第三十四話 重戦士ヒュウガ
「亡都に飛ばされたと分かった時はどうしようかと思ったべよ。鬼上官の山籠り訓練の時みたいに、またヘビとかカエルを食べると覚悟したべな……」
「ははは、たしかにな。あれと比べたらスズランの料理は天国だったろ?」
九人目となるヒュウガが人間ファミリーに加入(?)した。
と同時にハレルヤ王国との関係性という新たな謎が生まれてしまうも――それは一旦、置いておくとして。
皆でスズランの料理を食べ終えたテンドウたちは、腹ごなしも兼ねて早速、ヒュウガを連れて城の外へと出ていた。
「でも本当にヒュウガ先輩でよかったぞ。まったくの戦いの素人だったら可哀想すぎるからな」
「だべな。事故に遭ったのが僕でよかった……と強引にでも思わないとやってられないべ」
庭園内を歩いて外まで来て、ともに先頭で並ぶテンドウとヒュウガの兵士コンビ。
その立ち位置を見ても分かる通り、ヒュウガもまた高い実力を持っている。
「なあなあ、ヒュウガ。そんな武器と防具で重くないのかっ?」
「まともに動くことすら大変そうだけど……」
そんな鋼鉄の全身鎧と大きめの腕盾、さらに先端が球体状の鎚矛を見て、ガガクとカグラが心配そうに聞く。
……たしかに、どう見ても攻撃力や防御力のことしか考えていない装備だ。
見た目からしても機動力はゼロ。もう一つの重要な要素であるスピードを犠牲にしすぎているのは、戦いに慣れた者ならすぐに分かる。
「大丈夫、問題ないって。それじゃヒュウガ先輩、実際に見せてやってもらえるか?」
対して答えたのはテンドウだ。
同じ部隊の仲間として能力は把握しているため、何の迷いもなくヤマトニアでの初戦闘を促した。
「もちろんだべ。――いっちょやってやるべよ!」
気合いを入れたヒュウガが皆から離れて一人で前へ。
狙いは単独でウロついていた黄泉蛙族だ。
貴族街の大通りを挟んだ反対側にいる個体目がけて、石畳の道を走っていく。
「はァ!? 冗談だろオイ!」
「ずいぶんと速いな!?」
突撃していったヒュウガの動きを見て、同行しているムウマとヨシくんが驚きの声を上げた。
走る速度自体はいたって普通だ。
【追い風】を使ったムウマやガガクやカグラと比べれば遅いが……ヒュウガの装備は最重量級である。
にもかかわらず保てている普通の速さ。具体的には五十メートルなら八秒を切る速度だ。
それは装備面から考えれば本来、あり得なさすぎる光景だった。
「――【重量無視】。ある一定以上から装備の重さを感じなくなる――ヒュウガ先輩の『特異体質』だ」
驚く仲間たちに後輩兵士のテンドウが説明する。
特注の全身鎧と腕盾で七十キロ、武器である鎚矛はさらに重く、持ち手部分も含めると百五十キロもの重量となる。
「――むんッ!」
そんな重すぎる装備で普通に動き、黄泉蛙族目がけてブン回す。
ヒュウガはテンドウと同じく、才能に恵まれずに魔法を一切使えない。
だが強力な『特異体質』の恩恵により――たったの一撃で屠ってみせた。
「「「「おおおお!」」」」
一つの魔力も含まれない純粋な物理攻撃。
一応、魔力を纏って威力を底上げする程度なら可能だが、今回はシンプルな武器の重さと腕力のみだ。
披露されたその破壊力を初めて見て、仲間たちから歓声が上がった。
さらにパチパチと自然発生的に拍手も生まれているほどだ。
「訛りや温和な性格で初対面にはナメられがちだけど……次期部隊長候補の実力者だからな」
一方、久しぶりでも見慣れているテンドウは満足そうに頷く。
ドスンドスン! という相変わらずの派手な足音と攻撃は、転移事故に遭う前と何も変わってはいない。
小細工なしで真正面から敵を叩き潰す。それがヒュウガの戦闘スタイルだ。
独眼巨人族といったよほど大型の魔物が相手でもない限り、まず押し負けることはない。
「さすがはヒュウガ先輩だ。亡都のアンデッドが相手でも本当に頼もしいぞ!」
嬉しい再会とその頼もしさに、テンドウは満面の笑みを浮かべるのだった。
◆
「いやちょっと待……。頼もしいっていうのは僕のセリフだべな!?」
ヒュウガが力を示して皆を驚かせた後。
一行はそのまま貴族街を南下し、ニゴマル対策で比較的、背の低い建物のエリアを進む中で――今度はヒュウガの方が驚かされていた。
理由はほかでもないテンドウである。
いとも簡単にアンデッドを葬る同じ部隊の後輩の姿は、ほんの五カ月前とは大きく変わっていたからだ。
……当然、ヒュウガもテンドウの【永続重複付与】は把握している。
そもそも『特異体質』が発現した際、最初に相談されたのがヒュウガだったのだ。
だが、見違えるほどに成長したそれは炎の色も勢いもまるで違う。
今や火傷が恐くて近づくことすら躊躇うほどの火力となっていたのだ。
「――ブルルゥッ!」
「ほっほう! やるなクロちゃん!」
そこに加えて、元ベニムラサキの足だった黒仮面馬族のクロちゃんの存在である。
個性的で愛嬌ある天然パーマなたてがみを持つ、ファミリー皆の愛馬。
彼(?)に乗って青い炎太刀を振るい、戦場を駆けるテンドウの姿は――どこからどう見ても騎士のようだ。
種族としての能力によって、騎乗者との一体化で即、誰でも騎馬名人に。
さらにテンドウ自身が、青い炎太刀が体の一部と認識されているからか、乗せるクロちゃんも灼熱の青い業火を熱がる素振りは見せていない。
「もう部隊長どころか……『青龍騎士団』に余裕で入団できるレベルだべよ!?」
だからヒュウガは心底驚いていた。
実際、テンドウが屠った敵も黄泉蛙族とは比べものにならない個体だ。
基本は骨人族のようだが、手足の部分に肉が残っている骨付き肉骨人族。
いわゆる『はぐれ』の強個体を、難なく討伐してしまったのは衝撃の光景だった。
……ただ驚きという点では、じつはテンドウだけではない。
九歳児とは思えない強さと中位魔法まで習得していたガガクとカグラ。
軍の斥候部隊も舌を巻くであろう索敵能力を披露したムウマ。
狙撃部隊にスカウト間違いなしの正確な魔法射撃を見せたヨシくん。
テンドウ以外の仲間たちの実力、および全員が『特異体質』持ちという事実に、ヒュウガは顎が外れそうなほど驚かされていた。
(しかも何で皆……平然としていられるんだべか?)
さらに新入りヒュウガを驚かせたのは、テンドウたちの精神的な強さだ。
これまで体感したことのないレベルの、亡都の重苦しくて陰鬱な空気。
どこか遠くからは誰かの断末魔まで聞こえてくる状況は、精神衛生上とてもよろしくない。
おそらくは数カ月もの亡都生活による慣れなのだろうが……。
来たばかりのヒュウガにとっては、外での活動時間が経てば経つほどに気が滅入ってしまう。
そんな頼もしすぎる面子にヒュウガを加えて、南下を続ける一行。
人間ファミリーの戦力はたしかに増強したが、決して調子には乗らずに慎重に進む。
「だーるまさんがー、こーろんだー」
実際、調子に乗っていれば深刻な事態となっていた――『車椅子の老婆』と遭遇。
ヒュウガはもちろん、テンドウとヨシくんも初めてとなる恐怖のアンデッドを前に、冷や汗をかきながら静かにやり過ごす。
「こ、これが亡都ヤマトニアだべか……。さっきから上空にも変な声の怪鳥も飛んでるべよ……」
「ようこそアンデッドの楽園へ、と改めて言っておくぞ、ヒュウガ先輩」
――そうして、戦闘だけでなく時に隠れたりしながらも。
相変わらずの血の臭いと魔力が湿ったような嫌な空気の中、今はもう誰も使わない朽ちた馬車の停留所を越えれば――。
ついに重要な境界線、テンドウたちは貴族と庶民を隔てる壁へと到達した。
……いよいよここから先が本番である。
貴族街壁の外はアンデッドに関するすべてのリスクが一段階も二段階も上がるからだ。
まずそもそもの数からして違う。
四万体か五万体か、正確な数は不明ではあるが、亡都ヤマトニアのアンデッドのほとんどがここに存在しているのだ。
最も恐れられる『三大ファミリー』は三つ合わせても全体の一割程度。
つまり個体数だけで判断するなら、南の貴族街の外はこの街でダントツに恐ろしい環境と言っていい。
「ん? 何だこりゃ……?」
と、かつて一人でここまで来た経験があるムウマが困惑する。
問題なく走れるパンドラ製の右脚の義足でブレーキをかけると、少しだけ前進をしてから近くの建物の陰に身を隠す。
「……どうしたムウマ。緊急事態か?」
「ああ、緊急事態と言えば緊急事態……かもな」
テンドウの問いにムウマは答えると、前方をかなり入念に索敵してから、また少し前へ。
そのムウマに倣って全員が低い体勢の忍び足となり、貴族街よりも荒れている石畳の道をゆっくり進んで行くと――。
「「「「!?」」」」
不気味な静寂に包まれていた貴族街とは正反対に。
密集した住宅街がある先の方から――何やら騒がしい声が聞こえてきた。




