第二十八話 遭遇
カグラ奪還作戦からの帰り道。
行きの四人とは異なり、南瓜頭族ファミリーと黒仮面馬族が合流した大所帯となってテンドウたちは移動していた。
ゆえに非常に目立つのだが……貴族街にいるアンデッドたちは襲ってはこない。
数以上に人間とアンデッドが一緒に行動をしているのがよほど異質なのだろう。
どのファミリーも警戒しているのか、浴びせられるのは刺々しい視線くらいだ。
「ちょっと待て。――テンドウ、アイツらがいるぜ」
と、王者の行進のごとく順調だった帰路の最中に。
先頭のムウマは足を止めると、すぐ後ろにいたテンドウに伝えた。
「アイツら? ……ってことは、アイツらか?」
「そうだ。どうする?」
「うーん……。嫌っちゃ嫌だけど仕方ない。このまま進もう」
テンドウもムウマも眉間にシワを寄せたまま再び歩み始める。
その理由は道を真っすぐ進んで行けば――嫌でも目に入ってきた。
「……おうおう。こりゃまた能天気にゾロゾロと……急に数が増えてやがるな?」
大通り沿いにある朽ちた酒場の前。
そこでたむろしていた集団の一体から、そんな声がテンドウたちにかけられた。
黒い頭巾を目元まで被った腐肉族だ。
ただ彼らは『三大ファミリー』の西の腐肉族ファミリーとは関係ない。
種族が同じなだけの、そことは別の南の弱小中堅ファミリーの一つである。
「ああ、別に人間と魔物が仲良くしちゃいけないルールはないからな」
そんな黒頭巾腐肉族にテンドウは目線を合わせずに答えた。
目が合った瞬間から戦闘が始まる危険な相手……というわけではない。
――ある意味、彼らは亡都で最も謎な存在と言っていいかもしれない。
会えば敵対心は剥き出しにしてくる一方、なぜか殺意はなし。
そのため戦闘にはならず、ただ嫌味な言葉を発してくるだけの存在である。
勝手に命名するのなら『つっかかりファミリー』か。
じつは今回で四度目の遭遇となるのだが……やはり殺意はなく、不愉快な発言をしてくるだけだ。
「それだけ面子を揃えりゃ街から脱出もできるってか? せいぜい頑張るこったな」
「……どうも。まあお前らには迷惑はかけないから心配すんな」
「ハッ、当り前だ。力なき人間に引っかき回されるのはごめんだぜ」
相変わらず嫌な感じでくる黒頭巾腐肉族の頭。
さらに周囲にいる配下たちも呼応するように煽り始め、場の空気が一気に騒がしくなる。
……この感じはヒノモト王国の王都でいう、深夜の歓楽街といったところか。
とにかくここが地獄の亡都だと考えれば、命のやりとりがない以上、嫌ではあるも生易しい空気ではある。
「――オイお前ら! さっきから黙って気いてりゃ失礼な! テンドウたちはお前らなんかと違って『狂花』を倒したスゴイやつらなんだぞ! ……できれば発言を撤回してほしいです」
ここで我慢の限界に達したドンチンが怒った。
小さな体で精一杯に大きく胸を張り、失礼なアンデッドたちを睨みつける。
「何? 『狂花』を……ベニムラサキを倒しただと?」
すると、ドンチンの言葉を聞いた頭の雰囲気がガラリと変わった。
黒頭巾で目元までは見えなくとも相当、驚いている様子なのは伝わってくる。
「ああ、ついさっきな。発端は花畑を荒らした俺たちだったけど、売られたケンカを買って総力戦で何とかな」
「「「「…………、」」」」
テンドウが言うと、周囲の配下たちも含めて全員が黙り込んだ。
散々、好き勝手に煽り散らかしていたというのに、一転して黒頭巾腐肉族たちが静かになる。
(何だよ、急に黙って? ……まあいいか。そっちの方がありがたいしな)
正直、疲れているから相手はしたくないのだ。
テンドウたち一行は今がチャンスとばかりに、感情的な意味で嫌なファミリーの前を通り過ぎていく。
気づけば空も曇り、不死の街には少し霧も出始めてきている。
何カ月も過ごしてきたからこそ分かるが、あと数十分もすれば視界が効かないほどに濃くなるはずだ。
そんな崩れそうな環境の中、急ぎ貴族街の大通りを南下していき、順調に庭園の出入口近くまで来たところで――。
「……んじゃ、お疲れさん。改めて救援ありがとうな。今後についてはまた明日ゆっくり話そう」
「おう。初めてにしちゃ上出来な共闘だったぞ! ……ではまた明日です」
一旦、ドンチンたちとはここで解散だ。
代表してテンドウとドンチンの二人が再び力強い握手を交わす。
そして、同盟を結んだ南瓜頭族ファミリーの小さくて可愛らしい背中(と後頭部)を見送りながら、テンドウはホッと一息吐いた。
「……さあ戻ろう。俺たちの家に」
「だな」
「おう」
「ただいまー! の二分前っ!」
「やっぱり我が家が一番だね」
庭園の出入り口から見える白亜のカンナギ城。
その姿に安心感を覚えながら、今では人間のナワバリとも呼べる庭園の中を進む。
ちなみに、仲間になったばかりの黒仮面馬族ことクロちゃんもここまで連れてきている。
ただアンデッドのため城の敷地内には入ることはできない。なので庭園内にある屋根付きの休憩所にいてもらう予定だ。
――というわけで、とくに柱に繋がず自由にしたままクロちゃんを置いた後。
城に戻っている途中で、その我が家からは何やらいい匂いが漂ってきていた。
食欲をそそるスパイシーな香りは……いつも食べているスズランの料理だ。
となれば付け合わせは定番のマッシュポテトで、こちらも皆の大好物の一つである。
その匂いに導かれるように、早くもヨダレが出始めたテンドウたちが、無意識のうちに早歩きになっていた時――。
「――て、てててテンドウーーーッ!」
「…………え?」
帰りを待つ仲間たちと絶品料理がいる前方ではなくて。
なぜか後方から、ついさっきまで聞いていた声が響いてきた。
……どう考えてもドンチンのものである。
いったい何事かと振り返って見てみれば、今さっき別れたばかりの南瓜頭族ファミリーが――慌てた様子でこっちに走ってきていた。
「オイラたちの、オイラたちの拠点があーーー!」
そしてあっという間にテンドウたちの元へ。
ゼェハァ、と息が乱れるほどの全力疾走と、彼らの違う雰囲気を見れば……ただごとではないとすぐに分かる。
「お、落ちつけお前ら。……慌てて戻ってきてどうしたんだ?」
テンドウは戸惑いながらもドンチンたちに聞く。
何となく想像はできてしまうが……きちんと確認は必要である。
対して、頭のドンチンは乱れた息もそのままに、ガックリと肩を落とした状態で、
「オイラたちの大切な拠点に……! めちゃくちゃヤバそうな『はぐれ』が出ちゃってるぞぉぉお!」
腹の底から叫ばれたその悲痛な声が庭園に響く。
どうやら拠点を留守にしている間に――看過できない緊急事態が起きたようだ。
◆
ドンチンたち南瓜頭族ファミリーの拠点での『はぐれ』の発生。
場所が場所なだけにスルーするわけにもいかず、テンドウたちは回れ右をして再び庭園の外に出た。
事件が起きた拠点の場所については、そう遠くはない。
貴族街の南西にあり、以前に奪った第二拠点の軍宿舎のわりと近くにあるようだ。
「こっちだ皆! いい近道があるんでな。……お疲れのところ申し訳ないです」
ドンチンの案内で一行は最短ルートを選択し、再び貴族街の中を進む。
幸いファミリーとの遭遇もなく、戦闘を挟まずに移動していくと……やがて視界に入ってきた。
「こりゃまた……。だいぶヤバそうなのがいるな」
現場に到着したテンドウからため息混じりの第一声が。
趣のある赤レンガ調のレストランの前には――お騒がせな犯人が我が物顔で居座っていた。
形状的にはフグに近いか。体表は黄土色と赤褐色のまだら模様という目立つ色合いだ。
体長は顔から尾ビレまで三メートル近くあり、その巨体は宙を泳ぐように浮いている。
二つの大きな目玉は潰れており、その代わりかナマズのような長いヒゲが地面を探るように動いていた。
「俺の【種族感知】によると、禍海魚族っつうアンデッドらしいぜ。……魔物図鑑でも見たことねえな」
頼りになるムウマからの情報によって相手の正体が判明する。
周囲にまき散らす魔力の大きさから量っても、かなり強い個体ではあるが……『人間・南瓜同盟』として討伐しなければならない。
「よし、ササッと片づけてしまうか。皆で一気に仕留めるぞ!」
「「「「おう!」」」」
手強そうな相手だろうと関係ない。
また疲労も溜まって万全ではないとはいえ、数の力の脅威はつい一時間前の戦いで分かっているのだ。
だから即行で片をつけるべく、一斉に襲いかかったのだが――。
「むッ!? やっぱり強いなコイツ……!」
巨体に似合わぬ動きの速さと体表を覆う鱗の防御力。
宙に浮いているためドンチンたち南瓜頭族ファミリーの攻撃は微妙に届かず、ガガク、カグラ、ヨシくんの攻撃も下位魔法では傷一つつかない。
残る最大戦力、最も火力のあるテンドウの斬撃なら問題なさそうだが……。
かなり警戒しているらしく、青い炎太刀だけは絶対に喰らわないという意思が垣間見える。
――そこに加えて、
「あっぶ!? オイいきなり大暴れじゃないか……!」
禍海魚族が回避からの反撃を行う。
流れる水で形づくられたヒゲのようなもの。それが体から何本も生えたと思いきや、体ごと回転させて鞭のように振るってきたのだ。
つまりは水属性の範囲攻撃。狙いを定める必要もない無差別な攻撃だ。
「ッ!」
それを回避しつつ、少々ナメていたとテンドウは反省する。
攻撃、防御、機動力――。総合力ではベニムラサキには及ばずとも、この『はぐれ』個体はそれに近い力を持っているらしい。
(……だとしても、だ。負けるつもりは毛頭ないぞ!)
一人で連戦していれば結果は怪しかっただろう。だが今は頼もしい仲間がともに戦っているのだ。
徐々に相手の動きに適応した皆の力で押し返していく。
ヨシくんの電撃の矢による一瞬の痺れから、カグラが風の天井で押し込んで拘束。
水流の鞭を掻い潜ったガガクが接近すると、右腕に纏った風の捻じれ錐によって――片方のヒゲを削り落とす。
すると途端に禍海魚族の動きが鈍った。
やはり潰れている視野を補う重要な器官だったらしく、嫌がるように大きく後退して距離を取ってくる。
「!? マズイぞ、テンドウ!」
「えっ?」
と、ここで。
敵の予備動作や魔力の動きもとくにない状況で、なぜか後方にいるムウマが慌てた様子で叫んだ。
……いったいなぜ? むしろ攻勢をかける絶好の好機だろう。
ただいつも冷静沈着で、常に後ろから全体を見ているムウマが判断を間違えたことはない。
だからテンドウだけでなく、この場の全員が不思議に思ったが――その理由はすぐに判明した。
「……おい、ちょっと待ッ――!?」
刹那、雷魔法を受けたかのようにテンドウの呼吸と全身が止まる。
同じくほかの者達もその場で固まり、目を見開く者や口があんぐりと開いている者もいた。
テンドウたちの視界に映ったのは、荒れ狂う禍海魚族の姿などではない。
建物を軽々と飛び越えた青黒い巨体。
一切の足音も気配も魔力もなく着地すると同時、その巨体は通りを走って一直線に向かってくる。
いつか見たデジャヴのような光景。
三カ月ほど前のことでも、テンドウは今でも鮮明に覚えている。
――なぜなら、相手の気分次第では確実に死んでいたのだから。
テンドウたちの前に現れたのは、『三大ファミリー』の幹部の一体。
『暗殺怪人』と恐れられる大型の腐肉族――圧倒的強者であるニゴマルだった。




