第三十六話 百回目
ヒュウガの加入および南エリアでの謎の集会から三週間ほど。
人間ファミリーは誰一人欠けることなく、この世の地獄とも呼ばれる亡都ヤマトニアでの生存に成功している。
「……ついに大台突入か」
「……ええ、ここまで長い道のりだったわね」
そんな人間たちの拠点であるカンナギ城の中庭に、テンドウとセイカの二人の姿があった。
男女で密会している……わけではなく、いつもの日課を行うためだ。
中央に一本の枝垂れ柳が立っている中庭の手前の方で、二人は慣れた様子で準備に入る。
――百回目の【属性付与】。
前の刀が折れてゼロから再出発した日々の積み重ねは、今日に至るまで止まることなく成長し続けていた。
「じゃあやるわよ。燃え上がりなさい――【属性付与】!」
記念すべき百回目だからか、テンションの高いセイカの手から百回目の火種が生まれる。
……もはや凄まじい火力なので近づくことは厳しい。
ゆえに魔法が届くギリギリの距離から放たれたそれは、青く燃え盛る炎太刀へと吸収されていく。
「――こ、これは……ッ!?」
いつものように燃え盛る業火に小さな火種が加わった――その瞬間。
日課であるため油断していたテンドウの口から、唸るような驚きの声が漏れた。
理由は単純明快、予想外な変化が起きたからだ。
ただそれは以前に二度ほど、すでに経験したことのある変化だった。
青から白へ。
かつて三十回目で赤から青へと変わったように、今度は百回目にして青から白へと炎の色を変えたのだ。
――そして当然、色だけではない。
あの時と同じく、炎自体の火力も宿る魔力も大幅に上昇している。
絶えず薪をくべ続けたような燃焼音も、腹の底まで響いてくるほどだ。
つまり今回の節目となる付与で、明らかに一回分では済まない成長――どころではない変貌を見せていた。
「……ま、またか。前もそうだったけど急にくるよな、これ」
「また一段と火力が……。というか青い炎もキレイだったけど、白は白でなかなか美しいわね」
その変化に視線を奪われたまま、感想を言い合うテンドウとセイカ。
純粋な見た目の力強さでは青い炎の方があったが……そこは別に重要ではない。
新たに生まれ変わった、新雪のごとく白い炎太刀。
まさに闇やアンデッドとは正反対な、その刀身に纏う業火について――重要な観点から一つ断言できることがあった。
「これはもう……届いているよな。上位魔法の域に」
今日まで積み重ねてきても、まだ少し届いていなかった魔法の最高到達点。
同ランクの魔法の中でも差こそあれど、中庭を照らし焦がしている白い炎は、間違いなくその領域に達していた。
「……また一つステージが上がった感じね。もしかしてテンドウ、ここが付与の限界点とか?」
「いや多分、まだ全然イケそうだぞ。そういう意味での感覚的には、今までと何ら変わっていないな」
「……よかった。その言葉が聞けて安心したわよ」
ここが終着点か、ただの通過点か。
それをテンドウから聞かされて、セイカはホッと一息吐く。
現時点で白い炎太刀が強力であるのは疑いようがない。
何の技を放たなくとも、ただ燃えているだけで届いている上位魔法級の魔力量。
近づくだけでも皮膚を焼かれる灼熱の刀剣は、もはやテンドウ専用の国宝級武具と呼んでも差し支えないだろう。
だがここは亡都ヤマトニア、敵対する相手もまた強力な存在なのだ。
威力は高ければ高いだけ、成長すればするだけ生存率も上がるというものだ。
「まだ何も成し遂げちゃいないんだ。皆で脱出するその日まで、な」
呟くように言って、テンドウは白く燃え盛る刀身を鞘に納める。
前の刀が折れて絶望の中から再開された、二度目の【属性付与】の積み重ねからちょうど百日目――。
テンドウはセイカの助力もあり、進化した白い炎太刀を手にしたのだった。
◆
「おーマジか! お次は白で上位魔法に相当する……よっしゃ! 久しぶりに手合わせしよーぜテン――」
「やらん。だからまずは大切な会議だと言っただろうが」
その日の午後。
昼食を食べ終えたテンドウたちは、カンナギ城を出るととある場所まで出向いていた。
貴族街の南端に位置する軍宿舎だ。
今は同盟相手の南瓜頭族ファミリーに管理を任せている、人間ファミリーの第二拠点である。
……そこに加えて、プータローの吸血鬼族ことロッポウも。
たまたま遊びに来ていた顔なじみも含めて、セイカたち非戦闘組を除いたすべての面子が揃っていた。
ではなぜ軍宿舎に集まっているのか? それは『人間・南瓜同盟』として今後の方針を話し合うためだ。
「――というわけでムウマ、頼む」
「おう。任せろ」
机と椅子が並んだ軍宿舎の一階にて、ムウマが座っている面々の前に出る。
まるで先生と生徒のような構図となり、オホン! と軽くせき払いをしてから、
「早速だが良いニュースと悪いニュースがある。……まあ、先に悪い方から潰しておくぜ」
そう切り出したムウマ。
右脚の義足にも完全に慣れた彼がこれから話すのは、その脚を走らせて中立域パンドラで得た情報だ。
「最近、タタリとヨギの幹部どもが南エリアで頻繁に出没してるらしい。理由はニゴマル同様不明だが……とにかく気をつける必要があるぜ」
まず語られたのは『三大ファミリー』の幹部の動向だ。
西の腐肉族ファミリーの幹部である『飛猿』タタリ。
東の骨人族ファミリーの幹部である『八本指』ヨギ。
どちらも本来ならまずナワバリから出てこない大物アンデッドである。
それら絶対に遭遇したくない強者が、南エリアで何やら動き回っているのだ。
「フン、ニゴマルに続いてヤツらもか。こりゃ面倒臭えことになったな。……もう会うのは勘弁したいです」
「たしかに困った状況ですハイ」
「南の危険性がググッと上がってしまうのであるな」
事前にテンドウたちは聞いていたため、初耳となるドンチンたち南瓜頭族ファミリーが反応する。
彼らもニゴマルとの遭遇は経験しているため、ことの重大性は理解していた。
ゆえに軍宿舎内の空気が重くなってしまう。
それほどに『三大ファミリー』の幹部という存在は恐ろしく、その動向は極めて重要なのだ。
さらに加えて、三週間前の南エリアでの謎の集会である。
本来なら絶対にあり得ない、異なるファミリー同士の集まりと、殺し合いとは違う熱狂――。
ここ南エリアが騒がしくなってきたのは誰の目にも明らかだ。
「――んで、次が良いニュースだ。主にこっちが今後の方針に関わってくるぜ」
そんな重たい空気を振り払うように、ムウマは一度、パン! と手を叩いた。
「貴族街の外側、ちょうど南と東エリアの境目付近にある集合住宅――。そこの十号棟の三○七号室に……俺らにとって『役立つブツ』があるらしい」
「またピンポイントだな。けど道は分かるのか? 貴族街の外で迷うのは御免だぞ。……続きを聞かせてください先生」
「ドンチン、そこは問題ねえ。アカツキ通りっつう大通りをひたすら東に行けばいいだけらしいからな」
「……なるほどな。んで肝心の『役立つブツ』ってのは何だ? ……教えてください先生」
「残念だがそれはお楽しみ、ってことらしい。責任者のイマタイからの情報だが、そこは俺も教えてもらってねえんだよ」
手を上げて質問するドンチンに先生役(?)のムウマが答えた。
友好的なイマタイからの情報なのでウソや罠ではないと思われる。
だが、リスクを冒してまで行くほどの価値があるモノの正体が、いったい何であるのかは現時点でまったくの不明だ。
こちらの良い情報についても、テンドウたち人間ファミリーは事前に聞いている。
それをきちんとドンチンたちに伝えたのは、ただ単に同盟相手だからという理由だけではない。
「その『役立つブツ』っていうのは、どうやら俺たち人間にだけらしいんだ。だからドンチンたちに旨味はない話なんだよ。……それでも手伝ってもらえるかなと思ってな」
ムウマに変わって次はテンドウがドンチンたちに言う。
より危険な貴族街の外まで出ても、南瓜頭族ファミリーには何のメリットもなし。
むしろ命を落とすリスクだけを負うとなると……さすがに同盟相手でも気が引けるのだ。
――対して、頭のドンチンは腰に両手を当てると、
「……何だそんなことか。ったく水臭えな。んなモン同盟相手なんだから気にせず頼めばいいんだよ! ……ぜひお供させてください」
「いいのか? さっきムウマが言った通り、南エリア自体の危険度も上がっているし……」
「おう、南瓜に二言はねえ。最後まで同行してやるよ。……ただご褒美にスズラン母ちゃんのベリーアイスをください」
「ハハッ。……何だそんなのでいいのか? ならたくさん作ってもらうように言っとくぞ」
ここで人間ファミリーと南瓜頭族ファミリー、同盟を結ぶ両陣営の頭同士が固く握手を交わす。
テンドウとしては断られることも想定していたが……予想に反しての承諾という返答を受けて内心、ホッとしていた。
頭の頑丈さ、しぶとさだけなら魔物界でも随一。
攻撃力は皆無だとしても、彼らがいるといないとでは、とくに集団戦での難易度にだいぶ違いがあるからだ。
「よし、んじゃまたよろしく頼むぞ、皆」
「「「「おう!」」」」
テンドウの声を受けて、三十もの南瓜が元気よく一斉に返事をする。
――とにかくこれで、ひとまず今後の方針は決定だ。
まずは南東の集合住宅で『役立つブツ』の回収作業を。
その後は来る脱出の日のため、前々から計画している貴族街の外での新たな拠点探しだ。
「まー頑張れよ、お前らー。俺様も陰ながら応援してるぜー」
と、そんなのん気な一名の声があった後。
テンドウたちは南瓜頭族ファミリーに軽く稽古をつけてから、この日は解散したのだった。




