にしながら、困惑しているのはセイカとスズランだ。
亡都ヤマトニアの西側には、かつて数十万もの民の食を支えた大穀倉地帯の肥沃な土地が広がっている。
その一方で、城の裏庭も同じように肥沃な土地になっている……とは到底思えないのだ。
……もし仮にそうだったとしても、だ。
比較的成長が早い品種のものでも、種まきからたったの十日。
二週間とかからずに収穫可能になるなど、いくら何でも生育速度が常識外れすぎる。
何者かの用意によって畑に掛けられていた維持系統の魔法。
それがあったところで、作物の成長が高速化するなんてことはあり得ないのだ。
「ああ、何じゃそのことか。そんなのワシの『特異体質』のせいに決まっておるのう」
「「…………、え?」」
そんな戸惑う二人に対して、ネゾウから爆弾発言が。
持っていた作物を見つめていたセイカとスズランは、ギョッとした目でネゾウの方に視線を移す。
対してその畑担当はというと、土で汚れた手のまま眼鏡をクイッ、と直しながら、
「まあ、立て続けに『特異体質』が発現しておったから、ワシももしかしてと思ってのう。……名づけるのなら【畑の達人】といった感じかのう? ――ほっほっほ!」
「いやちょ……そうなのネゾウ!? 何で今まで言わなかったのよ!」
「うむ。ちょっと言うタイミングがなくてのう。そうしたら今日まで忘れておったのじゃ」
「いやいくらでもタイミングはあったでしょ!? ずっと私たちは城の中にいるんだから!」
笑うネゾウにセイカが全力でツッコむ。
いくらセイカたちが『特異体質』に慣れているとはいえ、まったく予想していなかったまさかの告白である。
そのネゾウによると、効果自体は来た当初から出ていたらしい。
それが作物関係の『特異体質』だと確信したのは、何カ月も経った後のようだ。
「でも……なるほどねえ。だから差があったわけか」
一方、スズランはすでに冷静さを取り戻していた。
いつも畑の食材を収穫、調理している彼女の視線の先には、早いは早いが成長の速度に遅れがある作物があった。
――基本的に収穫以外は担当のネゾウがすべて行っている。
ただこういうことも経験や勉強であると、たまにガガクとカグラの九歳児にも農作業を手伝わせていたのだ。
二人の方も何だかんだで楽しそうに、訓練の息抜きで土いじりをやっていたのだが――。
「うむ。おそらく全工程をワシがやらんと最大の成長速度にはならんようじゃ。種まきに水やり、雑草取りに虫避けに。収穫以外の作業を一つでも他の者が関わると、おおよそ二割くらい遅くなるのう」
ネゾウは何度も頷くように畑を見る。
様々な知識を持つ彼が一人で導き出した自身の『特異体質』の答え。
それは作物の成長を促すという、地味でも今のサバイバルな状況において、これ以上ないほど有用な能力だ。
「……ってことはよ? 転移事故の前から発現していたテンドウとヒュウガを除いても……七人中五人が『特異体質』持ちじゃない!」
「本来なら千人に一人の確率なんだけどねえ……」
セイカとスズランが目を見合わせて言う。
もう慣れたと思っていた『特異体質』祭りだが、いざ同じ非戦闘組にも出てくるとやはり驚かざるを得ない。
そもそも、戦闘系以外の『特異体質』自体が珍しいのだ。
過去から現在に至るまでの人類史で判明しているものの中でも、生活系のそれは全体の二割にも満たない。
「ただこうなってくると……」
「まだ発現していない私らも……いずれは発現するのかねえ?」
あるいは、すでに何かしらの効果は出ているが気づいていないだけ……という可能性もあるかもしれない。
いずれにせよ残る二人も発現するのなら、ネゾウと同じくぜひ生活系のものをお願いしたいところだ。
「――おう、三人ともここにいやがったのか」
と、そこへ新たな登場人物が。
裏庭に繋がっている台所の勝手口から出てきたのは、丸坊主と右脚の義足が特徴的なファミリーの索敵担当、ムウマである。
「あ、もう帰ってたのね。早かったわね、ムウマ」
「おう。今日はずっと順調で邪魔が入らなかったからな。……それにしても、いつ見ても立派な畑だぜこりゃ」
「ほっほっほ。そうじゃろう? 可愛い孫のようにワシが手塩にかけて育てたからのう」
索敵および調査を終えたムウマが三人のもとへ。
まったく違和感のない体重移動や滑らかなその動きは、とても片方が義足だとは思えないほどだ。
「まあその分、だいぶ腰を痛めてしまったがのう……。文官時代の激務で痛めたものが再発じゃよ」
「ほとんど中腰で作業していたからねえ。私もそうだけど、もう若くはないんだからね」
「……そりゃ大変だな。なら久しぶりに湯船にしっかり浸かるんだな。水を溜めるのは俺がやっておくぜ」
「おお、よいのか? それはありがたいのう」
腰を擦っているネゾウを見て、体力が有り余っていたムウマが仕事を買って出る。
城には浴槽もあり、井戸水も豊富にあれど……基本はいつも水で汚れを流すだけ。
お湯張りのための水汲みで城内との往復はかなりの重労働なのだ。
だから湯船に浸かれるのは週に一、二回の頻度となっている。
「助かるわ。私もゆっくり足を伸ばしたいしね。……ところでムウマ、珍しく裏庭に来たってことは何か話があるんでしょ?」
「おっと、そうだったぜ。一応、非戦闘組にも報告しとこうと思ってな」
セイカに言われて、畑の土を弄ろうとしていたムウマが要件を思い出す。
そして、普段は無愛想な顔に珍しい笑顔を浮かべると、ググッと親指を立てながら言う。
「やっと見つけたぜ。魑魅魍魎な貴族街の外に――良さ気な第三拠点の候補をな」




