第三十二話 城の秘密
亡都ヤマトニアの中央に立つ白亜の城――カンナギ城。
今は人間ファミリーの拠点となったその城の二階の一室からは、不死の街に似合わぬ美しい音色が生まれていた。
「フンフンフーン」
響いているのはピアノの音。そこに演奏者であるセイカの鼻歌も混じっている。
そんな部屋の中は香水の爽やかな匂いにも包まれ、ここが世界で最も恐ろしい場所とは思えない空間が存在していた。
「何だセイカ、お前ピアノを弾けたのか」
「ただの酒場の看板娘と侮っていたな。……おっさん驚いたぞ」
と、立派なグランドピアノを弾いているセイカのすぐ近くから。
適当な椅子を持ってきて座り、大人しく聴いていたテンドウとヨシくんが感心したように言う。
「……失礼ね。これくらいレディーの嗜みってやつよ。ただの超カワイイだけの女子とでも思ったの? たまに酒場で弾いては男どもを耳でもメロメロにしていたわよ」
対して、心外だったのかセイカは演奏しながら鼻をフン、と鳴らす。
それでも指は止めずに鍵盤を弾き続け、ようやく曲が終わりを迎えると――すくっと椅子から立ち上がった。
「これまではあまり弾く気が起きなかったのよ。……けど何となく、気が向いてきたってわけ」
そう言ったセイカの表情は明るい。
今日に至るまで色々と大変ではあったが、誰一人欠けずに(セイカが来る前に一人、命知らずな冒険者が死んではいるが)ここまで来られたのだ。
おまけに『三大ファミリー』の幹部を倒すほどの力を仲間たちがつけているなど、脱出へ向けて確実に前進している状況なのだ。
だからセイカは機嫌よく鼻歌交じりに、棚に並んでいる次の楽譜を手に取った。
そして続いて二曲目へ。
途中で城内を義足で走る訓練をしていたムウマも合流するなど、男三人衆を前に華麗な演奏を披露していく。
「……『嘆きと憂いの晩餐会』か。だいぶ古い曲だけど子供の頃に聞いたことがあるぞ」
「音楽には疎いが俺でも知ってるぜ」
「お、おっさんだって……いや、やっぱり知らないな?」
どこか悲し気で暗い曲ではあるが、後半にかけて徐々に明るくなっていく。
そんな名曲をリズムよく、かつ一つのミスもない正確な指使いで――セイカは最後の鍵盤を鳴らし終えた。
――その瞬間、ガコン! と。
まだピアノの最後の音が響き、テンドウたちも拍手する前に――部屋のどこからか硬くて重い何かが動くような音が生まれた。
「「「「え?」」」」
突然かつ予想外すぎる音にテンドウたちが目を見開く。
その驚きの表情のまま、四人は音がした方向に視線を向けると――。
……開いていた。それもガッツリと。
ただの白い石壁だったところが一部外れて、存在しなかった新たな空間を生み出していたのだ。
……そして、その先に見えたものはというと。
二階の部屋から下へと続いている、暗くて不気味な階段だった。
◆
セイカの華麗な演奏、からの下へと続く隠し階段の発見。
細かい原理は一切不明――。それでもトリガーとなったのは、セイカのご機嫌な演奏だったのは間違いないだろう。
「――よし。じゃあこうなった以上は……行くとしますか」
そんな隠し階段に皆で近寄って、しばらく出入り口から観察した後。
テンドウは三人に目配せをして頷いてから、ゴクリと喉を鳴らして足を踏み出そうとする。
ただ、覚悟を決めたはずなのに……少しだけ躊躇してしまう。
カンナギ城は安全地帯ゆえに急にアンデッドが出てこないのは理解している。
だから急襲を受ける可能性は限りなくゼロだ。それでも先は真っ暗で見えず、何よりこの奥の空気が今いる二階の部屋とはまったく異なるのが肌でも分かるからだ。
「「「「…………、」」」」
緊張からか四人揃って無言のまま、テンドウを先頭にいざ階段へ。
恐いので青い炎太刀で照らしながら、一歩一歩慎重に下りていく。
長さ的には……だいぶ長い階段だ。
城の二階から一階へはせいぜい三十段ほど。にもかかわらず、下へと続くこの階段はすでに五十段以上ある。
また一段一段下りる度に、周囲の独特な空気がより濃くなってきている。
カツンカツン、と階段を踏む音も、その空気の違いからか城内よりも甲高く感じてしまう。
――そうして下り続けること、ちょうど八十段。
一階どころか地下二階分くらいの深さとなって、ついに長い階段が終わって平坦な場所へと出た。
「ここは……どう考えても地下室っぽいよな?」
「みたいね。けどこれは……」
「一体全体、どうなってやがるんだ?」
「……秘密の場所、というのは間違いなさそうだな」
その部屋に入った瞬間、テンドウたちは戸惑いの声を上げた。
部屋自体はかなり大きな部屋で、入口で照らしているだけではまだ全体像を把握できないが……じつは問題はそこではない。
明らかに空気が違うのだ。……ただし、それはどちらかと言うと良い意味で。
地下深くなのに不思議と空気が澄んでいるのだ。
埃っぽさも微塵もなく、嫌な湿気や閉塞感もまるで感じない。
例えるなら、大自然の中にある美しい泉みたいな感じだろうか。
「「「「!?」」」」
そんな地下とは思えない清らかな部屋を進んですぐのことだ。
青い炎太刀の炎で照らされて見えてきたのは、誰もが予想していない存在だった。
――台座と木箱である。
部屋のちょうど真ん中あたりに、意味深な石の台座が鎮座し、その上にこれまた意味深な木箱が置かれていたのだ。
「……絶対にこれだよな」
「……ええ、そうね」
「……異論はなしだぜ」
「……おっさん的にも間違いないな」
テンドウたちは青い炎太刀の灯りの中で揃って頷く。
ほかを探ってみても部屋の中には何も見当たらないため、どう考えてもこの台座に置かれた木箱が原因だろう。
実際、木箱からはこの部屋の空気が、つまり清らかな空気で溢れていた。
近づいた今ならハッキリと分かる。
それはまるで魔物やアンデッドとは真逆の、安らぎすら覚える温かな魔力の源と言っていい。
「じゃあ、俺が代表して。……開けるぞ」
テンドウは右手に持つ青い炎太刀で照らしながら、左手の方を恐る恐る伸ばす。
現時点で呪いの類のものではないと分かっていても、得体の知れなさから緊張が走る。
「――な、これは……ッ!?」
木箱の蓋を慎重に外して、中に収められていたものを確認した瞬間。
テンドウは驚きに目を見開くと、無意識に呼吸をすることさえ忘れてしまう。
――中身は十字架だ。
手のひらサイズの小さな石製のもので、一切の塗装も装飾もされていない。
だとしても、それは凄まじいまでの空気を放っていた。
木箱を開けたからこそ分かる。この十字架には魔力ではなく――聖気が宿っているのだと。
「な、何ちゅうモンがこんなところに……!」
「これはちょっと……神々しさすら覚えるわね」
「は? 冗談だろ?」
「放置してあるというより……静かに眠っていたという表現の方がしっくりくるな」
聖なる空気の発生源を前に、テンドウたち四人は圧倒されてしまう。
……本気で真面目に本当に、目の前の代物はあまりに予想外すぎた。
てっきり地下室にはガラクタの山か、あるいは無念の死を遂げた者の人骨か。
最悪はアンデッド以外の魔物が飛び出してくることも想定していたが……まるで正反対の結果が待っていようとは。
「……コイツが原因だったんだな。この城が、敷地内すべてがアンデッド不可侵の領域になっていたのは」
木箱に収められた十字架を改めて見る。
いまだ指一本触れる気にならないほどに、小さなそれからは凄まじい聖気が溢れ出ていた。
テンドウ含め、皆あまり詳しくはないが――間違いなくこれは聖遺物の一つだ。
本来ならヒノモト王国などの大国の都にある大教会に保管されているものだ。
値段などつけられないほどの価値があり、世界に五つとない国宝レベルの代物である。
その主な効果は不死なる者の完全なる拒絶だ。
聖遺物があるところにアンデッドの影もなし。出現も侵入も攻撃対象にもさせず、聖遺物を中心に守られた空間ができ上がる、というわけだ。
「――つまり、言ってみればここは神聖なる祭室ってわけだ。王城ってことを考えれば……元々ここにあったのか?」
まだ驚きが顔に貼りついたまま、テンドウはゴクリ、と喉を鳴らす。
城の安全な状況や隠し階段という条件を冷静に考えれば、たしかに可能性としては最も高かっただろう。
じつは以前に博識なネゾウからも、聖遺物が存在する可能性は聞いていたのだ。
……とはいえ、やはりモノがモノである。
当然ながら庶民が目にする機会などなく、全員が人生で初めて見るのだ。
そんな聖遺物は小さな十字架ながらも、目の覚めるような神々しさすら覚える存在感を放っていた。
「驚天動地とはまさかにこのことか……。とにかくまあ、俺らに言えることがあるとするなら……ここには金輪際、立ち入らないでおこうか」
「そうね。無断で見てるだけでも何だか罰が当たりそうだわ」
「ああ、賛成だぜ」
「触らぬ神に祟りなし、だな」
広さ的にも何かに活用できそうではあるが、そんな勇気はテンドウたちにはない。
だから誰一人として異議を唱える者はいない。
ここは今まで通りに知らぬ存ぜぬで放置して、今後もカンナギ城の安全を守っていただくとしよう。
「……で、では俺たちはこの辺で。大変貴重なものを拝見させていただき……ありがとうございましたー」
というわけで、テンドウが丁寧に木箱の蓋を戻してから。
皆で深々と一礼をして――音を立てずにそろりそろりと地下室を後にするのだった。




