第四十二話 責任者イマタイ
「こっちの荷物は私が運び込んでおくよ。君は客の対応を優先してくれ」
「おお、助かるぜ。いつも悪いな大将」
貴族街の北西に位置する、一切の暴力が禁止された場所――中立域パンドラ。
今日も多くの種族やファミリーで賑わう中で、この市場の責任者であるイマタイは忙しそうにしていた。
人間時代には決してなかったことだ。
だからかイマタイはどこか楽しそうに、唐草模様の外套を纏った骨人族な体を動かしている。
「――何だとオラ!? もういっぺん言ってみやがれ!」
「ハッ、何度だって言っテやんよ。幹部が負けルとか『三大ファミリー』の面汚しモいいとこだよなア!?」
と、ここで言い合う声がイマタイの耳に聞こえてきた。
パンドラ内ではどれだけいがみ合おうとも、不思議な力で守られているため戦闘は起きないが……どうやらトラブルが起きたのはパンドラのすぐ外側らしい。
そして、続けて響き始めた激しい戦闘音。
聞こえてくる数からしても複数対複数の集団戦のようだ。
それらぶつかり合う金属のような音を聞けば、どちらもパンドラで仕入れた武器で戦っているのが分かる。
「やめないか君たち! やるならもっと離れた場所でやりなさい! いい迷惑だ!」
近くの現場に急行し、普段は温厚なイマタイが声を張り上げて注意する。
構図としては同じ『三大ファミリー』同士のトラブルだ。
東の骨人族ファミリーの構成員たちが、ベニムラサキを倒された北の亡霊族ファミリーを煽ったらしい。
……この街では日常茶飯事のことではある。
今日も誰かが殺し殺され、明日も明後日もそれはずっと続いていく。
だからこそ亡都中の空気は年中、淀み穢れており、新たなアンデッドも絶えず湧き出るという悪循環だ。
そんな氷山の一角である彼らに収まる気配はまったくなし。
血肉に飢えた獣のごとく、一度、スイッチが入ったアンデッドたちはそう簡単には止まらない。
――となれば責任者として、イマタイが切るカードは一つだけだ。
「それ以上続けるのなら――残念だけど永久追放とさせてもらうよ」
すなわち、今後一切のパンドラの利用禁止。
それは連帯責任としてファミリー全員に適用されるため、争いを起こした下っ端構成員たちはすぐに止めざるを得ない。
とくに影響力の大きい『三大ファミリー』ならば尚更だ。
死してアンデッドとなってなお、人間と同じく存在している組織の上下関係。
下っ端である自分たちのせいでパンドラが利用できなくなれば、上の者に粛清されるのは目に見えている。
イマタイはじめパンドラの住人たちは、日頃から多少なりとも『三大ファミリー』それぞれから圧力を受けている。
だがこういう時だけは、『不死の三傑』および幹部たちの影響力や恐ろしさ様様である。
「チィッ……!」
「フン……!」
結果、イマタイの思惑通りにトラブルは終結した。
対応が早かったために犠牲者が出ることもなし。
二つの巨大ファミリーの下っ端たちは、恨めしそうな顔でそれぞれのナワバリへと戻っていく。
「……まったく困ったものだ。心まで魔物に堕ちてしまうとは……」
イマタイは心の底からため息をつく。
つい三日前も別のファミリー同士でトラブルが起きたばかりなのだ。
ここ最近は殺気立っているファミリーも多く、とくに群雄割拠の南エリアでは何やらきな臭い動きもあるようで……イマタイの心配が尽きることはない。
ともあれ、ひとまずトラブルは解決したのだ。
何事かとざわついていたパンドラ内も落ち着きを取り戻し、いつもの日常に戻った――その矢先。
「! この気配はまさか!?」
一難去ってまた一難。
次に異変が起きたのは、外ではなくパンドラの中だ。
抗争の始まりとなる言い合いではなく、魔力の渦。
数ある露店が並ぶパンドラの端の方で突然、魔力の高まりが起きると、時空が歪んだかのように禍々しい魔力の渦が生まれる。
……その現象にわざわざ説明を求める者などいない。
大して広くはないパンドラ内に限れば、十年に一度あるかないかの超低確率――。
だがヤマトニア全体で見れば、何も珍しくはない『はぐれ』の発生である。
そうして渦から産まれ落ちたのは――朽木族だ。
一枚の葉もついていない五、六メートル級の枯れた木は、種族的には珍しい植物系のアンデッドである。
「ギ、ギギィ、ギ……!」
口はないので出す音は木が軋む音だけ。
それでも明確な敵意は感じ取れ、近くにいた木工品の露店の店主を襲おうとするが――。
敵意を持って枝を振るおうと動き出した瞬間、その動きがピタリと止まる。
まるで見えざる腕に掴まれたかのような急停止だ。
さらには戦う意思も奪われたのか、剥き出しだった敵意が急速に萎んでいく。
「――無駄さ。ここは中立域パンドラ。あらゆる暴力が許されない場所だからね」
離れた位置からイマタイがぽつりと言う。
ごく稀にある不運なことが内側で起きても、言葉や態度に焦りはない。
それは露店の店主たちや客のファミリーたちも同じだ。
もしここが人間の街なら、阿鼻叫喚となって街の兵士が飛んでくるのだろうが……。
彼らは命の危険はないと分かっているため、ほとんど無視するように売買を続けている。
ゆえにわざわざ追い出すこともしない。
いずれ戦いを求めて勝手にパンドラを出ていくので、産まれ落ちたばかりの異物は放置するだけだ。
「……さてと。では納品リストのチェックをしたら定例会議を――おっと、そうだ。大事なことを忘れていたね」
と、残っている仕事に戻ろうとしたイマタイの頭に、とある者たちのことが浮かんだ。
それは人間ファミリーのことだ。
中央のカンナギ城に住む彼らについての最新情報は、すでにイマタイの耳にも入っている。
無事に怪人形ファミリーを倒して集合住宅の三○七号室から『役立つブツ』を回収。
その正体は予想通りに聖遺物の一つだったようだ。
昔からアンデッドが入れないと噂で聞いていたため、必ず人間ファミリーに役立つと確信してムウマに教えていた。
「新入りの彼は【重量無視】の前衛だから……うぅむ」
そして、骨の顎に手を当てて考えるのは、新加入のヒュウガについて。
すでに直接、紹介されて顔も合わせているため、イマタイもその『特異体質』については把握している。
「特性を考えると今のうちにアレを用意しておいた方がよさそうだね。……いや、やはりあっちの素材の方が最適かな?」
まだ頼まれたわけでもないのに、イマタイはあれこれと考え始める。
パンドラには大きく分けて二つ、商品を作る者とその材料となる素材を集める者たちがいる。
その一つである調達班へどういう指示を出すべきかと、懐から取り出した北のダイセツ山脈の地図と睨み合う。
……正直な話、中立域を運営している平等な立場とはいえ、テンドウたちは特別なのだ。
心まで完全に魔物にはなっていないパンドラの住人たち。
イマタイはじめ彼らにとっては、人間を一番の贔屓にするのはある意味、自然なことである。
「期待しているよ。人間としてこの死んだ国を救い……いや、それは違うね。こんな場所からは早く脱出して、自分たちのいるべき世界に戻るんだ」
最後に、どこか寂しそうにイマタイが呟いた。
街を包む霧に加えて、今日はやたら低くまで下りて蓋をしているぶ厚い灰色の雲――。
そんな気が滅入る亡都の空を見上げてから、忙しそうにいつもの仕事に戻っていくのだった。




