第三十五話 貴族街の外で
貴族街とは打って変って騒がしさがある壁の外側。
元一般区のそこでは数多くのアンデッドの声が聞こえてくるが、何やら通常の空気とは違う感じだった。
「ファミリー間の抗争……じゃないな。ムウマ、魔力的にはどうなっているんだ?」
「一カ所にかなりの数が集まってやがるな。しかもバラバラの種族、異なるファミリーっつうことは……中立域パンドラに近い感じになってるぜ」
血で血を洗う抗争とは異なる盛り上がり。届いてくるのは悲鳴や断末魔ではなく、明らかに歓声のようなものだ。
ゆえに早速、そこを目指して住宅街の方へさらに進もうとしたところで――。
「待てテンドウ。そっちの道はダメだ」
ここで索敵担当のムウマから制止の声がかかった。
それを受けてテンドウは困惑しながらも、乗っていたクロちゃんの脚を止める。
「え、何でだ? 道にはアンデッドの姿はないぞ……?」
「道には、な。……よく見てみろ。右側の四つ目の建物だ」
そう言われて、テンドウやほかの面々もその建物の方を見る。
角度的に見づらいため少し左に寄ってから確認すると……右手の並びで一つだけ、窓や扉ではなく顔が張りついている建物があった。
――人面壁族だ。
通りに面した壁の全面が人間のような顔となり、恐ろしい形相で視線をこちらに向けてきている。
珍しい常駐型のアンデッドで、種族的にも手強い部類の魔物だ。
どういう原理か建物と一体化し、待ち伏せするように獲物を捕食。
ヒノモト王国軍でも三年前、休憩のために立ち寄った廃村にて、ただの壁だと思って前を通り過ぎた部隊長が犠牲になった例も報告されている。
「……た、助かった。完全に素通りする気満々だったぞ……」
「アンデッドどもは集まってやがるが、全員ってわけじゃねえ。……貴族街以上に慎重にいくぜ」
もしそのまま無警戒に直進していたらどうなっていたことか。
さらに人面壁族のホラーな見た目も相まって、テンドウは全身に鳥肌が立ってしまう。
「あ、危なかった……っ。僕なんか思いっきり壁沿いを歩いてたぞ……」
「こういう変則的なのもいるんだね……」
「おっさんでもチビりそうなほど強面だなアレ……」
「当たり前のように人面壁族まで……。こ、これが亡都ヤマトニアだべか」
テンドウだけでなく、ほかの面々も顔が引き攣っている。
……やはりここからが本番、亡都の恐ろしさの本領発揮といったところか。
そうして一度、改めて皆で気を引き締め直してから。
テンドウたちは別の道を選び、初めて足を踏み入れた元一般区を進むことに。
貴族街とは違って庶民のエリアは屋根の色に統一感はないため、雑然とした印象の中を南下していくと――やがて騒ぎの中心が見えてきた。
「「「「!?」」」」
密集した住宅街の中にポツン、と存在していた広い空間。
おそらくは公園だと思われるその場所には、ムウマの感知通りに大量のアンデッドが存在していたのだが……。
目の前に現れた異様な光景に、テンドウたちは身を隠すことも忘れて愕然としてしまう。
……やはりただの抗争ではなかった。
優に百を超えるアンデッドたちが集まったそれは、まるでファミリー間の因縁を越えた集会のようなものだったのだ。
「――勝ち抜き――誰か? このまま――三大――――遅れを――」
熱狂の合間に途切れ途切れで聞こえてくる声。
ローブを纏ったその声の主は大量のアンデッドたちを見下ろす形で、住宅の屋根上から身振り手振りを交えて演説のようなものを行っている。
……まだ距離があるので視覚での種族の判別は不可能。
そもそもフード部分を目深に被っているため、かなり近づかない限り分からないだろう。
「ムウマ、アイツの種族は分かるか?」
「いや分からねえ。アイツだけニゴマルみてえに魔力を完全に遮断してやがるぜ。……おそらくあのローブはそういう類いの魔道具だろうな」
「……なるほど。謎はますます深まったってわけだ」
予想外なムウマの返答に、テンドウは驚きつつも冷静に返す。
魔道具を装備して演説するアンデッドなど、これまでに出会ったことがないニュータイプだ。
そんな困惑する人間たちなどお構いなしに盛り上がるアンデッドたち。
集会にはこれまで何度も戦った種族もいれば、まだ情報だけしかない強力とされるアンデッドの後ろ姿も見えている。
群雄割拠の南エリアにある一体感にも似た空気――。
亡都ヤマトニアに慣れた者であればあるほど、この異常さに恐怖心が芽生えてしまう。
「――おっと。まさかのここで……テンドウ、アイツらだぜ」
「うん? アイツら?」
と、ここでムウマから嫌そうな感じの声が。
いつものテンドウならすぐに理解できたが、行われている謎の集会の恐ろしさの影響か……その姿を見てようやく気づいた。
「……うげ、」
「ん? 誰だべアイツらは?」
「あ、そうか。ヒュウガ先輩にはアイツらのことは伝えていなかったっけ。……いやまあ何というか、危険ではないけどスゴイ嫌なヤツらだぞ」
テンドウもまた嫌そうに言うと、集会からそいつらの方へと視線を移す。
後方から現れたのは黒頭巾の腐肉族たちだ。
顔を合わせれば必ず嫌味を言ったり煽ったりしてくる、名前も知らない不愉快な『つっかかりファミリー』である。
「騒がしいから貴族街の外まで来てみりゃ……チッ。テメエらもいたのかよ」
……やはりいつものようにケンカ腰で来る黒頭巾腐肉族の頭。
後ろの配下たちも通常運転の鋭い視線を向けてきており、戦闘にはならないと分かっていても、不穏な空気が生まれている。
正直、テンドウたちとしては話したくない相手だ。
ただ今の状況が状況なため……やむなく聞いてみることに。
「お前ら、アレが何だか知っているか? ここは群雄割拠の南エリアのはずだが……」
「フン、知るかよ。あんなモン俺らだって初めて見たぜ。……そっちの無駄に重装備な新顔のヤツもな」
「……そうかい。情報どうも感謝するぞ」
「うむぅ。何だかものすごく気難しそうな相手だべな……?」
初対面のヒュウガにも当たりのキツイ黒頭巾腐肉族の頭。
そんないつも通りの彼らでも、行われている謎の集会については知らないようだ。
ちなみに、最新の亡都新聞でも一切、書かれていない現象である。
いずれ判明して記事にはなるだろうが……現時点では完全に謎のベールに包まれていた。
「(というか、この黒頭巾集団……。何かどこかで見たような気がするべな……?)」
「ん? どうかしたかヒュウガ先輩?」
「あ、いや、何でもないべ……」
とにもかくにも、いつも通りのやりとりをした両陣営ともに集会の方に注目する。
いまだ謎のアンデッドによる演説は止まる気配がなく、聴衆たちの盛り上がりもむしろ増す一方だ。
亡都自体の陰鬱な空気はあれど、アンデッドたちから生まれる声はまったく違う。
いつもの殺意や敵意ではなく、純粋な熱とでも言うべきか?
初めて体験するその異様な光景を、離れた後方からしばらく見ていたところで――。
「……まずいぜ、テンドウ。また後ろから別のファミリーがゾロゾロと来てやがる。そろそろここは……」
「ああ、分かった」
索敵担当のムウマから報告があり、テンドウはすぐさま決断を下す。
ここら辺で早めの撤退を。
本音としてはもっと観察して情報を得たかったが仕方なし。何よりも安全第一である。
(本当に何なんだ? できれば俺たちが脱出するまで大きなことが起きないのを願うぞ……)
初となる南の貴族街壁の外に出たら遭遇してしまった謎の集会。
そんな想定外に背を向けて、テンドウたち人間ファミリーは我が家に戻るべく行動を再開する。
――だからこそ、この時は気づかなかった。
すでに街の中心に向かって歩き始め、ちょうど建物の陰に入ったために――強烈な青い光が集会場所から生まれたことに。




