第二十九話 『暗殺怪人』ニゴマル
「【怨恨痛打】」
絶対に避けたかったニゴマルとの二度目の遭遇。
そのことにテンドウたちが慌てふためく中、現れた『三大ファミリー』の幹部はいきなり攻撃を仕掛けてきた。
――標的はテンドウたちではなく禍海魚族の方だ。
あの時と同じく真っ先に『はぐれ』個体に狙いを定めると、不気味な『怨嗟』の声を伴う青黒い魔力を右手に纏った直後。
巨体から打ち下ろすように掌底を放ち――たったの一撃で胴部分に風穴を開けた。
「「「「ッ!?」」」」
それを見た人間および南瓜頭族たちが無意識に後退する。
すでに交戦中だったため禍海魚族の鱗の硬さは嫌でも分かっているのだ。
だからこそ余計にニゴマルのその威力を見て、全員の背筋が凍ってしまう。
二階建ての家屋を越える巨体に違わぬ強烈な一撃。……ここで改めてテンドウたちは理解させられた。
同じ『三大ファミリー』の幹部であっても、ベニムラサキとは雲泥の差があると。
以前に防具屋の店主が言っていた通り、ほかの幹部よりも『不死の三傑』の方に近い強さというのも納得の威力だ。
(何でコイツがまた南エリアに!? やっぱりナワバリの外で何か探しているのか!?)
混乱しながらもテンドウは必死に思考を巡らせる。
……だがそれ以上、考える時間を与えることをニゴマルは許さなかった。
「マタ会ッタカ、下等生物ドモ。残念ダガ……二度目ハナイゾ」
言って、薄汚れた腰布一枚だけの巨体を向けてくる。
隆起した筋肉の上に腐ったぶ厚い脂肪を乗せた全身は、今でこそ青黒い魔力を放出しているため、見た目通りの強烈な存在感となっていた。
「……悪い、皆。俺の【種族感知】にも引っかからなかったぜ。前に一度、経験してるっつうのに……俺がきちんと周りを見てりゃこんなことには……!」
「……仕方ないって。強力な『はぐれ』との戦闘中にそれは無茶な話だからな」
――今回ばかりは見逃してはくれない。
言葉と態度でそれを示されたテンドウたちは、覚悟を決めてそれぞれが構えに入る。
ほんの一瞬、『はぐれ』を代りに倒してくれたことに感謝していた者たちは……間違いだったと痛感していた。
こうなるのならニゴマルではなく、禍海魚族と最後まで戦った方が遥かにマシであったと。
「今日ガ貴様ラノ命日ダ。己ノ不運ヲ恨ムノダナ」
そしてニゴマルによって始められた殺し合い。
……どうやら一対多数という数的不利な状況などお構いなしのようだ。
右手に青黒い『怨嗟』の声を伴う魔力を纏い直すと、まずテンドウに狙いをつけてきた。
「くッ!」
対して、予想通り標的にされたテンドウは襲い来る掌底を横っ跳びで回避。
転がった勢いですぐさま立ち上がると、青い炎太刀で反撃を開始――はしない。
それよりも先に、まずは最初にやるべきことがあった。
「ドンチンたちは逃げろ! さすがに相手が悪すぎる!」
「な、何を言ってやがる!? オイラたちは同盟を結んだだろ! ……です!」
優先したのは南瓜頭族ファミリーの避難だ。
頭のドンチンはテンドウの指示に難色を示すも、再び敵の攻撃を回避しながらテンドウが叫ぶ。
「ダメだ! いいから早く逃げるんだ。今の一撃を見ていただろッ!」
「ぬぐっ!」
テンドウを襲った青黒い『怨嗟』の魔力を帯びた掌底。
地面をいとも簡単に陥没させ、かつ大量の瓦礫を飛散させた一撃は、いくら頑丈な頭を持つドンチンたちでも耐え切れないだろう。
「そういうわけだ。ここは俺たち人間ファミリーに任せて南瓜くんたちは避難を!」
「お、おっさんまで……!」
続けて、後方から電撃の矢を放つヨシくんからも指示が飛ぶ。
ドンチンたちはまだ悩んで動けずにいたが……見上げるほどの巨体で猛威を振るうニゴマルの姿を見て、ついに覚悟を決めた。
「……分かった。けど絶対に切り抜けて再会するんだぞ! ……全員で、です!」
「おう! 任せとけ!」
相手の格的にも戦力にはなれないと判断し、頭として決断を下したドンチン。
三十体近い配下たちに指示を出すと、急ぎ戦場となった自分たちの拠点の前を離れていく。
……これで無駄に同盟の仲間を失う危険はなくなった。
すでに額にびっしりと汗を掻いているテンドウは、内心で少しホッとしつつも、その顔は引きつっている。
(……とは言ったものの。ヤバすぎるだろ本当に……ッ!)
いまだニゴマルは本気を出していない。
使うのは【怨恨痛打】という掌底だけで、それも右手一本のみ。
にもかかわらず、青い炎太刀で真正面から打ち合えば押されるのはテンドウの方だ。
六十八回もの【属性付与】を魔力との親和性が高い大太刀に付与してなお、目の前の強敵にはまだ届いていない。
だが、何よりも戦いを厳しくしているのがニゴマルの耐久面である。
現状、テンドウの青い炎太刀に次ぐ威力を持つのは、ガガクが使う中位魔法の【竜巻の牙】だ。
それすら直撃してもぶ厚い皮膚と脂肪をある程度削るだけ。その下の筋肉の鎧までは届いていない。
(ッ、ぶ厚い肉の鎧ってわけか!)
またテンドウ自身も直接、斬るよりも威力が落ちる【火線突き】があまり効いていなかった。
安全に距離を取っての守りの戦いでは、骨はおろか筋肉を傷つけることすらできていない。
あげく強個体の腐肉族だけが有する『再生能力』だ。
この厄介な能力により――あっという間に腐った皮膚の傷を修復されてしまっている。
(どうする!? このままだといずれは……!)
ヨシくんの痺れによる足止めも、カグラの風圧による拘束もまるで効果はなし。
青黒い巨体の動きが微塵も止まらないのを見ても、中位以下の行動阻害系の魔法は効かないらしい。
その厳しすぎる状況を前に、テンドウの頭に浮かぶのは逃走の二文字だ。
……ただし、背中を向けて逃げきるのは不可能。巨体ゆえにニゴマルも足が速いのは接近された時に理解している。
一人くらいなら上手く逃れられても……ほぼ壊滅させられるのがオチだ。
だから戦闘を継続しつつ、徐々に後退して城に戻るしか手はないだろう。
距離にして約八百メートル。ニゴマル相手にその道のりはあまりにも長すぎる。
「ぐッ、くぅ……!?」
体格差で上から降ってくるニゴマルの猛攻を前に、凌ぐだけで精一杯のテンドウには……最善の策を思いつく余裕はない。
完全に主導権を握られているため、ただ死なないように受けに回っているだけの状況――。
街を包む霧も徐々に濃くなってきており、視覚的にも状況は悪化する一方だ。
「――ぐあああああああッ!?」
その時だった。
最前線でニゴマルと打ち合っていたテンドウの後方。そこからムウマの悲鳴が聞こえてきた。
「なッ!?」
そして見た。戦闘中に生まれたわずかな間の中で、振り返った視線の先に。
右脚の膝から下をなくして――血の海に倒れている仲間の姿を。
◆
ムウマが重傷を負ってしまった。
激しい戦闘の余波により、右脚の半分を欠損してしまっている。
「「「ムウマ!?」」」
ニゴマルと直接、対峙しているテンドウ以外の三人が慌てて駆け寄る。
ムウマの右膝から下はなくなっており、傷口からは大量の出血も確認でき……すぐに処置しなければ命に関わる大ケガだ。
「……悪い。しくじったぜ。ギリギリ間に合うと思ったんだが……!」
「すまん、俺のせいだ! 反応が遅れたおっさんを庇う形で……!」
痛みに耐えつつ苦笑いするムウマにヨシくんが謝罪する。
先に反応したムウマがヨシくんを突き飛ばしていなければ、脚の欠損どころか死者が出ていた状況だったのだ。
その原因はニゴマルの【怨恨痛打】にほかならない。
テンドウを狙った掌底の一撃――。それが足元の地面を破壊した際、飛び散った瓦礫がムウマの脚に直撃したのだ。
だが、瓦礫の勢いだけなら脚が欠損するほどではない。
飛び散った瓦礫にも怨嗟の青黒い魔力が纏わりついていたことで、ムウマは右脚の半分を失ってしまっていた。
(……これはもう……。仕方ないよな)
仲間が退場レベルの重傷を負っても、止まってくれるはずもないニゴマルの攻撃。
それを紙一重の回避や受け流しで捌く中で――テンドウは覚悟を決めた。
ほかに手はないのだ。それに相手が相手である。
ムウマが重傷を負ったことが決定打となり、テンドウは密かに考えていた計画を実行する。
「お前ら、今すぐ城に戻れ! ――ここは俺一人で請け負った!」
叫び、戦闘班のリーダーとして仲間たちに逃走の指示を飛ばす。
これ以上の被害を出さないためにも、今の状況で取れる有効な策はこれしかない。
「オイふざけ……何言ってやがる!?」
「それはできない話だぞテンドウ!?」
「や、やだよそんなのっ!?」
「私たちまで逃げるわけにはいかないでしょ!?」
当然、四人から立て続けに反対の声が上がる。
今日まで背中を預けあってきた間柄だからこそ、テンドウの指示は受け入れられるものではない。
そんな仲間たちに対して、テンドウは一度、黙らせるように青い炎太刀を大きく振るった。
何もない宙を激しく焼き、青い炎の残像が瞬く間に消えていく。
――このまま戦っても全滅は必至だ。それくらい素人でも分かる。
たしかにベニムラサキ軍との戦いの疲労は大きい。
とはいえ仮に全員が万全の状態であったとしても、想像以上だったニゴマル相手には勝てなかっただろう。
ヒノモト王国で最強と謳われる『青龍騎士団』の団長であっても……一対一では勝てるか怪しいレベルだ。
それほどまでの規格外な強敵。もはやアンデッドというよりも悪魔的な強さである。
だから誰かが命を賭して、仲間が安全な城に逃げ込む時間を稼ぐしかないのだ。
「…………、」
と、ここでまさかの空白が生まれた。……なぜなら、ニゴマルの攻撃が止まったからだ。
まるで人間たちの結論を待つかのように、右手に纏っていた青黒い『怨嗟』の魔力までも引っ込めている。
そして巨体から見下ろす形で、一言も発さずにテンドウたちを見ていた。
「……頼む、ここは皆も逃げてくれ。そうすれば必ず未来は繋がるはずだ」
「バカ言え! お前がいなきゃ脱出できるモンもできねえだろが! 置いてくならケガ人の俺にしやがれ!」
「いや違う。それこそムウマ、お前だよ。どれだけ戦力を揃えたとしても……索敵できるヤツがいなきゃ話にならない。大量のアンデッドが跋扈するこの不死の街では絶対に必要だ」
言って、テンドウは次にガガクとカグラの二人を見る。
この数カ月で見違えるほど成長した赤毛の双子兄妹は、もはや九歳児の子供ではなく頼れる戦友だ。
「それに戦力なら……お前らがいれば大丈夫さ。【不死族喰らい】でゆっくりでも確実に成長していけば、いつか必ずここから脱出できるはずだ」
「「で、でも……!」」
「いいから早く行け! 急いで処置しないとムウマが手遅れになるぞ!」
仲間、というよりも敵を威圧するように叫ぶ。
たとえ恨まれようとも、ここは絶対に引けないとテンドウは腹を決めていた。
「――ヨシくん、頼む」
「ッ、テンドウ……!」
そしてヨシくんにも。
たったそれだけの短い言葉でも、今この場の年長者として、いつも夕食後に楽しむ盤上遊戯仲間として――テンドウの考えを最も理解していた。
「…………。分かった。どうせその目じゃ揺らがないんだろ? ……お前の想いは、俺たちが必ず繋いでみせる」
「へへっ、さすがは酸いも甘いも知っているおっさんだな。……ありがとう」
テンドウと力強い視線を合わせたヨシくんは、そのまま黙ってムウマに肩を貸す。
それでもムウマが抵抗しようとするも、がっちりと掴んで離さないまま戦場を離れようとする。
「ほら、ガガクもカグラも行くぞ!」
「で、でも置いていくなんてっ……!」
「テンドウはヒノモト王国の兵士だ。国民を守るのが仕事、義務ってやつなんだよ」
「でもそんな、酷いよヨシくん……!」
「仕方ないんだ。それにもう分かっているはずだ。今の俺たちがあの怪物相手に何ができる? ……ムウマもいいな?」
「ッぐ……!」
いまだ必死に抵抗するも、ムウマは出血のせいもあって明らかに顔色が悪くなっていた。
そんな弱った仲間を支えたまま、ヨシくんはまだ動こうとしないガガクとカグラも説得する。
(…………、)
それを見ながら、嫌な役回りを任せてしまったとテンドウは反省しつつも……確実に生き残ってもらうために黙って見届ける。
言い争いに近い問答の末に、最後に二人と視線が合ったテンドウが頷くと――ようやく観念したのだろう。
半泣きのような表情となっているガガクとカグラも、ついに戦場を離脱し始めた。
……そうして、大切な仲間たちが城へと戻っていく姿を確認してから。
「悪い、待たせたな。まさか大人しく待ってくれるとは思わなかったぞ」
「……フン。下等生物ナリノ覚悟ヲ尊重シタマデダ」
南瓜頭族たちもほかの人間たちもいなくなった中で、テンドウとニゴマルが改めて対峙する。
構えられたごうごうと燃える青い炎太刀と、巨体から湧き出る『怨嗟』を伴う青黒い魔力。
それら二つの存在によって、戦場の空気は混じり合うように作られていく。
「俺ト一対一デ戦ウコトヲ選ブトハ……トンダ馬鹿ダガ褒メテヤロウ。ソノ覚悟ニ免ジテ、今回ハ貴様ノ仲間ヲ追ウコトハシナイト誓オウ」
「……ははっ、そりゃ助かるな。今いち信じ切れないけど、まあとりあえず礼は言っておくぞ」
まるで騎士道のような、あるいはわずかに残っていた人間性とでも言うべきか?
とにもかくにも皆殺しを免れた状況に、テンドウから自然と笑みがこぼれてしまう。
そんな予想外な選択をしたニゴマルを前にして、じりじりと慎重に間合いを図りながら、
一人残されたテンドウは、城で帰りを待つほかの仲間たちの顔を思い出す。
火属性の付与で可能性を紡いでくれた、勝気娘なセイカ。
美味しい料理で体と健康を維持してくれた、皆の肝っ玉母ちゃんのスズラン。
畑を管理して豊富な知識でも支えてくれた、老紳士のネゾウ。
彼ら三人に心の中で謝罪すると――今度こそ目の前の強敵だけに集中する。
「フゥ――ッ!」
そして再開された激烈な打ち合い。
青い炎太刀と青黒い掌底が幾度も交差し、その度に戦場の中を魔力の波紋が広がっていく。
その攻防の結果はこれまでと同じだ。
真正面から打ち合えば押されて体勢を崩され、上手く受け流せれば何とかその場に留まれるとしても、
ぶつかり合うたびに腕や足にはズシンと負担が圧し掛かり、全身の骨が悲鳴を上げるように軋んでしまう。
だがテンドウとしてはこれでいい。
ニゴマルは仲間を逃がしてやるとは言った。ただ相手は友好的ではないアンデッドなのだ。
念のためにと打ち合って時間を稼いだテンドウは――間合いが開くと同時、紅蓮色の鞘の中に青い炎太刀を収めた。
「…………。最後ニ残ス言葉ハアルカ?」
「へえ、急に優しいな。……けど別にないさ。とりあえず人間様のあがきを喰らっとけ!」
「……フム、イイダロウ。ナラバ俺モ本気デ答エテヤル」
テンドウは居合の構えを取った。
かたやニゴマルは『怨嗟』の青黒い魔力を、右手だけでなく右腕全体にまで広げて纏わせる。
――次が最後。両者の間でわざわざ確認する必要もなかった。
(ここに飛ばされて四カ月、か。長かったようで短かったような……。心が折れずに笑顔を忘れなかったのも、皆がいたからこそ……だな)
最後の最後に、魔力のほかに想いも込めて。
ニヤリと笑ったテンドウは、今、持てる力のすべてをぶつける。
「【居合炎月】」
「【断絶蛮刀】」
飛び込むニゴマルに迎え撃つテンドウ。
南瓜頭族ファミリーの拠点であるレストランの前で、互いの最大火力の技と意地がぶつかり合う――――その一秒前。
「「!?」」
ゴォーン、ゴォーン――と。
テンドウが描いた筋書き、その悲しい結末を迎える前に。
陰鬱な亡都ヤマトニアに突然、厳かな鐘の音が響き渡った。




