第二十七話 決着
「……逝ったか。あの世で己の未熟さを悔い改めるんだな」
人間と亡霊の戦いが繰り広げられた外会場、その北西約四百メートル地点。
雲の合間から降り注ぐ陽の光を背中に受けながら、男は遠く離れた戦場を見下ろしていた。
北の亡霊族ファミリーの幹部が一体、『黄金弓』ジンロウタ。
羽織袴を身に纏った細身で長身な灰色の亡霊は、見惚れるような美しい残身の型をゆっくりと解く。
と同時。左手に持っていた黄金に輝く弓が、魔力の礫となって消えていった。
「さすがはジンロウタ様! うんうん、お見事な一射だったね!」
そう明るい声で言ったのは、彼の側に控えていた珍しい桃色の亡霊族だ。
見た目は十にも満たない女児の亡霊族は、北エリアに高く聳える時計塔の屋根上ではしゃいでいる。
そんな彼女とは対照的に、ジンロウタは射た先へと視線を送ったまま、
「百年前に一度死に、不死族に生まれ変わって力を得ておきながら人間に敗北するとは……。やはりあの女はファミリーの恥だったな」
特徴的な釣り上がった目をさらに釣り上げ、吐き捨てるように言う。
実力に大きな差はあれど、肩書きは同じ『三大ファミリー』の幹部。
頭の亡霊騎王を支える一体として、敵対ファミリーの幹部相手ならいざ知らず、人間に負けるなど許されるものではない。
「でもでも、ちょんまげ風の人間のあの子はトンデモ武器の使い手なんでしょ?」
「だとしても、だ。……与えられた力も鍛えた年数もまるで違う。負ける理由にはならん」
「なっるほどね。よく分かんないけど了解!」
二体の視線の先では、消えゆく同胞のベニムラサキの姿が。
その近くでは青い炎太刀を振り上げた状態で、驚きの表情で固まっているテンドウの姿も見えている。
「……かつて豪商の娘として生まれ、欲しいものすべてを買い与えられて、何不自由なく暮らしていたワガママな娘――。結局、貴様は変わらなかったな」
「ジンロウタ様は厳しいなあ。まあでもでも、『三大ファミリー』の幹部で一番弱い人が真っ先に死んじゃうのは自然なことだよね!」
言って、二人は対照的な視線で仲間の最期を見届ける。
戦場では大将のベニムラサキが死んだことで戦いは収まり、生き残っていた直属の配下たちが慌てて逃げ出す様子が見えた。
……ここで一つの疑問が残る。
仲間が敗北寸前ならば、ベニムラサキではなくテンドウを標的にすればよかったはずだ。
激闘の最中かつ離れた距離ゆえに、こちらの存在に気づいてはいない。
その状況でジンロウタの精密な魔法射撃をもってすれば、外から射殺すのは簡単なことだった。
威力面でも通常の一射で岩をも穿つという黄金の矢なら、テンドウの頭蓋など簡単に撃ち抜けただろう。
それをしなかったのはほかでもない、ジンロウタの矜持に反するからだ。
人間に負けることなど許されない。けれど敵の不意を突くなどあり得ない。
またどこかのヒステリーな女のように、人質を取ったうえに数でも押し潰そうという愚行など論外だ。
「……長居は不要だ、中へ戻るぞ。今日の日差しは眩しすぎて敵わん」
「はいはーい!」
ジンロウタの合図に配下の女児亡霊族が続く。
親子のような二体は屋根の扉から飛び下りるように、時計塔の中へと消えていくのだった。
◆
(今のは、まさか……!?)
ベニムラサキが死んだ。
だがトドメを刺したのはテンドウの刃ではなく、急に飛んできた弓矢だった。
つまりは第三者だ。
黄金に輝いていた弓矢を見れば、何よりその矢に宿っていた強烈な魔力を感じ取れば……犯人はすぐに分かった。
「何でジンロウタが!?」
思い出すのは中立域パンドラでの出来事だ。
あの時に気圧された凄まじい魔力と、ベニムラサキにトドメを刺した弓矢の魔力はまったく同じ。
周囲の空気を一瞬にして塗り替える強烈さは忘れられるはずがない。
「…………、」
そのジンロウタの姿も魔力もなくとも、どこから撃ったのかは明白である。
現在地である外会場から北西に見える立派な時計塔。
おそらくは百年経った今でも腐肉族たちが調整しているのだろう。
頂点の避雷針こそ折れているものの、肝心の針は動いて正確な時刻を指し示しているその場所こそ、『黄金弓』ジンロウタ個人の根城だ。
……ただ分からないこともある。なぜ敵である人間ではなく仲間を狙ったのかということだ。
幹部同士は別に仲は良くなくても、同じファミリー間には鉄の結束があると聞いている。
「――って、それよりもだ! 皆、早くこっちに集まれ! 逃げた敵は追わなくていい!」
だが、いつまでも混乱しているわけにはいかない。
ここは安全地帯ではなく、危険極まりない『三大ファミリー』のナワバリの内側なのだ。
テンドウは即座に皆を舞台……ではなく舞台だった場所に集める。
次こそ本当にジンロウタの矢に狙われる可能性も捨てきれないため、破壊の限りが尽くされた瓦礫に隠れるように集合した。
「皆、大丈夫か? カグラもケガはしていないか?」
「うん、私は大丈夫。幸い捕まっていた時も手荒な真似はされなかったしね」
まず真っ先に人質だったカグラの状態を確認し、テンドウはホッと胸をなで下ろす。
そのカグラから謝罪の言葉が出そうになったのを手で制すと、「気にするな」と首を横に振った。
「今回の件はカグラだけの責任じゃない。……俺たち全員、庭園なら大丈夫と気が緩んでいたんだからな」
そして頭をポンと優しく叩くと――続いてテンドウが向き直ったのは恩人たちの方だ。
南瓜な頭とお揃いのマントが特徴的な、南の南瓜頭族ファミリーである。
大物ファミリーのナワバリに入ってきた彼らは、まさに勇敢なる小さな戦士だ。
「……本当に助かった。お前たちが来なかったら……間違いなく押し切られて負けていたぞ。代表して礼を言わせてくれ」
「フッ、まったくだ。『三大ファミリー』の幹部をナメすぎだぞお前らは! ……どういたしまして」
「ああ、本当に。助太刀してくれてありがとうな」
「うむ!」
テンドウとドンチンが代表して握手を交わす。
人間ファミリーも南瓜頭族ファミリーも、どちらも多少のケガはあるも誰一人として死者は出ていない。
テンドウとしては感謝の言葉のほかにも話すことは色々あるが――ひとまず場所を移すことに。
とにもかくにも、一刻も早くナワバリの外へ。
亡霊族ファミリーの追手が来る前に、北から脱出しなければならないのだ。
「……今のところは不気味なほど姿はねえぜ。一応、幹部が一人死んだんだけどな?」
ムウマの【種族感知】による索敵にはまだ引っかかっていない。
そのため最も警戒すべきは……やはり『黄金弓』の異名を持つジンロウタである。
距離が離れているというのは安心材料にならない。
高い威力と正確さを誇る魔法の矢に怯えながら、できるだけ時計塔からの射線を切りつつ離れていく。
ただその最大限の警戒は……結果的には杞憂に終わることに。
拍子抜けするほどに一切の追撃もなく、テンドウたちは貴族街壁に到達。
貴族街の外の禍々しい空気をただ浴びただけで、一度も戦闘は起きなかった。
そうして壁の内側へと入れば危険度は下がるが――ここはここで厄介な存在はいるのだ。
「仕方ない。また強行突破するしかないか!」
疲労はあっても突っ込んでいくのは黒骨烏族ファミリーの巣だ。
行きと同じで帰りも北門を通るしか方法がないため、脚に鞭を打って二度目の強行突破にかかる。
――とはいえ、今回に関しては行きと比べると安全にはなっていた。
先の戦いで判明した、想像以上の頑丈さを誇る南瓜頭族たち。
小さな彼らに後頭部にくっついてもらい、即席の兜になってもらったのだ。
そうやって頭上からの攻撃から守ってもらえば――だいぶ安心して進めるという寸法である。
「オイラたちの頑丈さをナメるなよカラスめ! ……でも突っつくのはやめてください」
「しつこいカラスは嫌われるのですハイ!」
「そもそも中身はないから我々、美味しくはないのであるな!」
――迎撃もしながら進んだ結果、大した被害もなく関門を突破。
数体の南瓜頭族だけ纏うマントを持っていかれてしまうも、傷は負うことなく貴族街壁を越えることができた。
「……とりあえず休もうか。もう皆、クタクタだしな……」
そこから少し南下したところで、テンドウの号令で一旦、休むことに。
いつかの大型服飾店にゾロゾロと入っていき、一息をつく両ファミリーであった。
◆
「――んじゃ、落ち着いたことだし改めて。……ドンチン、今回は本当に助かったぞ」
戦闘と移動の疲れを少しだけ回復させた頃。
魔法袋から取り出した水筒で水分補給も済ませたところで、テンドウは真面目な表情となってドンチンたちに向き合う。
そして深く頭を下げて、改めて感謝を伝えたら。
テンドウたち人間側が切り出す話題は――もう一つだけしかない。
「今度は俺たちの方から頼ませてほしい。……ドンチン、お前ら南瓜頭族ファミリーと同盟を組ませてくれ」
言って、また頭を下げるテンドウ。
それにガガク、カグラ、ムウマ、ヨシくんも続いて、命の恩人とも言えるドンチンたちに同盟の申し出をする。
「フッ、素直でよろしい。もちろんだ。そこまで言うなら同盟を組んでやろう! ……よろしくお願いします」
対して、転がったマネキンの上に座っているドンチンは即答すると、周囲の仲間たちとともにペコリ、と頭を下げた。
両陣営が頭を下げるという何とも奇妙な状態ではあるが……とにかく断言できるのは、そこに人間と魔物という敵対関係はゼロということだ。
名づけるなら『人間・南瓜同盟』か。
今この瞬間、歴史上初となる人間と魔物が協力し合う同盟関係が成立したのである。
「……あれっ? 何だアイツは?」
と、そんな歴史的瞬間(?)の中で。
ふと外の方を見たガガクが呟いたことで、この場の全員の視線が一斉に外の方に向いた。
以前、ロッポウがブチ破ったショーウィンドウの向こう側。
服飾店の前にはドンチンたちとは違う――お呼びではない部外者の姿が見えた。
「……ああ、アイツか。じつはずっと俺たちの後ろをついてきててな。とくに害はねえ種族だから放っておいたんだが……まさかここまで来るとは驚きだぜ」
今度はムウマが坊主頭をボリボリと掻きながらため息をつく。
いわく、ベニムラサキ軍との戦場を離れてすぐに【種族感知】には引っかかったらしい。
そしてそのまま離れることなくついて来て、北門の強行突破でも後ろに続いたようだ。
「――ブルルゥウッ!」
その正体は黒仮面馬族だ。
名前の通り顔と一体化した黒い仮面を被り、体毛も黒一色に染まった馬のアンデッドである。
たてがみはクルクルで天然パーマのようになっているも……それはあくまでこの個体の特徴だ。
亡都ヤマトニアの固有種ではないが、かなり珍しい種族が一頭、店の前にポツンといる。
また鞍や馬用の防具を身につけているため、完全な野生の個体ではないようだ。
「でも何でここに? 種族的にはどう見ても亡霊族ファミリーじゃないし……」
そんな黒仮面馬族を見て、テンドウがしごく当然の疑問を口にする。
可能性としては花畑の守護者のような例か。
ベニムラサキの能力で別の配下のアンデッドの魂を入れられたとも考えられるが……だとすれば本人が死んだ時点で魔法は解けるはずだ。
「ああ、あの子はベニムラサキの馬だよ。私が捕まっていた時に劇場から乗って出てくるのを見たからね」
その疑問に答えたのはまさかのカグラだった。
一人立ち上がると走り出して、店の外にいる黒仮面馬族のもとに向かっていく。
「……なるほどな。じゃあ主人の復讐……には見えないな。むしろ行く当てがなくて困っている感じだぞ」
テンドウは一瞬だけ警戒するも、ムウマの言った通り、種族的にはそこまで危険ではない。
実際、近づいたカグラに敵対心を向けることはしていない。
むしろ黒い仮面を纏った顔を近づけ、鼻をすり寄せるなど逆に甘えるような行動を取っている。
「……ふむ。幹部との戦いじゃ戦利品もとくになかったし……。アイツ連れて帰るか?」
「だな。あれだけデケえ戦いでご褒美ナシは寂しいぜ」
「貴重な足にもなるしな。おっさんだって乗馬には憧れるぞ」
長い亡都生活でアンデッドへの耐性が上がったのも一つの理由だろう。
本来ならあり得ない発言をテンドウがしても、誰も拒否することなく受け入れている。
「おお、じゃあウチで飼うんだなっ! だってカグラ!」
「本当に!? やった! これでもう一人ぼっちじゃない……よかったね、クロちゃん!」
「く、クロちゃん……? 何だもう名前をつけたのか?」
親からの許可が下りた子供のようにカグラが満面の笑みになる。
……だが当然、対象は犬猫のような普通の愛玩動物ではないのだ。
当の本人が拒絶すれば仲間にすることはできないが……その心配はすぐに消え去ることに。
「ブルルゥウッ!」
――結局、休憩を終えて出発しても黒仮面馬族は嫌がる素振りもなくついてきたので。
結成されたばかりの『人間・南瓜同盟』に、珍しい馬一頭も加わるのだった。




