第三十九話 白黒対決
最も激しく派手な集団戦から西側。
互いが率いるファミリーから離れた崩壊した二号棟付近で、後ろ髪ちょんまげ風の男と金髪少年の人形は対峙していた。
「まあ一応、この状況でも聞いとくけど……。とある部屋に用があるだけなんだが……入ってもいいか?」
「ははは! 分かってるくせに。この街で欲しいものがあるなら力づくで奪う。君も昨日今日来たんじゃないんだから、もう知ってるでしょ?」
「……だな。許可が出たらラッキー程度に聞いてみただけさ」
軽く言葉を交わして、一人と一体は改めて戦闘体勢に入る。
クロちゃんに騎乗した騎士スタイルになってからは、テンドウにとって最初の強敵とも言える相手だ。
怪人形ファミリーの頭――『黒糸』のワダチ。
ついた異名とその能力については、中立域パンドラですでに情報を入手している。
「それじゃ早速、そのブサイクな馬ごと切り刻まれてね!」
先に仕掛けたのはワダチの方だ。
長い人形の腕を振るうと、指先から伸びた黒い一本の糸が鞭のように襲ってくる。
「――フゥッ!」
対するテンドウは馬上で白い炎太刀を振るって迎撃。
魔力の通った高い切断力を誇る黒糸を、正反対な白の業火であっさりと燃やして切断した。
射程だけで言えば完全にワダチの方に分がある。
七メートルと離れた間合いからでも、余裕でテンドウのもとまで届いてきていた。
ただ肝心の威力に関しては、今の攻撃は挨拶程度だ。
ゆえに迎撃したテンドウの方も撫でるように斬るだけで終わっている。
「……ははは。やっぱりこの程度じゃダメか」
最初の静かな攻防を終えて、ワダチは燃え落ちた自身の黒糸を見る。
人形ゆえに目も口も動いていないが……どこか楽しそうな感じなのは伝わってきた。
「あのベニムラサキを倒したのは亡都新聞で知ってるよ。つまり君を倒せば、わざわざアイツらにケンカを売らずとも――僕も『三大ファミリー』の幹部クラスの証明ってわけだ!」
「……なるほど。だから妙に楽しそうだったわけか」
また軽く言葉を交わしてから次の攻防へ。
再び先手を取ったのはワダチの方だったが――さきほどとは違う点があった。
黒糸の数だ。
一本から三本に増えたそれは、単純計算で三倍の威力となっている。
「――フゥッ!」
それをまた馬上で振るった一太刀のもとに斬り落とす。
二本増えても関係ないとばかりに、燃え盛る白い業火は主人と馬に傷一つつけさせない。
逆に切断されて地面に落ちた黒糸の方はというと……すべてが消し炭となるまで燃えていた。
「そもそも相性が悪いのかもな。糸の魔法を使うお前から見たら、俺は天敵なんじゃないか?」
「フン、調子に乗らないでほしいね。こんなのまだ序の口だっての!」
叫び、金髪少年な人形の体から漏れる魔力が急激に高まった。
と同時、またも振るった長い腕の先端からは――さらに二本増えた計五本の黒糸が牙を剥く。
――しかも一本に撚り合わさった状態だ。
別々だと触手のようだったそれは、一つに纏められたことで太くなり、もはや糸というよりも綱に近い。
「器用だな。そういう芸当もできるのか!」
対するテンドウはこれまでと同じように迎撃する。
ただ二発目までと比べると段違いの重さがあり、腕にズシリと衝撃が伝うも――テンドウの体勢が崩れることはない。
「ブルルゥウ――ッ!」
その理由がクロちゃんだ。
じつは一体化でテンドウが騎馬名人になる以外にも、黒仮面馬族には優れた面があった。
それは純粋な知能の高さだ。
騎乗者が迎撃をしやすいようにその都度、微妙に立ち位置や体の向きを調整してくれている。
――結果、テンドウがいちいち戦闘中に指示を出す必要はなし。
常にベストな向きと立ち位置を取ってくれることで、あらゆる面で安定した状態を保てている。
「どうする? 一気に最大まで糸を増やしてもいいんだぞ」
「ほざけ! だから調子に乗るなと言っただろ……!」
四連続で先手を取り、ワダチが次に放った黒糸の数は七本。
また二本増えて撚り合わされたそれは、確実に重さと切断力が上がっている。
一本だけだった時がナイフなら、今は研ぎに研がれた断頭台か。
直撃すれば間違いなく致命傷だ。
テンドウの『魔砂護胴具足』はおろか、ヒュウガの特注のぶ厚い全身鎧でさえ切断できる威力だろう。
そんな高威力だとしても――やはりテンドウには届かない。
頭上から襲いくる黒糸に袈裟斬りをぶつけ、とくに競り合うこともなく完全に焼き切った。
「……うーむ。何かまた……新しい技でもできそうな感覚だな」
「何をブツブツ言ってるんだ! ――いいよ、なら僕の全力を君に見せてあげるさ!」
明らかに余裕が漏れているテンドウの態度。
それを見たワダチの赤く光る眼が、また一段と強く怪しく光った。
「ここの集合住宅を前のファミリーから奪った時、相手の頭を仕留めた技だ。……今度こそ本当に、人間の君に耐えられるかな?」
ワダチの手先から次々と黒糸が現れる。
その数はこれまでで最大の九本。もちろん一つに撚り合わせて綱のようになっている。
「【九重ノ糸】!」
直後、戦闘開始からずっと変わらない七メートルの距離からワダチの全力が襲い来る。
当たればテンドウもクロちゃんも即死となるその攻撃を――これまでと同じように迎撃した。
もちろん、たった一太刀で。黒糸が九本に増えてなお、白い炎太刀を二度以上振る必要はなかった。
「!? バカな……!」
己の全力をあっさりと対処されて、縫い合わされたワダチの口から驚きの声が漏れる。
標的の体を左右に分断させる確信を持って放った最大の一撃――。
それで傷一つつけられないどころか、逆に黒糸の方があっという間に燃え散ったのだ。
――両者の間にある明確な差。実際、テンドウはまだ一度もクロちゃんに回避行動すら取らせていない。
さすがにもう撫で斬りでは対抗できないが、力を込めて一振りすれば問題はない。
「あり、得ないだろ――ッ!」
さらに二度三度とワダチが全力を駆使しても……すべて一太刀のもとに斬り落とされる。
迎撃の際にテンドウの腕に重さは感じさせるものの、白と黒がせめぎ合う様子は見られない。
上位魔法の域に到達した白い炎太刀と、まだそこまでは達していない九本の黒糸。
この二つがぶつかれば、どちらが勝つかは火を見るよりも明らかだ。
ゆえにテンドウとしては【居合炎月】のような切り札を使うこともない。
ただただ純粋に、普通に白い炎太刀を振るうだけで対処可能である。
「――ッゥウう!」
……すると突然、ワダチの人形な体が震えだした。
人形ゆえに表情こそ変わらずとも、長い手足からは大きな震えが確認できる。
「……ふむ、不死でも恐いのか。やっぱり死ぬのは」
と、ここで初めてテンドウから間合いを詰めた。
だがクロちゃんを走らせて一気に接近するのではなく、常歩よりも遅い一歩一歩で近づいていく。
「! ふざけるなよ! これは怒りの震えさ。……僕は百年前に一度、死んだんだ。今さら死など恐いわけがないだろ!」
ワダチの口から強がり……ではなく本当にそうなのだろう。
魔力や殺気に混じって感じるのは、腹の底から燃え上がるような怒りだ。
非力な人間などに負けるという屈辱――。
長い亡都生活でテンドウが何度も浴びてきた、ほぼすべてのアンデッドに共通する感情である。
「まあ、どっちでもいいけど……終わりにしようか。もういい加減、成仏してもらうぞ」
そして実行される弱肉強食のルール。
駆け出したクロちゃんの馬上から、炎の騎士テンドウは白い炎太刀を振るう。
「フゥッ!」
いつもの叩くような強く短い吐息とともに放った初撃にて、対抗してくる九本の黒糸を切断。
続けて、初めて二太刀目が振るわれた瞬間――ワダチの首が胴体を離れて宙を舞った。
「く――そがぁああああッ!」
その最後の雄叫びが空中で響いた後。
人形の傷口から一気に燃え広がった、すべてを焼き尽くす白い業火によって。
ワダチの首は地面へと落ちる前に、空中で燃え散って消え去ったのだった。




