第三十一話 腐肉族ファミリー
ゴォーン、ゴォーンと鐘の音が響く。
多くのアンデッドたちが蠢く亡都ヤマトニア、その西に位置する元工業区のとある一角。
ほかの区画と比べても建物が低く老朽化も進んでいるこの場所は、西エリアの中でも特殊な元貧民街という顔を持っている。
「――頭、タダイマ戻リマシタ」
そんな繁栄を知らぬ場所の中心。西方の色が強い亡都とは異なる、東方の国の立派な鐘楼が設置された場所のすぐ近く。
『赫の大樹海』の魔物の皮を剥いで繋げられた、巨大天幕が張られた広い空間に――一体の大型の魔物が入ってきた。
『暗殺怪人』ニゴマルである。
十メートル級の青黒い巨体を誇る腐肉族ファミリーの幹部は、『集合の鐘』によって拠点へと戻ってきていた。
「……おう早かったな。また呼び戻しちまって悪い悪い。ガッハッハ!」
腐った肉ではなく強烈な酒の匂いが充満する中で、そう豪快に笑ったのはニゴマルと比べると一回り小さい魔物だ。
だが溢れ出る魔力はニゴマルをも凌ぎ、この場の空気を自分色に染め上げている。
『不死の三傑』が一体――屍暴君。
百年前、魔物の軍勢から街を取り戻した中心人物の一体だ。
かつての人の名を捨てた強大なアンデッドは現在、西エリアをナワバリとする街の支配者の一体となっている。
腐肉族特有の腐った皮膚というよりも、火傷で爛れたような赤黒い皮膚。
右目しかない隻眼の顔には大きな刀傷があり、左半身と比べて右半身の肉体だけが異様に発達している。
それら恐ろしい外見も……凄まじい魔力とその圧の前では霞んでしまう。
矮小な人間など当然、比較対象にすらならず。
腐肉族最強のこの存在を目の前にすれば、ヤマトニアの北にそびえるダイセツ山脈の火竜族さえも逃げ出すだろう。
「ところでよお、ニゴマル。亡霊族ファミリーのところの『狂花』が落ちたって話は聞いたか?」
「……ハイ。カンナギ城ノ『炎ノ剣士』ニ破レタト耳ニ入ッテイマス」
「やはりもう知っていたか。まあ、お前はヤツと一度、戦った仲だから当然か。……ガッハッハ!」
屍暴君の前で片膝をつき、忠誠の姿勢を取っているニゴマル。
ほかの百を超える構成員たちに関しては、大きな布一枚で隔たれた後方に控えている。
幹部以外は立ち入ることを許されておらず、例外として頭に何か貢物をする時のみ、許可が下りるくらいだ。
まさに清々しいほどの力による序列と格差――。もし彼らが幹部の仲間入りをしたいのなら、抗争で自らの力を示す以外にない。
ただこの百を超える構成員たちも幹部でないだけで、一応は上位には位置している。
もっと末端の千近い下っ端構成員など、この巨大天幕があるエリアに入ることすら許されていないのだ。
「にしても女幹部の討伐――か。おかげで最近、人間ファミリーなんて呼ぶヤツらも出始めているようだぜ?」
「ソノ様デスネ。シカシ所詮ハ人間、ソレモ少人数ノ集マリニスギマセン」
「……ああ、俺も同意見だ。今のところは様子見でいいだろう。……もちろん歯向かってくるなら容赦なく潰すがな」
言って、屍暴君はまたガッハッハ! と豪快に笑う。
その際に見えた歯は鮫や鰐のごとくすべての歯が鋭く尖っている。
生え変わったばかりなのか真っ白に染まったそれは、汚れた赤黒い皮膚と対比すると何とも不気味だ。
そんな腐肉族の王は笑い終わると、一転して真顔の表情へと戻った。
「――つうわけで話は変わるがよ。……まだアレは見つけられてねえのか?」
「……ハイ、申シ訳アリマセン。思ッタ以上ニ難航シテオリマス」
「もう五カ月近くか。ただまあ予想通りではあるがな。幹部の一人が死んだことで亡霊騎王もしばらくは動かないはず……。お前は不服だろうが、タタリにも指示を出したから二人で何としても探し出せ」
「……ハイ。承知シマシタ」
ファミリーのトップである頭の指示は絶対だ。
自身も圧倒的強者ではあるも、ニゴマルは即座に返事をして頭を下げた。
そして、青黒い巨体をむくりと立ち上がらせてから。
再び頭を下げたニゴマルは、布をくぐって屍暴君の部屋を退出する。
「……頼んだぞ。アレさえ手に入りゃ、亡霊騎王と死魔道姫に対して優位に立てるからな」
己の右腕を見送った屍暴君は、パンドラで仕入れた酒がなみなみと入った大きな頭蓋の杯に手を伸ばす。
それをゴクゴクと喉を鳴らして一気に飲み干すと――異様に発達している右半身が大きな鼓動を打った。
その隻眼が見据えるのは亡霊の王と骸骨の女王。
百年続く血みどろの抗争を勝ち抜いた者だけが、亡国を治める玉座に君臨することとなる。
第二章から一日一話ペースの予定です。




