第三十話 救済の鐘の音
強大な幹部のアンデッドとの最後の交錯。
結果は見えていたその決着がつく直前、テンドウを救ったのは奇跡の援軍でもなければ、ほかのアンデッドのファミリーの乱入でもない。
鐘だ。
亡都ヤマトニア中に響いたその鐘の音によって――死に直面していたテンドウの生存が確定する。
「……ムム、今カ。勝負ノ最中ダッタガ……マアイイ」
実際、対峙していたニゴマルが戦闘状態を解いた。
右腕全体に纏っていた、恐ろしくて耳障りな『怨嗟』の声を伴う青黒い魔力。
それを完全に収めると、見上げるほどの巨体の向きをぐるりと変える。
――絶対順守の『集合の鐘』だ。
亡都の西エリア、腐肉族ファミリーのナワバリから響いたそれは、文字通り集合をかけるものである。
そこらをウロつく下っ端構成員を除いた、幹部クラスに対して『拠点へ戻れ』という合図の音だ。
……だから正確には神様などではない。
奇跡を起こしたのはほかでもない頭の屍暴君なのだが……とにかく助かった事実に変わりはない。
「命拾イヲシタナ。……ダガ、次ハナイゾ」
「……ああ。けどその時にはもっと強くなっているからな。……まあ三度目の顔合わせは絶対に拒否だけど」
「フン。残念ダガ、イズレマタ出会ウダロウ。ソノ時マデ……下等生物ナリニ必死ニ足掻クガイイ」
どこか楽しそうに? ニゴマルは濁った目玉をギョロリと向けてから。
相変わらず足音も震動もなく、静かで不気味に大きく跳躍――。
建物を挟んだ一つ向こうの通りに着地すると、腐った青黒い肌と汚れた腰布を纏った巨体が戦場を離れていく。
「…………、」
その背中をテンドウは最後まで見届けた。
安堵感と悔しさが入り混じった複雑な感情で、その場で直立不動の姿勢のまま。
……まさに九死に一生とはこのことだ。
もし鐘が鳴るのがあと少し遅ければ、あるいは鳴っていなければ……もうこの世にはいなかっただろう。
最後の大技勝負で完全に打ち負けて、上体を切断されて即死していたはずだ。
「……ッ、」
覚悟の上で仲間を逃がして一人残ったテンドウだったが、今になってじわじわと恐怖心が湧き上がってくる。
やはりこの不死の街は……どれだけ強くなろうと人がいるべき場所ではない。
ここで生き続けている限り、いつかは寿命を迎える前に命を落とすことになるだろう。
――そうして、しばらく放心状態で立ち尽くしていた後。
濃くなってきた霧に包まれた中で、大きな脅威が去ったことを改めて確認したテンドウは、ようやくカンナギ城がある方向へと足を向けた。
先に帰った仲間たちに何事もなければ、もう城にたどり着いている頃だろう。
「……ちょっともう、今日のストレスは勘弁だぞ。だからお前ら……邪魔だからどいてくれ」
ニゴマルという嵐が去ったことで、霧の中でポツポツと現れ始めた有象無象のアンデッドたち。
その目にあるのは純粋な敵意に加えて、激闘によって疲弊した獲物への嘲笑だ。
それに少々イラつきながらも、テンドウは冷静になるべく一旦、青く燃ゆる刀身を眺めてから動く。
「フゥ――ッ!」
――ここからはいつも通りの、青い炎太刀の威力を再び発揮する時間だ。
貴族街の大通りにいるアンデッドたちを葬り去って、テンドウは一人、我が家を目指すのだった。
◆
庭園を抜けて安全地帯の城の敷地内へ。
気力体力ともにヘトヘトな状態でたどり着いたテンドウは、いつも以上に重たく感じる扉を肩で開けると、倒れ込むように中へ入ろうとして――。
「「「「テンドウ!?」」」」
扉を開けきった瞬間、皆の視線が一斉に集まり驚きの声が生まれた。
床に憎き転移陣が刻まれている一階エントランスには、ムウマとネゾウを除いた五人の仲間たちが揃っていたのだ。
「お、おう。ただいま。自分でもビックリだけど……何とか戻れたぞ」
決死の覚悟からのまさかの帰還である。
ゆえにテンドウは若干、気まずそうに皆のもとへ――行く前に皆の方から駆け寄ってくる。
「よかったテンドウっ! 本当によがっだぞっ!」
「し、死んじゃったと思ったよぉおおお!」
「おっさんは一瞬、テンドウの亡霊が入ってきたかと思ったぞ!?」
「はっはっは。さすがはウチの大将だねえ!」
そして間髪入れずにもみくちゃにされてしまう。
……どうやら想像以上の心配をかけていたらしい。
ガガクとカグラは泣きながら、ヨシくんとスズランはホッとした顔で頭をワシャワシャしたり抱きついたりしてきた。
それに紛れて、鬼の形相なセイカの怒りの鉄拳が防具の隙間から襲ってきたのは……気のせいだろうか?
「見事にニゴマルを撃退したぞ、って言いたいところだけど……。運良く『集合の鐘』が鳴ってな」
「ええ、私たちにも聞こえたわ。……まったく、色々と言いたいことはあるけど……とにかく本当に無事でよかったわ!」
セイカからもようやく安堵の声が。
カグラ奪還から始まりニゴマルとの絶望的な決闘に、信じて待つだけしかできなかった心労は戦闘組以上だったはずだ。
よく見れば少し足も震えており、相当に不安だったことはすぐに分かった。
「……のわりにセイカさん。本気の拳が横っ腹に入った気がしますけど……?」
「それは仕方ないでしょ。たとえ仲間のためとはいえ、私は自己犠牲っていう言葉が嫌いなの。甘んじて受け入れなさいよ」
「お、おおう……」
――とにもかくにも、テンドウが無事に帰って来られたのだ。
まさに死の運命から逃れた奇跡的な生還――。ニゴマルという相手を考えれば、五体満足なことすら奇跡でしかない。
だがその当人としては、いつまでも自分が生還した喜びに浸っているわけにはいかなかった。
「……それでムウマは? 状態はどうなっている?」
「おそらくもう大丈夫だと思うわ。最初に私の【属性付与】で傷口を焼いて止血してから、ネゾウが適切な処置をしてくれてるからね」
右脚の半分を失ったムウマの状況を聞き、セイカが二階に続く階段を見ながら答えた。
元々、城には処置を行える備品があり、パンドラでも薬の類を仕入れていたのでそこの心配はない。
またネゾウも元文官ながら手当ての心得があったのが幸いだった。
回復魔法の使い手は仲間内にはいないため、できることは通常の医療行為のみ。
そのネゾウのおかげもあって、ただ出血死を待つだけという最悪の事態は避けられていたのだ。
つまり命に別状はなし。今後の活動には大きな支障は出るだろうが……何よりも命があってこそだ。
「……そうか。ならよかったぞ……」
安心したテンドウはへなへなと座り込んでしまう。
緊張の糸が完全に切れたことで、もうほとんど力が残っていない脚では体を支えられなくなってしまった。
――と、そこでパンパン! と。手を叩く音が一階エントランスに響く。
その音の方向を見てみると、皆の肝っ玉母ちゃんことスズランがニカッ、と笑っている。
「さあさ、とにかくご飯にしましょうか。激闘続きでもうお腹もペコペコでしょう?」
いつもの明るくて力強い声で言う。
城に帰る途中から漂ってきていた食欲をそそるスパイシーな匂いは、さっきからずっと食堂の方から流れてきている。
「……だな。ちなみにスズラン、今日の献立は?」
「猪肉の香草煮込みとマッシュポテトに、ベリーアイスのデザートつき。いつもより豪勢にしたからたんとお食べ!」
「おお、そりゃ楽しみだな」
「やった! ご飯だご飯っ!」
「あっ、待ってよガガクー!」
仲間の無事を確認し、ついに匂いに屈した(?)ガガクとカグラが真っ先に走って食堂の方へ。
テンドウはヨシくんに肩を貸してもらいながら、セイカやスズランとともに食堂に入っていく。
そしてコップ一杯の水を飲んでから――始まるのはいつもの日常だ。
二階で治療を終えたネゾウも合流し、絶対安静中のムウマが一時的にいないだけで、誰一人として欠けてはいない。
「「「「いただきます!」」」」
――人間は、生きている者は食べなければ死んでしまう。
美味しそうな夕食を前にそう元気よく言って、テンドウたちは温かい食卓を囲むのだった。
◆
同日中に『三大ファミリー』の幹部二体との戦闘という激動の一日。
二度と起きてほしくない悪夢のようなその日から――早くも二週間ほどが経過した。
城の中にガガクとカグラの子供らしい元気な声が響く中――人間ファミリーにとっていくつか変わったことがある。
まず一つ目は同盟相手のドンチンたち南瓜頭族ファミリーだ。
『人間・南瓜同盟』を結んだ彼らは、その拠点をレストランから軍宿舎へと移している。
以前、テンドウたちが包帯人族ファミリーから奪った場所だ。
その大切な第二拠点に入ってもらい、彼らに管理してもらっているのだ。
ドンチンたちにとっても安全性は上がるため、両陣営どちらにとっても有益である。
――次にムウマについて。
ニゴマルとの戦闘で右膝から下を失うも、すでに体調は回復している。
失った右足こそ戻らないが……そっちは早くも手を打ってあった。
中立域パンドラにて責任者のイマタイに職人を紹介してもらい、義足を注文したのだ。
あと一週間ほどで完成とのことなので、以前ほどの速度を出せるかは不明でも、ムウマが再び出歩けるようになる日は近いだろう。
そして最後に……クロちゃんである。
黒い仮面という種族的な特徴に加えて、天然パーマなたてがみという愛嬌ある個性を持つ馬のアンデッド。
ベニムラサキが足として使っていた稀少な種族は現在、人間ファミリー全員の足となっていた。
黒仮面場族は『騎乗者との一体化』という能力を持っている。
ゆえに乗れば誰でもその瞬間から騎馬名人に。
テンドウがムウマの義足の件でパンドラに赴いた際も、道行くアンデッドたちの間を駆け抜けてくれていた。
また庭園内でセイカたち非戦闘組も乗せるなど、普通の馬と何ら変わらない乗馬も楽しませてくれている。
……中でもヨシくんは相当、ハマったようだ。
ヒマさえあれば誰よりも乗馬をしているが……あまりに乗りすぎて若干、クロちゃんに嫌われ始めていたりもする。
ただそれでも、テンドウたちと同じく好物となったスズランのマッシュポテトで機嫌をとれば、とくに問題なく乗せてはくれるらしい。
――そんな感じで大なり小なり、色々と変化が起きた人間ファミリー。
引き続き大太刀への【属性付与】も積み重ねるなど、まだ脱出への道のりは長いとしても、着実に前へは進んでいる。
「必ず皆で国に帰るぞ。そして俺はもちろん――海辺の街での休暇をやり直しだッ!」
人類史に残る大規模発生の惨劇から百年の月日が経った、魔法歴千五百二十三年。
死と隣り合わせの不死の国で、テンドウたちの生存戦略は続いていく――。
この話で第一章は終わりとなります。
本日中に主な登場人物一覧? を挟んだ後、明日から第二章となります。




