第二十五話 主要配下
階段席の東側最上段付近。
そこでは開戦してからずっと均衡状態となっている戦いがあった。
九歳児のガガクと亜人亡霊族のバテツだ。
数十もの攻撃の応酬を行ってなお、両者ともに戦場に立ち続けている。
「このバテツとここまで渡り合うとは……。人間の子供ながら褒めてやろう!」
「ははっ。アンデッドから褒められたのは人生で初めてたぞっ!」
そしてまたぶつかり合う剣と金棒。
腕力も体格差も大きいため、正面からの打ち合いではガガクが不利となっている。
常に回り込んで距離を取りつつ、隙がある時のみ飛び込んですぐに離れるという戦法だ。
そこには援護に来たはずの南瓜頭族たちの姿はない。
ただ決して頑丈な彼らが討ち取られたわけではない。ガガクから「ほかの下っ端どもを頼んだ」という指示を受けて離れていたのだ。
――つまり一騎打ち。それは当然、一人でも勝てると確信しているからこその行動だった。
「……しかしナメられたものだな。子供一人で本気で我を倒せると思っているのだから!」
「フン。そうは言うけど……だいぶ削れてるだろ、お前っ!」
基本の物理攻撃に加えて放たれる風と影の魔法攻撃。
バテツの強烈で重い一撃を避けると、ガガクはもう何度目かも分からない攻撃を確実に当てていく。
ガガクの狙いは終始、脚一辺倒だ。
準備していた魔力回復薬を飲んで魔力管理しながら、コツコツと右脚に攻撃を集中させて削っていた。
……すでにバテツの動きは見切っている。
油断や強引さを出さない限り、子供用の『黒曜銅具足』を纏った小さな体に被弾する気配はない。
それほどの動きの速さ、高い敏捷性を誇っているのだ。
また一発でも喰らえば即大ピンチとなる綱渡りな戦いなど、長い亡都生活でもう完全に慣れている。
ゆえにガガクは冷静に相手を観察しつつ、【鎌鼬】を当ててさらにダメージを積み重ねていく。
「おのれ小僧! チマチマと……!」
「うん。……そろそろ頃合いだなっ」
バテツが右脚を庇い始めたのを見て、ガガクが小さく呟いた。
そしてその目に宿す光が強くなる。ここが勝負時である――と。
相対する敵にこれ以上の手札はない。
死と隣り合わせの世界にいても、ガガクは九歳児らしからぬ落ち着きを見せていた。
「フゥッ!」
テンドウを真似た強く短い息を吐き、【属性付与】された風の剣で再び斬りかかる。
狙いは引き続き右脚だ。だが、これまでと比べると踏み込みは深くない。
最も隙が生まれる金棒の振り下ろし攻撃。
直撃すれば肉片不可避な危険なそれをわざと誘い、狙い通りに繰り出された一撃をすり抜けながら回避して――。
「【突風】!」
発動したのは強烈な風を生み出す下位魔法だ。
殺傷力が皆無で与えるダメージこそないが、ただただ純粋な強風は体勢を崩すには最適な魔法である。
「ぬぅッ!?」
バテツの右脚だけでなく、無傷の左脚もまとめて突風に攫われる。
踏ん張りが効かずにバランスを崩せたのは、勝負を急がず地道に脚を削ってきたからこそだ。
直後、全身鎧の体が前のめりに倒れ始める。
と同時にガガクは展開中の【追い風】も受けて、倒れゆく巨体の背中を取るように飛び上がった。
「――【竜巻の牙】」
空中にて放たれたのは、凄まじい旋風を纏った右腕の貫手。
すでに剣の方は左手に持ち変えている。指先から肘まで一種の竜巻と化した右は、周囲の空気ごと削るようにバテツの首筋に迫り――一撃で半霊体の首を貫いた。
「ぐガッ!?」
直撃を受けたバテツから初めて大きなうめき声が漏れる。
半霊体であっても致命傷になりかねない一撃。それを受けて地面に倒れ込むと同時、大きく転がって距離を取った。
そして立ち上がったバテツの顔には……苦悶の表情だけでなく、驚きで目を見開いていた。
「こ、小僧貴様――ッ!?」
なぜなら、ガガクが発動したのは中位魔法だからだ。
属性問わず、十歳未満で中位魔法を使ったのは歴史上でも数人だけ。
国が滅亡したその日から、種族を変えて百年以上生き続けるバテツでさえも、初めてとなる経験だったのだ。
「…………、」
そんな偉業を達成しても、ガガクはどこか不満気な表情だった。
本来は指先から竜巻を飛ばして対象の肉を抉り、骨を削って、最後は貫く中距離魔法だ。
ところがまだ狙いを上手く定められないため、苦肉の策でゼロ距離攻撃にせざるをえなかったのだ。
――だとしても、叩き出す威力に違いはない。
全身鎧を纏ったバテツの半霊体な体には、通常とは異なる揺らぎが出ていた。
「腕力も影の能力も大したもんだ。……けど、基本の動きが雑なんだよっ!」
中位魔法を放ったからか、はたまた戦局が自分に傾いたからか。
どこか迫力を増したガガクは、特徴的な赤毛のように内なる魔力が燃えている。
「生意気な口を……! 今ので勝負が決まったと思うなよ小僧ッ!」
と、ガガクの言葉に激昂したバテツが金棒を激しく振るう。
受けたダメージを気にもせずに、狂った戦士のごとく何度も叩きつけてくる。
だがそれは荒々しいだけ。足元からの厄介な影の魔法攻撃すら忘れているほどだ。
直線的で予備動作も大きい振りなど、当たるはずがない。
稽古相手のテンドウやカグラと比べれば、もはや素人レベルの動きである。
(……遅いうえに強引すぎる。手に取るように次の動作が丸見えだぞっ)
ガガクはそれを冷静に受け流しや回避で対抗する。
そこには変わらず油断や慢心はない。ほぼ毎日、テンドウに口酸っぱく言われていたおかげだ。
たまに調子に乗って出すぎてしまうのは、あくまで戦闘前の話だけ。
いざ命のやりとりが始まれば、本物の兵士のごとく規律正しく動けるのだ。
そのガガクが主導権を握って確実に戦いを進めていく。
ドゴォン! と付近の階段席ばかりが破壊される中、また一点集中で地道に右脚を削っていく。
「百年近く抗争してるなら――もっと稽古して技を磨いとくんだったなっ!」
そんな九歳児の説教がバテツへの死刑宣告となった。
ついに右脚を引きずり始め、前への推進力も落ちた亜人型の巨体に向けて。
ゼロ距離からの中位魔法、二発目となる【竜巻の牙】が放たれた。
「くゥ――!?」
隙を突かれて体勢も崩れたバテツにそれを回避することなどできない。
今度は正面から首元を貫かれると、半霊体な体が首から削られて飛び散っていく。
そして、重くて低い断末魔が響き渡る中で。
消滅して魔力の残滓となった主要配下は――主君の元に戻ることなく勝者の糧となるのだった。
◆
時を同じくして、階段席の西側中段付近。
そこでも剣と金棒、風と影の魔法がぶつかり合っていた。
解放されたカグラと主要配下のルイゴの一騎打ち――ではなくて。
こちらは乱入した南瓜頭族たちがサポートを行い、できる限りの邪魔をしていた。
「鬱陶しい真似を! 頭が頑丈なだけの下等アンデッドどもめ……!」
「動きがなってないね。一度に複数を相手取るのは初めてなのかな?」
そのことに苛立つルイゴに対して、カグラから冷たい声がかかる。
さらに続けて放たれた【鎌鼬】も首に的中し、ルイゴの体を構成する半霊体の一部が消し飛んだ。
味方の援護もあることで、カグラはガガクと違って脚を削る作戦は取らない。
兜と鎧の隙間に見える首だけを狙い、仕留めるべく急所だけを狙い続けている。
「――【風圧天井】!」
よろめいた敵の姿を見て、ここでカグラが初披露となる魔法を発動した。
突如としてルイゴの頭上に現れた風の奔流――。
それが重しのごとく一気に落ちると、凄まじい風圧によって全身鎧を纏う体の自由が効かなくなる。
攻撃魔法ではなく拘束魔法。
対象である屈強な巨体が抵抗して抜ける前に――カグラは風属性を付与した剣でルイゴの首に斬撃を見舞う。
「ぐゥ! バカな、その若さで中位魔法だと!? 」
「まあ、自分でもビックリするほど急成長しているからね。それにこの街で下位魔法だけじゃ話にならないでしょ?」
完璧に決まった魔法からの斬撃の流れ。
ここぞとばかりに南瓜頭族たちも頭から突っ込み、カグラとの連携攻撃を試みる。
……だが相手も実力者、そう簡単には決まらない。
拘束を抜けたルイゴは鬱陶しそうに金棒を振り回し、小さな南瓜の頭をすべて打ち払った。
「【風圧天井】」
「小娘! 立て続けに喰らうと思うな!」
叫び、ルイゴが大きく飛び退く形で後方に回避。
続けて標的を失った風の天井を避けるように回り込むと、反撃で影の魔法を発動しようとする。
だがそれは――発動寸前で不発に終わった。
ルイゴの意識外から一撃が入ったからだ。
放ったのは足元の南瓜頭族たちではない。
その一撃は彼らの【頭突攻】よりも段違いに速く、そして強かった。
「――悪いな。手持無沙汰になったから僕も混ぜてくれよっ!」
「!? 貴様ッ……!」
現れたのはもう一人の赤毛の人間。
ルイゴと同じベニムラサキの主要配下、バテツを倒して合流したガガクである。
そのガガクはルイゴを一瞥してからカグラを見る。
解放されていた双子の妹にホッと胸をなで下ろすと、再び敵に視線を戻しながら言う。
「とにかく無事でよかったぞ、カグラ。……あとはまあ、アレだよっ。一騎打ちでも勝てると信じてるけど……さっさと決着つけたいから混ざってもいいか?」
「もちろん。早く皆の手伝いもしないとだからね」
戦場である扇状の階段席ではまだムウマ、ヨシくん、ドンチンたちが戦っている。
さらに舞台上では規格外の戦いが行われており、まだ安心などできない状況だ。
――だからここからは兄妹で。
ガガクとカグラは似た笑みを浮かべると、片手上段の構えと脇構え――形は違えどシンクロしたように敵と対峙する。
「……というわけだ。元々、数の暴力を始めたのはお前らだからな。悪く思うなよっ!」
「くっ、おのれ忌々しい……! バテツもこんな子供に負けるとは何をやっている!?」
一方、金棒を構えたルイゴにあるのは怒りと焦りだ。
相方とも言える同格の存在を倒した兄が、同じ実力を持つと思われる妹に加わったのだから。
「それとも私を攫った時みたいに影の中に逃げる? たしか【影渡り】だっけ? ベニムラサキには怒られるかもしれないけどね」
「ふ、ふざけるな! 人間の分際で私を愚弄する気か……!」
一方が煽り一方が激怒し、そうして再開された一戦。
左右から素早い動きで攻撃を仕掛けるガガクとカグラを、ルイゴは一人で金棒および影魔法で迎え撃つ。
その結果は――予想通りに一方的なものだった。
赤毛の双子兄妹の息が揃った怒涛の連撃。
一切の時間的余白もなく繰り出される斬撃と風魔法を前に、全身鎧で守られた巨体は防戦一方、苦し紛れな反撃しかできない。
ゆえに一瞬、ルイゴは忘れていた。この戦場には小さな邪魔者たちもいることを。
「「「【頭突攻】!」」」
南瓜頭族たちの足元への突撃により、ルイゴの体勢がわずかに崩れた。
そこへカグラの【風圧天井】の拘束が決まり――立て続けにガガクの【竜巻の牙】が襲う。
「ぐオアアァ……ッ!」
頭上からの風圧に抗い、狙われた首を必死に動かすも被弾。
看過できないダメージを負ったルイゴは、無様であろうとも階段席を転がり落ちるように拘束を抜ける。
そんな窮地に陥った、まだ立ち上がれずに片膝をついた相手に向けて。
カグラは九歳児らしからぬ殺気を放ったまま、上の席から見下ろす形で口を開く。
「ここがアンデッドの国だからって関係ない。……まだ本当の意味で生きている、私たち人間ファミリーの絆をナメないでよね!」
恐ろしき不死の存在を前にしても泰然たる態度で、風を付与した剣を構え直す。
隣に立つガガクもまた構え、兄妹揃って目の前の敵を必ず倒すという意志を示す。
対するルイゴの魔力が一瞬、揺らいだ。
今のカグラの言葉を聞いた途端に――その亡霊な眼光は鋭くなっている。
「……ファミリーだと? それに絆? ……ふざけるな。私もバテツも人であった時代からベニムラサキ様にお仕えしてきたのだ。――貴様らなどとは年季が違う!」
……何か琴線にでも触れたのだろう。ルイゴは突然、沸騰した怒りのままに金棒を振るう。
怒りも怨念も主君への忠誠も。
持てるすべてを吐き出して、人間たちを討ち取るべく決死の攻勢をかけてくる。
そして生まれる幾度もの衝突音と魔力の波紋。
叩き潰さんとする金棒や串刺しにせんとする影の槍が、風を纏った小さな双子兄妹を襲う。
まるで命の最後の一滴まで絞り出すような猛攻だ。
多少の被弾などお構いなしに、まさに亜人型といったフルパワーでの前進を止めない。
最後の最後は南瓜頭族たちも割って入れない、二対一の息詰まる激闘の果てに――。
「……申し訳、ありません。ベニムラサキ、様……!」
するりと、その手から金棒が落ちると同時。
けたたましい断末魔ではなく、静かなる謝罪の言葉を残して。
敗者となった忠実なる配下は――魔力の残滓となって散るのだった。




