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不死ノ国XX記  作者: 三月坊主
第一章 暗澹の貴族街編
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第二十六話 『狂花』ベニムラサキ

 最も激しい戦闘が続いている舞台上。

 当然ながらそこで生まれるものは百年前とは違い、楽し気な音楽や華やかな踊りなどではない。


 破壊の音も刃がぶつかり合う音も、魔力の奔流も。

 すべてがほかの戦いの比ではない大将戦は――始まってから苛烈さが衰えることなく続いている。


 その一体、『狂花(くるいばな)』ベニムラサキは苛立っていた。


 視界には映らずともバテツとルイゴの魔力が消失したことには気づいている。

 下っ端ならいざ知らず、自身の主要配下が人間ごときに敗北した事実は決して受け入れることなどできない。


「ミナクモのヤツめ……! 書いていた情報が違うじゃないの!」


 怒りの矛先は亡都新聞の記者ミナクモにも向けられる。

 つい四日前の最新の記事では、凄腕ながらも『接近戦だけの剣士』と紹介されていたからだ。


 だが実際は【火線突(かせんづ)き】という遠距離攻撃技を使用。

 距離を取って一方的に攻撃するという目論見は、この外会場が戦場に変わった時点で外れていた。


(そもそも、なぜこの男はまだ……私の前に立っている!?)


 あからさまに表情に出るほどベニムラサキの苛立ちが募る。

 最も機嫌を損ねている原因はもちろん、目の前で青く燃え盛る大太刀を振るう剣士テンドウだ。


『三大ファミリー』の幹部である自分と互角に戦うなど、決して許容できるものではない。

 相手がかしらとはいえ弱小ファミリーならば、本来なら一分とかからず殺せるはずだ。


「――にしても、戦うならここの隣、お前の根城の王立劇場だと思ったけどな? 招待はしてくれないってわけか!」


 余裕の表れか、そのテンドウがペラペラと喋り始めた。

 戦闘が始まった時こそ必死の形相だったはずで……この戦いに慣れてきているのは一目瞭然だ。


「バカめ。人間などを私の家に入れるものか汚らわしいッ!」

「いやいや、お前だって元は人間だっただろうが!?」


 湿り気を帯びた魔力に怒りを乗せて打ち合う。

花弁満鎧(かべんまんがい)】および【剛花(ごうか)の湾刀】。

 それら並の魔法金属製の武具をも凌ぐ、近接用の魔法を展開していても――押されるのはベニムラサキの方だ。


 基本の剣術では兵士であるテンドウに軍配が上がっている。

 また自慢の美しい真紅の花弁の湾刀さえも、青い炎太刀の威力に押し負けていた。


 受けきれずに一撃を受けても燃え広がりこそしない。だが一方で鎧を構成する花弁はごっそりと燃え落ちていく。


「チィッ!」


 加えて、近づくだけで焼けるような感覚を嫌ったベニムラサキが距離を取った。

 不本意ながら接近戦は分が悪いと見切りをつけると、【舞闘花球(ぶとうかきゅう)】を軸にした戦いに切り替える。


 そして放たれる球体状の真紅の砲弾。

 直撃すれば防具越しでも大ダメージ必至のそれに、テンドウは【火線突き】で対抗してくる。


 ただ連射力に勝るのはベニムラサキの方だ。

 大国の宮廷魔道士も真っ青になる魔法の早撃ちで、強力な固有魔法を指先から次々と撃ち込んでいく。

 その標的となったテンドウは、回避もしくは直接斬って相殺しなければすべてに対処することはできない。


「魔力切れ……はまだ遠そうだな! 中位魔法レベルをホイホイと撃ちやがって……!」

「貴様がそれを言うか! 意味の分からない【属性付与(エンチャント)】の刀を持っているくせに……!」


 己の庭を荒らした不届き者を成敗すべく、次々と放たれる美しくも凶悪な魔法。

 もしテンドウの攻撃も魔力を消費するならばジリ貧となるが……一切の魔力消費がないため崩れる気配はない。


 ……このままでは長期戦は免れない。

 つい数分前までならそれでもよかった。ところが今はベニムラサキの方が重要な配下を落とされているのだ。


 また当然、三十体いた下っ端たちも大幅に数を減らされている。

 亡霊族(ゴースト)ゆえに戦場に血の臭いはせずとも、死してその気配の多くが消えているのは感じていた。


「……ッ……!」


 ――初めて生まれた焦り。『三大ファミリー』の幹部として久しく忘れていた感覚だ。


 こんなことなら弱く無様な配下たちを粛清せず、もっと数を揃えておけばよかったか? ……いや自分が間違っているはずがない。

 それを認められず、ここまでの怒りも相まれば――激情型の性格が暴れ出すのは必然だった。


「――死ね。死ね死ね。死ね死ね死ねェエエエ!」

「断る! 死ぬならベッドの上がいいっての!」


 互いの一発一発が舞台上、だけでなく戦場全体を揺らすほどの激闘。

 ヒステリックな女の金切り声と力強い男の声、さらには標的を外れた魔法の破壊音が鼓膜を揺らす。


 その激しい攻防が十、二十と続いても――戦況は変わらない。

 均衡状態を保ったまま、ただただ舞台だけが砕け、壊れて元の形を失っていく。


 地獄とも呼ばれる亡都ヤマトニアで現在、間違いなくこの場所が最も地獄と化している。

 その死線の中で先に動いたのは、じりじりと魔力だけが削られていくベニムラサキの方だった。


【舞闘花球】の連発を止めると、真紅に染まる鎧を纏った両腕を大きく広げたのだ。


「……やむを得ないわね。殺したあとは器として一生、その肉体を下僕にするつもりだったが――骨人族(スケルトン)どものようにバラバラにしてあげるわ!」


 言って、ベニムラサキの全身から魔力が溢れ出る。

 湿り気を帯びた冷たいそれは量も濃度も高まり続けると、虚空から無数の真紅の花弁を生み出した。


 それらすべてが集合するように、彼女の背後に大きな一つの花を形作る。

 一見すると盾のようにも見える大輪の花は、次々と注ぎこまれる魔力によって膨張していく。


「オイオイ、何かだいぶヤバそうな魔法だな……!」


 さすがのテンドウも気圧されたのかわずかに後ずさりする。

 その動作を見逃さなかったベニムラサキは、両手を広げたまま満足気に笑う。


「――名は【紅蓮立花(ぐれんりっか)】。私が最も美しく輝く瞬間よ」


 ベニムラサキがこの魔法を発動するのは約十五年ぶり。

 亡霊族(ゴースト)ファミリーに歯向かってきた命知らずの『はぐれ』個体を、たったの一撃で屠った自慢の切り札だ。

 当時の痕跡はまだ生々しく残っており、北エリアのとある一角には大きな陥没地が存在している。


「…………、」


 対するテンドウは魔法の発動を阻害してこない。

 放置すればいずれぜて、とてつもない魔力の衝撃波と爆風に襲われる運命だというのに。


「――何も新技は一つと言った覚えはないぞ」


 ベニムラサキの大技が発動する直前、テンドウはなぜか青い炎太刀を鞘に収めた。

 さらに体勢低く半身に構えると、息を整えて迎え撃つように待っている。


「さらばだ人間。もしアンデッドとして生まれ変われたなら、また会いましょう」

「――【居合炎月(いあいえんげつ)】」


 ほぼ同時に二人の言葉が重なった直後。

 ベニムラサキの背後で大輪の花が炸裂し――舞台上すべてを真紅に染め上げたのだった。



  ◆



 舞台上で起きた凄まじい魔力の爆発。

 衝撃と爆風の余波が扇状の階段席を駆け上がる中、まだ戦っていた両軍はその場に留まり飛ばされまいと踏ん張っていた。


 ――――…………。


 そしてすべてが吹き抜けて、瓦礫から上がる煙も薄らと晴れてきた頃。

 まだ生存している者たちの視線が、一斉に最下段の舞台の方へと注がれる。


 爆心地であるため壊滅的になっているそこに……倒れた者の姿はない。

 爆発前と何も変わらず、五体満足な二つの存在が立ち続けていた。


「ば、かな……ッ!?」


 先に口を開いたのはベニムラサキだ。

 一種の自爆のような形の攻撃であっても、自身の固有魔法ゆえにダメージは一切受けていない。

 一方で標的となった人間は跡かたもなく消し飛ぶはずが――。


 テンドウもまた立っていた。


 纏う防具に多少の傷はついているも、刀を振り抜いて残心したままの姿で。

 本人とその後ろの舞台の床だけが、破壊を免れた状態を保っていたのだ。


「――鬼上官の心得その八。敵の最大火力には己の最大火力をぶつけて叩き潰せ」


 ベニムラサキの【紅蓮立花】はたしかに上位魔法の域に届いていた。

 それを相殺して立っているということは、テンドウが繰り出した技もまた、上位魔法に匹敵する一撃だったということだ。


 鞘から抜く際に噴き上がる青い業火の勢いを利用した居合斬り。

【火線突き】とは違い近接専用技であり連発もできないが、日々の稽古で会得していたテンドウ最大火力の剣技である。


「……さあ、まだ戦いは終わっていないぞ、亡霊女!」

「くッ!?」


 最大の大技をぶつけ合って生まれた空白の時間の後、仕掛けたテンドウが斬りかかる。


 対して、ベニムラサキは動くことができない。

 渾身の魔法を撃つ代償として払った硬直時間――。それがまだ解けていなかったのだ。


 これまでは気にする必要もなかった発動のデメリットが――今ここで露呈しまう。


「フゥ――ッ!」


 破壊による足場の悪化も関係なしに放たれた、飛び込みからの右の袈裟斬り。

 ベニムラサキは【剛花の湾刀】によるガードすらできず、まともにその一撃を受けてしまう。


 ――だが一撃では終わらない。テンドウは一気に勝負をつけにきていた。


 一呼吸のうちに放たれる炎の斬撃の嵐。

 近づくだけで焼けつくような青い炎の残像が、次から次へと宙に描かれていく。


「グぅあああアアアアアッ!」


 硬直が解けて動き出せても、勢いづいたテンドウを押し返すことはできない。

 防戦一方となって纏う花弁の鎧が砕けて燃え落ち――その下の白銀のドレスが露わになる。


 それすらも問答無用で切り裂かれ、一瞬にして消し炭と化す。

 そうしてダメージが許容範囲を超えたことで、半霊体の深紅の体が右上半身から消失し始めた。


「も、もう二度と……! 死んで、なるものかァア……!」


 腰まで伸びた長い髪は乱れ、百年前の無念を思い出したベニムラサキの表情が歪む。


 半霊体といえど肉体を持たない亡霊族(ゴースト)ゆえに、飛び散るものは血ではない。

 体を構成するもやのようなものが、亡都に吹く生温い風に流されていく。


 高飛車な女の激情とは裏腹に――美しい真紅の花弁による反撃はもう完全に止まっていた。


「あり、得ない。私が。人間、などに……!」


 絞り出す言葉にもう力はなかった。立っているだけで精一杯な様子だ。


 もはや勝負あり。一方の魔力は完全にしぼんでしまっている。

 渾身の一撃のぶつかり合いの果てに、軍配が上がったのはテンドウの方だった。


「…………、」


 あとはもうトドメを刺すだけ。

 テンドウは再び上段に構えると、つかを握る両手の指先まで力を込める。


 たとえ発端は自分たちだとしても容赦はしない。

 百年生きた亡霊を介錯すべく、しっかりと首に狙いを定めて――。


「え、」


 テンドウが最後の一撃を放とうとしたその瞬間。

 青く燃え盛る刃が到達するよりも早く――一本の矢がベニムラサキの額に突き刺さった。

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